『ペストと交霊術』〜La Peste et le Médium〜

第3場〜第5場

第3場

  過去。ソファに仲良く、ミュゼットとクラントが座っている。同じ部屋の場合、かつてこの家を訪れた二人、という感じ。とにかく仲の良かった頃の話。
クラント(操り人形等を使っても可)とにかく、いくらコインをいれても、戻って来てしまって買えないんだ。そうしたら、一人の女の子が遠くから急いでやって来て、こう言うんだよ。「この販売機は会員専用なんです。それ使うには、会員コインを最初に入れるんです。それからお金をいれるんです」って。だから僕は会員コインはどうやって手に入れるのか聞いた。そうしたら「私が売ってます。500ディスクールです。」って。それで、僕はその少女に500ディスクール払ったんだ。その会員コインを手に入れるためにね。少女はそれを僕の手に置いて去って行った。
ミュゼットそれで?
クラントで、見たらただの10ディスクールコインというわけ。驚いたね。思うにきっと、壊れていますっていう販売機のはり紙をはがして、そうやって客を騙してるわけだ。頭良いよね。
ミュゼットへえ、頭良い。
クラントと思ったら、夢だったんだ。
ミュゼットん?
クラント夢さ。そんな物なんだよ。
ミュゼットあのさ・・・
  二人、消化不良の会話のまま、離れる。ここから、おそらくクラントの想い出のような(非現実の)シーン。フランスのいくつかの詩が朗読芝居のように取り交わされる。完全に離れた所で、芝居はせず、棒読みの方が良い。
クラントそれで、その販売機が直るのを待って買ってきたんだ。と言って僕は指輪を出す。
ミュゼット私は、驚いて声が出ない。
クラント君は、しばらく黙っていた。
ミュゼット指輪まで出したのに、結婚という言葉がなかなか出てこない。
クラント「彼女と私はただ二人、吹く風に、髪と思いをさらしつつ、夢みながら歩いていた。突如、心ゆさぶる眼がふり向いて、」
ミュゼット「「あなたの一番幸せな日はいつのこと?」」私と結婚してください。
クラント「狂おしい心を誘う幻の果実のような月さえ二人で分け合った。」先に言われてしまった。
ミュゼット「かそけき音楽のうちに寄りそう唇の震え程、嬉しい物はこの世にない。」そう、でも、思わず言ってしまった。
クラント「漕ぐ櫂に力をこめて、まっすぐに、嬉しき人へ、その人のもとへとばかり。」幸せだった。
ミュゼット「その人の色は私の目の色。」心からあなたと結婚したいと思ったの。
クラント僕もだ。あの時は同じ台詞を共有できた・・・
ミュゼット「流れる水のように恋もまた死んでいく。」(やや冷たく)「あなたの一番幸せな日はいつのこと?」
クラントえ?
  場面は変わってウーヴェルテュール家の居間。クラントとミュゼットはそのまま舞台に残る。
 1日目。第2場の続き。アルマンドとカナリーが、階段を降りて来るカドリーユを待っている。カドリーユが、おそるおそる、2階から降りて来る。
アルマンドど!どうしたのよ!逆立ちなんかして!!
カドリーユえ?してませんけど。
アルマンド嘘よ。
カドリーユ(か細い声で)あの・・・お、大奥様。
カナリー冗談よ。気にしないで。
カドリーユ私、私、大奥様に言われた通り、奥様の隣の部屋に入って、隣の部屋に入って・・・。
カナリーちょっと、分かりにくい。この人が大奥様で、ミュゼットが奥様だったら、あたしは何?って話し。
カドリーユ(か細い声で)中(ちゅう)・・・
カナリーアルマンド、カナリー、そう呼んで。
カドリーユは、はい・・・。
アルマンドカドリーユ。どうだった。
カドリーユ大・・・アルマンド様に言われた通り、おっさんが風呂場で死んでる絵を外すと、小さな穴が・・・。
カナリー覗きをさせたの??
アルマンドしっ。言葉が悪い。
カナリー分かってたけど。ねえ、ねえ、生きてるイカって何?
カドリーユそれは・・・(恥ずかしいという表情で押し黙ってしまう)
アルマンド話して。もっと必要?(お金を出す)
カドリーユはい!
カナリーあら、正直者だ。
カドリーユお話しします。最初、二人はだる〜い感じで話をしていました。家の事はどうするんだとか、あんな木はいらないとか?あんな木?一体何の事でしょう!?
アルマンドああ、それは分かるから大丈夫、続けて。
カドリーユ旦那様は、人間と人間は常に引き付けあうべきだとおっしゃいました。
カナリーなにそれ?説教。
カドリーユえーと、重さのある物にはみんな引力があるんだ。
クラント(熱弁)だから、今こうしている君と僕の間にも引き付けあう力が働いているはずなんだよ。
カドリーユそうなんですか?
アルマンド重いもの程、互いに強く引き付けあっているのよ。
カドリーユああ、そうか、それで、お財布にはコインの方がよく集まるんですね。
アルマンドそうだそうだ。そんな頓智(ウィット)は良いから、それで?
カドリーユ反発しあうんじゃなくて?と奥様は冷たく言いました。
クラント反発?もう僕には引かれていないのかい?むしろ感じているのは反発なのかい?
ミュゼット反発じゃない。でも、このままだと反発になるわ。
クラント(疑心に満ちた声で)誰かに引かれてるのか?
ミュゼットなんですって?
カドリーユそれから、互いを非難しあう喧嘩が始まりました。あらんかぎりの悪口が二人の口から飛び出し、私は、もう覚えてません。・・・(間)・・・最後に奥様は決定的な事を言いました。
カナリー(楽し気に)何?なんて言ったの?
カドリーユ私の口からはとても。旦那様があまりにも・・・。
カナリー言いなさいよ!イカでしょ?
カドリーユご存じなんですね。旦那様がご自分のモノにその・・・パワーがないのが悪いのかと執拗におっしゃり。
ミュゼット&
カドリーヌ
(ミュゼットとカドリーユ同時に大声で)そんなイカみたいに軟らかいものじゃ、役に立たないのよ!!分かる?せめてね、死んだイカくらいには硬くなってもらわないとね!
クラントなんだと!!
ミュゼットイカ!生きてるイカ!!
クラントもう一度言ってみろ!
ミュゼット何度でも言ってやる。イカ!生きてるイカ!!
  頬をひっぱたく激しい音、一回。その場の女性一同で同時にクラップ。このクラップで、現実へ。
カナリー(高笑い)アハハハハハハ。
カドリーユそれで、もう終わりです。
カナリー夫婦の間には、結局それか。アハハハ。
カドリーユ(静かにさせようという動作で)旦那様はお仕事が忙しくて、そのきっと・・・。
アルマンドカドリーユ。同情してもダメなモノはダメ。紅茶はいかが?
カドリーユブランデー入れていただけます?コニャックで。
アルマンドよしきた!
  場面転換。

第4場

  天国と思われる場所に、神様と3人の人。
神様今日は、これです。ここにある薬を飲むと、相手が本当に自分を愛しているかどうか確かめる事が出来ます。これから出す問題を見事当てた物だけに、これをやろう。問題、5秒後にこれを手にしているのは誰?
人間Aはい!私です(神様から薬を奪う)
人間B(隣にいたBがAを刺殺し、薬を奪う)私です。
神様(にんまり笑って)正解。
  ウーヴェルテュール家の居間。2日目。クラント訪問の翌日。
 居間にアルマンドとカナリー、ガイヤルドとヴォルタがいる。カナリーは棚の前にガイヤルドと立っている。アルマンドはいつものソファに。ヴォルタは所在なげにしている。
カナリーほら、危ないでしょ。ガイヤルドさんからも言って下さいよ。キニーネの隣に、モルヒネ。
ガイヤルドしかし、まあモルヒネも薬ですから。
カナリー間違えて飲みでもしたら・・・
ガイヤルドすぐに医者を呼べば、あとは量ですな。
アルマンドじゃ、あなたがいらっしゃれば大丈夫なのねぇ。
ガイヤルドええ、治療法も・・・、ヴォルタ。ナロキソンは持ち合わせていたかな?
ヴォルタはい。僕のカバンに、確か一瓶。
ガイヤルド必要な薬品も持ち合わせていますから。ただ200ミリを超えたらアウトですな。コップ一杯でもう老後の心配はしなくてすみますよ(一人だけ笑う)
  ミュゼットが降りて来て。
ミュゼットカドリーユ!いないの?あ、叔母様、カドリーユを(見知らぬ2人に気付いて)あ!失礼。お客様がいらっしゃったとは知らず。
  ガイヤルド、構いませんよという、少しきざな身ぶり。
アルマンドよく眠れた?
ミュゼットお陰さまで。こんな時間までぐっすりと。
カナリーゾクゾクするのは治ったの?
ミュゼットまだ、なんとなく。
カナリー(ガイヤルドに)ほら、例の、モルヒネを飲みそうになった。
ガイヤルドああ。天国まであと一歩でしたね。寒気(悪寒)ですか?
ミュゼットええ。
ガイヤルド夏に寒気(悪寒)とはよくない。よろしければ、診てさしあげましょうか?
ミュゼットえ、ええ。失礼ですが、あなたは?
ガイヤルドこれは申し遅れた。ガイヤルドと申します。
アルマンドお医者様よ。
ミュゼット誰か具合でも?
カナリー違うのよ。アルマンドに交霊を依頼しにいらっしゃったの。
ガイヤルド死んだ妻と話がしたくて、アルマンドさんの評判を聞き付けて、サン・ホルヘからまかりこしました。
アルマンドお客様(死体候補)が多くて、本当に神様のお導きね。
ガイヤルドありがたいお言葉で。ところで、喉は痛みますか?
ミュゼットあ、ありがとう。でも大丈夫です。あれは・・・病気とかじゃなくて、きっと、虫の知らせ。
アルマンドどんな知らせ?
ミュゼット奴が追って来る!ていう。(ひそひそ声で)あいつは?
アルマンド今日は見かけてないけど。まだ寝てるんでしょ。きっと。あとで、ブレーさんに聞いてみましょう。
ミュゼットブレーもいるの?
アルマンドええ。一緒に泊まってもらってます。
カナリー(ヴォルタに)サン・ホルヘってどこ?
ヴォルタサン・ホルヘはタラゴナの近くです。
カナリーわかんない(離れる)
  階上にクラントが登場するが、誰も気がつかない。
アルマンドそれでは、奥様との交霊は明日ということで。
ガイヤルドありがとうございます。そして正確には、元の妻なんです。別れましたから。
カナリー別れた?
ガイヤルド3年程前ですが、妻に愛人がいる事が発覚したのです。その事を糾弾すると、妻は私の元を去りました。ところが、今度はその愛人が妻を捨てたのです。彼に別の愛する人ができたのですね。
カナリーまあ、情熱的。
ミュゼット叔母様。
ガイヤルド結婚とは鳥かごのようなもので、外の鳥は徒らに入りたがり、中の鳥は出ようともがく。モンテーニュでしたかね。
カナリー知りませんけどね。
ガイヤルド結局、フルラーナ、ああ妻です。彼女は、鳥かごから出て、次の鳥かごに入れず死にました。あの日は炎天下で、熱した砂糖水のような、どろりとしたかげろうが立ちのぼっていてね。身の渇きを癒そうとでもするかのように町で一番深い井戸に身を投じて。あまりにも深いので、まだそのままになってます(面白いことを言った、という風に)。わはは。
ミュゼットちょっと、寒気が。
カナリーひどい愛人ね。人の妻を食っておいて、他の女にまで手を出すなんて。
アルマンドカナリー。
ガイヤルドいやいや、私も最初は、そう思いましたが、その妻の愛人と話していると、あながち悪い男でもないような気がして。妻も独りよがりな女でしたし。
アルマンドその愛人と話しをされたんですか?
ガイヤルド仲良くしてますよ。
ミュゼット仲良く?
ガイヤルドなあ、ヴォルタ。
ヴォルタはい。
ガイヤルド彼なんです(一同のリアクションを楽しんで)。それで、フルラーナを愛した二人の男が、こうして、のこのこと交霊を頼みにサン・ホルヘから。わはは。
カナリーサン・ホルヘって?
ガイヤルドタラゴナの近くですよ。美しい町です。(話題を変えようと)しかし、この町もまた美しいですな。昨夜、芝居(オペラ、演奏会)を観てきたのですが、内容も面白かったが、特に劇場が素晴らしい!全てが美しかった
アルマンドその美しい町も、もう終わり。
カナリー(慌てて)芝居?どんなお芝居なの?気になるわー。
ガイヤルド(ヘンデル作曲のオラトリオで)ギリシア神話のセメレーという女性のお話しです。
カナリーセメレー?
ガイヤルド愛を確かめようとして、そのために命を落とす女性の話です。
カナリー何?馬鹿の話?
ミュゼット叔母様。セメレーは恋人のゼウスの愛を確かめようとして、ゼウスの本当の姿を知りたいと思ったばっかりに、ヘラの計略にのって、死んでしまう悲劇の女性ですよ。
ガイヤルドそれも、ゼウス自身の手で殺される、というかなんというか。お詳しいですね。
ミュゼット母が神話が好きで。
カナリー何言ってるのか、さっぱり分からん。
ガイヤルド馬鹿の話ですよ。
  クラント、階段を降りて来る。降り切ったところで、ふいに何かを感じたのか、階段をじっと不思議そうに見つめる。
ミュゼットあら、いたの?
カナリー(まだ、階段を見ているクラントに)どうしたの?
クラントあ、いえ、(ガイヤルドに)はじめまして。クラントです。ミュゼットの夫です。
ミュゼット元夫。
クラントまだだ。奥様のお話し、聞いていました。お察しします。
ミュゼット何が言いたいの?
クラント別に、御悔やみを申し上げただけだ。やめなさい。お客様の前で恥ずかしい。
ミュゼット・・・そうね。
カナリー夫婦仲がうまくいってないの。
ミュゼット叔母様!
ガイヤルドお見受けした所、そのようで。しかし、生きているうちですよ。御承知のように、妻と私の夫婦仲もうまくはいってなかったが・・・ねえ。私は聞きたいのです。私は彼女の何を理解していて、何を理解していなかったのか。彼女は私の鼻息が好きだと言ってくれた事があります。鼻息が熱いといって・・・。鼻息まで愛してくれたのに、他にどんなところが、愛せなかったんでしょうね。
ヴォルタガイヤルド。(しっかとガイヤルドを励ます)
ガイヤルドありがとう。ヴォルタ。
アルマンド彼女の白い腕が、あなたの地平線の全てだったというわけね。さあさあ、すっかりお引き止めして。2階にお上がりになって。お夕食の時、また聞かせてください、井戸の底のどろりとした女の人の話。
カナリー嫌よ!
ガイヤルドどろりとは(言っていません)・・・
アルマンドミュゼット、お部屋をお願いできる。
ミュゼットお部屋が2階と1階と別れてしまうのですけど、私が1階に移りましょうか?
ガイヤルドお気遣いなく。むしろ一部屋で結構です。
カナリーお二人で?あら、それはちょっと狭いわよ。
ガイヤルド構いませんとも。フルラーナの話も出来ますし(ヴォルタに)な。
アルマンドそういうことなら。ミュゼット、お願い。
ミュゼットでは、2階の方で。
  ミュゼットが階段を登って行くと、カドリーユが丁度、表れる。
ミュゼットカドリーユ。今までどこへ?
カドリーユええ。ブレーが旦那様の書類を整理するというので手伝ってました(これは嘘)。
ミュゼットあなたは私のメードよ。
ブレー(カジュアリーナ・トリーの鉢植えを持って登場)カドリーユ。あ、奥様。
ミュゼットブレー。カドリーユをあの人の雑用に使わないでちょうだいね。
ブレーえ?(きょとんとする)
ミュゼットカドリーユ。ついてきて。(二人、退場)
クラント(居間に降りて来たブレーに)今までどこに?
ブレーあ、はい。カドリーユが洗濯をするというので手伝っていました(これは嘘)。こちらは?(この部分のカドリーユとブレーの説明の矛盾は観客だけが気付けば良い。舞台上の人物は気がつかない。)
クラントガイヤルドさんとヴォルタさん。叔母様の交霊のお客様。
カナリーちなみに二人の関係は・・・
クラント叔母様!
ガイヤルドある女性の元夫と元愛人です。
ブレーわかりにくいなぁ。
クラントすいません。
ガイヤルドいえ、真実ですから。それに・・・いや、やめておこう。ところで、気になったのですが、先程(アルマンドを見る)
アルマンドえ?何か?
ガイヤルドなぜ、お終いなんです?
アルマンド何がですか??
ガイヤルドこの、美しい、町が。
ブレー町が?
ガイヤルドお終いだと。
アルマンド心の声です。お気になさらずに。
ガイヤルドでも、出てましたよ。
アルマンドええ。
ガイヤルド声に。
アルマンド出ちゃいましたね。
カドリーユ(階上に登場)すいません。お部屋の用意ができましたけど。
  ミュゼットも登場し降りて来る。カドリーユは、そのまま階上に。
アルマンド交霊の前にいろいろ考えるのはよくありません。雑念が混じります。
ヴォルタガイヤルド、部屋へ行こう。
ガイヤルドそうですな。
カドリーユこちらです。
  全員、退場せずに、そのまま。カナリーとアルマンドにだけが前景に。
カナリーこれで候補が増えた。
アルマンドいつも私たち二人しかいないこの家に、急に人が。
カナリー本当に。
アルマンド神様のお導きね。(薬のおいてある棚に向かう)
カナリー(それに気が付き)殺すの?
アルマンド馬鹿言わないで!そんな恐ろしい事できるわけない。
カナリーじゃあ、どうやって?
アルマンド・・・自殺なら・・・。
カナリー自殺!?・・・なるほどね。
アルマンド一番自殺したい気分なのは誰かしら?
  二人、ゆっくり、クラントの方に目を向ける(もしくは手をのばしながらクラントの方へ歩いて行く)所で、溶暗。

第5場

  椅子を使い居間を3つの空間に区切る。真ん中のソファにアルマンドとクラント、上手の椅子にカナリー、下手の椅子にミュゼット。いくつかのシーンが平行して進む。大きな空間に区切る必要なない。むしろ隣接する小さな空間で入れ替わり進んでいく方が良い。
 アルマンドとクラントのソファ。クラントは何か書いている様子。
アルマンドあなたが公証人で本当に助かるわ。代筆を頼める人がいなくて。
クラントですが、まだ、気が早いと思いますよ。
アルマンドあら、用意しておくに越した事はないんですよ。こういうのは。
クラントおっしゃる通りですが。
アルマンド早速、始めて良いかしら?
クラントどうぞ。
アルマンド「私は人生に疲れました。」(カナリーのベンチに移動)
  カナリーのベンチでは紅茶が飲まれている。
カナリーどうやって自殺をさせるの?
アルマンド何か良い方法はないかしら。
カナリーこういうのは、どう?階段の一段目から飛び下りてみて、って頼むの。別に簡単でしょ。そうして、次に二段目からって言って、徐々に高くして行くのよ。最後には、相当高い所から落ちて、自殺って事になるでしょ。東洋にそういうことわざがあるのよ。
アルマンドどういうことわざ?(クラントのベンチに移動)
クラント人生に疲れました?それじゃ、いざという時のための遺書じゃなくて、自殺する人の遺書ですよ。
アルマンドいいのよ。それで。続けて。
クラントはい。
アルマンド「私には、愛する人がいましたが、その人はもう去ってしまいました。」
クラント「去ってしまいました」と。
アルマンド「愛を信じていた私の心に指した影はもう払い去る事が出来ません。」
クラント「払い去る事が出来ません。」(ミュゼットのベンチに移動)
  ミュゼットのベンチには、酒のボトルとグラス。
ミュゼットもう、別れましょう。これ以上話し合っても意味がない。
クラントせめて納得できる理由を聞きたいんだ。
ミュゼットそれがないから、別れるんじゃない。私が別れたいと思う理由にあなたが納得できないようになってしまったから、別れるのよ。
クラント詭弁だよ。
ミュゼット私たちの関係こそ詭弁なのよ。もう、辻褄があわない。
クラントでも。
ミュゼット理由?分かった。そのグラスにお酒を注いで。
クラントこれに?分かったよ。(クラント、グラスの9分目まで酒を注ぐ)
ミュゼットこれが理由なのよ。
  クラントはすでにアルマンドのベンチに。
アルマンド「さらに、性の能力が衰え、もはや生きて行くのが辛いのです。」
クラント性の能力?叔母様・・・。
アルマンドいいのよ。正直書くのよ。遺書なんだから。「性の能力が衰え」
クラント「衰え」
アルマンド「もはや生きて行くのが辛いのです」
クラント「辛いのです」
  アルマンド、カナリーのベンチへ。
カナリーそれで、最終的に、大木をも飛び越える、という。その木だって飛び越える。
アルマンドその木?
カナリーすごい大木になるそうよ。クラントが手に入れた不思議な木で、樹齢100年になるとね、その木の下で、不思議な声が聞こえるんだって。
アルマンド不思議な声?
カナリー未来の事を教えてくれる。なんでも。
アルマンドなんでも?
カナリークラントに聞いてみてよ。彼のなんだから。
アルマンドねえ、カナリー、その方法、階段の少しづつ上から飛び下りる方法。多分、通用しない。(アルマンド、中央のベンチへ)
カナリーやっぱり?
クラントええ。カジュアリーナ・トリーっていうんです。満月の夜、その木の下に立つと未来の秘密を囁く声がする。でも樹齢100年くらいの大木にならないと、こんな苗木じゃ、10分先の自分の事くらいしか。
アルマンド・・・何か分かった?
クラントいいえ、ただ。
アルマンドただ?
クラント人様の遺書を書いていたら、気分がすっきりしてきましたよ。なんだかね。不条理もまた愉し、みたいなね。これで、終わりですか?
アルマンドええ。上出来。
クラントここにサインを。
アルマンドええ、しておくわ。(こっそりとクラントのサインをして封入)さて、クラント。ちょっと、そこの階段を登って下さる?
  クラント立ち上がり、その場でミュゼットのベンチを見つめる。ミュゼットがグラスに酒を注ぐ。6分目くらい。会話をしながら階段を登る。
ミュゼット見て。
クラント何?
ミュゼットそれが、あなたが丁度良いと思って注ぐ水の量。こっちが私。
クラントそれが?
ミュゼット随分違う。そんなに一杯注いだら、飲みにくい。
クラントでも、そっちは中途半端だよ。飲みかけみたいだ
ミュゼットあなたが知りたがった別れる理由よ。
クラントたかが、水の量だ。
ミュゼット私は、たかが、とは思わない・・・それが
クラント僕には理解できない。
ミュゼットほら、言った通り。
カナリー結局、どうやって、自殺を?
アルマンド発想を転換してみたの。徐々に高い所からは、無理があるでしょ。だから、言ったの。(クラントに)そこの高窓の所に立っていてちょうだい。花瓶をどけてその台を足場にして。
クラントえ、ええ。
カナリーそれで、庭に飛び下りろってわけ?
アルマンドそう。
カナリー飛び下りるわけないじゃない!
アルマンドだから、発想の転換よ。私が庭に出て、着地する所に、たくさんシーツを敷いておくの。それで、飛び下りる度に、一枚ずつ、シーツを減らしていく。そうすると最後にはどうなると思う?
カナリー同じじゃない!あれ?でも成功したんでしょ。
アルマンドそれが。(クラントに)そこから飛び下りてもらいたいんだけど、そのままじゃ、死んでしまうでしょ。今から、私が下に回ってシーツをたくさん敷くわ。
クラント僕には理解できない。
アルマンドほら・・・火事とかの時に、飛び下りて逃げられるようにするには、着地点にどのくらいのクッションが必要か、調べたくて
クラントミュゼット。やっぱり、僕には理解できないよ。(何かが地面に落ちる音)
アルマンドええ?調べたくて・・・調べ・・・。落ちた!
カナリー(慌てて)自殺じゃない!!

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