第6場 | |
| 居間。ガイヤルドとヴォルタがいる。ガイヤルドはテーブルの上の本を読んでおり、頃合いを見て、テーブルに戻す。ブレーが、カジュアリーナ・トリーの鉢植えを持って登場。二人に会釈し、二人も返す。ブレーは、鉢植えをどこに置こうかうろうろしている。そのブレーをガイヤルドがじっと見ている。 |
ヴォルタ | (嗜めるように)ガイヤルド。 |
ガイヤルド | 木を見ているんだよ。(ブレーに)変わった木ですな。 |
ブレー | え? |
ガイヤルド | その鉢植え。あまり見かけない木ですな。 |
ブレー | あ、これ、旦那様が新婚旅行先で手にいれたそうですよ。 |
ガイヤルド | 南国のものでは? |
ブレー | 確か、インドシナの方へ行かれたはずです。 |
ガイヤルド | (ヴォルタに、したり顔で)南国だ。 |
ヴォルタ | 何をされているんです? |
ブレー | 日の当たる場所はないかと。 |
ガイヤルド | 雨ですよ。 |
ブレー | ええ、そうなんですが、雨でも、どこか一つくらい日の当たる場所があるはずだ、と、いつも旦那様が。けれど、ない。 |
ガイヤルド | そこら辺に置いておけばいいでしょう。木と会話できるわけじゃないんです。日が当たったかどうかなんて、ねぇ。 |
ブレー | では、ここに。(鉢植えを置く) |
ガイヤルド | (ヴォルタに)木はこんなに大事にしてもらって。世界中では難民たちが餓死したりしているのに。 |
ヴォルタ | またその話? |
ガイヤルド | (ブレーに)彼は、ネコが大好きなんですよ。ネコを異常に愛して、大金をかけて(笑う)。 |
ヴォルタ | 人並みだよ。 |
ガイヤルド | トキソプラズマに寄生されているんだよ。 |
ブレー | トキソ? |
ガイヤルド | 面白い寄生虫でね。この寄生虫に感染した人は、ネコの尿の匂いを好むようになって、ネコに近づくようになるんですよ。君がネコを愛するのは、君の意志じゃないんだ。寄生虫に操られてる。 |
ヴォルタ | いつもこの話ですよ。 |
ブレー | 面白いですね。 |
ガイヤルド | 悲劇的なのは、 |
ヴォルタ | (同時に)悲劇的なのは、ネズミがこの寄生虫に感染した場合です。この時もネズミはネコに近づくようになる。普段の恐怖心や嫌悪感を忘れてね。自ら死にに行くようなものですよ。でしょ? |
| アルマンドが入ってくる。 |
アルマンド | 自殺です! |
ガイヤルド | その通り! |
| クラントが入ってくる。 |
ブレー | あ、アルマンド様。あの、クラント様を見かけませんでしたか?朝からお姿が見えず。 |
アルマンド | 自殺です!庭の百合の様子を見に出たら、酔っぱらって寝ているのかと思ったんだけど・・・ |
クラント | これが、この家での一人目の死者。つまり、僕。死ぬ程辛かったというわけでもないのだけど、アルマンド叔母さんの遺書を書いてから、あの高窓の前に立って、真っ暗な庭を見下ろし、麻酔薬のような百合の香りとたくさんの虫の羽音のような雨の響きに包まれていたら、胸の奥で生と死のバランスが崩れ出してしまった。その瞬間、僕もバランスを崩してしまった、そういう印象。(クラントは幽霊としてこのまま残り、リアクションを取る。) |
| クラントのモノローグの間に、アルマンドの身振りで、ガイヤルド、ヴォルタ、ブレーは庭に出て行く。その後、カドリーユ、ミュゼット、カナリーが慌てて集まって来る。 |
ミュゼット | クラントが? |
カドリーユ | 奥様。 |
アルマンド | 庭のね、百合の様子を見に出たら、倒れていたの。今、ガイヤルドさんたちが見に。 |
カドリーユ | どうして、そんな・・・。どこです?(進もうとする) |
ミュゼット | 行かないで。 |
カドリーユ | でも、奥様。 |
| ガイヤルドとヴォルタが入って来る。 |
カナリー | どうでした? |
ガイヤルド | 全身の打撲は大した事ないが、側頭部を強く打っている致命傷です。偶然、大きな石があって、そこに。 |
カドリーユ | それで? |
ガイヤルド | それでとは? |
カドリーユ | お亡くなりに? |
ガイヤルド | はい。残念ですが。 |
ヴォルタ | そこの高窓から飛び下りたんでしょう。 |
アルマンド | 台の上にあった花瓶が下に置いてあります。あの台を足場にして。 |
ガイヤルド | すると自殺ですか。 |
カドリーユ | ブレーは? |
ヴォルタ | まだ、クラントさんの側に。運びますか? |
カナリー | そうしてくださる。 |
| ヴォルタ、玄関から退場。 |
カドリーユ | 警察は? |
アルマンド | 自殺だし、良いですよ。 |
カドリーユ | でも、勝手に動かしたりしては・・・。 |
アルマンド | 私の家から私の庭に飛び下りたんです。 |
ガイヤルド | アルマンドさんがお決めになれば良い。 |
アルマンド | それに自殺だという証拠もあるし。 |
ミュゼット | 証拠? |
アルマンド | 遺書です。ほら。 |
ミュゼット | カドリーユ、お願い。 |
カドリーユ | いやですよ。奥様。遺書なんて。 |
ガイヤルド | では、私が。どれ「私は人生に疲れました。私には、愛する人がいましたが、その人は・・・」(ミュゼットを思って止める)。やめておきましょう。 |
アルマンド | 読んでください。隠したって始まらないわ。ミュゼット、良いでしょ? |
ガイヤルド | (深く息を吸って)「私は人生に疲れました。私には、愛する人がいましたが、その人はもう去ってしまいました。愛を信じていた私の心に指した影はもう払い去る事が出来ません。さらに、性の」ん?「性の」ああ「性の能力が衰え、もはや生きて行くのが辛いのです。」 |
アルマンド | 間違いない。クラントだわ。 |
ガイヤルド | わかります。性については、男は思いつめる物です。そう、相当ナイーブな部分なんですよ。「さようなら。皆さん、さようなら」 |
カナリー | はあー。気にしてたのね。 |
ガイヤルド | 「代筆、クラント・オルドル」ん? |
| カナリーが、突然、遺書を奪い取る。ヴォルタとブレーが、白い布を全身にかけられたクラントの死体を運んで居間にやってくる。舞台にいるクラントはその光景をじっと見送る。ヴォルタとブレー、部屋の片隅に死体を置く。クラントその傍らに座り込む。 |
カナリー | こ、これ以上、私たちを辛くさせないで下さい。これは私が預かります。(アルマンドを睨む) |
| ミュゼット、覗き込もうとする。 |
カナリー | あんたは、見ない方が良い。あんたの事なのよ。この愛する人って。見ない方が良いに決まってる。 |
ミュゼット | そうね。叔母様、後はお任せします。 |
アルマンド | (カナリーの機転でなんとか切り抜けたのにも関わらず、遺書作戦が失敗したと勝手に思い込み、新たな作戦を急に発案する)そうよ!彼はペストの事もひどく気に病んでいたわ! |
ガイヤルド | ペスト?ペストってあの伝染病の? |
アルマンド | そうです。さっき申し上げたでしょ。この町はもう終わりなんです。ペストがやって来たんです。鼠がそこらじゅうに死体の山を作っている。人間も、もうすぐ彼らと同じ運命。そして町も。 |
ヴォルタ | ペストなんて中世の産物ですよ。今さら・・・。 |
アルマンド | いいえ、わかるのです。私には。だって、私は、(天を仰ぎ)そうでしょ? |
ガイヤルド | (結構信じやすい)まさか。 |
アルマンド | それで、いつかクラントに聞かれてしまった事があるの。 |
ブレー | 旦那様に?何をですか? |
カナリー | アルマンド。(嘘がばれるから、やめなさい) |
アルマンド | クラントがペストにかかるだろうという霊の予言を。 |
ガイヤルド | 分かるんですか?誰がペストにかかるかまで! |
カナリー | アルマンド。 |
アルマンド | 麻痺及び虚脱、目の充血、口腔の汚染、頭痛、リンパ腺腫脹、猛烈な乾き、精神錯乱、身体の斑点、内部からの傷口破裂、そして、それら全ての最後に・・・。脈拍は極微となり、些細な動作の際に突然死の転機を取る。 |
ガイヤルド | その通りですが。 |
アルマンド | 分かるんですよ。ペストにかかる人間は、まず、寒気に襲われて(ミュゼットが反応する)、背中に黒い斑点が出るのだから。 |
ガイヤルド | あ、交霊術で分かるんじゃないんですね? |
アルマンド | 髑髏のような、黒い斑点が! |
カナリー | アルマンド。 |
アルマンド | この家は、大丈夫、私と霊たちが守っているから。でも感じる、霊たちが教えてくれる!黒い斑点が、誰の背中に表れるのかを。 |
カナリー | アルマンド。 |
ガイヤルド | やはり交霊術で! |
アルマンド | (大声でクラントの死体を指差す)その死体を! |
カドリーユ | (吃驚して)きゃぁ! |
アルマンド | (静かに)片付けないと。 |
| ブレーとガイヤルドが死体に向かって一瞬動くが、 |
アルマンド | 触らないように。 |
ミュゼット | どうすれば? |
カナリー | 皆さん。ここは危険です。一度、上に上がって下さい。ここは私とアルマンドでなんとかします。お願いします。上にあがってください。そして、部屋から一歩も出ないで!さあ、早く、早く。 |
| 一同、カナリーの剣幕に、上へと退散する。居間に残ったのは、アルマンドとカナリー、クラントとその死体。 |
アルマンド | まったく、余計な事を。 |
カナリー | そうよ!余計な事ばかり! |
アルマンド | クラントよ。代筆なんて余計な事を書くから。 |
カナリー | 遺書なんて持ち出してくるから。そんな物なくたって本当に自殺だったんだから。それで通せたのに。 |
アルマンド | せっかく書いてもらったのよ! |
カナリー | ペストの話までしてしまって。 |
アルマンド | あの場合は仕方ない。 |
カナリー | (真剣に)ペストから生き延びる方法は誰にも奪われないように、二人だけの秘密にするのよ。そういう約束よ!!神様に言われた通り、死体は手に入った。で、どうするの? |
アルマンド | もうやったわ。 |
カナリー | え? |
アルマンド | クラントが死んだ時に、私はもう儀式をやりました。 |
カナリー | 待ってよ、じゃあ、私は? |
アルマンド | ・・・あなた用には、もう一体死体が必要なの。 |
カナリー | そんな! |
アルマンド | 大丈夫。これだけ死体候補が集まっているのよ。 |
カナリー | 信じて良いのね。抜け駆けなんて。姉さん! |
アルマンド | 何よ急に。とりあえず、この死体を焼きましょう。焼却炉に。 |
カナリー | 焼却炉なんてうちにはない。 |
アルマンド | じゃあ、暖炉?それともオーブン? |
カナリー | 暖炉に決まってる! |
クラント | 暖炉かぁ。 |
第7場 | |
| 暗い人気のない居間。その日の夜中。クラントにのみ照明。 |
クラント | 僕は、奥の交霊術用の部屋にある暖炉でこっそり、そしてゆっくり焼かれている。ミュゼットと別れてから、自分の中にあるおかしな気持ちに気付いた。高い所で、前に傾く気持ち。最初に気付いたのは、ミュゼットが去ったあの家の窓辺に立った時。この家でそこの階段を降りる時(階段をじっと見つめていたシーンが回想されるように)。そして、花瓶をどけて、台の上に乗り、真っ暗な庭の百合を見下ろした時も。高い所で前に傾く気持ち。君には分かる? |
| 舞台が少し明るくなると、ミュゼットが降りてきてソファに座る。 |
ミュゼット | (階段を降りながら)ひどい遺書。 |
クラント | 僕が書いたんじゃない。 |
ミュゼット | でもつまらない遺書。 |
クラント | 書かされたんだ。 |
ミュゼット | 私が裏切って、私が傷つけて、私が去った。私だけが? |
クラント | 君を恨んで死んだんじゃない。ただ、理解できなかっただけ。 |
ミュゼット | 理解を望んだ? |
クラント | 信じていたよ。・・・心から。 |
| ミュゼット、眠りにつく。神様が登場し、その語りに合わせて、劇中劇が始まる。 |
| カドリーユが、セメレー役。クラントが、ゼウス役。ヘラは、誰が演じても良い。(なお、百合はヘラの薔薇とも言われ、ヘラの乳から生まれたとされる。清純と母性愛を表す) |
神様 | これは、私じゃなくて、別の神様の話なんだけど、ゼウスって神様知ってるでしょ?ま、一応、私は唯一絶対神なんで、ゼウスは私の立場でいうと、神様じゃないってことになるんだけど、まあ、そこは持ちつ持たれつだからね。で、ゼウスは、ある時、人間の女性に惚れたんだよね。セメレーって名前です。ま、いつものことなんだけど、ゼウスは人間の姿で彼女に近付き、愛を育み、っていうと言葉が綺麗だけど、まあ、やっちゃって、妊娠までさせちゃうんだよ。でも、セメレーはその男が神であるゼウスだとも知らず、彼を深く愛していたの。これに腹を立てたのが、ゼウスの奥さんの女神、ヘラ。いつもなら、セメレーをチャチャッと殺しちゃうんだけど、今回はもっと巧妙な手に出たの。老婆の姿に化けて、セメレーに接近。 |
ヘラ | セメレー、よくお聞きなさい。あなたが愛しているあの男、実は恐ろしい化け物が人間の姿をしてあなたを騙しているのかもしれない。何か、怪しい所を感じたら、本当の姿を明かすように言うのです。これは、老婆心から言うのですよ。 |
神様 | 老婆だからね。確かにセメレーは愛する男がいつもどこからともなく現れるのでおかしいな、とは思っていたんですね。 |
セメレー | 分かったわ。あなたの忠告どおりにするわ。 |
ヘラ | これで、破滅が来るのは避けられないわ。可哀想に、哀れな奴め。おさらばだわ。 |
セメレー | あなた、一つ教えてください。 |
ゼウス | なんだい? |
セメレー | あなたは、私を愛していますか? |
神様 | これ、聞かれるの。私は嫌い。 |
ゼウス | もちろん、心の底から君を愛している。 |
セメレー | では、愛の証をいただけますか? |
ゼウス | 証? |
セメレー | 私の願いを一つだけで良いのです。聞いていただけませんか? |
ゼウス | もちろんだとも。一つと言わず、いくらでも言いなさい。 |
セメレー | 愛の証ですもの。一つで十分です。お約束くださいますか。 |
ゼウス | 約束しよう。 |
| ヘラが何かをセメレに囁く。 |
セメレー | ステュクスの川に誓って! |
ゼウス | ステュクスの川に誓おう! |
神様 | ステュクスの川は、神々の水と言われていて、この川に誓いを立てると、神でさえその誓いは破れないと思ってください。 |
セメレー | では、お願いです。私に、あなたの本当の姿を見せてください。 |
ゼウス | 何? |
セメレ | 愛の証に、あなたの本当の姿を。私も誓います。あなたの姿がどんなものでも、私はあなたを愛し続けます。 |
神様 | 一見、良い話でしょ?でもヘラの狡猾なところは、ここなんです。 |
ゼウス | ヘラ。お前が吹き込んだのか?何てことをしてくれたんだ!! |
ヘラ | ええ。 |
ゼウス | 私に彼女を殺せというのか!? |
ヘラ | 殺せなんて言ってないわ。愛の証に本当のお姿を見せて差し上げるなんて簡単なことでしょ。 |
ゼウス | 同じ事だ!! |
ヘラ | 同じ事?力溢れる神として恐ろしい雷と灼熱の炎を身にまとった姿で堂々と彼女を愛しておやりなさい。人の身たるセメレーを! |
セメレ | さあ、愛の証に、あなたの本当のお姿で私を愛してください。 |
ゼウス | 取り消す。約束を取り消すぞ。 |
ヘラ | ステュクスの川に誓ったはず。誓いは絶対。ふふ。はかりがたいこの喜び。これで復讐を果たしたわ。愛なんて泡沫(うたかた)よね。苦労の上、手にして、自分のものになったら消えてしまうなんて。 |
ゼウス | 狡猾な嫉妬の女神め。 |
ヘラ | なぜ、人を愛し愛されるのに、証なんてものが必要なんです。愛を証明されなければ、愛せないんですか。愛を試すような愚かな人間、そんな人間が一人死んで誰が困るというの! |
セメレー | さあ!愛を証してください。本当の姿で私を愛してください。 |
ヘラ | さあ!虚飾を剥いであの女を抱いておやりなさい!本当の姿で! |
セメレー | さあ!本当の姿で! |
ゼウス | 許してくれ。 |
| ゼウス、セメレを抱きしめる。 |
神様 | セメレーは焼け死んだとさ。ミュゼット。手を出しなさい。 |
| ミュゼット、うなされながら、手をお椀状にして差し出す。神様がその手に何かを乗せてくすりと笑う。舞台隅(階段上の踊り場など)にブレーとカドリーユが登場。 |
ブレー | 代筆?それってどういうこと? |
カドリーユ | よく分からないけど、あのお医者さんが旦那様の遺書を読み上げた時、確かに「代筆」って言ったような気がしたの。 |
ブレー | 代筆?遺書を代筆したってこと? |
カドリーユ | 「代筆、クラント・オルドル」って。 |
ブレー | ん?クラント様が、ご自身の遺書を代筆? |
カドリーユ | 聞き間違いかもしれないけど? |
ブレー | 僕は、クラント様を運んでいて、その場にいなかったからな。その遺書は? |
カドリーユ | カナリー叔母さまが
取り上げてしまって、その後どうなったか? |
ブレー | 確かに気になるな。 |
カドリーユ | 私、奥様にもそれとなく聞いてみるわ。奥様はその場にいたんだし。 |
| カドリーユ、ミュゼットが寝ているところに移動し、寝ているミュゼットの手に何かを乗せる。ミュゼットが目を覚ます。 |
カドリーユ | 奥様。奥様、こんな所で、寝てはいけません。 |
ミュゼット | あ、カドリーユ。(手に乗せられたものを見て)私の死んだ母が、よく眠れない時、こうやって手を合わせて寝ると良いって言っていたわ。愛する人を失った神様の涙を受け止めるんだって。 |
カドリーユ | 神様の涙? |
ミュゼット | それは、ステュクスの川の水から出来ていて、人をここちよく眠りに誘う薬なんだって。(飲む真似をして見せる)おかしな夢を見たわ。あなたも出てた。 |
カドリーユ | ステュクスの川、神話の夢ですね。良い夢でした? |
ミュゼット | (目尻の涙を拭いながら頭を振る)ひどい遺書・・・。 |
カドリーユ | 奥様! |
ミュゼット | あんな遺書・・・。 |
カドリーユ | あの、奥様。あの遺書。あれは旦那様の遺書ではないと思います。 |
ミュゼット | どうして?・・・でも悩みが・・・。 |
カドリーユ | だからです。それを治す薬を手に入れたって。だからもう大丈夫だって・・・。 |
ミュゼット | 薬・・・・・・。カドリーユ、どうしてあなたがそんな事知ってるの?まさか・・・。 |
カドリーユ | 違います!そんなんじゃありません。 |
ミュゼット | どうして知ってるの?あの人が言ったの?あなたに? |
カドリーユ | いえ、あの・・・ブレーから聞いたんです。奥様、信じて・・・それに |
ミュゼット | 私、なにがなんだかわからなくなってしまって。寒いの。寒気がするのよ。 |
カドリーユ | 本当に、クラント様は気の毒です。でも、絶対に奥様のせいではありません。それは私が一番良く知ってますから。それに。 |
ミュゼット | 違うの!(服を脱ぎ、背中が見える格好になる。) |
カドリーユ | (驚いて)奥様。 |
ミュゼット | (興奮して)寒気がしたの。カドリーユ、あの時寒気がしたのよ。お願い!(泣き出しそうになって)背中を見て。私、黒い斑点はある? |
カドリーユ | 奥様。 |
ミュゼット | カドリーユ! |
カドリーユ | (驚くが、微笑んで、ゆっくり近付き、背中を触って)大丈夫、ありません。憧れます。きれいなお肌で。 |
ミュゼット | (ホッと溜め息をつく) |
| そのまま、二人の間に沈黙が訪れる。ミュゼット、そっとカドリーユの服を脱がせる。 |
ミュゼット | あなたもきれいよ。 |
カドリーユ | 奥様、聞いていただきたいことが。 |
ミュゼット | 待って。背中をみせてちょうだい。 |
| ミュゼット、カドリーユを後ろに向かせ、背中に手を触れようと手を差し出すが、勇気が出ないためか、小刻みに震える手がゆっくりとカドリーユの背中に伸びて行く。ミュゼットがカドリーユに愛を抱いている事が、そしてその事がカドリーユに分かっても良いとぎりぎりの決心をした事が、観客に伝わる。 |
ヴォルタ | (登場して)おっと!し、失礼。(後ろを向く) |
| 二人、急いで服を着る。 |
ミュゼット | ごめんなさい。こんな所で、あの・・・先程のペストの話し、気になった物だから、背中を・・・。 |
ヴォルタ | い、いえ、私こそ、すいません。 |
カドリーユ | 奥様。失礼します。 |
ヴォルタ | あ、カドリーユさん、さっきブレーさんが探してましたよ。 |
カドリーユ | ブレーが。 |
ミュゼット | カドリーユ。待って。 |
カドリーユ | はい。 |
ミュゼット | ブレーの手伝いは禁じましたよ。 |
カドリーユ | 分かってます。分かってます。ご安心を。(去る) |
ミュゼット | あの・・・ずっと見てました? |
ヴォルタ | いえ、今、何も知らずにここに入って来たんです。 |
ミュゼット | いえ、いいんです。隠すような事ではありませんから。 |
ヴォルタ | すいません。あのブランデーか何かをいただきたいのですが。ガイヤルドが眠れないと。 |
ミュゼット | あ、ええ。そこの棚からお好きな物をお持ち下さい。 |
ヴォルタ | どうも。ああ、カルバドスがある。これを頂戴できれば、ガイヤルドが喜びます。 |
ミュゼット | どうぞ。お持ち下さい。 |
ヴォルタ | ありがとう。(持って行く準備をする) |
ミュゼット | あの。 |
ヴォルタ | はい。 |
ミュゼット | ガイヤルドさん。奥様が去ってしまった時、どんなお気持ちだったんでしょう? |
ヴォルタ | (笑顔で)それを私に聞きますか? |
ミュゼット | いえ、すいません。ただ、クラントは死んでしまった・・・。私が去ったからと・・・。 |
ヴォルタ | あ、ああ。そうでしたね。お気の毒です。何かお役にたてるのならお答えしましょう。ガイヤルドの気持ちは分かりません。ただ・・・ガイヤルドは、私を許しました。フルラーナの事も許しました。 |
ミュゼット | そうですか。 |
ヴォルタ | なるほど、フルラーナはガイヤルドから去って行ったという点で、あなたに似ている。そして、愛人であった私が去ったため自殺をしたという点ではクラントさんに似ていますね。あなたもフルラーナの交霊に参加されてはどうですか?フルラーナから面白い話が聞けるかもしれませんよ。 |
ガイヤルド | (登場しながら)死者は時として、生者を癒す物です。多くの場合その逆だが。ヴォルタ。遅いと思って来てみれば、なるほど、眠りに誘う魔法の水を探しに行かせたら、聖なる泉のほとりで美しき妖精の女王に出会いましたか。 |
ミュゼット | ガイヤルドさん。 |
ガイヤルド | (カルバドスを見て)おやおや!魔法の水も見つけたとみえる。重畳重畳。いかがです。こんな真夜中ですが、クラントさんに献杯と参りませんか? |
クラント | (一度退場していても良い)というわけで、寝床で夢の神(モルフェウス)に見放された人々が集まり、深夜の饗宴が始まった。 |
ミュゼット | 男の人のアレがちゃんとしないというのは、愛されていないと言う事なんでしょうか?それとも、よく言うように、愛ゆえに、なんでしょうか? |
ヴォルタ | え?そんな事はないと思いますが。そもそも愛とは関係あるのかどうか。 |
ミュゼット | 私、一度、クラントに言ってしまった事があるんです。私を愛してないの?って。 |
ガイヤルド | それは、残酷ですな。役に立たない事も、愛を疑われる事も。 |
ミュゼット | いつもなら、クラントは、謝るんです。でも、その日は、怒って。 |
クラント | 「こいつはなぁ、女を喜ばせるためについてるんじゃないんだよ!」 |
ミュゼット | 「じゃあ、なんなのよ?」 |
クラント | 「男が楽しむためについてるんだ!」 |
ガイヤルド | 男が楽しむため。(ヴォルタと顔を合わせにやける)それで、だったら、一人でやってれば!というわけですかね。 |
ミュゼット | 売り言葉に買い言葉で、大げんかになってしまって。牡蠣をたくさん食べた晩だったのに・・・。彼が自殺した後、荷物を整理していたら、色々な薬が出てきました。鹿の角、海蛇、カラス麦・・・ |
ガイヤルド | 精力剤(強壮剤)ですね。 |
ミュゼット | 滑稽です。自殺した人の遺品が精力剤なんて。 |
ヴォルタ | 誰のために。 |
ミュゼット | ええ。 |
ヴォルタ | 用意したんでしょう。(沈黙) |
ガイヤルド | 彼が天国に行っている事は確かですね。いずれにせよ、悪人がやる事ではない。 |
ミュゼット | 自殺でも? |
ガイヤルド | 関係ありませんよ。自殺なんて一種の事故死です。(それに、妖精の女王じゃないが、愛と死はいつでも交換される類のものなんですよ。) |
ヴォルタ | フルラーナも? |
ガイヤルド | フルラーナは多重事故だな(笑う)。彼女は私の元から去る時言いました。あなたは、私に幸せを与えてくれないって。私はそう言われる度言ったんです。君はいつも幸せを与えられようと思ってる。幸せは人から与えられる物じゃないだろ?って。 |
ヴォルタ | なによ!人から与えられる物で幸せになっちゃいけないの?じゃあ、募金はいらないじゃない。国連難民高等弁務官はいらないじゃない! |
ガイヤルド | そうそう。いつもそれ。 |
ミュゼット | 国連? |
ガイヤルド | 国連難民高等弁務官。急に言うんですよ。カーッとなっているのに。そんな難しい事。で、私は静かに答えるんです。フルラーナ、君は、難民じゃないだろ?すると、彼女は目を閉じて静かに言った。 |
ミュゼット | (待って待って当てるから、という可愛らしい素振りの後、渋い演技に入って)・・・難民よ。 |
ガイヤルド | その通り。 |
クラント | (ミュゼットの後ろから、肩に手を置いても良い)ミュゼット、君は、難民じゃないだろ? |
ミュゼット | (本当の気持ちで)難民よ! |
| クラント、静かに立ち去る。この間、ガイヤルドとヴォルタはちょっと驚いて顔を見合わせている。ガイヤルドが表情で指示を出し、 |
ヴォルタ | ミュゼットさん。大丈夫ですか。 |
ミュゼット | 少し酔っぱ・・・ |
ヴォルタ | (同時に)少し酔っぱらったみたい、なんて常套句、言わないで下さいね。 |
ガイヤルド | いずれにせよ、彼女は難民で、それだけにいつも幸せを求めていた。逆に幸せを望むあまり、自分を難民のような位置に落としていたとも言える。際限なく、愛され、幸せになりたがった。足りなければ、それが不満になった。ま、愛も幸せも多すぎては毒になる。モルヒネと一緒。適量が一番。 |
ミュゼット | お酒もですね。 |
ガイヤルド | 片時も離れず見つめあって、愛と幸せを与え合う。自分が与えた量と同じだけ与えて欲しい。それが公平だと言いながら、さらに多くを求めあう。どちらかが破産するまで贈り物を贈り合う。愛は競争に似ていますね。 |
ミュゼット | 競争。 |
ガイヤルド | 見つめ合うということは、監視しあうということです。目を背けた側が一方的に監視されるということ。目を背けた方が負け。少し離れた位置から、お互いではなく同じものを見つめることはできないのでしょうか。私とフルラーナは結局それができなかったが。 |
ミュゼット | できないんだと思います。 |
ガイヤルド | できませんか。それは、なぜ? |
ミュゼット | それが、分かった時、愛が終わるのかも。 |
ガイヤルド | 理解は愛を終わらせる、と。 |
ミュゼット | クラントには、理解できないって言われてましたけど。 |
ガイヤルド | 人は理解できるものほど愛おしいのかと思ってました。理解できない物を愛することは出来ない。それは、嫌悪であり恐怖なんですから。 |
ヴォルタ | (酒を飲みながら)理解は愛を育むのか、それとも愛を破滅させるのか・・・。そう言えば、先程、なんというか、メードの方と背中を見せあっていたのはペストを恐れて? |
ミュゼット | え、ええ。まさか見られているとは(恥ずかしそうにうつむく。) |
ガイヤルド | 君は、それを見ていたのか?女神の裸を盗み見るとは。 |
ミュゼット | 鹿の姿に(笑う)。まさかとは思ったんですけど、叔母様があまりの剣幕だったから。 |
ガイヤルド | まあ。おっしゃる通りまさかですな。この時代にペストなんて。 |
ミュゼット | そう言えば、思い出しました。お聞きしようと思っていたんです。ネズミが自殺する寄生虫がいるとかって、話をされませんでした?カドリーユがそんなようなことを。 |
ガイヤルド | カドリーユさん? |
ミュゼット | さっきの背中のメードです。 |
ガイヤルド | ああ、彼女から。トキソプラズマと言って、ネズミを体内から操って、ネコに捕食されるように仕向けるんですよ。だから、ネズミからしてみれば、まあ自殺行為をさせられる。 |
ミュゼット | 操る?どんな風に? |
ガイヤルド | ネズミは普通ネコを恐怖の対象と思うでしょ?食べられちゃいますからね。 |
ヴォルタ | トムとジェリーでもない限り。 |
ガイヤルド | ところがこの虫に寄生されたネズミはネコを恐れなくなる。いやむしろ好きになってしまうのです。嫌悪や恐怖の対象のはずなのに近づきたくなる衝動を抑えられない。そして、捕食されるわけです。 |
ヴォルタ | 愛するべきではないものを愛するようになってしまう。 |
| ここで、ガイヤルドは、ミュゼットに対しても、ヴォルタに対しても、聞きたくない話をしてしまっている。 |
ミュゼット | まさか人間には寄生しないんですよね? |
ガイヤルド | 彼に寄生してますよ。 |
ヴォルタ | ガイヤルド。 |
| ミュゼット、ヴォルタから少しだけ離れる。 |
ミュゼット | どこから寄生するんですか? |
ヴォルタ | (意地悪く)南の方の樹木や怪しげな強壮剤、鹿の角、海蛇、カラス麦。 |
ミュゼット | え? |
ヴォルタ | なんて、冗談ですよ。 |
ミュゼット | え? |
ヴォルタ | お聞きになりたいのは、そういうことでしょ? |
ミュゼット | そ、そうですけど。 |
ガイヤルド | ヴォルタ。主にネコの糞からです。元々土の中にいるので、野菜はよく洗ってくださいね。それに、この寄生虫はネズミにしても人間にしても、自殺をさせるのではないのです。単に、ネコに近づきたくなるようになるだけです。ネズミの場合、結果として・・・ |
ミュゼット | 自殺がしたくなるんじゃ・・・ |
ガイヤルド | ないんです。 |
| アルマンドたちが入って来る。 |
カナリー | (ふしをつけて)焼ーけた焼けた。おっと、人がいる。 |
ミュゼット | 叔母様たち、寝てらしたんじゃないんですか? |
カナリー | あっちの部屋にいたんだよ。十秒後には眠りたい。 |
ヴォルタ | 何が焼けたんですか? |
カナリー | あ、ク、クッキーよ。 |
ガイヤルド | こんな時間に? |
アルマンド | じゃあ、ビスケットで! |
ヴォルタ | じゃあ? |
カナリー | 明日の、交霊で使うんです。今日はすいませんね、交霊できなくて。 |
ガイヤルド | それは、仕方ないですよ。あんな事があったんだ。 |
カナリー | 私は眠ります。 |
ミュゼット | 随分お疲れみたいね。 |
アルマンド | そうね。いろいろあったから。おやすみ。 |
カナリー | はいはい。(退場) |
アルマンド | あら、カルバドスね。私にもいただける?澱(オリ)の多いお酒だから、そっと注いで頂戴。 |
ミュゼット | 澱? |
アルマンド | そうよ。見えるでしょう。ほら、ここに、気持ち悪いわ。ずっとボトルの底に身を潜めてて、何かを待ってるみたい。あら、私、なんか気の利いた事言った。 |
ガイヤルド | 言いましたね。 |
| ミュゼットが注ごうとすると、 |
アルマンド | そっとね。上がってこないように。そうそう。下手をするとお酒全体が濁るの。よくできた! |
ミュゼット | 良かった。 |
アルマンド | それじゃ、カンパ(乾杯をしかけて)あら?みんな集まってると思ったら、ブレーとカドリーユは? |
ヴォルタ | 何か仕事があるみたいですよ。 |
アルマンド | 私、あの子たち好きよ。ああいう素直で真直ぐな子たちを好きだって言うと自分が善人になったみたいで気分が良いの。呼んできてちょうだいよ。 |
ガイヤルド | いやいや、邪魔は良くない。 |
ミュゼット | 邪魔?どういう意味? |
ガイヤルド | 若い二人だ。 |
ミュゼット | (全く信じていない)まさか。やめてよ。うちのミュゼットが、あんな××(演者の外見に合わせて)と。ありえないわ。 |
| ブレーが飛び込んでくる。後ろからカドリーユが、ブレーに思いとどまらせるように入ってくる。 |
ミュゼット | ブレー。カドリーユ? |
カドリーユ | ブレー。やめた方が。 |
ブレー | アルマンド叔母様!いくつかお聞きしたいことがあるんです。 |
アルマンド | あら、なあに? |
ブレー | クラント様の死についてです。クラント様は本当に自殺をなさったのか。遺書に不審なところはありませんでしたか? |
アルマンド | 別にないわねぇ。 |
ブレー | カドリーユが言うには、遺書の最後の所に「代筆」とクラント様のお名前があったとか。 |
アルマンド | あったかしら? |
カドリーユ | そちらのお医者様が読まれたんです。私、聞き間違い・・・。 |
ガイヤルド | ああ、確かに「代筆クランント・オルドル」とありましたよ。 |
ブレー | おかしくないでしょうか。これから死ぬのに遺書を書く。その遺書に「代筆」と自分の名前を書く。 |
アルマンド | クラントは公証人です。いつも人様の遺書とかそういうのを書いてるんでしょ。ついいつもの癖で書いたんじゃないかしら。 |
ブレー | ・・・そうかもしれません。しかし、クラント様の遺体はお渡しいただきたい。しかるべき検査を、検視をした方が良いと思うのです。 |
アルマンド | ガイヤルドさんは、お医者様ですよ。その方に、確認していただいてのですから、問題ないでしょ。 |
ガイヤルド | 死因については請け負いますが・・・あなたはクラントさんが自殺ではないと思われるのですね。すると、事故死か・・・殺人? |
アルマンド | 殺人だなんて、馬鹿げたこと!!馬鹿げすぎてて馬が鹿になっちゃう!そりゃ事故死か自殺かはわかりませんよ。わざと落ちたのか、足を滑らせたのかってことでしょ?でも、殺人だなんてありえません。 |
ブレー | なぜですか? |
アルマンド | 何故って、だって、私の見てる前で、あそこの高窓から飛び降りたんですもの。ひゅーどんって。 |
ミュゼット | 叔母さまの見てる前で? |
アルマンド | そうよ!ひゅーどんって。びっくりしたわよ。 |
ブレー | それは、嘘です。百合の花を見に外に出て見つけたと、私に言いましたよね。 |
アルマンド | あれは、嘘です。ちょっと儀式の前に時間が欲しかったからね。 |
ヴォルタ | 儀式? |
ブレー | 死体はどこですか? |
アルマンド | ネズミの? |
ブレー | クラント様のです。 |
アルマンド | あなたも欲しいの。あっちの部屋の暖炉にあるけど。 |
ミュゼット | 暖炉? |
アルマンド | でも、一人分だからもう使えないわよ。それに焼いちゃったし。 |
ブレー | 焼いた? |
ヴォルタ | クッキーじゃなかった? |
ブレー | クッキー? |
ミュゼット | 叔母様? |
アルマンド | じゃあ、ビスケットで!あ!(胸を押さえて苦しむ) |
ミュゼット | 叔母様、どういうことです? |
アルマンド | おお(あっけなく倒れる) |
ミュゼット | 叔母様?叔母様!! |
ガイヤルド | いかん。心臓発作だ。 |
| 暗転。 |
第8場 | |
| 天国と思われる場所に、神様と3人の人間(一人はアルマンド)。 |
神様 | 今週の商品はコチラ!ここにある木。これは、カジュアリーナ・トリーという木の苗木。この木が樹齢百年に達すると、その木の下で未来の事が聞こえるようになるという珍品です。では、早速問題。十秒後に、この木を手にしてい・・・ |
A | わた・・・ |
| アルマンドがAをナイフで殺害し、Bに向き合う。Bもナイフを出す。その瞬間、アルマンドは銃を取り出し。一発でBを仕留める。 |
アルマンド | (神様をにらみつけ、銃口を向ける)あなたよ。神様。答えは、あなた。 |
神様 | あーあ、2人も殺しちゃって、樹齢百年まで君が生きられるはずないだろ? |
アルマンド | 生きられるのよ! |
神様 | いや、もう、死んでるんだよ。君は。 |
アルマンド | それはおかしいわ。だってあなたの言う通り、儀式をしたんですよ。 |
神様 | 儀式? |
アルマンド | 長生きの儀式。1、死体を一つ作る。2、自分の魂を離脱させて、その死体に入る。3、再び、自分に戻る。そうすると、その乗り移った人の残りの寿命を自分の物にできるって神様言ったじゃない。 |
神様 | (首を振る、細かい方が良い)言ってないよ。 |
アルマンド | 交霊の時よ、ほら、4月16日の朝の。 |
神様 | 言ってないよ。別の神様じゃないの? |
アルマンド | その顔だったけど。じゃあ、私は死んだのですか?神様。 |
神様 | 心臓発作で。 |
アルマンド | ・・・。あっけないのね。 |
神様 | ふと、思ったんだけど、その神様が言ったていう方法、ちょっとおかしくないか? |
アルマンド | え? |
神様 | だって、乗り移った人間の残りの寿命って、ゼロじゃないの?死んでんだから。 |
アルマンド | え?違います。死は儀式のためで、その人が死ぬ前の残りの寿命ですよ。 |
神様 | それだって、短いよ。その後すぐ死ぬわけだから。それ、その寿命を自分の物にしたから、死んだんだ。きっと。神様的には、そう思う。 |
アルマンド | 違います。だってそれじゃ、長生きにならないでしょ。その人の残りの、あるべき寿命を自分の寿命にプラスできるんです。 |
神様 | あるべきぃ?誰が言ったの? |
アルマンド | 神様。 |
神様 | だから、言ってないって。 |
アルマンド | 別の神様? |
神様 | 唯一絶対神なんだけど、一応。 |
アルマンド | さっき、別の神様って。 |
神様 | それ内緒ね。 |
アルマンド | あなた馬鹿でしょ。 |
神様 | 神だからね。全ての物でありうる。いいかね、アルマンド。人間は走る事もできるし、木に登る事もできる。ある程度深く潜る事もできる。だが何故だね?どんなに鍛えても、自分の力では、たったの1ミリだって宙に浮かんでいる事は出来ない。 |
アルマンド | なに言ってるんです?鳥肉を食べるなって事? |
神様 | 出来ることと出来ないことがあるってこと。 |
アルマンド | 喩えがお粗末ね。神様。 |
神様 | じゃあ、考えてみて。さっきのカジュアリーナ・トリーね。あれが樹齢百年を迎えるまで長生きしたとして、その木の下で、未来のどんな事を聞きたかったのかね? |
アルマンド | 私の死に方。私はどんな死に方をするのか。 |
神様 | は? |
アルマンド | 私の死に方よ。あなたには分からないわ。神様だもん。この不安。必ず死ぬのよ。なのにそれについて何も分からない。些細な動作の際に突然死の転機をとる。ペスト患者の最後は、くしゃみがきっかけかもしれないし、ちょっとした強ばりの瞬間に訪れるかも知れない。でも、私たちだって同じだわ。考えてみてよ。おかしくない?私たちは常に狙撃兵に狙われているの。だけど私たちには何も聞こえないし、何も見えない。ある瞬間、なんのためらいもなく、引き鉄が引かれ、私たちはこの世界からいきなり切り離される。ベルもならさず汽車を走らせる。不条理じゃない。 |
神様 | 君も喩えがお粗末だ。大丈夫。絶望にも不条理にも、人間はすぐ慣れる。むしろ、いつ、どのように死ぬかを知らされている人生の方が、よほど不条理だと思うが。それに君は、もう。 |
アルマンド | そう。あんなに恐ろしかったのに。いやいやいや、死んでないんですよ。だって儀式をしたんだもの。 |
神様 | でもねぇ。 |
アルマンド | あ、思い出した。私、死んで良いのよ。 |
神様 | おいおい、まだ言うか。 |
アルマンド | あなた言ってた。一度は死ぬの。それで、その後、自殺した人の元々の寿命を引き継いで復活するって。昔誰かにも同じ事教えて、復活させたって。 |
神様 | 覚えてない。 |
アルマンド | その人は、確か自分の弟子かなんかを自殺させて復活を・・・ |
神様 | 覚えがない。 |
アルマンド | だから、遺書書いたのよぉ。ここに。ほら。死んでも、しばらくは焼かないようにって。 |
神様 | そう。じゃあ、試してみたら。そんなこと言った覚えは本当にないんだけどなぁ。 |
アルマンド | 生き返らないと困るのよ。カナリーも同じようにしてあげなきゃいけないし。約束したから。彼女は私なの。つまり二重人格の逆なの。同じ人格が2人の人間に入っていると思ってもらえば良いわ。 |
神様 | それはない。 |
アルマンド | まあね。でも助けたあげなきゃ。 |
神様 | ・・・じゃあ、やってみたら。 |
| 暗転。 |