『黒い二、三十人の女』 高い志にもかかわらず、自分でも嫌っている殺戮と惨禍を引き起こすのは、 いつでもこういう純粋な信念の人、宗教的で夢中になる人、 世界を変革し改善しようとする人であろう ------シュテファン・ツワイク『ジョゼフ・フーシェ』 |
大公の城、謁見の間。大公は王座に、ファーデンは傍らに立っている。今までしていなかった手袋をしている。 | |
大公 | 本日の謁見者は? |
ファーデン | 従者を連れた男が一人でございます。 |
大公 | たったそれだけか。 |
ファーデン | は。しかし重要な人物ですので。 |
大公 | そうか。ファーデン。補佐官の職務、遺漏なくまっとうせよ。今日が、最後の勤めとなろう。 |
ファーデン | は。ありがたき、仰せでございます。早速、謁見を始めさせていただきます。謁見者、前へ。 |
レプゴーが現れる。大公の前にひざまずき、謁見の儀礼をする。アイヒロットも現れ、従者として、座っている。二人とも、顔を上げない。 | |
レプゴー | 本日はわたくしめごとき田舎者にご拝謁をお許しいただき、万福(ばんぷく)の至りでございます。 |
ファーデン | 名を。 |
レプゴー | レプゴーと申します。これは、従者でございます。 |
アイヒロット | (顔を上げずに)アイヒロットです。 |
大公 | なんだ、お前の娘ではないのか。よい名だな。 |
アイヒロット | 好きな詩人の名前です。 |
大公 | よいよい。私は、知っているな。 |
レプゴー | 天に揺るがなき、大公様を存じ上げぬ者はおりません。 |
大公 | 私は、民衆の王たらん事をつねに欲している。それにはまずそなたのような下々の者に名を知ってもらう事がなにより大切だと思っている。そなたの言葉、嬉しく思うぞ。 |
レプゴー | 恐惶至極に存じます。 |
大公 | そうだ、紹介しよう。これはファーデンだ。私の補佐官をしている。この謁見の責任者でもある。謁見の機会を与えた礼なら、この補佐官に言うんだな。 |
レプゴー | ありがとうございます。 |
ファーデン | 私の最後の謁見手配にあなたのような方をお招きできて光栄に思います。 |
レプゴー | 最後? |
大公 | ファーデンは補佐官をやめるのだ。まあ、それはこの際どうでも良い。続いて、ポリーだ。(誰もいない空間を指さす)、それから、ルシー、ロッテ、アマーリエ、マティルデ、グレートヒェン、ゼルペンティーナ、エリーザベット、アンナ、ユーディット、マリー、ヘレーネ、ヴェンドラ、アガーテ、クラリッセ、ドロテーア、(と、2、3十人の女の名を全て紹介する) |
ファーデンは、唖然として、その様子を眺めている。レプゴーは下をうつむいたまま。律儀にそれぞれの女に頭を下げる。 | |
大公 | ・・・以上だ。 |
ファーデン | みなさん、お揃いでしたか。 |
大公 | なにか? |
ファーデン | (皮肉に)いえ、皆様、ご息災のようで、祝着でございます。 |
大公 | さて、レプゴー、頭をあげよ。この者たちは私の信頼特に厚い者たちだ。気にせず謁見の内容を話すが良い。 |
ファーデン、片隅に移動する。 | |
レプゴー | はい。実は------ |
大公 | ちょっと、待ってくれ。ファーデン。 |
ファーデン | は? |
大公 | なぜ、ゼルペンティーナに寄り掛かっているのだ? |
ファーデン | え?あ、これは失礼をいたしました。 |
大公 | ゼルペンティーナに気があるのか。 |
ファーデン | 恐れおおございます。私などにはもったいのうございます。 |
大公 | そうか、お前は、無欲だな。レプゴー、続けよ。 |
レプゴー | は、はい。実は・・・。ここに、一通の手紙がございます。これ------ |
アイヒロット | (いきなり捲し立てる)レプゴーさんは、生き別れになった娘さんを探しているのです。奥さんが病気で・・・だから大公様のご慈悲をいただこうと・・・。 |
レプゴー | アイヒロット!黙っていなさい。 |
アイヒロット | だって! |
レプゴー | 大公様、まず、この手紙をお読みいただけませんでしょうか。 |
レプゴー、手紙を差し出す。補佐官がそれを受け取り大公に渡す。大公手紙を読むうちに青ざめ沈黙する。 | |
レプゴー | 今、この者が言った事は間違いではございません。私は生き別れになった娘を探しております。郷里には病んだ妻があり、行方不明の娘とその母親を再会させてやりたいのです。生き別れならまだしも死に別れては一生会えませんから。ただ、それは、私が複写いたした物でございます。本物は別の場所に隠してございます。 |
大公 | 本物はどこにある? |
レプゴー | 隠してございます。 |
大公 | ・・・よく分かった。では、何が望みだ? |
レプゴー | 娘を探す費用と言う事で。十万シュピーレンマルクをいただければと存じます。 |
大公 | 十万?そのような大金・・・ |
ファーデン | 大公、どういたしました? |
大公 | 補佐官、しかたがない。彼に十万シュピーレンマルクを下賜せよ。 |
ファーデン | 十万!なにをおっしゃいます。そのような大金は・・・ |
大公 | よいから、出せ! |
ファーデン | ・・・何の手紙でございますか?拝見させていた------ |
大公 | (ファーデンを無視して)だが、レプゴーとやら、これは、娘を探す費用として下賜するのではないぞ、本物の手紙の代金だ。 |
レプゴー | どちらでも仰せのままに。大公様。 |
大公 | 本物はどこだ? |
ファーデン | なるほど、十万シュピーレンマルクもの価値がある手紙。一体何が書かれているのでしょうか。 |
大公 | 早く用意せんか。 |
ファーデン | その手紙によって脅かされているのが、大公お一人の身の上ということでしたら、国の金を供出する事は承服いたしかねますが。 |
大公 | この後に及んでつべこべぬかすな!なんなら、即刻補佐官の任を解いてもよいのだぞ。 |
ファーデン | レプゴー殿。あなたは大それた方だ。手紙一通で大公を脅迫なさるとは! |
レプゴー | そうでもありませんよ。 |
ファーデン | そうでもありませんよ、と言う事は、脅迫されているのは大公ですな。では。 |
ファーデンが大公を刺す。大公、驚きながら、ゆっくり倒れる。 | |
アイヒロット | 大公様!(アイヒロットは大公の側による) |
ファーデン | レプゴー殿、いつ誰が死ぬかは予想がつかないものですね。 |
女たちの悲鳴が大公には聞こえるようだ。レプゴーも辺りを見回す。 | |
大公 | (痛い表情で)ファーデン。何かが、私に刺さったようだ。 |
ファーデン | ほう。始めて正しく現状を認識されましたな。ご成長、嬉しく思います。 |
大公 | (理不尽な行為への怒りと痛みに満ちて)ファーデン。何かが、私に刺さったようだ。 |
ファーデン | レプゴー殿。はい。 |
ファーデンは、大公から、ナイフを抜き、レプゴーに渡す。呆然としていたレプゴーは思わずそのナイフを握ってしまう。 | |
レプゴー | うわ。(自分の手に握られた血塗られたナイフを落とす) |
ファーデン | 計画通りとはいかない物ですねぇ。あなたは私が暗殺しようとしていた男を脅迫していたわけですから。微妙なずれ、思惑の些細な食い違い。よくある事です。 |
大公 | 自分が何をしたか分かっているのか? |
ファーデン | (大公を一瞥して)無駄な行き違いが生じぬよう、ここからの筋書きをご説明しておいた方が良さそうですね。 |
大公 | ファーデン。調子にのるな------ |
ファーデン | (無視して)ご存知ですかな?レプゴー殿。こちらのシュピーレン大公シュピーゲル様が、妄想(周りを見る)と戯れている間に、あなたの村が血なまぐさい戦場と化した事を。 |
レプゴー | 戦場? |
ファーデン | そう。そしてその事をあなたは決して許さない。どれ(大公から手紙をとって読む)なるほど、あなたのお父上に関する黒い噂ですか。 |
大公 | 私は自己保身から言ったのではないぞ。これは、国の存亡に関わる事だ。 |
ファーデン | 国の存亡?それは違う、あなたの閥族の存亡でしょ?シュピーレン家による血統支配が崩れても国が滅びるまけではない。いやたとえこの国が滅びたって人民が死ぬわけではない。十万シュピーレンマルクもの税金を使うようなことではないですな。 |
大公 | 貴様!シュピーレン大公家の支配を軽んじるか。国があっての民ではないか。貴様の愛国心はどこに失せた? |
ファーデン | 愛国心?愚か者の最後の拠り所ですな。いずれにせよあなたは統治者には不向きだ。 |
レプゴー | あの・・・戦場というのはどういうことでしょうか? |
ファーデン | ああ、国境領の村は、大公の軍によって、焼き払われたんです。 |
レプゴー | 大公の? |
大公 | それは、私の本意ではない。 |
ファーデン | あなたの失策です。 |
レプゴー | では、村人たちは? |
ファーデン | 残念ですが・・・。 |
レプゴー | もう会えないのですか? |
ファーデン | ご存命の方もいるとは聞きましたが、やはり、お会いする事はできません。なぜなら、あなたは英雄だからです。 |
レプゴー | 英雄? |
ファーデン | ええ、あなたは愛すべきあの美しい村を踏みにじった大公を許さず、誅し奉ったのです。誅したというのは、キスしたということではありませんよ。殺したということですから、念のため。 |
レプゴー | 分かってますよ。 |
アイヒロット | まさか、レプゴーさんに罪を? |
ファーデン | 幸いにして、誰もいない部屋で起こった事です。(レプゴーに)あなたは当然、大公暗殺の罪で裁判にかけられます。判決は死罪です。 |
レプゴー | 死罪。 |
ファーデン | だから生き残った村人にもあなたは会えない。ですが、すぐに、新しい大公の名であなたの名誉は回復されるのです。 |
大公 | 新しい大公だと?それが、お前では誰も認めんだろう! |
アイヒロット | 大公様、喋らない方が良いです。 |
ファーデン | 私が大公など恐れ多い話です。私は今まで通り大公の良き補佐官でありたいとせつに願っております。 |
大公 | 誰がなる?新しい大公には誰が? |
ファーデン | ただいま、製造中です。(レプゴーに)更に言えば、あなたを死罪とした裁判官や旧勢力の代表たちは国民感情の手前、閑職においこまれる。そのように私がする。新しい覇権は安定した秩序の元に築かれるでしょう。いかがですか?レプゴー殿。(大公を暗殺したナイフを拾い上げ)大公の血、あなたの指紋。(手袋をはずし、どこかにしまう。) |
レプゴー | お見事です。補佐官殿、一つお願いがございます。 |
ファーデン | 何か? |
レプゴー | この者はどうなります? |
ファーデン | 従者は主人に従うもの。天国への梯子を主人を支えて昇ると良いでしょう。 |
レプゴー | いえ、補佐官殿。実は従者というのは、でまかせで、本当は旅の途中で出会ったただの道連れなのです。私とはなんの関係もない。この者は本当に両親を探していて・・・見のがしてやってくれませんでしょうか? |
アイヒロット | レプゴーさん。(静かに)かばってくれなくても良いです。私は知りたかっただけですから。 |
レプゴー | アイヒロット? |
アイヒロット | 病気の妻を憐れむ心。娘を探す親の心。そして、(静かに)人を騙す人間の心。 |
ファーデン | 騙すとは心外な、わたしは・・・ |
アイヒロット | あなたじゃない。レプゴーさんだ。・・・ねえ。レプゴーさん。どこまでが嘘なんですか?生き別れの娘まで?病気の奥さんもいないんですか?プワスキさんとの友情は?なんのために街に出てきたんですか?本当は、本当は、金目当てじゃないか!全部、お金の・・・。(言い淀んで黙る) |
レプゴー | (呟くように)知っていただろう。お前は、あの手紙を読んだはずだ。なのに何故ついてきたんだ?だから危険だと言ったんじゃないか。 |
アイヒロット | 全部が嘘なんですか?本当の事はほんのすこしでもないの?私を牢獄から出してくれたのは? |
レプゴー | うるさい。 |
アイヒロット | 娘さんが私のように明るい子だと良いなと言ってくれたのは------ |
レプゴー | うるさい!自分の見たいように、人があると思うな。お前が私を信じたんだ。そうさせたんじゃない。 |
アイヒロット | そんなことない。人の感情は、一方的には生まれない・・・。あなたを少しでも信じた罰だ。私はあなたとご一緒します。 |
ファーデン | 仲間割れはもう良いですか? |
アイヒロット | (補佐官を直視して)仲間・・・。仲間だったら・・ |
レプゴー | みんな。私を良い人だと思いたいんだ。良い人良い人と人を褒めそやして、自分も善人になったような気でいたいからだろう? |
アイヒロット | あなたを信じたかった。それに・・・私が手紙を読み違えた可能性もある! |
ファーデン | この手紙をどう読み違えると、娘を探す事になるんだ?それよりお前・・ |
補佐官は、アイヒロットに気がつく。以前の会話から補佐官はアイヒロットが気になっていたようだ。アイヒロットの周囲を回るなどする。 | |
ファーデン | くくく(と笑いながらアイヒロットから離れる。)こんな時ですな。神の存在を信じたくなるのは。 |
アイヒロット | なに? |
ファーデン | 先程からどこかで見覚えがあると思ってましたよ。自由を求めて逃亡したと聞いたが、自由の終着点で、ここに戻ってきてしまったわけか。悲しい事だな。仲間だったら、と言ったな。確かに仲間ではないな。そもそも、お前は、人間ではないのだからな。 |
レプゴー | どういう事ですか? |
ファーデン | これは、大公が召し使いとして造らせ、私の手によって次の大公となる予定だった機械だ。それをあの博士が逃がしてしまったのは誤算だったが・・・結局こうして戻ってきた。神様万歳!。 |
大公 | あの時のロボットか。ロボット大集合の(絶命する) |
ファーデン | シュピーレン大公シュピーゲル様、ご崩御。最後のお言葉は「ロボット大集合」。さてさて、どうして、逃亡したりしたのだ?博士が嘆いていたぞ。まあいい、自分からのこのこ戻ってくるとは。殊勝な事だ。さあ来い。 |
アイヒロット | いや。 |
ファーデン | 微風モードか。(レプゴーに)より人間らしさを出すために、モードによっては逆らうんですよ。ここへ来い。 |
アイヒロットが、無言でファーデンの元へ行く。 | |
レプゴー | アイヒロット。 |
ファーデン | ロボットにまで、信用されたのだ。あなたの嘘とやらもなかなかできた物ではありませんか。 |
アイヒロット | 博士がなにを言ったか分かりませんが、私は、逃亡したのではありません。 |
ファーデン | お前の気持ちはどうでも良い。私の言う事をよく聞いて、良い大公を演じなさい。 |
アイヒロット | 私は、逃げたのではなく、博士との契約を打ち切ったのです。 |
ファーデン | つまらない事を抜かすな。機械の分際で。 |
アイヒロット | 博士は、私が急に契約の打ち切ったものだから、慌てて嘘をついたのでしょう。 |
ファーデン | 契約とは、なんだ? |
アイヒロット | だから、非常に人間に近いロボットの振りをする事ですよ。 |
ファーデン | ・・・。 |
アイヒロット | ロボットというのは、そもそも逃げたりしません。逃げると言う行為には、現実以外の場所を想像する力が必要でしょ 。ロボットには現実世界しかないんです。みんな誤解をしていますが、ロボットが逃亡したり、人間に刃向かったりするのは、ただ一つの場合だけだ、と博士が言っていました。 |
ファーデン | 何かな? |
アイヒロット | あらかじめ、そのようにプログラミングされている場合。 |
ファーデン | くだらん。お前はそういう言い訳をするようにプログラミングされていないとどうして言えるのだ? |
アイヒロット | そんなこと言い出したら何もかも |
ファーデン | お前はここに歩いてきた。私が命令したからだ。 |
アイヒロット | そんなことありません。 |
ファーデン | 始末が悪い。自分をロボットだと分からないように作ってあるのだ。さあ、アイヒロットと名乗ったな。考えるまでもない。私に導かれ王座に座するのだ。 |
レプゴー | アイヒロット。 |
アイヒロット | いやです。(アイヒロット、レプゴーに向かって駆け出す。) |
ファーデン | 座れ。 |
アイヒロット静かに王座に座る。 | |
ファーデン | 微風モード。2度命令が必要とは面倒臭い。 |
アイヒロット | レプゴーサン。 |
ファーデン | さて、大公の命も間もなく尽きる。大公を殺した英雄もここにいる。次の大公も戻って来た。そうだ!大公の生き別れの娘という事にしよう。これはあなたのアイディアだ。さあ、レプゴーさん。お分かり頂きたいのです。このたびの仕儀の不要あらざる事を。良いですか?エスターライヒと戦うのは正義だ。なぜなら侵略者は悪なのだから。必要な資金を捻出するために国民から税金をとらないのも正義だ。国民に負担を強いるのは悪だからだ。過去に戦った国と同盟するのは悪だ。それは大義に背くし、しかもその国は正しい神を信じていないからだ。そうして、あなたの国境の村は、大公の派遣したこの国の軍隊によって略奪された。人が殺されたから悲惨なのではないのです。矛盾そのものが最上の悲惨なのです。 |
レプゴー | 矛盾。 |
ファーデン | そう。善悪など作られた錯覚なのだ。それを理解せずに、正義のために犠牲を出すような人間が支配者になった時、国は軋み、民衆は疲弊し、正義だけがぶくぶくと太り続けるのです。 |
レプゴー | ・・・補佐官はエスターライヒとの戦争には反対のようですね。 |
ファーデン | 戦争の目的は利益以外の何ものであってもならない。相互の利益が計れるなら戦争は終わるし、むしろ始まらない。正義や信念のために戦うなど、そんな世迷い言を言っている限り、全人類が滅びるまで戦争は続く。むしろ・・・戦争はロボットに任せた方が良いかもしれないですね。ロボットなら下らない感情抜きに戦争の利益を管理できる。 |
レプゴー | なるほど正義は常に強制を伴い、善は悪を執拗に攻撃する。そういった行為が悲劇を生んでいく。 |
ファーデン | まさしく。あなたとお話しをしていると、殺すのが惜しくなってきますな。 |
レプゴー | しかし、一つ気になる所があります。補佐官殿は頭の良いお人のように思えますが、どうして、いや、そこも計算済みなのかもしれませんが、どうして、(小声で)もっと密かにやるべき暗殺を、こんなに、大勢の前で、やったのです? |
ファーデン | はあ?何を言っているのですか。大公が死に、あなたは裁判にかけられる。このロボットが次の大公になる。それで、終わり------ |
レプゴー | では?この女性たちは、補佐官のお味方なのですね。 |
ファーデン | 味方?誰がですか? |
レプゴー | 味方でしょ。でなければ、全員の口を塞ぐのはたいへんでしょう?ざっとみたって二、三十人はいますよ。 |
ファーデン | (顔色が変わって)ちょっと待て。女性たち?ではなにか。見えるというのか。お前には、ポリーやらルシーやらが見えるというのか? |
レプゴー | え?えーと、(指をさして)ルシーさん、ロッテさん、あの長髪の方が確か、ゼルペンティーナさん。あとは覚えてないですが。 |
補佐官、相当、驚いて、辺りを見渡す。何も見えない。 | |
ファーデン | ふふ。下らない事を思い付いたな。芝居とは。まあ、いい。 |
レプゴー | 見えないんですか?ほら、そこに。 |
ファーデン | ・・・。正確には何人います? |
レプゴー | 数えきれませんよ。 |
ファーデン | ほらみろ------ |
レプゴー | 待って、一、二、三・・・(数えて)・・・二十四、二十五、二十五人います。みな美しい女性が。 |
ファーデン | (ため息をつく)レプゴー殿。あなたは、決して嘘がお上手な方ではないようだ。私とゲームでもしているつもりなら、お止めになった方がよろしいですよ。 |
レプゴー | いえいえ、本当に不思議だったのです。なぜ、あなたは、この女性たちを先ほどからずっと無視なさっているのか?もしかして、まさかとは思いますが、補佐官殿にだけ、見えないのではない? |
ファーデン | (一瞬躊躇うが、疑念を振り払って)・・・・世迷い言に付き合う暇はない。お分かりいただけないかな?あなたに選択肢はないのだ。それとも(嫌味に)あなたを偽善者と呼んだこの機械と、この世に存在しない娘やら親やらを探す旅に出るとでもおっしゃるのですか? |
アイヒロット | ・・・探します。あの人の娘さんと、私の両親を。 |
ファーデン | 不可能だと言っているだろう。 |
レプゴー | 私には娘なんていない。お前にもどうやら両親はいないらしい。 |
アイヒロット | レプゴーさん? |
レプゴー | 間違えたものは、間違えたように生きるんだ。それが正しいんだ。 |
アイヒロット | でも、ナイフをしまってくれましたね。 |
レプゴー | お前・・・(知っていたのか?) |
アイヒロット | (電池が切れていくように)デモ、ナイフヲシマッテクレマシタネ。デモ、ナイフヲシマッテ・・ ・ |
ファーデン | どうした?故障か?(アイヒロットに駆け寄る) |
レプゴー | ・・・お互い計画がうまく運びませんね。それ(アイヒロット)は差し上げます。 |
ファーデンがアイヒロットに駆け寄った隙に、レプゴー去って行こうとする。同時にプワスキが舞台に現れレプゴーにぶつかって止まる。 | |
プワスキ | レプゴーさん。今度は、アイヒロットを置き去りにするんですか? |
レプゴー | プワ・・・スキ? |
プワスキはそのままだが、レプゴーがゆっくりと腹部を押さえながら後ずさり膝をつく。プワスキの手には血塗られたナイフが握られている。 | |
ファーデン | (滑稽に)えー! |
レプゴー | お母さまの持たせてくれたナイフだな。私の身を守るようにと。 |
プワスキ | レプゴーさん。どうしたんだ?なんであのレプゴーさんが、こんな風になってしまったんだ? |
レプゴー | こんな風に? |
プワスキ | 今見ていたのは、きっと邪悪な幻なんだ。消さなくちゃならない幻なんだ!あなたの身を・・・(ナイフを落とす)守るために・・・。 |
ファーデン | (レプゴーのもとへ駆け寄って)あーあ、これはダメだ。!これは(大公を刺したナイフ)・・・どうなる!!大公が死んで、この男を裁判にかける。それが!この男が死んでしまうとは。 |
大公 | いつ誰が死ぬかは予想がつかないものだな、ファーデン。お前の思うようになど成らないということだ。。 |
ファーデン | 大公?何故?なんなんだ、この結末は?(ふらふらと、椅子に座る。) |
大公 | ルシーの上に座るな! |
ファーデン | (勢い良くそこを退き、その辺りをじっと見つめる。) |
レプゴー | おかしな話しだな。私の身を守るために、私を殺すのか? |
プワスキ | 娘さんを探すというからついてきたんだ。神様同然のあなたが、お金の為だなんて、ひどいじゃないか。 |
レプゴー | (笑いながら)人は目に見えないもののために人を殺すものだ。だから、結局、見えると言った者の勝ちだ。誰も逆らえないというわけだ。 |
プワスキ | どう言う意味だ。 |
レプゴー | それからプワスキ。自分の目的を善であるかのように考えてはいけないよ。お前は私を助けるために村を出たんじゃない。あの家族にうんざりして、村を離れる理由が欲しかっただけだ。 |
プワスキ | 違う!俺は、純粋にレプゴーさんを助けたかった。あなたを助けるためについてきたんだ!あなたを・・助けるために・・・(膝を落とす)。 |
レプゴー | 助ける?(刺された腹部を見て、苦笑する)私の最後の言葉を誰かに伝えてもらいたいが、あいにく妻もいないし・・・娘も・・・。 |
アイヒロットが突然、立ち上がる。一同、アイヒロットを見る。アイヒロットはそのまま動かない。 | |
レプゴー | 明るいな。明るいな、ここは。(絶命する) |
ファーデン | (座ろうとした椅子、そして周囲を見回し)私には・・・見えないのですか?なぜ・・・。 |
大公 | お前はそのようにプログラミングされているのだ。本日まで、補佐官の職務、苦労であったな。 |