第6場 | |
| 居間。クラントのモノローグの間に、カドリーユ、ミュゼットが集まって来る。アルマンドとカナリーは、そのままいて良い。翌朝という所だろう。 |
クラント | これが、この家での一人目の死者。つまり、僕。死ぬ程辛かったというわけでもないのだけど、アルマンド叔母さんの遺書を書いてから、あの高窓の前に立って、真っ暗な庭を見下ろし、麻酔薬のような百合の香りとたくさんの虫の羽音のような雨の響きに包まれていたら、胸の奥で生と死のバランスが崩れ出してしまった。その瞬間、僕もバランスを崩してしまった、そういう印象。(クラントは幽霊としてこのまま残り、リアクションを取る。) |
ミュゼット | クラントが? |
カドリーユ | 奥様。 |
アルマンド | 今朝、庭の百合の様子を見に出たら、酔っぱらって寝ているのかと思ったんだけど・・・ |
カドリーユ | どうして、そんな・・・。どこです?(進もうとする) |
ミュゼット | 行かないで。 |
カドリーユ | でも、はい。奥様。 |
| ガイヤルドとヴォルタが入って来る。 |
カナリー | どうでした? |
ガイヤルド | 全身の打撲は大した事ないが、側頭部を強く打っている致命傷です。偶然、大きな石があって、そこに。 |
カドリーユ | それで? |
ガイヤルド | それでとは? |
カドリーユ | お亡くなりに? |
ガイヤルド | はい。残念ですが。 |
ヴォルタ | そこの高窓から飛び下りたんでしょう。 |
アルマンド | 台の上にあった花瓶が下に置いてあります。あの台を足場にして。 |
ガイヤルド | まあ、私は刑事ではないのでその辺りは分かりませんが。 |
カドリーユ | ブレーは? |
ヴォルタ | まだ、クラントさんの側に。運びますか? |
カナリー | そうしてくださる。 |
| ヴォルタ、玄関から退場。 |
カドリーユ | 警察は? |
アルマンド | 自殺だし、良いですよ。 |
カドリーユ | でも、勝手に動かしたりしては・・・。 |
アルマンド | 私の家から私の庭に飛び下りたんです。 |
ミュゼット | 私・・・面倒はいやですよ。 |
ガイヤルド | アルマンドさんがお決めになれば良い。 |
アルマンド | それに自殺だという証拠もあるし。 |
ミュゼット | 証拠? |
アルマンド | 遺書です。ほら。 |
ミュゼット | カドリーユ、お願い。 |
カドリーユ | いやですよ。奥様。遺書なんて。 |
ガイヤルド | では、私が。どれ「私は人生に疲れました。私には、愛する人がいましたが、その人はもう去ってしまいました。愛を信じていた私の心に指した影はもう払い去る事が出来ません。さらに、性の」ん?「性の」ああ「性の能力が衰え、もはや生きて行くのが辛いのです。」 |
ミュゼット | 間違いない。クラントだわ。 |
ガイヤルド | わかります。性については、男は思いつめる物です。そう、相当ナイーブな部分なんですよ。「さようなら。皆さん、さようなら」 |
カナリー | はあー。気にしてたのね。 |
ガイヤルド | 「クラント・オルドル代筆」ん? |
| カナリーが、突然、遺書を奪い取る。ヴォルタと、ブレーが、白い布を全身にかけられたクラントの死体を運んで居間にやってくる。クラントはその光景をじっと見送る。ヴォルタとブレー、部屋の片隅に死体を置く。クラントその傍らに座り込む。 |
カナリー | こ、これ以上、私たちを辛くさせないで下さい。これは私が預かります。(アルマンドを睨む) |
| ミュゼット、覗き込もうとする。 |
カナリー | あんたは、見ない方が良い。あんたの事なのよ。この愛する人って。見ない方が良いに決まってる。 |
ミュゼット | そうね。叔母様、後はお任せします。 |
アルマンド | (カナリーの機転でなんとか切り抜けたのにも関わらず、遺書作戦が失敗したと勝手に思い込み、新たな作戦を急に発案する)そうよ!彼はペストの事もひどく気に病んでいたわ! |
ガイヤルド | ペスト。 |
アルマンド | そうです。さっき申し上げたでしょ。この町はもう終わりなんです。ペストがやって来たんです。鼠がそこらじゅうに死体の山を作っている。人間も、もうすぐ彼らと同じ運命。そして町も。 |
ヴォルタ | ペストなんて中世の産物ですよ。今さら・・・。 |
アルマンド | いいえ、わかるのです。私には。だって、私は、そうでしょ? |
ガイヤルド | (結構信じやすい)まさか。 |
アルマンド | それで、いつかクラントに聞かれてしまった事があるの。 |
ブレー | 旦那様に?何をですか? |
カナリー | アルマンド。(嘘がばれるから、やめなさい) |
アルマンド | クラントがペストにかかるだろうという霊の予言を。 |
ガイヤルド | 分かるんですか?誰がペストにかかるかまで! |
カナリー | アルマンド。 |
アルマンド | 麻痺及び虚脱、目の充血、口腔の汚染、頭痛、リンパ腺腫脹、猛烈な乾き、精神錯乱、身体の斑点、内部からの傷口破裂、そして、それら全ての最後に・・・。脈拍は極微となり、些細な動作の際に突然死の転機を取る。 |
ガイヤルド | その通りですが。 |
アルマンド | 分かるんですよ。ペストにかかる人間は、まず、寒気に襲われて(ミュゼット反応)、背中に黒い斑点が出るのだから。 |
ガイヤルド | 交霊術で分かるんじゃないんですか? |
アルマンド | 髑髏のような、黒い斑点が! |
カナリー | アルマンド。 |
アルマンド | この家は、大丈夫、私と霊たちが守っているから。でも感じる、見間違えるはずがない、黒い斑点が、誰かの背中に表れるのが。 |
カナリー | アルマンド。 |
ガイヤルド | 斑点が出てなくても分かるんですか?やはり交霊術で! |
アルマンド | (大声でクラントの死体を指差す)その死体を! |
カドリーユ | (吃驚して)きゃぁ! |
アルマンド | (静かに)片付けないと。 |
| ブレーとガイヤルドが死体に向かって一瞬動くが、 |
アルマンド | 触らないように。 |
ミュゼット | どうすれば? |
カナリー | 皆さん。ここは危険です。一度、上に上がって下さい。ここは私とアルマンドでなんとかします。お願いします。上にあがってください。そして、部屋から一歩も出ないで!さあ、早く、早く。 |
| 一同、カナリーの剣幕に、上へと退散する。居間に残ったのは、アルマンドとカナリー、クラントとその死体。 |
アルマンド | まったく、余計な事を。 |
カナリー | そうよ!余計な事ばかり言って! |
アルマンド | クラントよ。代筆なんて余計な事を書くから。 |
カナリー | 遺書なんて書かせるから。そんな物なくたって自殺で通せたのに。ペストの話までしてしまって。私たちだけの秘密にするって言ったでしょ! |
アルマンド | あの場合は仕方ない。 |
カナリー | (真剣に)ペストから生き延びる方法が見つかったら、誰にも奪われないように。二人だけの秘密だって言ったじゃない!! |
アルマンド | もう見つかったの。 |
カナリー | ええ? |
アルマンド | とっくに神様に教えてもらって、クラントが死んだ時に、私はもう儀式をやりました。 |
カナリー | 待ってよ、じゃあ、私は? |
アルマンド | ・・・あなた用には、もう一体死体が必要なの。とりあえず、この死体を焼きましょう。焼却炉に。 |
カナリー | うちに焼却炉なんてないじゃない。 |
アルマンド | じゃあ、暖炉?それともオーブン? |
カナリー | だ、暖炉で。 |
クラント | 暖炉かぁ。 |
第7場 | |
| 暗い人気のない居間。その日の夜中。クラントにのみ照明。 |
クラント | 僕は、奥の交霊用の部屋にある暖炉でこっそり、そしてゆっくり焼かれている。ミュゼットと別れてから、自分の中にあるおかしな気持ちに気付いた。高い所で、前に傾く気持ち。最初に気付いたのは、ミュゼットが去ったあの家のテラスに立った時。この家でそこの階段を降りる時(階段をじっと見つめていたシーンが回想されるように)。そして、花瓶をどけて、台の上に乗り、真っ暗な庭の百合を見下ろした時も。高い所で前に傾く気持ち。君には分かる? |
| 舞台が少し明るくなると、ミュゼットがソファで寝ているのが分かる。 |
ミュゼット | ひどい遺書。 |
クラント | 僕が書いたんじゃない。 |
ミュゼット | でもつまらない遺書。 |
クラント | 書かされたんだ。 |
ミュゼット | 私が裏切って、私が傷つけて、私が去った。私だけが? |
クラント | 君を恨んで死んだんじゃない。ただ、理解できなかっただけ。 |
ミュゼット | 理解を望んだ? |
クラント | 信じていたよ。・・・心から。 |
カドリーユ | (声)奥様。(登場して、ミュゼットを見つけ)奥様、こんな所で、寝てはいけません。 |
ミュゼット | カドリーユ。 |
カドリーユ | 悲しい夢でも? |
ミュゼット | (目尻の涙を拭いながら頭を振る)ひどい遺書・・・。 |
カドリーユ | 奥様・・・あの、奥様。あの遺書。あれは旦那様の遺書ではないと思います。 |
ミュゼット | どうして?・・・でも性の能力が・・・。 |
カドリーユ | だからです。それを治す薬を手に入れたって。だからもう大丈夫だって・・・。 |
ミュゼット | 薬・・・・・・。カドリーユ、どうしてあなたがそんな事知ってるの?まさか・・・。 |
カドリーユ | 違います!そんなんじゃありません。 |
ミュゼット | どうして知ってるの?あの人が言ったの?あなたに? |
カドリーユ | いえ、あの・・・ブレーから聞いたんです。奥様、信じて・・・ |
ミュゼット | 私、なにがなんだかわからなくなってしまって。寒いの。寒気がするのよ。 |
カドリーユ | 本当に、クラント様は気の毒です。でも、絶対に奥様のせいではありません。それは私が一番良く知ってますから。 |
ミュゼット | 違うの!(服を脱ぎ、背中が見える格好になる。) |
カドリーユ | (驚いて)奥様。 |
ミュゼット | (興奮して)寒気がしたの。カドリーユ、あの時寒気がしたのよ。お願い!(泣き出しそうになって)背中を見て。私、黒い斑点はある? |
カドリーユ | 奥様。 |
ミュゼット | カドリーユ! |
カドリーユ | (驚くが、微笑んで、ゆっくり近付き、背中を触って)大丈夫、ありません。憧れます。きれいなお肌で。 |
ミュゼット | (ホッと溜め息をつく) |
| そのまま、二人の間に沈黙が訪れる。ミュゼット、そっとカドリーユの服を脱がせる。 |
ミュゼット | あなたもきれいよ。 |
| ミュゼット、カドリーユを後ろに向かせ、背中に手を触れようと手を差し出すが、勇気が出ないためか、小刻みに震える手がゆっくりとカドリーユの背中に伸びて行く。ミュゼットがカドリーユに愛を抱いている事が、そしてその事がカドリーユに分かっても良いとぎりぎりの決心をした事が、観客に伝わる。 |
ヴォルタ | (登場して)おっと!し、失礼。(後ろを向く) |
| 二人、急いで服を着る。 |
ミュゼット | ごめんなさい。こんな所で、あの・・・先程のペストの話し、気になった物だから、背中を・・・。 |
ヴォルタ | い、いえ、私こそ、すいません。 |
カドリーユ | 奥様。失礼します。 |
ヴォルタ | あ、カドリーユさん、さっきブレーさんが探してましたよ。 |
カドリーユ | ブレーが。 |
ミュゼット | カドリーユ。待って。 |
カドリーユ | はい。 |
ミュゼット | ブレーの手伝いは禁じましたよ。 |
カドリーユ | 分かってます。分かってます。ご安心を。(去る) |
ミュゼット | あの・・・ずっと見てました。 |
ヴォルタ | いえ、今、何も知らずにここに入って来たんです。 |
ミュゼット | いえ、いいんです。隠すような事ではありませんから。 |
ヴォルタ | すいません。あのブランデーか何かをいただきたいのですが、ガイヤルドが。 |
ミュゼット | あ、ええ。そこの棚からお好きな物をお持ち下さい。 |
ヴォルタ | どうも。ああ、カルバドスがある。これを頂戴できれば、ガイヤルドが喜びます。 |
ミュゼット | どうぞ。お持ち下さい。 |
ヴォルタ | ありがとう。(持って行く準備をする) |
ミュゼット | あの。 |
ヴォルタ | はい。 |
ミュゼット | ガイヤルドさん。奥様が去ってしまった時、どんなお気持ちだったんでしょう? |
ヴォルタ | それを私に聞きますか? |
ミュゼット | いえ、すいません。ただ、クラントは死んでしまった・・・。私が去ったからと・・・。 |
ヴォルタ | あ、ああ。そうでしたね。お気の毒です。何かお役にたてるのならお答えしましょう。ガイヤルドの気持ちは分かりません。ただ・・・ガイヤルドは、私を許しました。奥様の事も許されました。 |
ミュゼット | そうですか? |
ヴォルタ | なるほど、フルラーナはガイヤルドから去って行ったという点で、あなたに似ている。そして、愛人であった私が去ったため自殺をしたという点ではクラントさんに似ていますな。交霊に参加されてはいかがですか? |
ガイヤルド | 死者は時として、生者を癒す物です。多くの場合その逆だが。ヴォルタ。遅いと思って来てみれば、こんな美人と。(カルバドスを見て)おやおや!美女と美酒。いかがです。こんな真夜中ですが、クラントさんに献杯と参りませんか? |
クラント | (一度退場していても良い)というわけで、眠りの精に見放された人々が集まって来た。 |
ミュゼット | 男の人のアレがちゃんとしないというのは、愛されていないと言う事なんでしょうか?それとも、よく言うように、愛ゆえに、なんでしょうか? |
ヴォルタ | え?そんな事はないと思いますが。そもそも愛とは関係あるのかどうか。 |
ミュゼット | 私、一度、クラントに言ってしまった事があるんです。私を愛してないの?って。 |
ガイヤルド | それは、残酷ですな。勃たない事も、愛を疑われる事も。 |
ミュゼット | いつもなら、クラントは、謝るんです。でも、その日は、怒って。 |
クラント | 「こいつはなぁ、女を喜ばせるためについてるんじゃないんだよ!」 |
ミュゼット | 「じゃあ、なんなのよ?」 |
クラント | 「男が楽しむためについてるんだ!」 |
ガイヤルド | 男が楽しむため。(ヴォルタと顔を合わせにやける)それで、だったら、一人でやってれば!というわけですかね。 |
ミュゼット | 売り言葉に買い言葉で、大げんかになってしまって。牡蠣をたくさん食べた晩だったのに・・・。彼が自殺した後、荷物を整理していたら、注文書が出て来ました。鹿の角、、海蛇、カラス麦・・・ |
ガイヤルド | 強壮剤ですね。 |
ミュゼット | 滑稽です。自殺した人の遺品が強壮剤なんて。でも、誰のために注文したんでしょうか? |
ガイヤルド | 彼が天国に行っている事は確かですね。 |
ミュゼット | どうして? |
ガイヤルド | 悪人がやる事ではない。 |
ミュゼット | 自殺でも? |
ガイヤルド | 関係ありませんよ。自殺なんて一種の事故死です。 |
ヴォルタ | ガイヤルド。フルラーナは。(ここから先、あまり暗くならないように) |
ガイヤルド | 事故死ですよ。天国に決まってます。彼女は私の元から去る時言いました。あなたは、私に幸せを与えてくれないって。私はそう言われる度言ったんです。君はいつも幸せを与えられようと思ってる。幸せは人から与えられる物じゃないだろ?って。 |
ヴォルタ | なによ!人から与えられる物で幸せになっちゃいけないの?じゃあ、ユニセフはいらないじゃない。国連難民高等弁務官はいらないじゃない! |
ガイヤルド | そうそう。いつもそれ。 |
ミュゼット | 国連? |
ガイヤルド | 国連難民高等弁務官。急に言うんですよ。カーッとなっているのに。そんな難しい事。で、私は静かに答えるんです。フルラーナ、君は、難民じゃないだろ?すると、彼女は目を閉じて静かに言った。 |
ミュゼット | (待って待って当てるから、という可愛らしい素振りの後、渋い演技に入って)・・・難民よ。 |
ガイヤルド | その通り。 |
クラント | (ミュゼットの後ろから、肩に手を置いても良い)ミュゼット、君は、難民じゃないだろ? |
ミュゼット | (本当の気持ちで)難民よ! |
| クラント、静かに立ち去る。この間、ガイヤルドとヴォルタはちょっと驚いて顔を見合わせている。ガイヤルドが表情で指示を出し、 |
ヴォルタ | ミュゼットさん。大丈夫ですか。 |
ミュゼット | 少し酔っぱ・・・ |
ヴォルタ | (同時に)少し酔っぱらったみたい、なんて常套句、言わないで下さいね。 |
ガイヤルド | いずれにせよ、彼女は難民で、それだけにいつも幸せを求めていた。逆に幸せを望むあまり、自分を難民のような位置に落としていたとも言える。幸せになりたいと思い過ぎると人は不幸になる。モルヒネみたいなものです。だが、幸せを求めている間は、人は自ら命を絶ったりはしません(笑う)。さあ、もう一杯。(ミュゼットに注ぐ) |
ミュゼット | 理解できないと。(カルバドスがなみなみと注がれる。それをしばらく眺める) |
ガイヤルド | どうしました?理解・・・? |
ミュゼット | クラントに理解できないって言われました。 |
ガイヤルド | そうですか。(きっぱりと)それならあなた方の愛は終わっていたのです。 |
ミュゼット | え。 |
ガイヤルド | 人は理解できるものほど愛おしいのです。理解できない物を愛することは出来ません。 |
ヴォルタ | (酒を飲みながら)理解できないさも愛おしいのかも・・・。 |
| ガイヤルドが怪訝な目を向け、何か喋ろうとすると、アルマンドたちが入って来る。 |
カナリー | (ふしをつけて)焼ーけた焼けた。おっと、人がいる。 |
ミュゼット | 叔母様たち、寝てらしたんじゃないんですか? |
カナリー | あっちの部屋にいたんだよ。十秒後には眠りたい。 |
ヴォルタ | 何が焼けたんですか? |
カナリー | あ、ク、クッキーよ。 |
ガイヤルド | こんな時間に? |
アルマンド | じゃあ、ビスケットで。 |
ヴォルタ | じゃあ? |
カナリー | 明日の、交霊で使うんです。今日はすいませんね、交霊できなくて。 |
ガイヤルド | それは、仕方ないですよ。あんな事があったんだ。 |
カナリー | 私は眠ります。 |
ミュゼット | 随分お疲れみたいね。 |
アルマンド | そうね。いろいろあったから。おやすみ。 |
カナリー | はいはい。(退場) |
アルマンド | あら、カルバドスね。私にもいただける? |
ミュゼット | 私が、勝手に。いけなかった? |
アルマンド | 全然。あら?みんな集まってると思ったら、ブレーとカドリーユは? |
ヴォルタ | 何か仕事があるみたいですよ。 |
アルマンド | 私、あの子たち好きよ。ああいう素直で真直ぐな子たちを好きだって言うと自分が善人になったみたいで気分が良いの。呼んできてちょうだいよ。 |
ガイヤルド | いやいや、邪魔は良くない。 |
ミュゼット | 邪魔?どういう意味? |
ガイヤルド | 若い二人だ。 |
ミュゼット | (全く信じていない)まさか。やめてよ。うちのミュゼットが、あんな××(演者の外見に合わせて)と。ありえないわ。 |
アルマンド | あら、あなたブレーじゃなかったの? |
ミュゼット | え?どういう意味ですか?叔母様? |
アルマンド | そういうことなら、(立ち上がる)あ! |
ミュゼット | そういうことなら? |
アルマンド | ああ!(胸を押さえて苦しむ) |
ミュゼット | 叔母様、そういうことなら、なんですか? |
アルマンド | おお(あっけなく倒れる) |
ミュゼット | 叔母様?叔母様!! |
ガイヤルド | いかん。心臓発作だ。 |
| 暗転。 |
第8場 | |
| 天国と思われる場所に、神様と3人の人間(一人はアルマンド)。 |
神 | 今週の商品はコチラ!ここにある木。これは、カジュアリーナ・トリーという木の苗木。この木が樹齢100年に達すると、その木の下で未来の事が聞こえるようになるという珍品です。では、早速問題。十秒後に、この木を手にしてい・・・ |
A | わた・・・ |
| アルマンドがAをナイフで殺害し、Bに向き合う。Bもナイフを出す。その瞬間、アルマンドは銃を取り出し。一発でBを仕留める。 |
アルマンド | (神様をにらみつけ、銃口を向ける)あなたよ。神様。答えは、あなた。 |
神 | あーあ、2人も殺しおって、樹齢100年までお前が生きられるはずはないだろ? |
アルマンド | 生きられるのよ! |
神 | もう死んでるんだよ。君は。 |
アルマンド | それはおかしいわ。だってあなたの言う通り、儀式をしたんですよ。 |
神 | 儀式? |
アルマンド | 長生きの儀式。1、死体を一つ作る。2、自分の魂を離脱させて、その死体に入る。3、再び、自分に戻る。そうすると、その乗り移った人の残りの寿命を自分の物にできるって神様言ったじゃない。 |
神 | (首を振る、細かい方が良い)言ってないよ。 |
アルマンド | 交霊の時よ、ほら、4月16日の朝の。 |
神 | 言ってないよ。別の神様じゃないの? |
アルマンド | その顔だったけど。じゃあ、私は死んだのですか?神様。 |
神 | 心臓発作で。 |
アルマンド | ・・・。あっけないのね。 |
神 | ふと、思ったんだけど、その神様が言ったていう方法、ちょっとおかしくないか? |
アルマンド | え? |
神 | だって、乗り移った人間の残りの寿命って、ゼロじゃないの?死んでんだから。 |
アルマンド | え?違います。死は儀式のためで、その人が死ぬ前の残りの寿命ですよ。 |
神 | それだって、短いよ。その後すぐ死ぬわけだから。それ、その寿命を自分の物にしたから、死んだんだ。きっと。神様的には、そう思う。 |
アルマンド | 違います。だってそれじゃ、長生きにならないでしょ。その人の残りの、あるべき寿命を自分の寿命にプラスできるんです。 |
神 | あるべきぃ?誰が言ったの? |
アルマンド | 神様。 |
神 | だから、言ってないって。 |
アルマンド | 別の神様? |
神 | 唯一絶対神なんだけど、一応。 |
アルマンド | さっき、別の神様って。 |
神 | だって、そんなに何人もいたら、どの神様が言ってる事が本当か分からんようになっちゃうじゃない?なんていうの、あの人の言う事と、この人の言う事、違〜う。信じられな〜いって、信じられなくなったら神様も終わりだよ。 |
アルマンド | あなた馬鹿でしょ。 |
神 | 神だからね。全ての物でありうる。いいかね、アルマンド。人間は走る事もできるし、木に登る事もできる。ある程度深く潜る事もできる。だが何故だね?どんなに鍛えても、自分の力では、たったの1ミリだって宙に浮かんでいる事は出来ない。 |
アルマンド | なに言ってるんです?鳥肉を食べるなって事? |
神 | 出来ない事は努力をしてもできないと言いたいんだよ。 |
アルマンド | 喩えがお粗末ね。神様。 |
神 | じゃあ、一つ聞こうか。ある日、君が空を飛べるようになったらどうする。 |
アルマンド | んー、黙ってる。 |
神 | え? |
アルマンド | 誰にも言わない(ってこと)。 |
神 | じゃあ、考えてみて。さっきのカジュアリーナ・トリーね。あれが樹齢百年を迎えるまで長生きしたとして、その木の下で、未来のどんな事を聞きたかったのかね? |
アルマンド | 私の死に方。私はどんな死に方をするのか。 |
神 | は? |
アルマンド | あなたには分からないわ。神様だもん。この不安。必ず死ぬのよ。なのにそれについて何も分からない。些細な動作の際に突然死の転機をとる。ペスト患者の最後は、くしゃみがきっかけかもしれないし、ちょっとした強ばりの瞬間に訪れるかも知れない。でも、私たちだって同じだわ。考えてみてよ。おかしくない?私たちは常に狙撃兵に狙われているの。だけど私たちには何も聞こえないし、何も見えない。ある瞬間、なんのためらいもなく、トリガーが引かれ、私たちは世界からいきなり切り離される。不条理じゃない。 |
神 | 君も喩えがお粗末だ。いつ、どのように死ぬかを知らされている人生も十分、不条理だと思うが。それに君は、もう。 |
アルマンド | そう。あんなに恐ろしかったのに。いやいやいや、死んでないんですよ。だって儀式をしたんだもの。 |
神 | でもねぇ。 |
アルマンド | あ、思い出した。私、死んで良いのよ。 |
神 | え?(おいおい、まだ言うか) |
アルマンド | あなた言ってた。一度は死ぬの。それで、その後、自殺した人の元々の寿命を引き継いで復活するって。昔誰かにも同じ事教えて、復活させたって。 |
神 | 覚えてない。 |
アルマンド | その人は、確か、自分の弟子を一人自殺させて復活を・・・ |
神 | 覚えがない。 |
アルマンド | だから、遺書書いたのよぉ。ここに。ほら。死んでも、しばらくは焼かないようにって。 |
神 | そう。じゃあ、試してみたら。そんなこと言った覚えは本当にないんだけどなぁ。 |
アルマンド | 生き返らないと困るのよ。カナリーも同じようにしてあげなきゃいけないし。約束したから。彼女は私なの。つまり二重人格の逆なの。同じ人格が2人の人間に入っていると思ってもらえば良いわ。 |
神 | それはない。 |
アルマンド | まあね。でも助けたあげなきゃ。 |
神 | ・・・じゃあ、やってみたら。 |
| 暗転。柱時計の音。 |