第3場 | |
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過去。ソファに仲良く、ミュゼットとクラントが座っている。同じ部屋の場合、かつてこの家を訪れた二人、という感じ。とにかく仲の良かった頃の話。 | |
クラント | (操り人形等を使っても可)とにかく、いくらコインをいれても、戻って来てしまって買えないんだ。そうしたら、一人の女の子が遠くから急いでやって来て、こう言うんだよ。「この販売機は会員専用なんです。それ使うには、会員コインを最初に入れるんです。それからお金をいれるんです」って。だから僕は会員コインはどうやって手に入れるのか聞いた。そうしたら「私が売ってます。500ディスクールです。」って。それで、僕はその少女に500ディスクール払ったんだ。その会員コインを手に入れるためにね。少女はそれを僕の手に置いて去って行った。 |
ミュゼット | それで? |
クラント | で、見たらただの10ディスクールコインというわけ。驚いたね。思うにきっと、壊れていますっていう販売機のはり紙をはがして、そうやって客を騙してるわけだ。頭良いよね。 |
ミュゼット | へえ、頭良い。 |
クラント | と思ったら、夢だったんだ。 |
ミュゼット | ん? |
クラント | 夢さ。そんな物なんだよ。 |
ミュゼット | あのさ・・・ |
二人、消化不良の会話のまま、離れる。ここから、おそらくクラントの想い出のような(非現実の)シーン。フランスのいくつかの詩が朗読芝居のように取り交わされる。完全に離れた所で、芝居はせず、棒読みの方が良い。 | |
クラント | それで、その販売機が直るのを待って買ってきたんだ。と言って僕は指輪を出す。 |
ミュゼット | 私は、驚いて声が出ない。 |
クラント | 君は、しばらく黙っていた。 |
ミュゼット | 指輪まで出したのに、結婚という言葉がなかなか出てこない。 |
クラント | 「彼女と私はただ二人、吹く風に、髪と思いをさらしつつ、夢みながら歩いていた。突如、心ゆさぶる眼がふり向いて、」 |
ミュゼット | 「「あなたの一番幸せな日はいつのこと?」」私と結婚してください。 |
クラント | 「狂おしい心を誘う幻の果実のような月さえ二人で分け合った。」先に言われてしまった。 |
ミュゼット | 「かそけき音楽のうちに寄りそう唇の震え程、嬉しい物はこの世にない。」そう、でも、思わず言ってしまった。 |
クラント | 「漕ぐ櫂に力をこめて、まっすぐに、嬉しき人へ、その人のもとへとばかり。」幸せだった。 |
ミュゼット | 「その人の色は私の目の色。」心からあなたと結婚したいと思ったの。 |
クラント | 僕もだ。あの時は同じ台詞を共有できた・・・ |
ミュゼット | 「流れる水のように恋もまた死んでいく。」(やや冷たく)「あなたの一番幸せな日はいつのこと?」 |
クラント | え? |
場面は変わってウーヴェルテュール家の居間。クラントとミュゼットはそのまま舞台に残る。 1日目。第2場の続き。アルマンドとカナリーが、階段を降りて来るカドリーユを待っている。カドリーユが、おそるおそる、2階から降りて来る。 | |
アルマンド | ど!どうしたのよ!逆立ちなんかして!! |
カドリーユ | え?してませんけど。 |
アルマンド | 嘘よ。 |
カドリーユ | (か細い声で)あの・・・お、大奥様。 |
カナリー | 冗談よ。気にしないで。 |
カドリーユ | 私、私、大奥様に言われた通り、奥様の隣の部屋に入って、隣の部屋に入って・・・。 |
カナリー | ちょっと、分かりにくい。この人が大奥様で、ミュゼットが奥様だったら、あたしは何?って話し。 |
カドリーユ | (か細い声で)中(ちゅう)・・・ |
カナリー | アルマンド、カナリー、そう呼んで。 |
カドリーユ | は、はい・・・。 |
アルマンド | カドリーユ。どうだった。 |
カドリーユ | 大・・・アルマンド様に言われた通り、おっさんが風呂場で死んでる絵を外すと、小さな穴が・・・。 |
カナリー | 覗きをさせたの?? |
アルマンド | しっ。言葉が悪い。 |
カナリー | 分かってたけど。ねえ、ねえ、生きてるイカって何? |
カドリーユ | それは・・・(恥ずかしいという表情で押し黙ってしまう) |
アルマンド | 話して。もっと必要?(お金を出す) |
カドリーユ | はい! |
カナリー | あら、正直者だ。 |
カドリーユ | お話しします。最初、二人はだる〜い感じで話をしていました。家の事はどうするんだとか、あんな木はいらないとか?あんな木?一体何の事でしょう!? |
アルマンド | ああ、それは分かるから大丈夫、続けて。 |
カドリーユ | 旦那様は、人間と人間は常に引き付けあうべきだとおっしゃいました。 |
カナリー | なにそれ?説教。 |
カドリーユ | えーと、重さのある物にはみんな引力があるんだ。 |
クラント | (熱弁)だから、今こうしている君と僕の間にも引き付けあう力が働いているはずなんだよ。 |
カドリーユ | そうなんですか? |
アルマンド | 重いもの程、互いに強く引き付けあっているのよ。 |
カドリーユ | ああ、そうか、それで、お財布にはコインの方がよく集まるんですね。 |
アルマンド | そうだそうだ。そんな頓智(ウィット)は良いから、それで? |
カドリーユ | 反発しあうんじゃなくて?と奥様は冷たく言いました。 |
クラント | 反発?もう僕には引かれていないのかい?むしろ感じているのは反発なのかい? |
ミュゼット | 反発じゃない。でも、このままだと反発になるわ。 |
クラント | (疑心に満ちた声で)誰かに引かれてるのか? |
ミュゼット | なんですって? |
カドリーユ | それから、互いを非難しあう喧嘩が始まりました。あらんかぎりの悪口が二人の口から飛び出し、私は、もう覚えてません。・・・(間)・・・最後に奥様は決定的な事を言いました。 |
カナリー | (楽し気に)何?なんて言ったの? |
カドリーユ | 私の口からはとても。旦那様があまりにも・・・。 |
カナリー | 言いなさいよ!イカでしょ? |
カドリーユ | ご存じなんですね。旦那様がご自分のモノにその・・・パワーがないのが悪いのかと執拗におっしゃり。 |
ミュゼット& カドリーヌ | (ミュゼットとカドリーユ同時に大声で)そんなイカみたいに軟らかいものじゃ、役に立たないのよ!!分かる?せめてね、死んだイカくらいには硬くなってもらわないとね! |
クラント | なんだと!! |
ミュゼット | イカ!生きてるイカ!! |
クラント | もう一度言ってみろ! |
ミュゼット | 何度でも言ってやる。イカ!生きてるイカ!! |
頬をひっぱたく激しい音、一回。その場の女性一同で同時にクラップ。このクラップで、現実へ。 | |
カナリー | (高笑い)アハハハハハハ。 |
カドリーユ | それで、もう終わりです。 |
カナリー | 夫婦の間には、結局それか。アハハハ。 |
カドリーユ | (静かにさせようという動作で)旦那様はお仕事が忙しくて、そのきっと・・・。 |
アルマンド | カドリーユ。同情してもダメなモノはダメ。紅茶はいかが? |
カドリーユ | ブランデー入れていただけます?コニャックで。 |
アルマンド | よしきた! |
場面転換。 | |
第4場 | |
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天国と思われる場所に、神様と3人の人。 | |
神様 | 今日は、これです。ここにある薬を飲むと、相手が本当に自分を愛しているかどうか確かめる事が出来ます。これから出す問題を見事当てた物だけに、これをやろう。問題、5秒後にこれを手にしているのは誰? |
人間A | はい!私です(神様から薬を奪う) |
人間B | (隣にいたBがAを刺殺し、薬を奪う)私です。 |
神様 | (にんまり笑って)正解。 |
ウーヴェルテュール家の居間。2日目。クラント訪問の翌日。 居間にアルマンドとカナリー、ガイヤルドとヴォルタがいる。カナリーは棚の前にガイヤルドと立っている。アルマンドはいつものソファに。ヴォルタは所在なげにしている。 | |
カナリー | ほら、危ないでしょ。ガイヤルドさんからも言って下さいよ。キニーネの隣に、モルヒネ。 |
ガイヤルド | しかし、まあモルヒネも薬ですから。 |
カナリー | 間違えて飲みでもしたら・・・ |
ガイヤルド | すぐに医者を呼べば、あとは量ですな。 |
アルマンド | じゃ、あなたがいらっしゃれば大丈夫なのねぇ。 |
ガイヤルド | ええ、治療法も・・・、ヴォルタ。ナロキソンは持ち合わせていたかな? |
ヴォルタ | はい。僕のカバンに、確か一瓶。 |
ガイヤルド | 必要な薬品も持ち合わせていますから。ただ200ミリを超えたらアウトですな。コップ一杯でもう老後の心配はしなくてすみますよ(一人だけ笑う) |
ミュゼットが降りて来て。 | |
ミュゼット | カドリーユ!いないの?あ、叔母様、カドリーユを(見知らぬ2人に気付いて)あ!失礼。お客様がいらっしゃったとは知らず。 |
ガイヤルド、構いませんよという、少しきざな身ぶり。 | |
アルマンド | よく眠れた? |
ミュゼット | お陰さまで。こんな時間までぐっすりと。 |
カナリー | ゾクゾクするのは治ったの? |
ミュゼット | まだ、なんとなく。 |
カナリー | (ガイヤルドに)ほら、例の、モルヒネを飲みそうになった。 |
ガイヤルド | ああ。天国まであと一歩でしたね。寒気(悪寒)ですか? |
ミュゼット | ええ。 |
ガイヤルド | 夏に寒気(悪寒)とはよくない。よろしければ、診てさしあげましょうか? |
ミュゼット | え、ええ。失礼ですが、あなたは? |
ガイヤルド | これは申し遅れた。ガイヤルドと申します。 |
アルマンド | お医者様よ。 |
ミュゼット | 誰か具合でも? |
カナリー | 違うのよ。アルマンドに交霊を依頼しにいらっしゃったの。 |
ガイヤルド | 死んだ妻と話がしたくて、アルマンドさんの評判を聞き付けて、サン・ホルヘからまかりこしました。 |
アルマンド | お客様(死体候補)が多くて、本当に神様のお導きね。 |
ガイヤルド | ありがたいお言葉で。ところで、喉は痛みますか? |
ミュゼット | あ、ありがとう。でも大丈夫です。あれは・・・病気とかじゃなくて、きっと、虫の知らせ。 |
アルマンド | どんな知らせ? |
ミュゼット | 奴が追って来る!ていう。(ひそひそ声で)あいつは? |
アルマンド | 今日は見かけてないけど。まだ寝てるんでしょ。きっと。あとで、ブレーさんに聞いてみましょう。 |
ミュゼット | ブレーもいるの? |
アルマンド | ええ。一緒に泊まってもらってます。 |
カナリー | (ヴォルタに)サン・ホルヘってどこ? |
ヴォルタ | サン・ホルヘはタラゴナの近くです。 |
カナリー | わかんない(離れる) |
階上にクラントが登場するが、誰も気がつかない。 | |
アルマンド | それでは、奥様との交霊は明日ということで。 |
ガイヤルド | ありがとうございます。そして正確には、元の妻なんです。別れましたから。 |
カナリー | 別れた? |
ガイヤルド | 3年程前ですが、妻に愛人がいる事が発覚したのです。その事を糾弾すると、妻は私の元を去りました。ところが、今度はその愛人が妻を捨てたのです。彼に別の愛する人ができたのですね。 |
カナリー | まあ、情熱的。 |
ミュゼット | 叔母様。 |
ガイヤルド | 結婚とは鳥かごのようなもので、外の鳥は徒らに入りたがり、中の鳥は出ようともがく。モンテーニュでしたかね。 |
カナリー | 知りませんけどね。 |
ガイヤルド | 結局、フルラーナ、ああ妻です。彼女は、鳥かごから出て、次の鳥かごに入れず死にました。あの日は炎天下で、熱した砂糖水のような、どろりとしたかげろうが立ちのぼっていてね。身の渇きを癒そうとでもするかのように町で一番深い井戸に身を投じて。あまりにも深いので、まだそのままになってます(面白いことを言った、という風に)。わはは。 |
ミュゼット | ちょっと、寒気が。 |
カナリー | ひどい愛人ね。人の妻を食っておいて、他の女にまで手を出すなんて。 |
アルマンド | カナリー。 |
ガイヤルド | いやいや、私も最初は、そう思いましたが、その妻の愛人と話していると、あながち悪い男でもないような気がして。妻も独りよがりな女でしたし。 |
アルマンド | その愛人と話しをされたんですか? |
ガイヤルド | 仲良くしてますよ。 |
ミュゼット | 仲良く? |
ガイヤルド | なあ、ヴォルタ。 |
ヴォルタ | はい。 |
ガイヤルド | 彼なんです(一同のリアクションを楽しんで)。それで、フルラーナを愛した二人の男が、こうして、のこのこと交霊を頼みにサン・ホルヘから。わはは。 |
カナリー | サン・ホルヘって? |
ガイヤルド | タラゴナの近くですよ。美しい町です。(話題を変えようと)しかし、この町もまた美しいですな。昨夜、芝居(オペラ、演奏会)を観てきたのですが、内容も面白かったが、特に劇場が素晴らしい!全てが美しかった |
アルマンド | その美しい町も、もう終わり。 |
カナリー | (慌てて)芝居?どんなお芝居なの?気になるわー。 |
ガイヤルド | (ヘンデル作曲のオラトリオで)ギリシア神話のセメレーという女性のお話しです。 |
カナリー | セメレー? |
ガイヤルド | 愛を確かめようとして、そのために命を落とす女性の話です。 |
カナリー | 何?馬鹿の話? |
ミュゼット | 叔母様。セメレーは恋人のゼウスの愛を確かめようとして、ゼウスの本当の姿を知りたいと思ったばっかりに、ヘラの計略にのって、死んでしまう悲劇の女性ですよ。 |
ガイヤルド | それも、ゼウス自身の手で殺される、というかなんというか。お詳しいですね。 |
ミュゼット | 母が神話が好きで。 |
カナリー | 何言ってるのか、さっぱり分からん。 |
ガイヤルド | 馬鹿の話ですよ。 |
クラント、階段を降りて来る。降り切ったところで、ふいに何かを感じたのか、階段をじっと不思議そうに見つめる。 | |
ミュゼット | あら、いたの? |
カナリー | (まだ、階段を見ているクラントに)どうしたの? |
クラント | あ、いえ、(ガイヤルドに)はじめまして。クラントです。ミュゼットの夫です。 |
ミュゼット | 元夫。 |
クラント | まだだ。奥様のお話し、聞いていました。お察しします。 |
ミュゼット | 何が言いたいの? |
クラント | 別に、御悔やみを申し上げただけだ。やめなさい。お客様の前で恥ずかしい。 |
ミュゼット | ・・・そうね。 |
カナリー | 夫婦仲がうまくいってないの。 |
ミュゼット | 叔母様! |
ガイヤルド | お見受けした所、そのようで。しかし、生きているうちですよ。御承知のように、妻と私の夫婦仲もうまくはいってなかったが・・・ねえ。私は聞きたいのです。私は彼女の何を理解していて、何を理解していなかったのか。彼女は私の鼻息が好きだと言ってくれた事があります。鼻息が熱いといって・・・。鼻息まで愛してくれたのに、他にどんなところが、愛せなかったんでしょうね。 |
ヴォルタ | ガイヤルド。(しっかとガイヤルドを励ます) |
ガイヤルド | ありがとう。ヴォルタ。 |
アルマンド | 彼女の白い腕が、あなたの地平線の全てだったというわけね。さあさあ、すっかりお引き止めして。2階にお上がりになって。お夕食の時、また聞かせてください、井戸の底のどろりとした女の人の話。 |
カナリー | 嫌よ! |
ガイヤルド | どろりとは(言っていません)・・・ |
アルマンド | ミュゼット、お部屋をお願いできる。 |
ミュゼット | お部屋が2階と1階と別れてしまうのですけど、私が1階に移りましょうか? |
ガイヤルド | お気遣いなく。むしろ一部屋で結構です。 |
カナリー | お二人で?あら、それはちょっと狭いわよ。 |
ガイヤルド | 構いませんとも。フルラーナの話も出来ますし(ヴォルタに)な。 |
アルマンド | そういうことなら。ミュゼット、お願い。 |
ミュゼット | では、2階の方で。 |
ミュゼットが階段を登って行くと、カドリーユが丁度、表れる。 | |
ミュゼット | カドリーユ。今までどこへ? |
カドリーユ | ええ。ブレーが旦那様の書類を整理するというので手伝ってました(これは嘘)。 |
ミュゼット | あなたは私のメードよ。 |
ブレー | (カジュアリーナ・トリーの鉢植えを持って登場)カドリーユ。あ、奥様。 |
ミュゼット | ブレー。カドリーユをあの人の雑用に使わないでちょうだいね。 |
ブレー | え?(きょとんとする) |
ミュゼット | カドリーユ。ついてきて。(二人、退場) |
クラント | (居間に降りて来たブレーに)今までどこに? |
ブレー | あ、はい。カドリーユが洗濯をするというので手伝っていました(これは嘘)。こちらは?(この部分のカドリーユとブレーの説明の矛盾は観客だけが気付けば良い。舞台上の人物は気がつかない。) |
クラント | ガイヤルドさんとヴォルタさん。叔母様の交霊のお客様。 |
カナリー | ちなみに二人の関係は・・・ |
クラント | 叔母様! |
ガイヤルド | ある女性の元夫と元愛人です。 |
ブレー | わかりにくいなぁ。 |
クラント | すいません。 |
ガイヤルド | いえ、真実ですから。それに・・・いや、やめておこう。ところで、気になったのですが、先程(アルマンドを見る) |
アルマンド | え?何か? |
ガイヤルド | なぜ、お終いなんです? |
アルマンド | 何がですか?? |
ガイヤルド | この、美しい、町が。 |
ブレー | 町が? |
ガイヤルド | お終いだと。 |
アルマンド | 心の声です。お気になさらずに。 |
ガイヤルド | でも、出てましたよ。 |
アルマンド | ええ。 |
ガイヤルド | 声に。 |
アルマンド | 出ちゃいましたね。 |
カドリーユ | (階上に登場)すいません。お部屋の用意ができましたけど。 |
ミュゼットも登場し降りて来る。カドリーユは、そのまま階上に。 | |
アルマンド | 交霊の前にいろいろ考えるのはよくありません。雑念が混じります。 |
ヴォルタ | ガイヤルド、部屋へ行こう。 |
ガイヤルド | そうですな。 |
カドリーユ | こちらです。 |
全員、退場せずに、そのまま。カナリーとアルマンドにだけが前景に。 | |
カナリー | これで候補が増えた。 |
アルマンド | いつも私たち二人しかいないこの家に、急に人が。 |
カナリー | 本当に。 |
アルマンド | 神様のお導きね。(薬のおいてある棚に向かう) |
カナリー | (それに気が付き)殺すの? |
アルマンド | 馬鹿言わないで!そんな恐ろしい事できるわけない。 |
カナリー | じゃあ、どうやって? |
アルマンド | ・・・自殺なら・・・。 |
カナリー | 自殺!?・・・なるほどね。 |
アルマンド | 一番自殺したい気分なのは誰かしら? |
二人、ゆっくり、クラントの方に目を向ける(もしくは手をのばしながらクラントの方へ歩いて行く)所で、溶暗。 | |
第5場 | |
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椅子を使い居間を3つの空間に区切る。真ん中のソファにアルマンドとクラント、上手の椅子にカナリー、下手の椅子にミュゼット。いくつかのシーンが平行して進む。大きな空間に区切る必要なない。むしろ隣接する小さな空間で入れ替わり進んでいく方が良い。 アルマンドとクラントのソファ。クラントは何か書いている様子。 | |
アルマンド | あなたが公証人で本当に助かるわ。代筆を頼める人がいなくて。 |
クラント | ですが、まだ、気が早いと思いますよ。 |
アルマンド | あら、用意しておくに越した事はないんですよ。こういうのは。 |
クラント | おっしゃる通りですが。 |
アルマンド | 早速、始めて良いかしら? |
クラント | どうぞ。 |
アルマンド | 「私は人生に疲れました。」(カナリーのベンチに移動) |
カナリーのベンチでは紅茶が飲まれている。 | |
カナリー | どうやって自殺をさせるの? |
アルマンド | 何か良い方法はないかしら。 |
カナリー | こういうのは、どう?階段の一段目から飛び下りてみて、って頼むの。別に簡単でしょ。そうして、次に二段目からって言って、徐々に高くして行くのよ。最後には、相当高い所から落ちて、自殺って事になるでしょ。東洋にそういうことわざがあるのよ。 |
アルマンド | どういうことわざ?(クラントのベンチに移動) |
クラント | 人生に疲れました?それじゃ、いざという時のための遺書じゃなくて、自殺する人の遺書ですよ。 |
アルマンド | いいのよ。それで。続けて。 |
クラント | はい。 |
アルマンド | 「私には、愛する人がいましたが、その人はもう去ってしまいました。」 |
クラント | 「去ってしまいました」と。 |
アルマンド | 「愛を信じていた私の心に指した影はもう払い去る事が出来ません。」 |
クラント | 「払い去る事が出来ません。」(ミュゼットのベンチに移動) |
ミュゼットのベンチには、酒のボトルとグラス。 | |
ミュゼット | もう、別れましょう。これ以上話し合っても意味がない。 |
クラント | せめて納得できる理由を聞きたいんだ。 |
ミュゼット | それがないから、別れるんじゃない。私が別れたいと思う理由にあなたが納得できないようになってしまったから、別れるのよ。 |
クラント | 詭弁だよ。 |
ミュゼット | 私たちの関係こそ詭弁なのよ。もう、辻褄があわない。 |
クラント | でも。 |
ミュゼット | 理由?分かった。そのグラスにお酒を注いで。 |
クラント | これに?分かったよ。(クラント、グラスの9分目まで酒を注ぐ) |
ミュゼット | これが理由なのよ。 |
クラントはすでにアルマンドのベンチに。 | |
アルマンド | 「さらに、性の能力が衰え、もはや生きて行くのが辛いのです。」 |
クラント | 性の能力?叔母様・・・。 |
アルマンド | いいのよ。正直書くのよ。遺書なんだから。「性の能力が衰え」 |
クラント | 「衰え」 |
アルマンド | 「もはや生きて行くのが辛いのです」 |
クラント | 「辛いのです」 |
アルマンド、カナリーのベンチへ。 | |
カナリー | それで、最終的に、大木をも飛び越える、という。その木だって飛び越える。 |
アルマンド | その木? |
カナリー | すごい大木になるそうよ。クラントが手に入れた不思議な木で、樹齢100年になるとね、その木の下で、不思議な声が聞こえるんだって。 |
アルマンド | 不思議な声? |
カナリー | 未来の事を教えてくれる。なんでも。 |
アルマンド | なんでも? |
カナリー | クラントに聞いてみてよ。彼のなんだから。 |
アルマンド | ねえ、カナリー、その方法、階段の少しづつ上から飛び下りる方法。多分、通用しない。(アルマンド、中央のベンチへ) |
カナリー | やっぱり? |
クラント | ええ。カジュアリーナ・トリーっていうんです。満月の夜、その木の下に立つと未来の秘密を囁く声がする。でも樹齢100年くらいの大木にならないと、こんな苗木じゃ、10分先の自分の事くらいしか。 |
アルマンド | ・・・何か分かった? |
クラント | いいえ、ただ。 |
アルマンド | ただ? |
クラント | 人様の遺書を書いていたら、気分がすっきりしてきましたよ。なんだかね。不条理もまた愉し、みたいなね。これで、終わりですか? |
アルマンド | ええ。上出来。 |
クラント | ここにサインを。 |
アルマンド | ええ、しておくわ。(こっそりとクラントのサインをして封入)さて、クラント。ちょっと、そこの階段を登って下さる? |
クラント立ち上がり、その場でミュゼットのベンチを見つめる。ミュゼットがグラスに酒を注ぐ。6分目くらい。会話をしながら階段を登る。 | |
ミュゼット | 見て。 |
クラント | 何? |
ミュゼット | それが、あなたが丁度良いと思って注ぐ水の量。こっちが私。 |
クラント | それが? |
ミュゼット | 随分違う。そんなに一杯注いだら、飲みにくい。 |
クラント | でも、そっちは中途半端だよ。飲みかけみたいだ |
ミュゼット | あなたが知りたがった別れる理由よ。 |
クラント | たかが、水の量だ。 |
ミュゼット | 私は、たかが、とは思わない・・・それが |
クラント | 僕には理解できない。 |
ミュゼット | ほら、言った通り。 |
カナリー | 結局、どうやって、自殺を? |
アルマンド | 発想を転換してみたの。徐々に高い所からは、無理があるでしょ。だから、言ったの。(クラントに)そこの高窓の所に立っていてちょうだい。花瓶をどけてその台を足場にして。 |
クラント | え、ええ。 |
カナリー | それで、庭に飛び下りろってわけ? |
アルマンド | そう。 |
カナリー | 飛び下りるわけないじゃない! |
アルマンド | だから、発想の転換よ。私が庭に出て、着地する所に、たくさんシーツを敷いておくの。それで、飛び下りる度に、一枚ずつ、シーツを減らしていく。そうすると最後にはどうなると思う? |
カナリー | 同じじゃない!あれ?でも成功したんでしょ。 |
アルマンド | それが。(クラントに)そこから飛び下りてもらいたいんだけど、そのままじゃ、死んでしまうでしょ。今から、私が下に回ってシーツをたくさん敷くわ。 |
クラント | 僕には理解できない。 |
アルマンド | ほら・・・火事とかの時に、飛び下りて逃げられるようにするには、着地点にどのくらいのクッションが必要か、調べたくて |
クラント | ミュゼット。やっぱり、僕には理解できないよ。(何かが地面に落ちる音) |
アルマンド | ええ?調べたくて・・・調べ・・・。落ちた! |
カナリー | (慌てて)自殺じゃない!! |