『ミランダ、あるいは マイ・ランド』 |
第3場 | |
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とある時代(1930年頃のイメージ)。午前中。 ラジオの音楽が小さく引き続く。舞台には、ラジオはない。さらに、壊れた酒樽もない。ヘリングが立ち尽くし、過去を回想している。ホーエルが登場。 | |
ホーエル | ヘリングさんが忘れるはずがない。ヘリングさんにとって、ここは平和という名の牢獄だ。本国で没頭していた軍事生化学の研究を、部下に奪われ、こんな島に転属されたのだから。伝染病の研究?しかし、この島に伝染病は存在しない。 |
ヘリング | 生体解剖をしたと告発されたんです。 |
ホーエル | 仲間の仕掛けた巧妙な罠だったそうだ。だけど、悪い事ばかりではなかった。 |
ヘリング、クレアと視線を交わす。 | |
ホーエル | ヘリングさんでらっしゃいますか。 |
ヘリング | そうですが。 |
ホーエル | は、軍医助手のケリス・ホーエルであります。この度、副官を配名しました。以後、よろしくお願いします。 |
ヘリング | 君は、長いんですか? |
ホーエル | は? |
ヘリング | この島にずっと? |
ホーエル | 小官は、この島の生まれです。 |
ヘリング | 楽しそうな島です。 |
ホーエル | は、そうですね。楽しいというより、とても平和です。小官ら軍人なんて、きっと必要じゃないくらい。まるで楽園のようですね。 |
ヘリング | イリジアムか。 |
ホーエル | イリジアム?? |
ヘリング | 理想郷の事です。ギリシア神話では、祝福された人々が死後に住む楽園ですよ。 |
ホーエル | まさに、おっしゃる通りです。 |
ヘリング | あとは、食べ物が美味しい事を祈るだけですね。(笑う) |
ホーエル | では、是非、家に遊びにきてください。母の腕は天才的ですよ。特にチキンは。 |
ヘリング | お母様? |
ホーエル | はい。母はこの島で助産婦をやっていたんです。もう辞めてしまいましたが。 |
遠くから楽しげなフィッシャー夫妻がやってくる。 | |
ヘリング | あちらは? |
ホーエル | 今度、赴任してきた特別外交官のエドワード・フィッシャー氏とその奥様です。ほら、あそこに別荘を建ててるでしょ。その下見でしょうかね。 |
クレア | いつ来ても素敵な海ね。入り江だからかしら、全然波がないのね。あそこの岩場も素敵ね。ちょっとよってみましょうよ。 |
フィッシャー | 随分、ご機嫌だな。 |
クレア | あら、そんなことなくってよ。 |
フィッシャー | そうかい? |
クレア | でも、実を言うと少し気になっている事があるの。私。入江には、イリエワニっていう獰猛なワニがいるってお聞きになった事ない?? |
フィッシャー | ああ、知ってるよ。 |
クレア | それは、いないかしら??イリエに住んでるから、イリエワニでしょ。私、どうしたら良いのかしら? |
フィッシャー | 何がだい? |
クレア | だから、イリエワニです。どうしようイリエワニが出て来たら、イリエなだけに・・・(もじもじしている)。 |
クレア | いりぇーこったぁ!!私ったら! |
クレア退場。ヘリング、その様子を見ている。 | |
フィッシャー | すいません。赴任してきたばかりな上に、海が初めてなものだから、舞い上がってしまって。 |
ヘリング | 構いません。私もこのたび赴任してきた、バリー・ヘリングです。軍で医学の研究をしてますので、何かの折には。 |
フィッシャー | 特別外交官のフィッシャーです。 |
ヘリング | ご安心を。 |
フィッシャー | 何がですか? |
ヘリング | イリエワニは、インド洋からオセアニア北部に分布するワニです。この辺りには、いくらなんでも漂着してこないでしょう。 |
フィッシャー | (冷たく)知ってますよ。 |
ヘリング | 奥方が見えなくなりますよ。ホーエル君、行きましょう。 |
ヘリング、ホーエル、フィッシャー退場。エッブとイアンがやってくる。その後ろをエバンがついてくる。 | |
エッブ | そういえば、イアンさん。養女を迎えられるそうですね。 |
イアン | ええ、そうなんですよ〜。リーンといいまして。可愛い娘で。 |
エッブ | リーン、島の娘ですね? |
イアン | いえ、違うんですが、ちょっとしたわけがありましてね。 |
エッブ | ほう、そうですか。 |
イアン | プレット家の娘と言えば、おわかりになるかと。 |
エッブ | プレット家の?あー。 |
イアン | むごい出来事で、私のせいもあるんでしょうが・・・。 |
エッブ | そんな風に考えてはダメですよ。 |
イアン | それからずっと学校に寄宿してたんです。もっともっと早くに引き取りたかったんですが、なかなか先立つ物が。やっと準備が整いまして。 |
エッブ | あなたはご立派です。 |
イアン | いえ、不甲斐ないというか、情けない。大親友のたった一人の忘れ形見を・・・。それで、お宅のエバン君には是非友達になってもらいたいと思いましてね。 |
エッブ | え、ええ。今度、うちに遊びにきてくださいな。そのえーと、 |
イアン | リーン。 |
エッブ | そうそう、リーンちゃんもつれて。 |
イアン | 是非。 |
エッブ | エバン。わたしは、これから、イアンさんと街へ行く。 |
エバン | プレット家って? |
エッブ | イアンさん。これは内証ですか? |
イアン | できれば。 |
エッブ | 知らん。 |
エバン | ええ。でも今・・・。 |
エッブ | 知らん。エバン、わたしは、戸籍係じゃないぞ。 |
エバン | 知ってるよー。 |
エッブ | じゃ、夕方には戻るからな。 |
イアン | あの子は学校へは? |
エッブ | あの子も、戸籍係ではありません。漁師です。 |
イアン | なるほど。 |
エバンを残し、退場。エバン、波打ち際へ行く。SEとともに一画にスポットがあたって。 | |
カニ(声) | おい。おまえ。 |
エバン、不思議そうに辺りを見回す。 | |
カニ(声) | ここだ。 |
エバン | 誰? |
カニ(声) | おまえの目にはカニに見えるかもしれん。 |
エバン | カニ?どこ? |
カニ(声) | ほれ、足元じゃ、馬鹿、来るな危ない。(踏まれた音) |
エバン | あーあ。 |
クレアが暇そうな様子で登場。 | |
クレア | あら、初めまして。 |
エバン | あ、初めまして。(足下を気にしている) |
クレア | どうかしたの?? |
エバン | いや、別に。本国の人? |
クレア | そうよ。でも、しばらくはここで暮らすの。ほら、今作ってる、あっちのおうちに住むのよ。主人は職人さんと打ち合わせ。あら、カニが死んでるじゃない。ひどい!!ワニね。イリエワニの仕業ね。そうでしょ。ひどいわ!! |
エバン | う、うん。ワニだね。 |
クレア | どうしましょう。高台に逃げなきゃ。 |
フィッシャーやってくる。 | |
フィッシャー | どうしたんだクレア。大丈夫かい。まったく、こっちの職人と来たら、色の区別ができてない。パープルとモーヴの違いが分からないんだから困る。この子は? |
エバン | エバンです。エバン・ラトゥーン。 |
フィッシャー | よろしく。エドワード・フィッシャーだ。エドと呼んでくれ。 |
エバン | は、はい。 |
クレア | 私は、クレア・フィッシャー。クレアって呼んでくれあ。なーん、ちゃってっ。 |
フィッシャー | クレアよしなさい。君はクレアの最初の友達だね。どうぞよろしく頼むよ。(小声で)少し世間知らずというか、頭が・・・な所があるから。 |
フィッシャー | さて、戻ろう。君を呼びにきたんだ。寝室は君の意見も聞きたいんでね。だってそうだろう・・・。 |
二人、退場。クリスが走ってくる。 | |
クリス | 今の誰?知り合い? |
エバン | いや。初めてあった。 |
クリス | エバン。岬。また、相当、お宝が流れついてるぜ。 |
クリス | あの量は、難破船だな。また、ちょっとした小遣い稼ぎになるぜ。なに、ぼーっとしてんだよ。早く。 |
クリス、エバンをひっぱって行こうとするが、リーンが登場し、 | |
リーン | あ!クリス。 |
クリス | リーン。 |
クリス、行こうとするが、 | |
リーン | あの・・・。 |
クリス | 何? |
リーン、エバンに目をやる。 | |
クリス | あー。悪い、先に行って、誰にも取られないように見張っててくれない? |
エバン | 分かった。 |
エバン、しぶしぶ退場。 | |
クリス | 何? |
リーン | 最近、鳥の勉強してるの? |
クリス | してるよ。 |
リーン | 一番最近、勉強した鳥は? |
クリス | なんだよ。そんなこと聞きたいの?? |
リーン | 鳥の話し好きよ。 |
クリス | ふーん。今、勉強してるのは、キヌバネドリ。 |
リーン | キヌバネドリ。 |
クリス | その仲間にさ、ウツクシキヌバネドリってのがいるんだけど、すっごくきれいな鳥なんだ。 |
リーン | この島にいるの? |
クリス | いないよ。挿絵で見ただけ。コイツの面白いのは、変対趾足(へんたいしそく)っていう足で。 |
リーン | 変態?? |
クリス | その変態じゃなくて、4本のあしのゆびの1番目と2番目が前向きで、3番目と4番目のゆびは後ろ向きなの。かなり特殊・・・(リーンの顔を見て)話しって何だよ? |
リーン | ごめん。引き止めちゃって。 |
クリス | でも。 |
リーン | 今度でいいや。エバンが待ってるでしょ、行ってあげて。 |
クリス | じゃあ、また、学校でな。 |
リーン | クリス! |
クリス | ん? |
リーン | 続き今度聞かせて、変態?? |
クリス | 変対趾足。 |
クリス、退場。 | |
リーン | 養女かぁ。 |
カニ(声) | わしにいっとるのか? |
リーン | 誰? |
カニ(声) | それより、死にそうなんじゃが、助けてくれんか? |
リーン | 何よ。クリスなの?どこ? |
カニ(声) | お嬢さんの右・・・ギャッ! |
リーン、ちょうど、その辺りの砂に激しく手をつく。カニがつぶれる音。 | |
リーン | 悪魔の手招きの声?イヤー。(走り去る) |
クリスとエバン、がっかりして歩いてくる。ガラクタをいくつか手に持っている。 | |
クリス | これ、ちゃんと見張ってたんだよね? |
エバン | 後から来たくせに文句ゆーな。 |
クリス | いいや、おまえ、どれ欲しい? |
エバン | いいよ。全部、イアンさんとこ持ってけよ。 |
クリス | そっか、じゃ、金になったら分けるよ。さてと、仕分けるぞ。イアンさんが買ってくれそうなものはと・・・(物色をはじめる)・・・ |
エバン | あのおっさん足元みるからなぁ。これだろ、あと、これは高そうだな。 |
クリス | これは、もらうぞ。(髪飾りを手に取る) |
エバン | そんなのどうすんだよ。 |
クリス、がらくたを持ち、立ち上がって歩き出す。エッブがやってくる。クリス、あわてて隠す。 | |
クリス | エッブさん、お久しぶりです。 |
エッブ | 今日はまた、随分、しおらしいな。なにか悪さをしたかな。 |
クリス | してませんよ。 |
エッブ | 今、可愛い女の子が、雄叫びをあげながら走り去っていったぞ。おまえらだろ? |
クリス | リーンかな。 |
エッブ | なんだ、あの子がリーンか。クリスは知ってるのか? |
クリス | 同じ学校だよ。 |
エッブ | そうか。 |
エバン | イアンさんとの話しは? |
エッブ | そうそう、大事な書類を忘れて飛んで帰ってきた。ちょうど良い、エバン、書類を探すのを手伝え。 |
エバン | 何で、俺が。分かったよ。 |
クリスは、早くエッブに立ち去ってほしいので、エバンに手で帰れと合図する。エッブとエバン、退場。 | |
クリス | ふー。(歩き出す) |
スポットがビーチの一画を照らす。 | |
カニ(声) | なんで、わしばかり、こんな目に |
クリス、照らされたビーチにガラクタを落とす、それは、あの置き時計である。 | |
カニ(声) | グェッ! |
クリス | (しばらく歩いてから気が付く)おっ! |
クリスが、戻るところで、置き時計のスポットだけが残り、時を刻む音がする。暗転。 | |
第4場 | |
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三日目、夜。 殴る音と、砂に倒れる音。薄くライトがつくと、再び、壊れた酒樽がある。サングラス、帽子、マスクという出で立ちのフィッシャー夫妻が凶器を手に立っている。イアンが倒れている。高波の音。 | |
クレア | あなた、脈、呼吸、瞳孔、脈、呼吸、瞳孔、脈、呼吸、瞳孔。 |
フィッシャー | 忙しい!大丈夫だ。今度こそ死んでる。 |
クレア | 念には念を入れて、ちゃんと海に沈めるのよ。 |
フィッシャー | わかってる。 |
二人、波打ち際にイアンの死体を運んでいく。戻ってきて。 | |
フィッシャー | 帰ろう。早く、もういやだ。 |
クレア | ちょっと、慣れて来たわ。 |
フィッシャー、驚いてクレアを見る。 二人別荘へ帰る。ホーエルが現われる。イアンの死体を見つける。フィッシャーたちの消えた方に目をやる。ホーエル、イアンの元へ歩み寄り、しゃがみこむ。暗転。 | |
四日目、朝。 すぐに明転すると、イアンは消え、ホーエルは同じ姿勢。ヘリングが立っている。 | |
ヘリング | 今度こそ、本当なんでしょうね。 |
ホーエル | 間違いありません。これは事件です。確かに死体はここにありました。ちゃんと医学的手続きを踏んで、確認しました。死因は頭部への強打。撲殺後、海に沈められてました。 |
ヘリング | そしてそして、また少し目を離したすきに消えていたと。昨日の話しよりは面白いですが、夢の面白さを競ってもしょうがないですね。 |
ホーエル | 夢ではないんです。一昨日の晩も、確かに死んでいた。なのに、昨日はぴんぴんして現われました。それで、昨日から時間のある時には、イアンを見張っていたんです。 |
ヘリング | そして、またイアンの死体を見つけたけれど、またそれを見失ったと? |
ホーエル | ただの死体じゃありません。撲殺死体です。 |
ヘリング | ならば、一体誰がイアンを殺したというんですか。 |
ホーエル | それを確かめようとしている間に、死体に逃げられたのです。 |
ヘリング | (笑って)また矛盾ですよ。またしても死体が動いたというなら、それは、それが死体ではないか、もしくは、イエスがこの辺りをうろうろしているかどちらかということになります。私なら・・・前者を取りますよ。 |
ホーエル | いいえ。しかし、しかし、それに、逃げたのは死体だけではありません。犯人も逃げました。いえ、でも、おそらく、特別外交官のフィッシャー夫妻が、この事件に深く関わっていると、私は思います。 |
ヘリング | 君は優秀な科学者だが、名探偵では・・・ |
ホーエル | ヘリングさんに昔言われました。科学は創造と分析だって。同じ事なんです。だから、実証してみせます!イアンは殺されたけど、殺されていないんです!! |
ヘリング | 私は彼女がおかしくなっているのだと思った。しかし、心の中でつぶやいてみる。「ホレーシオは、僕たちが二度も見たこの恐ろしいものを、われわれの錯覚に過ぎないと言って、てんで信じようとしない。」 |
ホーエル | 「だから、今夜は僕たちと一緒に一分一秒もようく見張りして、また亡霊が出たら、僕らの眼が確かだったことを認めて、一つ亡霊に話しかけてもらおう」 |
ヘリング | 「つまらないことをそんなもの出やしないよ」ホレーシオはそう言ったが、王の亡霊は確かに出たな。王の亡霊か。 |
暗転。 | |
第5場 | |
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四日目、午後。波の音。 イアンとクリス、エバンがテラスでポーカーをしている。 | |
イアン | 最近、持ってこないじゃないか。 |
クリス | やっぱ、困る? |
エバン | またぁ。イアンさん、なんかいかさまやってない? |
イアン | やってない。やってない。困るのはお前らじゃないのか?小遣い稼ぎにならないだろ? |
クリス | 別に。金が欲しくてやってたわけじゃないから。それより、骨董品がなきゃ、骨董品屋できないだろ? |
イアン | どうせ、元々大して売れてないし、在庫もある。第一、お前らが集めて来るもんなんて、骨董品じゃない。がらくただ。 |
クリス | そのがらくた売ってもうけてるんだろ? |
イアン | がらくたを骨董品に磨き上げた経費だ。 |
クリス | がらくたを骨董品に仕立てあげた詐欺だ? |
イアン | じゃあ、仕立て屋だ。お前の手は? |
クリス | スペードのフラッシュ。 |
イアン、クリスに小銭を渡す。 | |
イアン | クリスは金は好きか? |
クリス | 別にー。 |
クレアが鼻歌混じりに歩いてくる。イアンを見て、驚き退場する。その様子をクリスは興味深げに見ているが、イアンは気づいていない。 | |
イアン | 女は? |
クリス | 別にー?え?クレアさん?? |
イアン | なんで、ミセス・フィッシャーなんだ?他のもっと同年代の。 |
クリス | ・・・別にー。 |
エバン | なんで、俺には聞かないの?? |
イアン | クリス君は、薄情だと思わないか、エバン君。 |
エバン | は? |
イアン | そうだ。がらくたと言えば、エバン君。例のエッブさんの置き時計のことだがね。申し訳ないんだが、無くしてしまったようなのだよ。私は記憶力には自信があったんだが、どうも、年かね。とにかく、うちの倉庫に絶対にしまってあったんだ。だが、ないんだよ。どこにも。まったく、すまないことをしたよ。 |
エバン | でも、イアンさんのものなんでしょ? |
イアン | いや、そう思ってたんだが、エッブさんは、貸してるだけだというし。ま、もう、謝って許してもらったがね。 |
エバン | いいですよ。どうせ、伯父さんのものなんて、海草のからまったがらくたでしょ。 |
イアン | いや、素敵な置き時計なんだよ。こう、○○が××で・・・ |
クリス | イアンさん、さっきがらくたと言えばって言ったよね。 |
イアン | じゃあ、聞くが、がらくたと骨董品に何の違いがあるんだ? |
ホーエルがやってくる。 | |
ホーエル | イアン・ティーコさんですね。 |
イアン | いかにも。 |
ホーエル、イアンに尻込みしながらも、昨夜、傷があった場所などを見ようとしている。 | |
イアン | (頭髪が)薄くなってきましたか? |
ホーエル | は?え!いえ、わたくし、ケレス・ホーエルです。ヘリングさんがお呼びなのですが、おつきあい頂けますか。 |
イアン | ヘリングさんが。(ラジオを消す)私は、何か軍につかまるようなことをしたかな。 |
ホーエル | いえいえ、そうでは、ないのです。ある捜査に協力していただきたいのです。 |
イアン | なるほど。私にできることといったら、鑑定くらいだが・・・参りましょう。 |
ホーエル | イアンさん。つかぬことをお伺いしますが、最近、誰かに殺されたりしましたか? |
イアン | おお!(笑う)分かりますか。もう毎日のように殺されていますよ。 |
ホーエル、驚く。 | |
イアン | もう、軍人さんなんかとは違って、この平和でやる事もない毎日に、殺されそうですな。退屈で死にそうだっはっは。 |
ホーエル | そ、そうですか。 |
反対側からフィッシャーがやってくる。クレアに聞いたのだろう。イアンを見て愕然とする。 | |
イアン | これは、フィッシャーさん。ご機嫌いかがですか。いつ今度、別荘に招待していただけるかと、首を長くしてお待ちしてますよ。(と言いながら、自分の首をつかんで、上へ持ち上げる。まるで、フィッシャーが首を絞めているように) |
ホーエル | フィッシャーさん。どうかなさいましたか?顔色が悪いようですが。 |
イアン | ああ!別に、私は逮捕されたわけじゃないですよ!!ねえ。 |
ホーエル | 捜査協力です。 |
フィッシャー | 何かあったのですか? |
ホーエル | お話しできません。しかし、本当に顔色が。 |
フィッシャー | 悪夢が波のように、次々と押し寄せて来るもので。ははは。 |
ホーエル | 悪夢、ですか。 |
イアン | 枕の下に蹄鉄を置くと良いですよ。お買い上げは、是非、当店で。 |
ホーエル | イアンさん(行きましょう)。 |
ホーエル、イアン退場。クリス、ホーエルを目で追う。 | |
エバン | 蹄鉄なんて置いたら痛くて、眠れないだろ。 |
クリス | (ボーッとして)いつもの、嘘だろ。 |
フィッシャー、後退りしながら、別荘へ向かう。エバンがそれに気付く。 | |
エバン | フィッシャーさん!あの夜。ここで。 |
フィッシャー | は? |
エバン | 夜で、誰も見てないとはいえ、ビーチであんなことしちゃいけませんよ・・・ |
フィッシャー走りさる。 | |
エバン | あれ?逃げた!!そんなに恥ずかしがるなら、最初から外でするなよなぁ。 |
クレア | ビーチからとんで帰ってきたあの人は、真っ青になって、語り出しました。あの夜の事をエバン君に見られていたんだと。どうしよう。 |
フィッシャー | どうしよう!大変だ。ああ、地獄の炎に焼かれるがいい!! |
エバン | な、なんか、悪い事をしたな。 |
クレア | まあ、悪い事をしたのは、元々わたしたちなんだけど。でも、あんな暗い夜に、何が見えたわけでもないはずだ。それに、もし本当にそれを見たのなら、どうして、彼は、イアン・ティーコと何食わぬ顔でポーカーをしていられるというのでしょう。とにかく、エバン君に、確認してみなくては。 |
フィッシャー | という事で、確か翌日、ビーチで彼をつかまえて、問いつめてみた。エバン君。あれを見られてしまったんだな。びっくりしたよ。 |
エバン | そうだよ。あれ。 |
フィッシャー | そう、あの晩のことだよ。砂浜で、僕らが、 |
エバン | Hしてただろ。 |
フィッシャー | そう、Hを、え? |
エバン | いいよ隠さなくったって。ただ、気をつけないと誰が見てるかわからないよ。あ、見てはいないよ。聞いただけ。真っ暗だったし。ま、怒らないでよ。何も知らずに通りかかっちゃったんだから。 |
フィッシャー | (独白として)誤解だ。しかも、解決があっけない。 |
クレア | (独白)馬鹿馬鹿しい。(エバンに)エバン君もね。早く、イイ人見つけて、おやんなさいな。(独白)と言ってやった。 |
フィッシャー | しかし、この日ビーチに出てきて、他にも思わぬ収穫があった。 |
エッブとイアンがしゃべりながら現われる。 | |
クレア | あなた。 |
イアン | エッブさんの所にいりびたっているようで、私はすっかり嫌われているようですな。 |
エッブ | 環境が整うまではしょうがないものです。特に女の子だし。おや、フィッシャーさんに、(エバンを見て)・・・、何か迷惑をかけられませんでしたかな? |
フィッシャー | 迷惑だなんてとんでもない。それより、イ、イアンさん。ちょっとお話ししませんか。 |
クレア | あなた。 |
エッブ | イアンさん。それでは、わたしらは帰ります。 |
エッブ、エバン退場。 | |
イアン | なんでしょう。 |
フィッシャー | 最近、この辺の治安は悪いですねぇ。 |
イアン | そうですか? |
フィッシャー | ええ、私も、先日、ここを歩いていたら、急に誰かに殴られてしまって。 |
クレア | え? |
イアン | 本当ですか?お怪我は? |
フィッシャー | 後ろからガツンと。大丈夫でしたが、ただ、びっくりはしましたがね。あなたは・・・ありませんか。そういう、誰かに殴られたとか。ころっ、ころっ、 |
クレア | 殺されかけた、とか? |
イアン | は?私ですか。ありませんよー。しかし、にわかには信じられませんが、気をつけることにしましょう。 |
フィッシャー | イアンさん。 |
クレア | あなた。 |
フィッシャー | 黙って。つかぬことをお伺いしますが、私が、最後にあなたから買ったモノは何でしたっけ? |
イアン | ははーん。なにか企んでますな。では、お答えしましょう。私の記憶では、えー、たしか、あー、おき・・・ |
フィッシャー | おき! |
イアン | おきあがりこぼし、ですな。スマトラの。 |
クレア | おきあがりこぼしですか。 |
フィッシャー | 私が購入したのは、おき・・・あがりこぼしですか? |
イアン | ええ。まちがいない。これ、何かのゲームですか? |
フィッシャー | ええ!ゲームですよ。そして、私の勝ちだ。また、お店の方にお邪魔しますよ。では。クレア。行こう。 |
舞台のはじへ。 | |
フィッシャー | どうだ!忘れてる。 |
クレア | 忘れたふりをしているんじゃないの?あっ、そもそも、生き返ったふりをしている・・・とか。 |
フィッシャー | いや、両方ともないだろう。 |
クレア | やったじゃない。じゃ、もう、殺す必要はないのね。 |
フィッシャー | ふふふ。(ひとしきり笑うが)駄目だ!手形がある。置き時計を買った時の手形が。それを見れば、不審に思うかもしれない。いやいや、思い出すかも知れない。まだだ、勝ってなんかない! |
夫妻、退場。イアンが立ち尽くし、海を見つめる。 | |
第6場 | |
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六日目、昼頃。 イアンが海を向いて立っている。 | |
イアン | 数日後。おそらく数日後。この島は穏やかすぎて、どれくらい時間が経ったのかよく分からないが、だいたい数日後、2つの変わった出来事があった。まずは・・・ |
波の音。リーン、慌てて走ってくる。 | |
リーン | エバン、大変。エッブさんが。伯父さんが。海で大怪我をして。 |
クリス | 流れついたその船にはボロボロになったエッブさんが乗っていた。どんな危険にあったのか、どんな魔物と戦ったのか、なんとか戻ってきたけど、もうダメだった。 |
エバン | よく分からない感情がこみ上げてきた。自分の身内なのに、なんでか、リーンが、かわいそうだと思った。 |
クリス | そして、もう一つ。 |
海に一人の女性、アリスが流れ着いている。しばらくすると、ふらふらと、海岸に這い上がり、辺りをみまわす。助かった事を全身で喜ぶ。 クレアががっくりした様子であらわれる。 | |
クレア | あなた、誰? |
アリス | よかった、言葉が一緒だ。夢じゃないですよね!!私、アリス・マーシャルです。クルーザーがね、難破してしまって。もう駄目かと思った!!波にもまれて、後は覚えてないけど。あのー・・・電話とかありませんか。いや、警察に行った方が良いのかな、あ、腹も減った!なにぶん、はじめてなんです、こういう・・・。 |
クレア | 2つ目の変わった出来事、漂着者。 |
アリス | そうです!それです。漂着者。今の私にぴったりだ!あのー、島の人ですよね?? |
クレア | 島の人なら、来ますよ。もうすぐ、ここに集まります。 |
アリス | え、集会ですか?それとも、私の歓迎会ですか!なんて。 |
クレア | そこ、どいてくださいませんか。 |
アリス | え? |
クレア | そこに置きたいんで。 |
アリス | 何を・・・ |
クレア | 死体。(退場) |
アリス | え?ちょっと。あの。 |
波の音が高くなり、日が落ち、夕方になる。アリスはとりあえずそこからどき、ジャケットを乾かしたりしている。と葬儀の音楽が聞こえてくる。一同が担架のようなものにのせたエッブの死体を運んでくる。リーンは、棺に泣きすがり、クレアはフィッシャーの側にいる。ヘリングは少し離れてついてくる。ホーエルも泣いている。アリスは面喰らって、その様子を見ている。担架が砂浜に置かれる。 | |
イアン | 古くからの慣習に従って、明朝の夜明けと同時に、この偉大な漁師の体を、母なる海に還しましょう。 |
ヘリング | (ホーエルに)君まで。 |
クレア | どうしてヘリングさんがいるの。 |
フィッシャー | 故人を悼むためだろう? |
イアン | それまで、遺体を囲んで宴をしましょう。疲れた方は、私の店を使ってくださって構いません。行ってお休みになってください。 |
フィッシャー | よろしければ、うちの別荘もお使いください。妻に、冷たい飲み物でも用意させましょう。 |
エバン | 心遣い、感謝します。あの・・・ |
イアン | エバン君、君は側にいてあげなさい。(リーンを見て)あれが邪魔なら、どくように言うよ。 |
エバン | 邪魔なんて。好かれてたんです。とても。きっと、喜ぶと思う。 |
アリス | 喪主の方? |
ホーエル | い、いえ・・・ |
アリス | (エッブを指して)奥様じゃない? |
ホーエル | 違いますよ!! |
ヘリング | ホーエル君。 |
フィッシャー | (リーンに)あんまり泣くと毒だよ。部屋へ案内しよう。 |
リーン | ここに、ここにいさせてください。側にいさせてください。 |
フィッシャー | それじゃ、何か飲み物を持って来させよう。クレア、飲み物をもってきてくれないか。 |
クリス | 手伝いますよ。クレアさん。(エバンに視線を送る。エバンはクリスを見ない)行きましょう。 |
クレア | ええ。 |
クレアとクリス退場。 | |
ヘリング | 泣いてる場合じゃないでしょう。なんのために来たと思ってるんですか。さ、クレアさんに着いていってください。私は、ご主人の方を見張ってますから。 |
ホーエル | しかし、何も、葬儀の場で。 |
ヘリング | 実証すると言ったのは誰です?さあ、早く早く。 |
ホーエル退場。 | |
エバン | リーン。 |
リーン | エバン。どうして、海になんか。 |
エバン | 伯父さんは漁師だ。 |
リーン | 元漁師よ。ずっと漁になんて出てない。 |
エバン | 分からない。 |
リーン | どうして。 |
エバン | しつこいよ。リーン。 |
リーン | 違う。どうして、私たち、止められなかった??ごめん。 |
アリス | (帰ってきたクレアに)あ、先ほどの。アリス・マーシャルです。どなたの死か分かりませんが、慎んで、冥福をお祈りします。 |
クレア | クレア・フィッシャーです。先ほどは、すっかりボーッとしていて。 |
アリス | あの後で、みなさんに紹介していただけますか?あの、本当に後で良いですから。 |
フィッシャー | クレア。 |
クレア | 失礼します。 |
リーン | 時計、見つかったの?? |
エバン | え?? |
リーン | エッブさんが、イアンに貸したって時計。なんか、うちのイアンが絡んでるから、妙に心残りになっちゃった。 |
エバン | ああ、それ、おまえの親父さんがなくしちまったらしいんだけど・・・ |
リーン | どんな時計? |
エバン | ○○××な時計だよ。 |
リーン | それ、もしかして、置き時計?クリスが岬で拾ったものじゃないかしら。そう、わたしと一緒にエッブさんにあげたのよ。 |
エバン | え? |
リーン | 私、倉庫調べて見る。無くしたなんていって隠し持ってるかもしれないじゃない。 |
エバン | そこまで、疑うなよ親父さんのこと。 |
リーン | うん。 |
エバン | うん。 |
リーン | よし!倉庫に行って来る!絶対、置き時計を持って来る。 |
エバン | おい! |
リーン、退場。ヘリング、アリスとこの話しをきいている。クリスが飲み物を持って戻ってくる。渡せる人に渡す。 | |
クリス | ほら、エバン。リーンは? |
エバン | イアンさんの倉庫に行った。 |
ホーエル戻ってくる。飲みのもをいくつか持っている。 | |
ヘリング | お手伝いですか? |
ホーエル | はい。 |
ヘリング | それで? |
ホーエル | すごい別荘でした。 |
ヘリング | そんなことじゃないでしょう。クレアさんは何か隠してる様子はなかったですか? |
アリス | 軍の方ですか? |
ヘリング | 失礼ですが、どちら様でしょうか? |
アリス | アリス・マーシャルです。 |
クリス | ホーエルさん。 |
ホーエル | クリス。大丈夫? |
クリス | 俺は平気だけど、エバンが。 |
ホーエル | エバン君って、そうか、エッブさんの甥御さんね。マイシャさんに似てる。 |
クリス | マイシャさんって? |
ホーエル | エッブさんの妹さんね。確か、産褥熱(さんじょくねつ)が元で亡くなったのよ。 |
クリス | さんじょくねつ?? |
ホーエル | 私の母がお産を手伝ったんだけど、その後、感染症にかかって。お医者様の取り上げ方が悪かったせいだって母は。あ、エバン君には・・・。 |
ヘリング | 分かりました。ご帰国の手伝いは軍でいたしましょう。後日、本部へいらしてください。 |
アリス | いえ、帰国はいいんです。なにか仕事になるような島はないかと思ってふらふらしてたものですから。 |
ヘリング | 仕事? |
アリス | ええ、商人なものですから。もっと具体的に言うと・・・ |
ヘリング | すいませんが、先ほども申し上げたように、お話しは本部で伺いますので。ホーエル君。失礼。 |
エバン | なあ、クリス。 |
クリス | なんだよ。エバン。 |
エバン | おまえ、伯父さんに時計なんてあげた事あるか? |
クリス | 時計? |
エバン | それをさ、イアンが隠してるってリーンはいうんだ。 |
クリス | え、どういう事? |
エバン | リーンが、お前が、置き時計を、うちの伯父さんにあげたっていうんだよ。 |
クリス | あ!ずっと昔だよ。一緒に岬で拾ったがらくたのじゃない? |
エバン | 多分、それだ。 |
クリス | リーンがイアンさんに売るなっていうから。仕方なく。 |
アリス | 土葬になさるんですか? |
イアン | いや、海に流すんです。 |
アリス | 海に? |
イアン | 漁師さんなんで、この島では海に流すんです。 |
アリス | 水葬ですね。いえ、実は、葬儀は私の専門なんですよ。いや、数ある専門のなかの一つでして。葬儀の方法についてはひとかどの知識がありますよ。 |
イアン | そうですか? |
アリス | 是非、火葬を、強く、おすすめします。 |
イアン | 私に奨められても・・・。 |
アリス | 遺族の方じゃないんですか? |
イアン | 残念ですが。 |
アリス | ご遺族の方は? |
イアン | (エバンを差して)ですが、今はそっと。 |
アリス | 分かってます。(クリスに)遺族の方? |
クリス | (首を振る) |
エバン | 俺ですけど。 |
アリス | 私、アリス・マーシャルと言います。この度はご愁傷さまでした。えー、息子さんですか? |
エバン | 甥です。 |
アリス | お父さんか、お母さんはいる? |
エバン | 母さんは死んだよ。父さんは知らない。多分、死んだんじゃないかな。 |
アリス | これは、重ね重ねご愁傷さまでした。こちら、海に流すと伺いましたが。私はですね、そのような古いタイプの葬儀に変ってまったく新しいタイプの火葬という・・・ |
エバン | 長い話しと難しい話しはわかんねぇよ。 |
アリス | 難しくはありませんが、長いといえば、長い・・・ |
クリス | おい。葬式が終ってからにしてやれよ。 |
アリス | 葬式が終るとは? |
クリス | だから。海に帰すんだよ。 |
アリス | それだと、ちょっと手遅れ・・・(死体の方へ行く) |
クリス | なんだ?あの人? |
エバン | クリス。 |
クリス | ん? |
エバン | さんじょくねつって何だ? |
クリス | あ、お前の母ちゃん。マイシャっていうのな。 |
エッブ | (死体の側にいたアリス以外、誰も気が付かないが)マイシャ。 |
アリス | ん?え? |
クリス | きれいな名前だな。 |
エバン | 会った事もないけどな。 |
エッブ | だから、反対したんだ。 |
アリス | あの・・・なんか言ってるかも。 |
エッブ | だが、任せておけ。 |
アリス | ほら、なんか・・・。 |
エッブ、ゆっくり起き上がる。一同、死体に目を向ける。 | |
エッブ | あいつは、このわたしが育てる。 |
体の砂を払い、辺りには目もくれず、去って行く。駆け込んで来たリーンとすれ違い、退場。 | |
リーン | 置き時計・・・え??・・・なかった。 |
一同、驚愕のあまり、動けない。 | |
エバン | 俺を生んで死んだのか。 |