La Peste et le Médium 『ペストと交霊術』 (セメレー篇) |
あなたがたのうち誰が思いわずらったからとて自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。また、なぜ着物のことで思いわずらうのか。野の百合がどうして育っているか考えてみるがよい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて明日は炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたにそれ以上よくしてくださらないはずがあろうか。」〜マタイによる福音書第6章27 「その頬は、芳しい花の床のように、香りを放ち、その唇は、百合の花のようで、没薬の液をしたたらす。」〜旧約聖書 雅歌第5章13 |
登場人物 |
アルマンド・ウーヴェルテュール(女家主) カナリー・ウーヴェルテュール(アルマンドの妹) ミュゼット・オルドル(奥様・アルマンドの姪) クラント・オルドル(旦那様・ミュゼットの夫) カドリーユ(ミュゼットのメード) ブレー(クラントの秘書兼運転手) ガイヤルド(医者) ヴォルタ(ガイヤルドの助手) 神様 |
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舞台 | 季節は夏。珍しく雨が降り続いている。場面はウーヴェルテュール家の居間。上演可能であれば、どのような美術を採用しても良い。逆に言えば、脚本をお読みいただきイメージされる居間であれば、どのような物でも構わない。作者が考えるもっとも基本的な舞台は以下のような物である。 古いわけではないが、ちょっと値打のありそうな居間。良い悪いは別として住人のセンスが生かされている(ギマール様式やルイ15世様式などフランスのインテリア様式が混在したようなスタイル)。下手に玄関。その奥に浴室へのドア。上手に2階への階段。階段の上部の踊り場に高めの机が置かれ、その上に百合のいけられた豪華な花瓶。その上に高窓。基本的には3箇所の入退出口があれば良い。つまり玄関、浴室、2階へのアプローチである。 居間の中央に大きめのソファと小さな背の低いソファーテーブル。テーブルの上には一冊の本。それをカモフラージュする形で、編み物道具や、紅茶セットなどがあっても良い。下手、上手の手前に壁につける形でチェアか安楽椅子が最低2脚。上手の奥の壁(階段の裏)に食器棚。棚にはグラス類や、カルバドスを含む洋酒類と、目立つ位置に同じ姿形の薬瓶が2つ置いてある。他に舞台上に調度品があっても良い。居間の奥には百合の植えられた庭を望める窓がある。 |
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第1場 | |
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3日目、深夜の少し前。ウーヴェルテュール家の居間。部屋の中にほとんど全ての登場人物が重苦しい雰囲気で集まっている。部屋の隅に動かしてあるソファに女性(アルマンド)が一人横たわっている。その側にメードのような女性(カドリーユ)。離れた位置に、アルマンドの妹(カナリー)、若い女性(ミュゼット)、秘書(ブレー)、医者(ガイヤルド)、医者の連れ(ヴォルタ)がいる。柱時計の音が静かに聞こえている。カドリーユとブレーはやや親し気であり、その様子をミュゼットは少し気にしてみている。しばらく間。 | |
ブレー | どうですか? |
カナリー | どうって?(ガイヤルドに)どうなんでしょうか? |
ガイヤルド | え?どうもこうも。少なくとも脈はありません。 |
カナリー | そう。 |
間。 | |
ガイヤルド | ・・・瞳孔も開いてます。 |
ブレー | 死んでますよね? |
ガイヤルド | ええ。心臓発作だと思いますよ。 |
ヴォルタ | 二人目ですね。 |
ガイヤルド、ヴォルタを視線でたしなめる。ヴォルタも気がつく。 | |
カナリー | 彼女は死にました。それは確実。ですね?(ガイヤルドに)。 |
ガイヤルド | 医学的には。いえ、一般的には、そうです。 |
カナリー | 死んだかどうかで言えば、死んでます。でも。待つんですよ。あの柱時計が12時を打つまでは。おかしなことだとお思いかも知れませんが、そういう遺言なのですから。 |
ミュゼット | また、遺言。 |
カナリーはこれを聞き付け歩み寄り、ミュゼットに一枚の紙を差し出す。ミュゼットが受け取るのを拒み、カドリーユにも拒まれ、ブレーが渋々受け取る。 | |
ブレー | 読むんですね?(読む)広間の柱時計の鐘が12時を告げ終わるまでは、私の体を損なってはいけない。死化粧も不要、火葬厳禁。その30分前に庭の百合に火を放つ事。ベンジンは使わずに、嫌な匂いがするから。12回の鐘が全て鳴り終えても何も起こらなければ、死者にふさわしいと思う方法で葬儀をして下さい。アルマンド・ウーヴェルテュール。本人の筆跡ですか? |
カナリー | ええ。代筆ではない。 |
カドリーユ | 大奥様。百合は? |
カナリー | (時計を見て)百合? |
カドリーユ | もう、10分前です。早く百合に。 |
カナリー | ダメよ。 |
カドリーユ | え? |
カナリー | 本気なの?本気であの庭の百合に火を放つって言うの?馬鹿を言うのはその人(アルマンド)だけで充分。私はあの百合には火をつけません。どうせ、この雨、燃えません。 |
カドリーユ | でも・・・。 |
カナリー | 12時までは待つわ。遺書の通り。でも百合はダメ。あれは、私の物です。 |
カドリーユ | 大奥様がおっしゃるなら。私は別に・・・。 |
カナリー | それじゃ、皆様、今しばらく、おつき合い下さいな。 |
ミュゼット窓の外を眺める。ガイヤルドが寄り添い、声をかける。 | |
ガイヤルド | 雨が続きますね。止んで欲しいですか? |
ミュゼット | ええ。陰鬱ですもの。 |
ガイヤルド | 雨が止むことを祈るなら、死も受け入れなくては。大変、残念ですが。 |
ミュゼット | え?ええ。そうです。その通りです。 |
カナリー、二人を睨む。12時の鐘が鳴り始める。 | |
一人の男(クラント)が登場。誰もクラントに注目しないが、その事をことさら際立たせる必要はない。ミュゼットの前で、立ち止まり気をひく仕種をするがミュゼットは気に止めない。 | |
クラント | これから皆さんにお話するのは、サスペンスでもミステリーでもありません。伏線もないし、ドンデン返しもありません。もしかしたら、ストーリーですらないかも。とりあえず、あそこで死んでいる女性の生前の話をしたいと思います。さっき彼が、二人目と言いましたが、一人目の話もしたいですし。では、この柱時計の音にちょっと耳を傾けて、時間がゆっくり遡るのをお待ち下さい。慌てて遡ると間違いが起こりやすいので。 |
暗転。鐘の音が鳴り終わる。 | |
第2場 | |
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天国と思われる場所に、神様と3人の人。 | |
神様 | ここにある薬を飲むと、触わった物は全て黄金になります。これから出す問題を見事当てたものだけに、これをあげよう。問題、私はこれを誰にあげるか? |
3人、顔を見合わせる。 場面はウーヴェルテュール家の居間に戻る。1日目。中央のソファにアルマンドとカナリーが座っている。紅茶を飲んでいる。 | |
カナリー | それで、なんて言ったの? |
アルマンド | 私!って答えたの。 |
カナリー | そうして? |
アルマンド | 正解でしょ。誰にあげるか当てた人にあげるって言われたのだから。私。 |
カナリー | 隣の人!じゃダメなの?あ、ダメだ。それで? |
アルマンド | それで終わり。 |
カドリーユ | (お茶でも注ぎながら)夢のお話ですか? |
アルマンド | 夢ときたか。 |
カナリー | 交霊術よ。 |
カドリーユ | (あまり興味を持たず)交霊術。 |
カナリー | 霊魂と交信するの。 |
カドリーユ | そうなんですね。 |
間。 | |
カナリー | 交信するの。聞いてない?有名なのよ、この人。 |
カドリーユ | 誰の霊と交信されたんですか? |
カナリー | そりゃ・・・だれ? |
アルマンド | え? |
カナリー | 誰の霊? |
アルマンド | あ、神様よ。 |
カドリーユ | 神様の霊? |
アルマンド | そうよ。 |
カドリーユ | 神様って死んでるんだ。 |
アルマンド | そうよ、だって天国にいるわけよ。 |
カナリー | アルマンドはね、霊と交信して、 |
カドリーユ | はい。 |
カナリー | 交信して、その結果を夢に見る。 |
カドリーユ | (呟く)結局、夢か。 |
カナリー | え? |
カドリーユ | どんな夢ですか? |
カナリー | なんか、触るものがすべて黄金になる・・・ |
カドリーユ | へえ、恐いですね。 |
カナリー | 恐い?素敵じゃない。 |
カドリーユ | 恐いんですよ。それ、ミダス王のお話です。ミダス王は、触る物を全部黄金にする力を授けられましたが、愛する娘を、こうハグしたら、娘は金の塊になってしまったのですよ。 |
カナリー | 小間使いのくせに学があるわね。 |
カドリーユ | 奥様はギリシャ神話がお好きなんですよ。よく話してくれますから。 |
アルマンド | でも大丈夫よ。私、その薬を自分には使わないから。 |
カドリーユ | なるほど。頭が良いですね。 |
アルマンド | いやね、あったらの話よ。 |
カドリーユ | お茶もっとお持ちしますか? |
アルマンド | いいえ。もう充分。 |
カドリーユ | それでは、奥様に挨拶して、お先に失礼します。おやすみなさいませ。 |
カドリーユ、去る。 | |
カナリー | 奥様?(自分たちを指す) |
アルマンド | 違うでしょ。彼女は、(2階を指して)ミュゼットのメードよ。だから奥様っていうのは・・。 |
カナリー | くっついてきて、私たちの世話までして。 |
アルマンド | しようがないじゃない。ミュゼットが、奥様が?駆け込んで来たんだから。 |
カナリー | 旦那様の世話は良いわけ? |
アルマンド | クラントには、クラントの秘書がいるんでしょ。 |
カナリー | で、(小声で)神様的にはなんだって? |
アルマンド | 何が? |
カナリー | とぼけないでよ。それを知ろうとしてるんでしょ。あなたが言ったアレよ。 |
アルマンド | (深刻に)あなた、ネズミの死体を見た? |
カナリー | あたしは、見ないけど・・・。 |
アルマンド | 私はしょっちゅうよ。町の人も、もう何人か。 |
カナリー | ・・・伝染病なの? |
アルマンド | これからもっとひどくなる。 |
カナリー | どうなる? |
アルマンド | 死体の山が築かれる。遠くのネズミたち、そして近くのネズミたち。私たちの知らない人々、私たちの知っている人々、そして、あなた、そして、私。 |
カナリー | この御時世になんなのよ! |
アルマンド | ・・・ペストよ。 |
カナリー | そうペストよ。あ(ころっと気が変わって)ね、知ってる。世界で始めての生物兵器。 |
アルマンド | 生物兵器? |
カナリー | そうそう、中世なんだけどね。投石機ってあるでしょ。大きな石を放り投げる道具。あれにさ、ペストで死にかけてる病人を載せて、敵の砦とか、町に投げ込むのよ。何人も。そうするとペストで敵は全滅ってわけ。いま、ペストで思い出した。 |
アルマンド | 全滅。 |
カナリー | 全滅。それで、神様は、なんて? |
アルマンド | 死体・・・。 |
カナリー | そう、死体。 |
アルマンド | 死体があれば、って。 |
カナリー | 死体があれば?え、神様が。 |
アルマンド | そうなの、死体があれば、できるって。 |
カナリー | 病気にかからない? |
アルマンド | 少し違うんだけど、長生き。 |
カナリー | それなら簡単よ。 |
アルマンド | 簡単? |
カナリー | だって、あなたが言ったんじゃない。死体の山ができるって。 |
アルマンド | やがてね・・・でももう少し、急ぎたくない? |
カナリー | 急ぎたいか。 |
アルマンド | うん。 |
ミュゼット、階上から降りて来る。 | |
ミュゼット | 叔母様。すいません。キニーネはありません? |
アルマンド | あら、どうしたの? |
ミュゼット | ぞくぞくするの。 |
カナリー | たった今、あなたのメードがいかなかった?挨拶するって言ってたけど。 |
ミュゼット | いいの、少し自分で動きたくって。 |
カナリー | キニーネ、どこだったかしら、あとユーカリチンキがあると良いわね。1さじ入れると苦味が消えて飲みやすい。 |
ミュゼット | (苦笑して)キニーネだけで十分です。 |
アルマンド | そこの棚に瓶があるでしょ。 |
ミュゼット | ありがとう。(棚の方に向かい薬瓶をとって、二人のそばに座る)風邪でもひいたのかしら。(自嘲気味に)雨の中飛び出して来たから・・・。(飲もうとする) |
アルマンド | 降り続くわね。 |
カナリー | きゃあ!ちょっと、ダメよ。これ! |
ミュゼット | え? |
カナリー | 間違ってる。間違ってる。 |
ミュゼット | え? |
アルマンド | (軽く)あら、本当。これ、モルヒネよ。 |
カナリー | そんなの飲んだら死ぬわよ!風邪は治るかもしれないけど。 |
アルマンド | 隣にない?キニーネ。 |
ミュゼット | 見てみます。 |
カナリー | 危ないわよ。並べておいたら。 |
ミュゼット | ありました。 |
アルマンド | あら、ちゃんと、キニーネにはキニーネ、モルヒネにはモルヒネって書いてあるわよ。 |
カナリー | 当たり前よ! |
ミュゼット | (瓶を読んで)キニーネ。 |
アルマンド | ほらね。モルヒネの瓶にキニーネって書いて怒られるなら分かるけど。 |
カナリー | 毒と薬を並べない方が良いって言ってるのよ。 |
アルマンド | どっちも毒だし、どっちも薬。程度の差よ。 |
カナリー | あなた、もうちょっとで神様見てたわよ。 |
ミュゼット | そうみたい。でも大丈夫。私、あいつより先に死ぬわけないから。 |
カナリー | あいつ? |
ミュゼット | いいえ、キニーネ、ごちそうさま。とても苦い。 |
アルマンド | でしょうね。 |
ミュゼット | 元に戻しておきますね。 |
アルマンド | モルヒネの右よ。 |
カナリー | 戻さないで! |
ミュゼット、迷う。 | |
カナリー | あー戻していいけど、並べないで! |
アルマンド | モルヒネの左よ。 |
カナリー | どっちよ! |
玄関のブザーの音。ミュゼット、身構える。 | |
ブレー | (声)夜分、失礼します。どなたか。いませんか。 |
カナリー | 外からよ、注意して。 |
アルマンド | 何に? |
カナリー | ペストよー。 |
アルマンド | 背中に黒い痣がなければ大丈夫。 |
カナリー | それを確かめる間にうつる。 |
アルマンド | どなた? |
ブレー | (声)ウーヴェルテュール様のお宅ですね。私は・・・ |
クラント | (声)僕が。アルマンド叔母様、カナリー叔母様。僕です。クラントです。 |
アルマンド | ま、クラントだ。 |
ミュゼット | (アルマンドを棚の方に引っ張って来て)帰ってもらって。 |
アルマンド | そうはいかないわよ。 |
カナリー | クラント。誰かと一緒? |
クラント | (声)え?はい、秘書のブレーが・・・ |
カナリー | お互い、背中を見て。 |
クラント | (声)何故です?雨がひどいんです。早く入れて下さい。 |
カナリー | いいから。 |
間。この間、ミュゼットとアルマンドはもめている。 | |
クラント | 見ました。 |
カナリー | 黒い痣はない? |
クラント | そんなもの、生まれつきありませんよ。 |
カナリー | 二人とも? |
クラント | 二人ともです。 |
カナリー | よーし(ドアを開ける)、入ってよい。 |
ドアを開ける。クラントとブレーが入って来る。ブレーは鉢植えを持っている。 | |
クラント | いったい、なんのテストですか? |
カナリー | 別に。 |
アルマンド | どうしたの?こんな時間に? |
クラント | (クラントはミュゼットに気づかず話し続けるが、ミュゼットに気づいたブレーが彼の肩を何度も叩く)アルマンド叔母様。お恥ずかしい話です。実は、昨日妻と喧嘩をしまして、それで、彼女家を出て行ってしまったんです。ちょっと。それで、ミュゼットには行く所といったら、ちょっと、何?おそらく、ここに来ているのではないかと思い、ちょっと、やめ・・・ |
ブレー、ミュゼットを指さす。アルマンドも、ミュゼットを指さす。 | |
クラント | ミュゼ・・・ |
ミュゼット | 帰って。 |
クラント | お前・・・ |
ミュゼット | お前とか呼ばないで。 |
クラント | ごめん。 |
ミュゼット | 帰って。 |
クラント | 少し話がしたい。 |
ミュゼット | 叔母様、帰ってと言って。 |
クラント | これを持って来た。(ブレーの持っている鉢植えを指す) |
ミュゼット | だから? |
クラント | 君のだろ? |
ミュゼット | あなたのよ。叔母様。 |
アルマンド | あなたのよ。 |
カナリー | ちょっと。(男二人の背中を覗き込んで)あまり、外をうろつくのは、お勧めできないわ。 |
アルマンド | カナリー。 |
ミュゼット | それを届けに来たの? |
クラント | できれば、話もしたい。 |
ミュゼット | (周囲を見て)部屋に来て。(階上へ退場) |
ブレー | これは? |
クラント | (情けない声で)なに? |
ブレー | これです。 |
クラント | 置いといてよ。単なるおまけだから。(ミュゼットを追い退場) |
ブレー | 車に戻ってます。 |
アルマンド | ダメよ。一度、外に出たら、もういれないわよ。 |
ブレー | しかし。 |
アルマンド | 取りあえず、座って。紅茶でもどう? |
ブレー | あ、いいです。 |
アルマンド | (呼んで)カドリーユ!! |
ブレー | あの・・・ |
アルマンド | 気にしないで、お客様をもてなすと、自分が良い人になったような気がして気持ちが良いの。 |
ブレー | はあ。 |
アルマンド | 2階に開いてる部屋があるから、今日は泊まって行くと良いわ。クラントにもそうさせる。ああ、気持ちが良いわ。 |
ブレー | あ、ありがとうございます。 |
カドリーユが降りて来る。 | |
カドリーユ | お呼びですか?(ブレーに気づき)ブレー? |
アルマンド、カドリーユの所に行き、ひそひそ話をする、カドリーユが首を降ると、何か(お金)を握らせる。カドリーユ2階へ戻る。 | |
カナリー | お茶を入れさせるんで呼んだんじゃないの? |
アルマンド | お茶は・・・あなたいれて。 |
カナリー | 私はメードじゃないわよ。 |
アルマンド | 私もよ。 |
カナリー、渋々、立ち上がり、棚の辺りで用意を始める。 | |
アルマンド | (上を見上げ)何があったの?詳しく知りたいんだけど。私を知ってる?私は、アルマンド・ウーヴェルテュールです。よろしく。あなたは? |
ブレー | クラントさんの秘書、兼、運転手です。 |
アルマンド | 失礼だけど、お名前を伺っても? |
ブレー | ブレーと言います。 |
アルマンド | ブレーさんね。初めまして。彼女はカナリー、私の妹。その下にもう一人サラという名の妹がいたの。よく美人三姉妹と言われたわ。 |
カナリー | 美人はサラだけよ。私たちは父親似。 |
アルマンド | 分かりゃしないわよ。でも、サラは随分前に死んでしまったの。 |
カナリー | そのサラの娘がミュゼットよ。よく似てる。 |
アルマンド | 美人薄命ね。 |
カナリー | あたしたち長生きしてるわね。 |
アルマンド | だからミュゼットは私たちの姪にあたるの。サラが死んだ後、随分面倒を見たわ。そして私たちはクラントさんとも仲良しなの。あの二人の結婚にも随分力を入れたもんだ。 |
カナリー | お礼にもらったのよね。白鷺の羽飾りの帽子。 |
アルマンド | あれは、かぶれない。というわけで二人の間に何があったか。詳しく知りたいわけ。知る権利すらあると思う。どう? |
ブレー | しかし、私はただの秘書です。私には判断が・・・ |
ブレーが首を降ると、アルマンド、何か(お金)を握らせる。ブレー、それを懐にしまうと、乗り出して。 | |
ブレー | ご説明しましょう。昨日の夜、旦那様とミュゼット様は牡蠣を食べに出かけられました。にこやかに。たらふく牡蠣を食べて、帰って来て、しばらくすると大喧嘩が始まったんです。 |
アルマンド | 牡蠣。 |
ブレー | 僕の知る限り、その原因の一つが、寝室(寝屋)にあるようなんです。 |
アルマンド | 寝室?分からない。 |
ブレー | つまり、その、ベッドの上で行うことというか、性生活の不一致にあ(るようなんです) |
カナリー | (勢い良く戻って来て、嬉しそうに)性生活の不一致! |
ブレー | 不一致というより・・・というより・・・というより・・・ |
アルマンド、お金を握らせる。 | |
ブレー | 旦那様の能力の問題で・・・。ミュゼット様は、いつか私にもらしたことがあります。旦那様は、地球の重力に逆らえなくなったと。 |
カナリー | (嬉しそうに)旦那様の息子様の話?? |
ブレー | 息子様?あ!そういうことです。 |
アルマンド | そうなの・・・ふーん。時に、あなたは大丈夫? |
ブレー | ええ。僕はもう、全く。そりゃあ・・・ |
アルマンド | そんなあなたに、ミュゼットが、そんな話を・・・(にやりと笑う)。 |
ブレー | え?何か? |
アルマンド | (微笑んで)いいえ。結構。紅茶はいかが?(カナリーに向かって) |
ブレー | あ、はい。 |
間。 | |
クラント | (階上から声のみ)なんだと!! |
ミュゼット | (階上から声のみ)イカ!生きてるイカ!! |
クラント | (階上から声のみ)もう一度言ってみろ! |
ミュゼット | (階上から声のみ)何度でも言ってやる。イカ!生きてるイカ!! |
頬をひっぱたく激しい音、一回。 ブレーは驚いて立ち上がる。アルマンドとカナリーは「痛〜」という顔をして上を見上げたり、耳を塞いだりする。 ミュゼットが頬を押さえて、泣き顔で階段を降りて来る。後からクラントも頬を押さえて降りて来る。頬を押さえるミュゼットをみて、 | |
クラント | (ミュゼットを指差し弾劾する)殴られたのは僕だ! |
ミュゼット | (しれっと手を降ろし、階上へ戻ろうとする) |
アルマンド | ミュゼット、嘘はいけないねぇ。 |
ミュゼット | 私は心を殴られました。(階上へ戻る) |
クラント | すいません。お騒がせをして。 |
アルマンド | 構いませんよ。夫婦には付き物。ねえ、クラント。提案なんですけど、しばらく滞在して話し合ってみたら。 |
クラント | 叔母様。恩に来ます。 |
アルマンド | 2階の隅の部屋、使って良いわよ。 |
クラント | ありがとうございます!! |
カナリー | 生きてるイカぁ?クラント。生きてるイカって何? |
クラント | (赤面して)それは・・・うちで、夫婦で飼っているイカが生きてるかどうかって事で・・・。そろそろ休ませてもらって良いですか? |
アルマンド | 構いませんよ。 |
クラント | ブレー。寝仕度を手伝ってくれ。 |
ブレー | はい。 |
アルマンド | こちらの方には向いの部屋をどうぞ。 |
ブレー | え?そんな私は、そうだ!外の車で休みますから。 |
アルマンド | 一度、外に出たら、もういれないって言ったわよ。 |
クラント | ブレー、夜とはいえ、この時期は暑い。なんなら僕の部屋で。 |
アルマンド | 夫婦喧嘩のあげく、ゲイだと誤解されたら大変よ。(ブレーを見て)まあ、それはないようだけど。 |
ブレー | (いそいそと)お部屋をお借りします。さ、旦那様、行きましょう。 |
二人、階上へ。 | |
カナリー | いいの? |
アルマンド | なにが? |
カナリー | 滞在しろなんて。 |
アルマンド | いいじゃない? |
カナリー | ミュゼットが怒る。それに・・・あんまり他人を・・・ |
アルマンド | 他人?カナリー。カナリー。他人じゃない。 |
カナリー | 他人じゃないけど。 |
アルマンド | カナリー。今、私たちが必要としているものじゃない。 |
カナリー | え。 |
アルマンド | 死体よ。 |
カドリーユが、おそるおそる、2階から降りて来る。 | |
アルマンド | さあ、聴けるわよ!生きてるイカの正体!! |
暗転。 | |