『ミランダ、あるいは マイ・ランド』 |
第10場 | |
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第3場の続き、午後。波の音、時計の刻む音。 灯りがつくと、クリスが、ガラクタを落したところ。壊れた酒樽はない。 | |
クリス | (しばらく歩いてから気が付く)おっ! |
クリスが、戻るところで、リーン、おそるおそる戻ってくる。 | |
クリス | おお、リーン。 |
リーン | 今きたところ?今きたところ? |
クリス | ああ。 |
リーン | いい、ここで、なんか変な声しなかった。おじいさんみたいな。死にそうなんじゃが、助けてくれんか。とか。 |
クリス | エッブさんかな。 |
リーン | 誰それ? |
クリス | さっき、エバンって、いただろ?あれの伯父さん。あそこにすんでる漁師だよ。 |
リーン | ・・・ああ。でも、多分、その人じゃないわ。多分、悪魔の手招きの声よ。 |
クリス | 手招きはしゃべらないよ。多分。手だし。 |
リーン | ・・・あぁあ。じゃ、誰? |
クリス | さあ、空耳じゃない。知ってる?しゃべる鳥っているんだぜ。 |
リーン | そっか。前に聞いた事ある。 |
クリス | あのさ、これ。(髪飾りを渡す) |
リーン | え?くれるの?本当? |
クリス | まあ、拾ったものだけど。(他の取得物を見せる) |
リーン | ありがとう。他には、どんなのがあるの?? |
クリス | こっちはだめ。これは、骨董品屋に売るんだ。 |
リーン | 骨董品屋?なんてとこ?? |
クリス | イアン・ティーコってひとの店。 |
クリス | なんか、ごうつくばりって感じの親父でさ。 |
リーン | (小さく)あたしのお父さんになる人。 |
クリス | あれ、絶対、悪徳商法やってるね。 |
リーン | あたしのお父さんになる人。 |
クリス | あ・・・。え?リーン、お父さんになるんだ。いや、違う。 |
リーン | その人に引き取られるの。 |
クリス | そ、そっか。知り合いなの? |
リーン | 知らない。お父さんとお母さんの知り合いらしい。 |
クリス | そうなんだ。 |
リーン | ねえ、それ売るのやめリーンたし、クリスがそうやって抱えてた物、お店で売り物として見るの・・いや。この髪飾りが、いやな思い出になっちゃうし。 |
途中でエッブとエバンが現われる。 | |
エッブ | 確かに、あの机の上に置いたはずだったが。 |
エバン | 風にとばされたんだよ。窓開けとくから。おい、(クリスに駆けよって)まだいたのかよ。これからイアンさんの所に行くから、しばらくは売りにいけないぜ。 |
エッブ | おや。もしかすると、あなたはリーンさんかい? |
リーン | はい。 |
エッブ | 今度、イアンさんとこにいくそうじゃな。 |
リーン | え、はい。どうしてそれを? |
エッブ | わたしは、エッブ・ラトゥーン。あっちの岬に家があるんだ。こいつと二人で住んでるんだが、こいつはあまり家にいないんで、わたしも暇でね。いつでも遊びに来て、私の相手をしてくれないかな。 |
エバン | おい。 |
リーン | はい。ありがとうございます。喜んで伺います。 |
リーン、一目で、エッブを気に入った様子。 | |
クリス | 書類は?みつかったの? |
エッブ | それがな、風でとばされちまったようだ。 |
エバン | 重しを置かないからだろ。 |
エッブ | 仕方ない。イアンさんにもう一枚つくってもらおう。 |
リーン | なんですか? |
エッブ | いや、人様に言う様なものでは・・・さて、わしは失礼するよ。お父さんをあまり待たせるわけにはいかんからな。 |
リーン | お父さんじゃ・・・ |
エッブ | ・・・失礼。しかし、新しい物が、古い物を否定するとは限らないよ。骨董品屋なら、特によく分かってるはずだ。とにかく、すぐにでも遊びに来てくれよ。エバン。なにか、手頃な石でもひろっといてくれんか。重し代わりに。 |
リーン | 待って下さい。(置き時計には触らずに)これ、使ってください。重しのかわりに。クリス。いいでしょ。 |
エッブ | いいのかい? |
リーン | どーぞ。 |
エッブ | そうか、それじゃ。いただくよ。ありがとう。(退場しながら)イアンさんに自慢して、驚かせてやろう。その時計どうした?オランダ。なんてな。 |
一角にスポット・ライト。カニのSE。 | |
カニ(の声) | わしの忠告を・・・ |
クレア | (走ってきて)あら、カニ。(つかみあげる) |
カニ(の声) | おい、なにをする。放せ、放せ。 |
クレア | おいしそう。(退場) |
エバン | クレアさんっ。 |
暗転。 | |
カニ(の声) | もう、だめじゃ。折角、この島にとんでもない災害が迫っていることを教えにわざわざ来てやったのに。ここの人間共にはうんざりだ。みんな死ぬがいい。死んじゃえばいいんだぁ。 |
第11場 | |
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十日目、夕方。 フィッシャーの別荘の方からヘリングとホーエルがやってくる。ビーチにエバンが座っている。 | |
ホーエル | 置き時計を盗むだけっていったじゃないですか?何も、殺さなくても。 |
ヘリング | 今さら、何を言ってるんですか。殺したのは記憶を消すためということくらい分かるでしょう。目覚めた時に、あれ、いつのまにか、置き時計がなくなってる、と思うようにね。 |
ホーエル | 確かにそうですが、でも、記憶がなくたって、考えれば、すぐ、わかりますよ。あなたが盗んだって。もう少し、自重してください。それに、あなたはクレアさんまで。 |
ヘリング | いつも二人でいるんですよ。仕方ないでしょう。 |
ホーエル | でも・・・ヘリングさんは・・・。 |
ヘリング | 君はどうして個人的感情と科学を同じ天秤に載せようとするのですか? |
ホーエル | あの時・・・。 |
ヘリング | どの時? |
ホーエル | 置き時計の力を実証しようとした時、クリスじゃなく私だったら。 |
ヘリング | は? |
ホーエル | 置き時計を触った事があったのが、クリスじゃなく私だったら、あなたは、フィッシャーさんに私を撃たせましたか。 |
ヘリング | 君は、私の話しを聞いていたのですか?答えの出ている質問をする事に何か意味はあるのですか? |
ホーエル | 置き時計を触らせてください。 |
ヘリング | 駄目です。さあ、行きますよ。厳重な保管が必要です。 |
ヘリング歩き出す。 | |
エバン | あ、あの置き時計! |
ホーエル | あなたは生き返るのに、私は・・・ |
先に歩くヘリングの後ろから、ホーエルが忍び寄り、ヘリングを殺す。 ヘリングが崩れ落ちると、ナイフを手にしたホーエルがいる。 | |
エバン | うわ。 |
ホーエル、ヘリングの手から落ちた置き時計を怖々と持ち上げ、ヘリングを見下ろしてから退場。 | |
エバン | 死んでる。どうしよう。 |
ヘリング | (がばっと起き上がる) |
エバン | 生き返った。 |
ヘリング | 今、なんて? |
エバン | ・・・。 |
ヘリング | 生き返った、と言いましたね。生き返ったと言う事は・・・私は、置き時計を持っていましたか? |
エバン | 持ってました。 |
ヘリング | 私が死ぬ所を見ていたね? |
エバン | はい。見てました。 |
ヘリング | どうやって死んだか、当ててみよう。 |
エバン | い、いいですよ。 |
ヘリング | 1。 |
エバン | 良いですって。 |
ヘリング | 聞きたまえよ。1、転んだ。どうだね? |
エバン | い、いいえ。 |
ヘリング | 2、巨大なヒトデが海から現れて私を押しつぶした。 |
エバン | 違います。 |
ヘリング | 当たり前だね。3、◯◯(ホーエルの外見)の女が私を殺して、置き時計を奪って逃走した。 |
エバン | でも、その置き時計はうちの・・・ |
ヘリング | そうだね?? |
エバン | はい。そうです。 |
ヘリング | どっちですか? |
エバン | え? |
ヘリング | ホーエルさんは、どっちへ行きましたか? |
エバン | あっちです。あっちの岬の方。 |
ヘリング | 聞き覚えのある台詞ですね。悪魔が手招いています。 |
走り去る。エバンも走っておいかける。 | |
第12場 | |
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リーン | 悪魔は一体誰を手招いていたのでしょう。決して、この人ではなかったはず。でもこの人は島にやってきた。 |
アリス、ビーチにきて座り込む。 | |
リーン | 彼女の存在は、今も不思議です。なんで、この島に来たのか? |
エッブ | (登場しながら)あんたはクリスが死んでいたと思うかね? |
アリス | 死んでました。あなたも見たでしょう。 |
エッブ | 生き返るのを目のあたりにした感想はどうかな。わたしのも含め、二度目というところか。 |
アリス | あなたの死は確認したわけじゃないです。けど、今回は確かに死んでました。 |
エッブ | わたしに勧めた火葬とやらを、クリスにしていたら、クリスは生き返らなかったかもしれんな。 |
アリス | ちゃんと確認しましたよ。生き返る可能性があるなら、火葬にはしません。というか葬儀をしません。 |
エッブ | その可能性とやらは誰が決めるんだね。 |
アリス | ・・・。しかし、そんな事を言い出したら駄目です。ずるいです。 |
エッブ | ずるい? |
アリス | そうですよ。それじゃ、一生、死に縛られる事になる。その時の、その文化の、その科学のなせる最高の敬意をもって、死を確認し、死が確認された暁には、生き返る希望は捨てないといけないんです。生き返るなんて期待があって、生き返らなかったら、そんな悲惨なことはないでしょう。 |
エッブ | 悲惨? |
アリス | 愛する人の死を、何度も何度も、思い知る事になる。生き返るのに生き返らないんじゃ、何度も失うのと同じでしょ。 |
エッブ | 誰を失ったっていうんだね。 |
クレア | アリスさんには妹がいた。名前は、サラ。とっても、おしゃれで、素敵な美人。 |
リーン | サラさんは、ある日、いつものように家を出た。1週間前の誕生日に、アリスさんがプレゼントした、背の高いヒールを履いていた。 |
クレア | とっても、おしゃれな、オパール色のハイヒール。でも、あまりにも高すぎた。 |
リーン | すべったはずみに、サラさんは、ハイヒールから落っこちた。 |
クレア | 真っ逆さまに落っこちた。 |
アリス | まあ、少し、フィクションはあるけど、そんな感じ。そうやって、妹は死んだ。私、信じられなかった。 |
クレア | 信じられないアリスさん。絶対、生き返らせてやる。 |
リーン | サラの死体を焼かずにおいた。冷蔵庫にいれて、保存して、あちこち探しまくったの、死体を生き返らせる医者を。 |
アリス | もちろん、いなかった。 |
クレア | 今度は、ジャングルの奥地とか、死人帰りの伝説のある地域をかたっぱしから、探し歩いた、まるで世界一周。 |
リーン | ハイチで、不思議な粉を見つけた。死んだ人を生き返らせる。アリスさんは、喜んで、家に帰った。そこで、気がついたんだ。私は何をしてたんだろう。 |
エッブ | 悟ったのか。 |
アリス | いえいえ、世界一周って言ったら、すごい長旅でしょ。私、いつもの癖で、冷蔵庫のコンセントを抜いてきちゃったの。妹腐ってた。(笑う)最高のオチねこれ・・・あれ? |
エッブ | 笑いどころが難しいな。 |
アリス | あなたには、ちょっと難しかったかな?ま、今の話しは忘れてくれてもいいのよ。 |
エッブ | それで、その粉は、使ったのか? |
アリス | ・・・使いました。半分腐りかかってけど、かけてみた。 |
エッブ | そうか。 |
アリス | だってさぁ、あまりに急だったんだもの。話したいことだってあったし、もう一回笑って欲しかったし。ほんの一瞬でもいいから、生き返って・・・。 |
エッブ | また死ぬのかな? |
アリス | そうそれは、願っては駄目よね。結局、私たちが死を悲しむのは、死者をこの世でふたたび見ることができない悲しみというよりも、それをねがってはならないという悲しみなの。誰かの受け売りだけどね。 |
エッブ | 妹に先に逝かれるなんて、その辛さはよく分かるつもりだよ。 |
アリス | そうでしたね。あなたも。・・・人って、よく落ちる夢を見るでしょ。夜、ベッドに入って寝付く前に、必ず夢を見るの。大きな本棚があって、一番上の本を取ろうとしている。すこし、背が足りないので、小さな台に乗る。もう少しで本に手が届く。でも、足下が揺れる。ガタガタ、グラグラ、もう自分の力ではその揺れを止められない。揺れがどんどん大きくなる。そして、 |
エッブ | 落ちる。 |
アリス | はい。妹のように。妹も何かを求めて、落ちたのかもしれない。最近、そう思うんです。 |
エッブ、微笑む。 | |
アリス | (笑って)それにしても、私、毎晩毎晩、一体、なんの本をそんなに取りたがってるんでしょうね。 |
エッブ | そんな事を漁師に聞かれても困るな。 |
アリス | 確かに。あーあ、死んだ人について他の人と語るのも悪くないのね。迷惑でしょうけど。 |
エッブ | そんなことはない。ほら、素晴らしい景色だろ?こうして島に長い事いると、たまに思う事がある。ここには、島なんかなくて、ただ、海がないだけなんじゃないかと。 |
アリス | え? |
エッブ | つまり、島は、海に浮いている陸地なんかじゃなく、大きな大きな海の中で、たまたま海のなかった部分にすぎないんじゃないかと。海の中の陸地ではなく、ここには海がないだけ。そうして、海と空はいつでもつながっている。 |
アリス | 人の死もそうだと言いたいんですか?この世の全ては死で、その中で、たまたま死のなかった部分が、生だと。死という巨大な海の中の、一瞬の空隙だと。 |
エッブ | わたしは、景色について喋っただけだ。さて、 |
アリス | どこへ? |
エッブ | 島の者たちが暴発せんように、見張りに行く。 |
アリス | 見張りに。 |
エッブ | なんだか、胸騒ぎがするんでな。 |
暗転。 | |
第13場 | |
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十日目夕方。 | |
イアン | エッブさんの危惧は現実のものとなりました。悪魔の手招きの見えざる速さ。静かな水面の真下を急激に流れる恐ろしい手招き。ここからは急展開。まず、ヘリングさんは、奪われた置き時計を取り戻すために、ホーエルさんのもとへ行きました。しかし、ホーエルさんは焦っていました。またもや、ちょっと目を離したすきに、エバンに置き時計を盗まれたのです。 |
フィッシャー夫妻が通りすぎながら、 | |
フィッシャー | ヘリングだ。なんてやつなんだ。我々を殺して時計を奪ったんだ。お腹の子供は無事かい。 |
クレア | 平気よ。さっきも、お腹を蹴ったわ。 |
フィッシャー | そうか。良かった。 |
クレア | とにかく、時計をとり返しましょう。大金を叩いたんだから。 |
フィッシャー | クレア。だけど、素直に返してくれるとは思えん。 |
クレア | 殺して奪うのよ。どうせ、生き返るんだから。罪じゃないわ。 |
フィッシャー | クレア。おまえ・・・ |
クレア | 冗談じゃないわ。あんな奴にいいように利用されて殺されたのよ。 |
フィッシャー | そうだけど・・・しかし、君はお腹の子供の事だけ考えていてくれれば--- |
クレア | 赤ちゃんは、平気よ。蹴飛ばすだけじゃないんだから、もう、喋るのよ。 |
フィッシャー | え? |
エバン、置き時計を手に、逆から走ってくる。 | |
クレア | あ、その時計。エバンくん。とり返してきてくれたの。ありがとう。どこいくの。それ、私達のものよ。 |
エバン | これは伯父さんの時計だ。 |
クレア | 私たちが買ったのよ。ねぇ。 |
フィッシャー | しゃべるのかい? |
リーンやってきて。 | |
リーン | あ、エバン。あいかわらず、クレアさんと仲良しなのね。 |
クレア | そうなの。仲良しなのに、いじわるして、時計を返してくれないの。リーンちゃん、エバンくんに言ってくれない。 |
リーン | エバン。あら、これエッブさんの見つかったの? |
クレア | 私のよ。 |
ヘリング、ホーエル登場。 | |
フィッシャー | お腹の中でしゃべるのかい。 |
ヘリング | おや、フィッシャー夫妻ご機嫌いかがですか。(クレアの手を取り、あいさつする) |
クレア | 汚い手を放しなさい!あなた最低だわ。夫にクリスを殺させたり。わたしたちを殺して、時計を奪ったり。 |
ホーエル | あなたが、説得したんでしょ? |
ヘリング | 価値が分かる人間が持つべき物です。 |
ホーエル | そうよ。それを実証したのは、私たちなんだから。 |
エバン | フィッシャーさんが、あんたがクリスを殺したんですか? |
クレア | こいつが無理やりやらせたのよ。 |
リーン | なんのために。なんで? |
ホーエル | 良い質問ね。その置き時計のためによ。その置き時計のために、あなたのお父さんも、こちらのフィッシャー夫妻に殺されたのよ。驚いた? |
リーン | え?嘘でしょ。 |
フィッシャー | 殺してない!ちゃんと生きてるじゃないか。 |
リーン | わたしのお父さんが生きているの? |
クレア | 殺したんだけどね。 |
リーン | あなたが殺したの? |
フィッシャー | クレア!生きてるって! |
リーン | エバン聞いた!!ピエールが生きてる!! |
フィッシャー | え?誰それ? |
リーン | 私のお父さんじゃない。お母さんは? |
クレア | 知らないわよ。なに言ってんのこの子。 |
エバン | とにかく、この置き時計はわたさない。これはうちのだ。 |
ヘリング | ホーエル君。奪ちなさい。 |
エバン逃げようとする。ホーエル、エバンを撃つ。 | |
リーン | (絶叫)エバン。エバン。なんなのよ。なんでこんなことばっかり。 |
ホーエル | 平気です。エバンもすぐ生き返るって、なんたって、不死の置き時計をもってるんだから。 |
リーン | 不死の置き時計? |
ヘリング | 余計なことをペラペラとしゃべるんじゃありません。 |
ホーエル | それじゃあ、忘れてもらえばいい。 |
リーンを撃つ。銃声、一同シーンとなる。 | |
ホーエル | どうしたんですか?大佐。これで忘れるでしょ。 |
ヘリング | ホーエル・・・。 |
クレア | どうしたの?生き返るでしょ。 |
フィッシャー | まさか、その子は、所有者じゃないのか? |
ヘリング | クリスを呼んで来てください。 |
クレア、クリスを呼びにいく。ヘリング、リーンの傷を調べる。 | |
エバン | (起き上がる)あれ?ここは?あ、リーン。リーン。どうしたんだよ。リーン。 |
クリス、クレア登場。 | |
クリス | どうしたんだよ。リーン? |
ヘリング | クリス君、よく考えて答えてください。リーンは、この置き時計を持った事がありますか? |
クリス | (リーンに呼びかけながら)なんだよ!また置き時計かよ。意味が分からねーよ。 |
ヘリング | しっかり答えなさい!君がエッブさんにこれを譲った時、リーンはこれに触ったかと聞いているんです? |
クリス | 触ってねーよ!リーン、おい。 |
フィッシャー | 生き返らないものを殺したら、殺人じゃないか。 |
しばらく重苦しい空気が流れ、リーン、ガバっと起き上がる。 | |
エバン | リーン! |
一同、ゆっくりとリーンに目を向け、止まる。 | |
イアン | 本当に置き時計に触ったことがないのか、リーンは、その後、何度も何度も聞かれました。何度も何度も。しかし、どんなに思い出しても、リーンはその置き時計に触った事はありませんでした。つまり、置き時計は、死なない事とは無関係。 |
クリス | それは、僕が、ビーチで拾って、 |
リーン | 私が頼んで、 |
エッブ | わしがもらって、 |
イアン | 私がお借りして、 |
フィッシャー | 私が買って、 |
クレア | 私が家に飾っただけの、ただの置き時計。 |
イアン | もう、置き時計の奪いあいは、なくなりました。これで、元通り、島に平和が戻ったのです。 |
暗転。波の音。 アリスとイアンがいる。 | |
アリス | なんだか時計の奪いあいがあったんですって。そんなにすごい時計なんですか? |
イアン | いえいえ、大した事はないんですよ。みな、何か誤解をしていたらしい。 |
アリス | なんでも、悪い骨董商が、老人からだまし取って、外交官を欺いて売り飛ばした時計のせいとか。 |
イアン | 誰が言ったんです!そんな事。でも構いませんよ。それで、話しが丸く収まるなら。 |
アリス | 平和が一番ですね。 |
イアン | 私がこの島に来てから、平和でない時などなかったね。 |
アリス | どのくらいになるんです? |
イアン | 覚えてないねー。 |
エバンが、ナイフを片手に、フィッシャーを追いかけ、通り過ぎていく。 | |
エバン | 殺す! |
フィッシャー | 断る! |
アリス | ご案内ありがとうございます。あとは大丈夫ですから。では。 |
イアン | アリスさん。あなたは、文化の商人だそうですが、同じ商人同士のよしみで、教えてくれませんか。自分を嫌ってる人の心を自分に向けるには、どうすれば良いのでしょう? |
フィッシャーが、大なたを手に、エバンを追いかけ、通り過ぎていく。 | |
アリス | 恋人ですか? |
イアン | いえ、違いますよ。 |
アリス | そうですね〜。では、一つ。本当に嫌われてるんですか?そこから考える事かな。 |
イアン | なるほど、商売がお上手だ。 |
リーンがやってくる。 | |
イアン | リーン。 |
リーン | アリスさん。こんにちは。 |
アリス | リーンちゃん。こんにちは。では。あ、イアンさん、あなたは、なんの商人なんです? |
イアン | え?私、ああ、悪い骨董商ですよ。 |
アリス、笑いながら去る。 | |
リーン | 悪い骨董商。そんなにお金を貯めて、どうする? |
イアン | 別に、お金が好きなだけだ。 |
リーン | 聞きました。私の両親が事業に失敗して自殺して、それから、ずっと、私の養育費を出していたんですってね。どうして、黙って? |
イアン | 養育費ではない。投資は、人知れずするものだ。 |
リーン | そう。良い投資をしたかもね。 |
エバンが、斧を片手に、フィッシャーを追いかけ、通り過ぎていく。 | |
リーン | まだやってる。 |
イアン | 私も、エバン君に協力しよう。フィッシャーさんは、私を二回も殺したらしいからな。仕返しだ。 |
イアン、去る。 | |
リーン | さて、というわけで、結局、この島の人全員が、死なないことが分かったのです。死や殺人は、あっという間に、遊びやゲーム、冗談といったもっともあどけない部分を侵していきました。だって、真剣な死なんて有り得ないんです。死なないんだから。悪意も殺意もなくなって、島には平和が戻りました。でもハリケーンの前の一時の凪でさえ、訪れる事態の壮絶さを物語らずにはいられないのと同じように、島の平和は、一時の凪に過ぎなかったのです。 |
暗転。波の音。 | |