『ペストと交霊術』〜La Peste et le Médium〜

第6場〜第8場

 

第6場

  居間。ガイヤルドとヴォルタがいる。ガイヤルドはテーブルの上の本を読んでおり、頃合いを見て、テーブルに戻す。ブレーが、カジュアリーナ・トリーの鉢植えを持って登場。二人に会釈し、二人も返す。ブレーは、鉢植えをどこに置こうかうろうろしている。そのブレーをガイヤルドがじっと見ている。
ヴォルタ(嗜めるように)ガイヤルド。
ガイヤルド木を見ているんだよ。(ブレーに)変わった木ですな。
ブレーえ?
ガイヤルドその鉢植え。あまり見かけない木ですな。
ブレーあ、これ、旦那様が新婚旅行先で手にいれたそうですよ。
ガイヤルド南国のものでは?
ブレー確か、インドシナの方へ行かれたはずです。
ガイヤルド(ヴォルタに、したり顔で)南国だ。
ヴォルタ何をされているんです?
ブレー日の当たる場所はないかと。
ガイヤルド雨ですよ。
ブレーええ、そうなんですが、雨でも、どこか一つくらい日の当たる場所があるはずだ、と、いつも旦那様が。けれど、ない。
ガイヤルドそこら辺に置いておけばいいでしょう。木と会話できるわけじゃないんです。日が当たったかどうかなんて、ねぇ。
ブレーでは、ここに。(鉢植えを置く)
ガイヤルド(ヴォルタに)木はこんなに大事にしてもらって。世界中では難民たちが餓死したりしているのに。
ヴォルタまたその話?
ガイヤルド(ブレーに)彼は、ネコが大好きなんですよ。ネコを異常に愛して、大金をかけて(笑う)。
ヴォルタ人並みだよ。
ガイヤルドトキソプラズマに寄生されているんだよ。
ブレートキソ?
ガイヤルド面白い寄生虫でね。この寄生虫に感染した人は、ネコの尿の匂いを好むようになって、ネコに近づくようになるんですよ。君がネコを愛するのは、君の意志じゃないんだ。寄生虫に操られてる。
ヴォルタいつもこの話ですよ。
ブレー面白いですね。
ガイヤルド悲劇的なのは、
ヴォルタ(同時に)悲劇的なのは、ネズミがこの寄生虫に感染した場合です。この時もネズミはネコに近づくようになる。普段の恐怖心や嫌悪感を忘れてね。自ら死にに行くようなものですよ。でしょ?
  アルマンドが入ってくる。
アルマンド自殺です!
ガイヤルドその通り!
  クラントが入ってくる。
ブレーあ、アルマンド様。あの、クラント様を見かけませんでしたか?朝からお姿が見えず。
アルマンド自殺です!庭の百合の様子を見に出たら、酔っぱらって寝ているのかと思ったんだけど・・・
クラントこれが、この家での一人目の死者。つまり、僕。死ぬ程辛かったというわけでもないのだけど、アルマンド叔母さんの遺書を書いてから、あの高窓の前に立って、真っ暗な庭を見下ろし、麻酔薬のような百合の香りとたくさんの虫の羽音のような雨の響きに包まれていたら、胸の奥で生と死のバランスが崩れ出してしまった。その瞬間、僕もバランスを崩してしまった、そういう印象。(クラントは幽霊としてこのまま残り、リアクションを取る。)
  クラントのモノローグの間に、アルマンドの身振りで、ガイヤルド、ヴォルタ、ブレーは庭に出て行く。その後、カドリーユ、ミュゼット、カナリーが慌てて集まって来る。
ミュゼットクラントが?
カドリーユ奥様。
アルマンド庭のね、百合の様子を見に出たら、倒れていたの。今、ガイヤルドさんたちが見に。
カドリーユどうして、そんな・・・。どこです?(進もうとする)
ミュゼット行かないで。
カドリーユでも、奥様。
  ガイヤルドとヴォルタが入って来る。
カナリーどうでした?
ガイヤルド全身の打撲は大した事ないが、側頭部を強く打っている致命傷です。偶然、大きな石があって、そこに。
カドリーユそれで?
ガイヤルドそれでとは?
カドリーユお亡くなりに?
ガイヤルドはい。残念ですが。
ヴォルタそこの高窓から飛び下りたんでしょう。
アルマンド台の上にあった花瓶が下に置いてあります。あの台を足場にして。
ガイヤルドすると自殺ですか。
カドリーユブレーは?
ヴォルタまだ、クラントさんの側に。運びますか?
カナリーそうしてくださる。
  ヴォルタ、玄関から退場。
カドリーユ警察は?
アルマンド自殺だし、良いですよ。
カドリーユでも、勝手に動かしたりしては・・・。
アルマンド私の家から私の庭に飛び下りたんです。
ガイヤルドアルマンドさんがお決めになれば良い。
アルマンドそれに自殺だという証拠もあるし。
ミュゼット証拠?
アルマンド遺書です。ほら。
ミュゼットカドリーユ、お願い。
カドリーユいやですよ。奥様。遺書なんて。
ガイヤルドでは、私が。どれ「私は人生に疲れました。私には、愛する人がいましたが、その人は・・・」(ミュゼットを思って止める)。やめておきましょう。
アルマンド読んでください。隠したって始まらないわ。ミュゼット、良いでしょ?
ガイヤルド(深く息を吸って)「私は人生に疲れました。私には、愛する人がいましたが、その人はもう去ってしまいました。愛を信じていた私の心に指した影はもう払い去る事が出来ません。さらに、性の」ん?「性の」ああ「性の能力が衰え、もはや生きて行くのが辛いのです。」
アルマンド間違いない。クラントだわ。
ガイヤルドわかります。性については、男は思いつめる物です。そう、相当ナイーブな部分なんですよ。「さようなら。皆さん、さようなら」
カナリーはあー。気にしてたのね。
ガイヤルド「代筆、クラント・オルドル」ん?
  カナリーが、突然、遺書を奪い取る。ヴォルタとブレーが、白い布を全身にかけられたクラントの死体を運んで居間にやってくる。舞台にいるクラントはその光景をじっと見送る。ヴォルタとブレー、部屋の片隅に死体を置く。クラントその傍らに座り込む。
カナリーこ、これ以上、私たちを辛くさせないで下さい。これは私が預かります。(アルマンドを睨む)
  ミュゼット、覗き込もうとする。
カナリーあんたは、見ない方が良い。あんたの事なのよ。この愛する人って。見ない方が良いに決まってる。
ミュゼットそうね。叔母様、後はお任せします。
アルマンド(カナリーの機転でなんとか切り抜けたのにも関わらず、遺書作戦が失敗したと勝手に思い込み、新たな作戦を急に発案する)そうよ!彼はペストの事もひどく気に病んでいたわ!
ガイヤルドペスト?ペストってあの伝染病の?
アルマンドそうです。さっき申し上げたでしょ。この町はもう終わりなんです。ペストがやって来たんです。鼠がそこらじゅうに死体の山を作っている。人間も、もうすぐ彼らと同じ運命。そして町も。
ヴォルタペストなんて中世の産物ですよ。今さら・・・。
アルマンドいいえ、わかるのです。私には。だって、私は、(天を仰ぎ)そうでしょ?
ガイヤルド(結構信じやすい)まさか。
アルマンドそれで、いつかクラントに聞かれてしまった事があるの。
ブレー旦那様に?何をですか?
カナリーアルマンド。(嘘がばれるから、やめなさい)
アルマンドクラントがペストにかかるだろうという霊の予言を。
ガイヤルド分かるんですか?誰がペストにかかるかまで!
カナリーアルマンド。
アルマンド麻痺及び虚脱、目の充血、口腔の汚染、頭痛、リンパ腺腫脹、猛烈な乾き、精神錯乱、身体の斑点、内部からの傷口破裂、そして、それら全ての最後に・・・。脈拍は極微となり、些細な動作の際に突然死の転機を取る。
ガイヤルドその通りですが。
アルマンド分かるんですよ。ペストにかかる人間は、まず、寒気に襲われて(ミュゼットが反応する)、背中に黒い斑点が出るのだから。
ガイヤルドあ、交霊術で分かるんじゃないんですね?
アルマンド髑髏のような、黒い斑点が!
カナリーアルマンド。
アルマンドこの家は、大丈夫、私と霊たちが守っているから。でも感じる、霊たちが教えてくれる!黒い斑点が、誰の背中に表れるのかを。
カナリーアルマンド。
ガイヤルドやはり交霊術で!
アルマンド(大声でクラントの死体を指差す)その死体を!
カドリーユ(吃驚して)きゃぁ!
アルマンド(静かに)片付けないと。
  ブレーとガイヤルドが死体に向かって一瞬動くが、
アルマンド触らないように。
ミュゼットどうすれば?
カナリー皆さん。ここは危険です。一度、上に上がって下さい。ここは私とアルマンドでなんとかします。お願いします。上にあがってください。そして、部屋から一歩も出ないで!さあ、早く、早く。
  一同、カナリーの剣幕に、上へと退散する。居間に残ったのは、アルマンドとカナリー、クラントとその死体。
アルマンドまったく、余計な事を。
カナリーそうよ!余計な事ばかり!
アルマンドクラントよ。代筆なんて余計な事を書くから。
カナリー遺書なんて持ち出してくるから。そんな物なくたって本当に自殺だったんだから。それで通せたのに。
アルマンドせっかく書いてもらったのよ!
カナリーペストの話までしてしまって。
アルマンドあの場合は仕方ない。
カナリー(真剣に)ペストから生き延びる方法は誰にも奪われないように、二人だけの秘密にするのよ。そういう約束よ!!神様に言われた通り、死体は手に入った。で、どうするの?
アルマンドもうやったわ。
カナリーえ?
アルマンドクラントが死んだ時に、私はもう儀式をやりました。
カナリー待ってよ、じゃあ、私は?
アルマンド・・・あなた用には、もう一体死体が必要なの。
カナリーそんな!
アルマンド大丈夫。これだけ死体候補が集まっているのよ。
カナリー信じて良いのね。抜け駆けなんて。姉さん!
アルマンド何よ急に。とりあえず、この死体を焼きましょう。焼却炉に。
カナリー焼却炉なんてうちにはない。
アルマンドじゃあ、暖炉?それともオーブン?
カナリー暖炉に決まってる!
クラント暖炉かぁ。

第7場

  暗い人気のない居間。その日の夜中。クラントにのみ照明。
クラント僕は、奥の交霊術用の部屋にある暖炉でこっそり、そしてゆっくり焼かれている。ミュゼットと別れてから、自分の中にあるおかしな気持ちに気付いた。高い所で、前に傾く気持ち。最初に気付いたのは、ミュゼットが去ったあの家の窓辺に立った時。この家でそこの階段を降りる時(階段をじっと見つめていたシーンが回想されるように)。そして、花瓶をどけて、台の上に乗り、真っ暗な庭の百合を見下ろした時も。高い所で前に傾く気持ち。君には分かる?
  舞台が少し明るくなると、ミュゼットが降りてきてソファに座る。
ミュゼット(階段を降りながら)ひどい遺書。
クラント僕が書いたんじゃない。
ミュゼットでもつまらない遺書。
クラント書かされたんだ。
ミュゼット私が裏切って、私が傷つけて、私が去った。私だけが?
クラント君を恨んで死んだんじゃない。ただ、理解できなかっただけ。
ミュゼット理解を望んだ?
クラント信じていたよ。・・・心から。
  ミュゼット、眠りにつく。神様が登場し、その語りに合わせて、劇中劇が始まる。
  カドリーユが、セメレー役。クラントが、ゼウス役。ヘラは、誰が演じても良い。(なお、百合はヘラの薔薇とも言われ、ヘラの乳から生まれたとされる。清純と母性愛を表す)
神様これは、私じゃなくて、別の神様の話なんだけど、ゼウスって神様知ってるでしょ?ま、一応、私は唯一絶対神なんで、ゼウスは私の立場でいうと、神様じゃないってことになるんだけど、まあ、そこは持ちつ持たれつだからね。で、ゼウスは、ある時、人間の女性に惚れたんだよね。セメレーって名前です。ま、いつものことなんだけど、ゼウスは人間の姿で彼女に近付き、愛を育み、っていうと言葉が綺麗だけど、まあ、やっちゃって、妊娠までさせちゃうんだよ。でも、セメレーはその男が神であるゼウスだとも知らず、彼を深く愛していたの。これに腹を立てたのが、ゼウスの奥さんの女神、ヘラ。いつもなら、セメレーをチャチャッと殺しちゃうんだけど、今回はもっと巧妙な手に出たの。老婆の姿に化けて、セメレーに接近。
ヘラセメレー、よくお聞きなさい。あなたが愛しているあの男、実は恐ろしい化け物が人間の姿をしてあなたを騙しているのかもしれない。何か、怪しい所を感じたら、本当の姿を明かすように言うのです。これは、老婆心から言うのですよ。
神様老婆だからね。確かにセメレーは愛する男がいつもどこからともなく現れるのでおかしいな、とは思っていたんですね。
セメレー分かったわ。あなたの忠告どおりにするわ。
ヘラこれで、破滅が来るのは避けられないわ。可哀想に、哀れな奴め。おさらばだわ。
セメレーあなた、一つ教えてください。
ゼウスなんだい?
セメレーあなたは、私を愛していますか?
神様これ、聞かれるの。私は嫌い。
ゼウスもちろん、心の底から君を愛している。
セメレーでは、愛の証をいただけますか?
ゼウス証?
セメレー私の願いを一つだけで良いのです。聞いていただけませんか?
ゼウスもちろんだとも。一つと言わず、いくらでも言いなさい。
セメレー愛の証ですもの。一つで十分です。お約束くださいますか。
ゼウス約束しよう。
  ヘラが何かをセメレに囁く。
セメレーステュクスの川に誓って!
ゼウスステュクスの川に誓おう!
神様ステュクスの川は、神々の水と言われていて、この川に誓いを立てると、神でさえその誓いは破れないと思ってください。
セメレーでは、お願いです。私に、あなたの本当の姿を見せてください。
ゼウス何?
セメレ愛の証に、あなたの本当の姿を。私も誓います。あなたの姿がどんなものでも、私はあなたを愛し続けます。
神様一見、良い話でしょ?でもヘラの狡猾なところは、ここなんです。
ゼウスヘラ。お前が吹き込んだのか?何てことをしてくれたんだ!!
ヘラええ。
ゼウス私に彼女を殺せというのか!?
ヘラ殺せなんて言ってないわ。愛の証に本当のお姿を見せて差し上げるなんて簡単なことでしょ。
ゼウス同じ事だ!!
ヘラ同じ事?力溢れる神として恐ろしい雷と灼熱の炎を身にまとった姿で堂々と彼女を愛しておやりなさい。人の身たるセメレーを!
セメレさあ、愛の証に、あなたの本当のお姿で私を愛してください。
ゼウス取り消す。約束を取り消すぞ。
ヘラステュクスの川に誓ったはず。誓いは絶対。ふふ。はかりがたいこの喜び。これで復讐を果たしたわ。愛なんて泡沫(うたかた)よね。苦労の上、手にして、自分のものになったら消えてしまうなんて。
ゼウス狡猾な嫉妬の女神め。
ヘラなぜ、人を愛し愛されるのに、証なんてものが必要なんです。愛を証明されなければ、愛せないんですか。愛を試すような愚かな人間、そんな人間が一人死んで誰が困るというの!
セメレーさあ!愛を証してください。本当の姿で私を愛してください。
ヘラさあ!虚飾を剥いであの女を抱いておやりなさい!本当の姿で!
セメレーさあ!本当の姿で!
ゼウス許してくれ。
  ゼウス、セメレを抱きしめる。
神様セメレーは焼け死んだとさ。ミュゼット。手を出しなさい。
  ミュゼット、うなされながら、手をお椀状にして差し出す。神様がその手に何かを乗せてくすりと笑う。舞台隅(階段上の踊り場など)にブレーとカドリーユが登場。
ブレー代筆?それってどういうこと?
カドリーユよく分からないけど、あのお医者さんが旦那様の遺書を読み上げた時、確かに「代筆」って言ったような気がしたの。
ブレー代筆?遺書を代筆したってこと?
カドリーユ「代筆、クラント・オルドル」って。
ブレーん?クラント様が、ご自身の遺書を代筆?
カドリーユ聞き間違いかもしれないけど?
ブレー僕は、クラント様を運んでいて、その場にいなかったからな。その遺書は?
カドリーユカナリー叔母さまが 取り上げてしまって、その後どうなったか?
ブレー確かに気になるな。
カドリーユ私、奥様にもそれとなく聞いてみるわ。奥様はその場にいたんだし。
  カドリーユ、ミュゼットが寝ているところに移動し、寝ているミュゼットの手に何かを乗せる。ミュゼットが目を覚ます。
カドリーユ奥様。奥様、こんな所で、寝てはいけません。
ミュゼットあ、カドリーユ。(手に乗せられたものを見て)私の死んだ母が、よく眠れない時、こうやって手を合わせて寝ると良いって言っていたわ。愛する人を失った神様の涙を受け止めるんだって。
カドリーユ神様の涙?
ミュゼットそれは、ステュクスの川の水から出来ていて、人をここちよく眠りに誘う薬なんだって。(飲む真似をして見せる)おかしな夢を見たわ。あなたも出てた。
カドリーユステュクスの川、神話の夢ですね。良い夢でした?
ミュゼット(目尻の涙を拭いながら頭を振る)ひどい遺書・・・。
カドリーユ奥様!
ミュゼットあんな遺書・・・。
カドリーユあの、奥様。あの遺書。あれは旦那様の遺書ではないと思います。
ミュゼットどうして?・・・でも悩みが・・・。
カドリーユだからです。それを治す薬を手に入れたって。だからもう大丈夫だって・・・。
ミュゼット薬・・・・・・。カドリーユ、どうしてあなたがそんな事知ってるの?まさか・・・。
カドリーユ違います!そんなんじゃありません。
ミュゼットどうして知ってるの?あの人が言ったの?あなたに?
カドリーユいえ、あの・・・ブレーから聞いたんです。奥様、信じて・・・それに
ミュゼット私、なにがなんだかわからなくなってしまって。寒いの。寒気がするのよ。
カドリーユ本当に、クラント様は気の毒です。でも、絶対に奥様のせいではありません。それは私が一番良く知ってますから。それに。
ミュゼット違うの!(服を脱ぎ、背中が見える格好になる。)
カドリーユ(驚いて)奥様。
ミュゼット(興奮して)寒気がしたの。カドリーユ、あの時寒気がしたのよ。お願い!(泣き出しそうになって)背中を見て。私、黒い斑点はある?
カドリーユ奥様。
ミュゼットカドリーユ!
カドリーユ(驚くが、微笑んで、ゆっくり近付き、背中を触って)大丈夫、ありません。憧れます。きれいなお肌で。
ミュゼット(ホッと溜め息をつく)
  そのまま、二人の間に沈黙が訪れる。ミュゼット、そっとカドリーユの服を脱がせる。
ミュゼットあなたもきれいよ。
カドリーユ奥様、聞いていただきたいことが。
ミュゼット待って。背中をみせてちょうだい。
  ミュゼット、カドリーユを後ろに向かせ、背中に手を触れようと手を差し出すが、勇気が出ないためか、小刻みに震える手がゆっくりとカドリーユの背中に伸びて行く。ミュゼットがカドリーユに愛を抱いている事が、そしてその事がカドリーユに分かっても良いとぎりぎりの決心をした事が、観客に伝わる。
ヴォルタ(登場して)おっと!し、失礼。(後ろを向く)
  二人、急いで服を着る。
ミュゼットごめんなさい。こんな所で、あの・・・先程のペストの話し、気になった物だから、背中を・・・。
ヴォルタい、いえ、私こそ、すいません。
カドリーユ奥様。失礼します。
ヴォルタあ、カドリーユさん、さっきブレーさんが探してましたよ。
カドリーユブレーが。
ミュゼットカドリーユ。待って。
カドリーユはい。
ミュゼットブレーの手伝いは禁じましたよ。
カドリーユ分かってます。分かってます。ご安心を。(去る)
ミュゼットあの・・・ずっと見てました?
ヴォルタいえ、今、何も知らずにここに入って来たんです。
ミュゼットいえ、いいんです。隠すような事ではありませんから。
ヴォルタすいません。あのブランデーか何かをいただきたいのですが。ガイヤルドが眠れないと。
ミュゼットあ、ええ。そこの棚からお好きな物をお持ち下さい。
ヴォルタどうも。ああ、カルバドスがある。これを頂戴できれば、ガイヤルドが喜びます。
ミュゼットどうぞ。お持ち下さい。
ヴォルタありがとう。(持って行く準備をする)
ミュゼットあの。
ヴォルタはい。
ミュゼットガイヤルドさん。奥様が去ってしまった時、どんなお気持ちだったんでしょう?
ヴォルタ(笑顔で)それを私に聞きますか?
ミュゼットいえ、すいません。ただ、クラントは死んでしまった・・・。私が去ったからと・・・。
ヴォルタあ、ああ。そうでしたね。お気の毒です。何かお役にたてるのならお答えしましょう。ガイヤルドの気持ちは分かりません。ただ・・・ガイヤルドは、私を許しました。フルラーナの事も許しました。
ミュゼットそうですか。
ヴォルタなるほど、フルラーナはガイヤルドから去って行ったという点で、あなたに似ている。そして、愛人であった私が去ったため自殺をしたという点ではクラントさんに似ていますね。あなたもフルラーナの交霊に参加されてはどうですか?フルラーナから面白い話が聞けるかもしれませんよ。
ガイヤルド(登場しながら)死者は時として、生者を癒す物です。多くの場合その逆だが。ヴォルタ。遅いと思って来てみれば、なるほど、眠りに誘う魔法の水を探しに行かせたら、聖なる泉のほとりで美しき妖精の女王に出会いましたか。
ミュゼットガイヤルドさん。
ガイヤルド(カルバドスを見て)おやおや!魔法の水も見つけたとみえる。重畳重畳。いかがです。こんな真夜中ですが、クラントさんに献杯と参りませんか?
クラント(一度退場していても良い)というわけで、寝床で夢の神(モルフェウス)に見放された人々が集まり、深夜の饗宴が始まった。
ミュゼット男の人のアレがちゃんとしないというのは、愛されていないと言う事なんでしょうか?それとも、よく言うように、愛ゆえに、なんでしょうか?
ヴォルタえ?そんな事はないと思いますが。そもそも愛とは関係あるのかどうか。
ミュゼット私、一度、クラントに言ってしまった事があるんです。私を愛してないの?って。
ガイヤルドそれは、残酷ですな。役に立たない事も、愛を疑われる事も。
ミュゼットいつもなら、クラントは、謝るんです。でも、その日は、怒って。
クラント「こいつはなぁ、女を喜ばせるためについてるんじゃないんだよ!」
ミュゼット「じゃあ、なんなのよ?」
クラント「男が楽しむためについてるんだ!」
ガイヤルド男が楽しむため。(ヴォルタと顔を合わせにやける)それで、だったら、一人でやってれば!というわけですかね。
ミュゼット売り言葉に買い言葉で、大げんかになってしまって。牡蠣をたくさん食べた晩だったのに・・・。彼が自殺した後、荷物を整理していたら、色々な薬が出てきました。鹿の角、海蛇、カラス麦・・・
ガイヤルド精力剤(強壮剤)ですね。
ミュゼット滑稽です。自殺した人の遺品が精力剤なんて。
ヴォルタ誰のために。
ミュゼットええ。
ヴォルタ用意したんでしょう。(沈黙)
ガイヤルド彼が天国に行っている事は確かですね。いずれにせよ、悪人がやる事ではない。
ミュゼット自殺でも?
ガイヤルド関係ありませんよ。自殺なんて一種の事故死です。(それに、妖精の女王じゃないが、愛と死はいつでも交換される類のものなんですよ。)
ヴォルタフルラーナも?
ガイヤルドフルラーナは多重事故だな(笑う)。彼女は私の元から去る時言いました。あなたは、私に幸せを与えてくれないって。私はそう言われる度言ったんです。君はいつも幸せを与えられようと思ってる。幸せは人から与えられる物じゃないだろ?って。
ヴォルタなによ!人から与えられる物で幸せになっちゃいけないの?じゃあ、募金はいらないじゃない。国連難民高等弁務官はいらないじゃない!
ガイヤルドそうそう。いつもそれ。
ミュゼット国連?
ガイヤルド国連難民高等弁務官。急に言うんですよ。カーッとなっているのに。そんな難しい事。で、私は静かに答えるんです。フルラーナ、君は、難民じゃないだろ?すると、彼女は目を閉じて静かに言った。
ミュゼット(待って待って当てるから、という可愛らしい素振りの後、渋い演技に入って)・・・難民よ。
ガイヤルドその通り。
クラント(ミュゼットの後ろから、肩に手を置いても良い)ミュゼット、君は、難民じゃないだろ?
ミュゼット(本当の気持ちで)難民よ!
  クラント、静かに立ち去る。この間、ガイヤルドとヴォルタはちょっと驚いて顔を見合わせている。ガイヤルドが表情で指示を出し、
ヴォルタミュゼットさん。大丈夫ですか。
ミュゼット少し酔っぱ・・・
ヴォルタ(同時に)少し酔っぱらったみたい、なんて常套句、言わないで下さいね。
ガイヤルドいずれにせよ、彼女は難民で、それだけにいつも幸せを求めていた。逆に幸せを望むあまり、自分を難民のような位置に落としていたとも言える。際限なく、愛され、幸せになりたがった。足りなければ、それが不満になった。ま、愛も幸せも多すぎては毒になる。モルヒネと一緒。適量が一番。
ミュゼットお酒もですね。
ガイヤルド片時も離れず見つめあって、愛と幸せを与え合う。自分が与えた量と同じだけ与えて欲しい。それが公平だと言いながら、さらに多くを求めあう。どちらかが破産するまで贈り物を贈り合う。愛は競争に似ていますね。
ミュゼット競争。
ガイヤルド見つめ合うということは、監視しあうということです。目を背けた側が一方的に監視されるということ。目を背けた方が負け。少し離れた位置から、お互いではなく同じものを見つめることはできないのでしょうか。私とフルラーナは結局それができなかったが。
ミュゼットできないんだと思います。
ガイヤルドできませんか。それは、なぜ?
ミュゼットそれが、分かった時、愛が終わるのかも。
ガイヤルド理解は愛を終わらせる、と。
ミュゼットクラントには、理解できないって言われてましたけど。
ガイヤルド人は理解できるものほど愛おしいのかと思ってました。理解できない物を愛することは出来ない。それは、嫌悪であり恐怖なんですから。
ヴォルタ(酒を飲みながら)理解は愛を育むのか、それとも愛を破滅させるのか・・・。そう言えば、先程、なんというか、メードの方と背中を見せあっていたのはペストを恐れて?
ミュゼットえ、ええ。まさか見られているとは(恥ずかしそうにうつむく。)
ガイヤルド君は、それを見ていたのか?女神の裸を盗み見るとは。
ミュゼット鹿の姿に(笑う)。まさかとは思ったんですけど、叔母様があまりの剣幕だったから。
ガイヤルドまあ。おっしゃる通りまさかですな。この時代にペストなんて。
ミュゼットそう言えば、思い出しました。お聞きしようと思っていたんです。ネズミが自殺する寄生虫がいるとかって、話をされませんでした?カドリーユがそんなようなことを。
ガイヤルドカドリーユさん?
ミュゼットさっきの背中のメードです。
ガイヤルドああ、彼女から。トキソプラズマと言って、ネズミを体内から操って、ネコに捕食されるように仕向けるんですよ。だから、ネズミからしてみれば、まあ自殺行為をさせられる。
ミュゼット操る?どんな風に?
ガイヤルドネズミは普通ネコを恐怖の対象と思うでしょ?食べられちゃいますからね。
ヴォルタトムとジェリーでもない限り。
ガイヤルドところがこの虫に寄生されたネズミはネコを恐れなくなる。いやむしろ好きになってしまうのです。嫌悪や恐怖の対象のはずなのに近づきたくなる衝動を抑えられない。そして、捕食されるわけです。
ヴォルタ愛するべきではないものを愛するようになってしまう。
  ここで、ガイヤルドは、ミュゼットに対しても、ヴォルタに対しても、聞きたくない話をしてしまっている。
ミュゼットまさか人間には寄生しないんですよね?
ガイヤルド彼に寄生してますよ。
ヴォルタガイヤルド。
  ミュゼット、ヴォルタから少しだけ離れる。
ミュゼットどこから寄生するんですか?
ヴォルタ(意地悪く)南の方の樹木や怪しげな強壮剤、鹿の角、海蛇、カラス麦。
ミュゼットえ?
ヴォルタなんて、冗談ですよ。
ミュゼットえ?
ヴォルタお聞きになりたいのは、そういうことでしょ?
ミュゼットそ、そうですけど。
ガイヤルドヴォルタ。主にネコの糞からです。元々土の中にいるので、野菜はよく洗ってくださいね。それに、この寄生虫はネズミにしても人間にしても、自殺をさせるのではないのです。単に、ネコに近づきたくなるようになるだけです。ネズミの場合、結果として・・・
ミュゼット自殺がしたくなるんじゃ・・・
ガイヤルドないんです。
  アルマンドたちが入って来る。
カナリー(ふしをつけて)焼ーけた焼けた。おっと、人がいる。
ミュゼット叔母様たち、寝てらしたんじゃないんですか?
カナリーあっちの部屋にいたんだよ。十秒後には眠りたい。
ヴォルタ何が焼けたんですか?
カナリーあ、ク、クッキーよ。
ガイヤルドこんな時間に?
アルマンドじゃあ、ビスケットで!
ヴォルタじゃあ?
カナリー明日の、交霊で使うんです。今日はすいませんね、交霊できなくて。
ガイヤルドそれは、仕方ないですよ。あんな事があったんだ。
カナリー私は眠ります。
ミュゼット随分お疲れみたいね。
アルマンドそうね。いろいろあったから。おやすみ。
カナリーはいはい。(退場)
アルマンドあら、カルバドスね。私にもいただける?澱(オリ)の多いお酒だから、そっと注いで頂戴。
ミュゼット澱?
アルマンドそうよ。見えるでしょう。ほら、ここに、気持ち悪いわ。ずっとボトルの底に身を潜めてて、何かを待ってるみたい。あら、私、なんか気の利いた事言った。
ガイヤルド言いましたね。
  ミュゼットが注ごうとすると、
アルマンドそっとね。上がってこないように。そうそう。下手をするとお酒全体が濁るの。よくできた!
ミュゼット良かった。
アルマンドそれじゃ、カンパ(乾杯をしかけて)あら?みんな集まってると思ったら、ブレーとカドリーユは?
ヴォルタ何か仕事があるみたいですよ。
アルマンド私、あの子たち好きよ。ああいう素直で真直ぐな子たちを好きだって言うと自分が善人になったみたいで気分が良いの。呼んできてちょうだいよ。
ガイヤルドいやいや、邪魔は良くない。
ミュゼット邪魔?どういう意味?
ガイヤルド若い二人だ。
ミュゼット(全く信じていない)まさか。やめてよ。うちのミュゼットが、あんな××(演者の外見に合わせて)と。ありえないわ。
  ブレーが飛び込んでくる。後ろからカドリーユが、ブレーに思いとどまらせるように入ってくる。
ミュゼットブレー。カドリーユ?
カドリーユブレー。やめた方が。
ブレーアルマンド叔母様!いくつかお聞きしたいことがあるんです。
アルマンドあら、なあに?
ブレークラント様の死についてです。クラント様は本当に自殺をなさったのか。遺書に不審なところはありませんでしたか?
アルマンド別にないわねぇ。
ブレーカドリーユが言うには、遺書の最後の所に「代筆」とクラント様のお名前があったとか。
アルマンドあったかしら?
カドリーユそちらのお医者様が読まれたんです。私、聞き間違い・・・。
ガイヤルドああ、確かに「代筆クランント・オルドル」とありましたよ。
ブレーおかしくないでしょうか。これから死ぬのに遺書を書く。その遺書に「代筆」と自分の名前を書く。
アルマンドクラントは公証人です。いつも人様の遺書とかそういうのを書いてるんでしょ。ついいつもの癖で書いたんじゃないかしら。
ブレー・・・そうかもしれません。しかし、クラント様の遺体はお渡しいただきたい。しかるべき検査を、検視をした方が良いと思うのです。
アルマンドガイヤルドさんは、お医者様ですよ。その方に、確認していただいてのですから、問題ないでしょ。
ガイヤルド死因については請け負いますが・・・あなたはクラントさんが自殺ではないと思われるのですね。すると、事故死か・・・殺人?
アルマンド殺人だなんて、馬鹿げたこと!!馬鹿げすぎてて馬が鹿になっちゃう!そりゃ事故死か自殺かはわかりませんよ。わざと落ちたのか、足を滑らせたのかってことでしょ?でも、殺人だなんてありえません。
ブレーなぜですか?
アルマンド何故って、だって、私の見てる前で、あそこの高窓から飛び降りたんですもの。ひゅーどんって。
ミュゼット叔母さまの見てる前で?
アルマンドそうよ!ひゅーどんって。びっくりしたわよ。
ブレーそれは、嘘です。百合の花を見に外に出て見つけたと、私に言いましたよね。
アルマンドあれは、嘘です。ちょっと儀式の前に時間が欲しかったからね。
ヴォルタ儀式?
ブレー死体はどこですか?
アルマンドネズミの?
ブレークラント様のです。
アルマンドあなたも欲しいの。あっちの部屋の暖炉にあるけど。
ミュゼット暖炉?
アルマンドでも、一人分だからもう使えないわよ。それに焼いちゃったし。
ブレー焼いた?
ヴォルタクッキーじゃなかった?
ブレークッキー?
ミュゼット叔母様?
アルマンドじゃあ、ビスケットで!あ!(胸を押さえて苦しむ)
ミュゼット叔母様、どういうことです?
アルマンドおお(あっけなく倒れる)
ミュゼット叔母様?叔母様!!
ガイヤルドいかん。心臓発作だ。
  暗転。

第8場

  天国と思われる場所に、神様と3人の人間(一人はアルマンド)。
神様今週の商品はコチラ!ここにある木。これは、カジュアリーナ・トリーという木の苗木。この木が樹齢百年に達すると、その木の下で未来の事が聞こえるようになるという珍品です。では、早速問題。十秒後に、この木を手にしてい・・・
わた・・・
  アルマンドがAをナイフで殺害し、Bに向き合う。Bもナイフを出す。その瞬間、アルマンドは銃を取り出し。一発でBを仕留める。
アルマンド(神様をにらみつけ、銃口を向ける)あなたよ。神様。答えは、あなた。
神様あーあ、2人も殺しちゃって、樹齢百年まで君が生きられるはずないだろ?
アルマンド生きられるのよ!
神様いや、もう、死んでるんだよ。君は。
アルマンドそれはおかしいわ。だってあなたの言う通り、儀式をしたんですよ。
神様儀式?
アルマンド長生きの儀式。1、死体を一つ作る。2、自分の魂を離脱させて、その死体に入る。3、再び、自分に戻る。そうすると、その乗り移った人の残りの寿命を自分の物にできるって神様言ったじゃない。
神様(首を振る、細かい方が良い)言ってないよ。
アルマンド交霊の時よ、ほら、4月16日の朝の。
神様言ってないよ。別の神様じゃないの?
アルマンドその顔だったけど。じゃあ、私は死んだのですか?神様。
神様心臓発作で。
アルマンド・・・。あっけないのね。
神様ふと、思ったんだけど、その神様が言ったていう方法、ちょっとおかしくないか?
アルマンドえ?
神様だって、乗り移った人間の残りの寿命って、ゼロじゃないの?死んでんだから。
アルマンドえ?違います。死は儀式のためで、その人が死ぬ前の残りの寿命ですよ。
神様それだって、短いよ。その後すぐ死ぬわけだから。それ、その寿命を自分の物にしたから、死んだんだ。きっと。神様的には、そう思う。
アルマンド違います。だってそれじゃ、長生きにならないでしょ。その人の残りの、あるべき寿命を自分の寿命にプラスできるんです。
神様あるべきぃ?誰が言ったの?
アルマンド神様。
神様だから、言ってないって。
アルマンド別の神様?
神様唯一絶対神なんだけど、一応。
アルマンドさっき、別の神様って。
神様それ内緒ね。
アルマンドあなた馬鹿でしょ。
神様神だからね。全ての物でありうる。いいかね、アルマンド。人間は走る事もできるし、木に登る事もできる。ある程度深く潜る事もできる。だが何故だね?どんなに鍛えても、自分の力では、たったの1ミリだって宙に浮かんでいる事は出来ない。
アルマンドなに言ってるんです?鳥肉を食べるなって事?
神様出来ることと出来ないことがあるってこと。
アルマンド喩えがお粗末ね。神様。
神様じゃあ、考えてみて。さっきのカジュアリーナ・トリーね。あれが樹齢百年を迎えるまで長生きしたとして、その木の下で、未来のどんな事を聞きたかったのかね?
アルマンド私の死に方。私はどんな死に方をするのか。
神様は?
アルマンド私の死に方よ。あなたには分からないわ。神様だもん。この不安。必ず死ぬのよ。なのにそれについて何も分からない。些細な動作の際に突然死の転機をとる。ペスト患者の最後は、くしゃみがきっかけかもしれないし、ちょっとした強ばりの瞬間に訪れるかも知れない。でも、私たちだって同じだわ。考えてみてよ。おかしくない?私たちは常に狙撃兵に狙われているの。だけど私たちには何も聞こえないし、何も見えない。ある瞬間、なんのためらいもなく、引き鉄が引かれ、私たちはこの世界からいきなり切り離される。ベルもならさず汽車を走らせる。不条理じゃない。
神様君も喩えがお粗末だ。大丈夫。絶望にも不条理にも、人間はすぐ慣れる。むしろ、いつ、どのように死ぬかを知らされている人生の方が、よほど不条理だと思うが。それに君は、もう。
アルマンドそう。あんなに恐ろしかったのに。いやいやいや、死んでないんですよ。だって儀式をしたんだもの。
神様でもねぇ。
アルマンドあ、思い出した。私、死んで良いのよ。
神様おいおい、まだ言うか。
アルマンドあなた言ってた。一度は死ぬの。それで、その後、自殺した人の元々の寿命を引き継いで復活するって。昔誰かにも同じ事教えて、復活させたって。
神様覚えてない。
アルマンドその人は、確か自分の弟子かなんかを自殺させて復活を・・・
神様覚えがない。
アルマンドだから、遺書書いたのよぉ。ここに。ほら。死んでも、しばらくは焼かないようにって。
神様そう。じゃあ、試してみたら。そんなこと言った覚えは本当にないんだけどなぁ。
アルマンド生き返らないと困るのよ。カナリーも同じようにしてあげなきゃいけないし。約束したから。彼女は私なの。つまり二重人格の逆なの。同じ人格が2人の人間に入っていると思ってもらえば良いわ。
神様それはない。
アルマンドまあね。でも助けたあげなきゃ。
神様・・・じゃあ、やってみたら。
  暗転。

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