『ミランダ、あるいは マイ・ランド』 |
第14場 | |
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数日後。最後の日。 ホーエルが、銃をこめかみにあてている。そこへエッブとアリスがやってくる。 | |
エッブ | こら、やめんか。命を粗末にするんじゃない。 |
ホーエル | うわ、エッブさん。なんですか?そんなに激怒して、ちょっと忘れたいことがあったから、一回死のうと思っただけですよ。じゃ、あっちでやりますよ。 |
退場。銃声。 | |
アリス | このままでは、嫌でも、生き返るということを信じなければならないですね。妹を諦めたことが悔やまれてきてしまう。(ホーエルを覗きに行く) |
エッブ | どちらも憂うべきことだ。もはや、話すしかないのかのう。いや、そんなことをしても無駄なのかな。 |
アリス | 生き返りました。ところで、昨日、やっと登録所に行ったんですよ。そしたら、発見しちゃったんですよ。私、なんと、フィッシャーさんの次に、この島に来た人間なんですね。ところがね。いいかげんというか、フィッシャーさんの赴任年月日が狂ってるんですよ。すっごい古い日付になってて紙もボロボロだし。 |
エッブ | やはり、君は、この島で何かを見つけるために来たのだな。確かに、フィッシャー夫妻やヘリングさんが赴任してきたのはそれくらいだろう。リーンがイアンさんの所へ養女に入ったのも確かその年じゃった。 |
アリス | なに言ってるんですか。そんなはずない、私、その頃、まだ生まれてないし。 |
エッブ | そうなるな。 |
アリス | あ、からかってるでしょ。そもそも歳が--- |
エッブ | 島の中からは見えないものもある。知ってるのはわたしだけだ。漁に出て、島の外からものごとを見ることが出来る。何でも、そうだが、身近なことは追及しないもんだ。彼らはなぜ、考えない。死なないということがどういうことなのか。それは、死が目で見えないほど近いところにあるからじゃ。 |
アリス | やめてくださいよ。もう、死については、しばらく、考えないことにしたんですから。思考停止します。 |
エッブ | そうか。この島にやってきて、わたしらのことが見えるということは、あなたはなにかしら死について考える運命にあるんだと思ったが。 |
アリス | どういうことですか。おっしゃる意味がいまひとつ。 |
エッブ | この島は死の中にあるんじゃ。 |
一角にスポット。 | |
カニ(の声) | もう、だめだ。助けてくれ。 |
エッブ | わしが、フィッシャー夫妻が赴任してきた年をよく覚えとるのは、あれが、その翌年にあったからなんじゃよ。 |
カニ(の声) | 折角、この島にとんでもない災害が迫っていることを教えてやろうとしたのに。 |
エッブ | ミランダがきたのじゃ。 |
アリス | ミランダ? |
カニ(の声) | ここの人間共にはうんざりだ。ここから出してくれ。みんな死ぬがいい。 |
エッブ | 恐ろしいハリケーンだった。誰かがミランダという名前をつけたんだ。嵐なんてもんじゃない、爆発みたいだった。今まで見た事もない巨大な雷が空をまっ二つにわって、空の星が全部落ちて来たみたいなすさまじい音がした。目も耳も駄目になってしまうんじゃないかと思った。そして、暴風雨。雪。 |
アリス | 雪? |
エッブ | もちろん、雪じゃない。嵐に巻き上げられた珊瑚のかけらが、雹のように降り注いだのだ。最初のうち、子供たちは、はしゃぎまわっていた。島中が真っ白になった。確かに美しい光景といえなくもなかったが、いずれにしろ、それは地獄の光景だった。息が出来ず、目が開かず、肌が痛み、ミランダの来襲とともに、結局、この島は、空と海に押しつぶされて、消え失せてしまった。誰一人残さず。 |
カニ(の声) | 死んじゃえばいいんだぁ。 |
アリス | 信じられませんね。じゃあ、みなさんは、そのあとの入植者だ。そうでしょ? |
エッブ | 信じなくとも良い。わたしの空想かもしれん。しかし、島の人々が、死なないことの説明にはなるじゃろ?何日前だったか、ひどく胸騒ぎがして、海に出た。一里も進めば、波は船を島に戻そうとする。どんなにあがいても、自分の身を危険にさらすだけ。結局、力つきて島に戻って来た。そして分かったんだが、胸騒ぎの原因は、あんただった。それは、あんたが、この島に来た日の事だ。 |
アリス | ・・・あ、あなたがたは、自分が、もう、死んでいることを知らないで、生き返ると思って殺しあっていると、言うんですか? |
エッブ | わしも、しばらくしてから思い出したんだ。 |
アリス | 分からない事だらけです。だって、どうして気が付かないんです。その事をみんなは?いや、それに、私には、何故?私は・・・何故?・・・ここに。 |
エッブ | それこそ、不思議だ。私の記憶では、多分、この島はもう、ない。海にのまれてしまって。 |
アリス | 不思議な夢ですね。これは。 |
ホーエルがやってくる。 | |
ホーエル | やぁ、エッブさん。それにアリスさん。 |
エッブ | さっきも会っただろ。 |
ホーエル | そうでしたっけ? |
エッブ | 忘れているうちはいいんだ。 |
エバンがリーンの手を、半ば無理矢理ひっぱるように歩いて来る。 | |
リーン | エバン、どこに行くの? |
すぐにクリスが来て、エバンから奪うようにリーンの手を取り、歩き出す。 | |
エバン | 待てよ! |
クリス | なんだよ? |
リーン | ちょっと、どうしたの? |
クレアがお腹を守るように後ずさりで登場。フィッシャーが、彼女のお腹にナイフを突きつけ登場。 | |
クレア | あなた。どうしたの? |
フィッシャー | どうして。しゃべるんだ?君のお腹は?? |
カニ(の声) | ここから出してくれ!! |
フィッシャー | まただ! |
クレア | 成長が早いだけよ!! |
カニ(の声) | ここに閉じ込められているんだ!! |
へリングが、フィッシャーとクレアの間に入り、クレアを守るように、フィッシャーに銃を突きつける。間髪入れず、ホーエルが、ヘリングに銃を突きつける。ヘリングが、何故?という顔でホーエルを見る。 | |
ホーエル | 答えないと行けませんか? |
クリスが、歩き出すと、エバンが、クリスを止めようと肩をつかむ。クリス、ふりかえって、エバンにナイフを向ける。 | |
エバン | (リーンを抱きしめて、のど元にナイフをあてる)リーン!リーン! |
そのエバンの後頭部に、イアンが銃を突きつける。一同、疑心暗鬼の目でお互いを見、牽制しあい、武器を突きつけあう。 | |
ヘリング | 一度、殺しあって、もろもろ忘れましょうか。 |
エッブ | そして、それを永遠に続けるのか。 |
止めに入ったエッブに敵意の目が向けられ、エッブが後ずさる。アリスが、エッブを守るように前に出ながら、 | |
アリス | 死んだ人が不滅なのは、生きている人がその思いを尊重するからでしょ。 |
エッブ | 話した所で、殺しあいをやめるとは思えん。結局、これは運命なんじゃろう。そして、その運命を見届けさせるために、神はあなたをこの島によこしたのかもしれない。 |
アリス | あなたは、生きる事は、死の中の一瞬の空隙だって言ったけど、人は孤独な島じゃない。島はビーチで終わるように見えるけど、ここはずっと海の中に続いて行って必ずどこかの島とつながってるでしょ。 |
アリスが、一同に近づくと、誰かが、アリスに武器を向ける。 | |
エッブ | その人は違う。その人に武器を向けるな。 |
エバン | はじまったよ、説教ばっかり。 |
カニ(の声) | 早く、ここから出してくれ!! |
クレア | 怒ってるわ。 |
アリス | (歩み出る)賭けを提案したいんだ。一つゲームをしませんか。 |
エッブ | アリスさん? |
ヘリング | それも文化の売り込みですか? |
アリス | そうです。賭けは、偉大な文化です。ね。どうせ殺し合いをするなら、ゲームにしましょう。 |
イアン | ゲーム? |
アリス | みんなでせーので殺しあうんです。お互いを。ね。そして、生き返りますよね。だから、一番早く生き返った人が、一番早く生き返ったで賞!ね。 |
クレア | 何を賭けるのよ? |
アリス | そうですね。このビーチを自由にできるというのは?。何をしても構わない。 |
エバン | セックスもだな。フィッシャーさん。 |
フィッシャー | このガキ! |
アリス | そうです。このビーチの所有権。我ながら、良いことを言った。商売とは賭けです。私だったら、ここに商店をたてますね。あるいは通行料をとる。どうでしょう? |
ヘリング | しかし、生き返るとこの事を忘れてしまう。 |
ホーエル | 私は最近、覚えてる。慣れてきたのかな。 |
クリス | 俺もだよ。ようは、気の持ち方じゃん。 |
イアン | 面白いじゃないか。先に生き返っても、忘れた人はアウトというルールにしよう。 |
一同、うなづく。 | |
アリス | みなさん、ナイフを持ってますか? |
エッブ | 待て、やめんか、つまらんことは。アリス。 |
アリス | それぞれ心臓を突きますか。 |
ヘリング | 首の方が確実ですよ。 |
アリス | では、首にしましょう!輪になって、隣の人の首をお願いしますよ。 |
アリスの隣にはリーンが来る。アリスはリーンの首を切る事になる。 | |
エッブ | 待て、アリス、また、私を残して行くのか? |
アリス | 私の取りたかった本がこの島にあるのかもしれないんです。それに・・・ |
カニ(の声) | ここから出してくれ!!出してくれ!! |
クレア | もうちょっとだから、ちょっと我慢。 |
アリス | いきますよ。1、2、3! |
一瞬の暗転。 全員が倒れているが、リーンだけが、立っている。エッブは愕然と頭をさげる。波の音。 | |
リーン | なんで?この人、切らなかったの? |
エッブ | アリスさん。 |
エッブかけよる。アリスの首から鮮血が流れている。 | |
エッブ | あ・・・ああ。 |
リーン | どうして? |
倒れていたものが起き上がりはじめる。 | |
ホーエル | どう、覚えてる? |
エバン | 覚える!誰だ。一番は? |
クリス | リーンだ。やったー。どうするビーチ。 |
リーン | クリス、待って。私じゃない。私、死んでない。 |
クレア | どういうこと、それ?ズル? |
イアン | エッブさん見てたでしょ?誰が、勝者ですか? |
エッブ | (アリスを)この人だ。 |
クリス | なんでさ、まだ、死んでるじゃないか。 |
エッブ | まだ、だと。まだ、死んでるだと。この後どうなるというんだ。 |
リーン | まだ、死んでる・・・。 |
クレア | 随分、遅いんじゃない? |
エバン | とにかく、見てたろ。リーンが勝ちだ。 |
エッブ | エバン。黙れ。 |
エバン | だけ--- |
エッブ | 黙れ! |
リーン | 生き返らない。この人、生き返らない。 |
ホーエル | どうして、生き返らない人なんていないのよ。 |
リーン | そんな気がするの。そんな気が。 |
フィッシャー | もう少し、待ってみないか。 |
エバン | おい!どういうことだよ。 |
クリス | おい!生き返らないぞ。 |
イアン | おい、アリスさん。おい。起きろ。(死体をゆする) |
時は過ぎて行くが、アリスは微動だにしない。ゆっくりと日が暮れる。 | |
エピローグ | |
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プロローグと同じ照明。 一人ずつ、登場しながら、アリスの墓をたてていく。それは、冒頭のモニュメントである。 | |
エバン | いつか、死んだ海亀は、波間を泳ぎ始めた(砂浜を歩き始めた)。でも、アリスさんは、もう泳ぐ(歩く)事はなかった。どうしてこの人は生き返らないのかという疑問は、すぐに、自分たちに向けられた。 |
クリス | 死なない理由を、エッブさんが説明してくれた。でも、死なないことの意味をもっと早く心に問えば、そんな説明はいらなかっただろう。あんなに傷つけあって、殺しあって、悪魔の手招きに勝てなかった。 |
ホーエル | 死なないことを知ってからの日々、人々は、かくも互いを傷つけることに夢中になった。傷つかないもの同士の間には愛は生まれないのだと、アリスさんは言いたかったのだろうか。 |
フィッシャー | クレアには、子供は出来ていなかった。もし子供が産まれたら、本国にいた頃、両親から聞いた昔話を話していたかもしれない。それはきっとこんな風に始まっただろう。 |
クレア | 昔、村に旅に疲れた老婆がやってきました。村人は、気味が悪いと老婆を追い出します。すると老婆は魔女に変身し、村に呪いをかけてしまいました。その呪いとは、死ねないこと。 |
ヘリング | その魔女の名はミランダ。ミランダに呪われた村人は、その呪いにも気がつかない。魔女は、そのことを怒り、ある日、村にあるものを届けさせる。人々は、それを奪いあい殺しあうようになる。昔話しなら宝石だろうか。 |
イアン | ある日、一人の旅人がその村を訪れる。結末は、よく覚えていない。きっと旅人のおかげでその呪いはとけたのだろうが、それは、偶然だったのか、それとも旅人の意志だったのか。とにかく、単純な昔話だ。ミランダは、すべてを洗い流してしまったのだろう。死ぬことも生きることも。 |
リーン | 命をかけたゲームに勝者となったアリスは、ビーチを手にいれ、命を失った。約束にしたがって、私たちはどこまでも続くこのビーチを彼女のものにした。だから、ここは、彼女の場所。彼女が世界と繋がるビーチだ。私たちは、その場所に集まり、こうして祈りを捧げている。今日が、その日。 |
冒頭の墓参りのシーンを再現する。 | |
リーン | ねえ。どうして、私たちが、この場所に集まるのか、ふと忘れてしまう事がない? |
エッブ | 人間は島のような物だろうか。海流の中にぽっかりと浮かぶ島。 |
リーン | 忘れるっていうか、なんかぼんやりして・・・。大事な場所に行こうと思い立つ、でもいざその場所に来ると、なんとなく、ぼんやりして。 |
ヘリング | いや、人間は、島ではなく、きっと大陸のようなもの。 |
ホーエル | 長い休暇みたいに、目的がぼんやりして。 |
クレア | でも、おかしな事に、変な感じはしない。 |
フィッシャー | 人間は島ではなく、一続きの大陸の一部。 |
リーン | この島の、このビーチには持ち主がいる。その事は、みんな知ってるし、覚えてる。でも、知ってる事とか覚えてる事って、あえて、思い出そうとしない。 |
クリス | 一続きの大陸だから、誰が死んでも、僕の一部は失われる。 |
クレア | 忘れるはずがないから、思い出さない。 |
エバン | 遠くで弔いの鐘が聞こえる。誰のために鳴ってるのだろうかと人は思う。 |
ホーエル | 思い出そうとしてみるのも、たまには、良いかもしれない。 |
イアン | 弔いの鐘は、いつも、私のために鳴っているのだ。 |
リーン | 思い出せるのは幸せの証拠。じゃあ、やってみよう。この場所は、私たちのものではないけど、私たち全員にとって、とても大切な場所。みんなで、思い出すのも悪くない。それも、この場所でなら、いちばんの幸い。 |
エッブ | だが、本当にハリケーンだったのか?太陽のような光、白い雪、爆発。爆発。無限の、爆発。 |
暗転。 | |
ヘリコプターの轟音が近づいて来る。 | |
録音声 | いたぞ!あそこに倒れてる。 |
録音声 | 20代くらいの女性のはずです。 |
録音声 | アリスさん。アリスさん。しっかりしてください! |
録音声 | 息があるぞ。搬送。搬送。 |