『黒い二、三十人の女』 卿は自己の意図の純正なるを確信さるるがゆえに、 人は善をなさんとの意図をもってかえって多くの禍をかもすことありと言うも、 卿は耳をかさないであろう」 ------ナポレオンがジョゼフ・フーシェにあてた親書より(ツワイク『ジョゼフ・フーシェ』より) |
謁見の場。大公、プワスキ、博士がいる。ファーデンも傍らに立っている。 | |
大公 | 私は補佐官を、重く用い過ぎたのだと思う。だから何か誤解をしていたらしい。 |
プワスキ | はあ。 |
大公 | 実はな。この家で私のために働くロボットは、認識に制限が加えてあるのだ。そうであったな、博士。 |
博士 | 彼等はお互いの存在を認識できないように、つまり見えないように作られているのです。要するに連帯意識を持たないように。 |
大公 | なのに、この愛人ロボットたちの存在を、補佐官の前で口にしたのが、よくなかったな。入るなと言ったあの部屋にズカズカ入ってくるあいつも悪いのだ。 |
博士 | 彼のようなドッペルゲンガー式のロボットは、二つの人格を持ち互いに見張りあうようにできているのですが、このように増長するとは(少し嬉しそう)! |
大公 | 博士。それにしても、ロボットたちは私に危害を加えないプログラムだろう?私は刺されたぞ。 |
博士 | だから死なずに済んだのですよ。補佐官はあなに致命傷を与えることはできなかったでしょ?プログラムが刃先を逸らせたのです。 |
大公 | しかし、刺されては痛いではないか!もう少しで、ロボットの大公をロボットが補佐する国になっていたかもしれんのだぞ! |
博士 | それはそれで・・・。 |
大公 | 博士。 |
博士 | 大公。あれがいけなかったのかも知れませんぞ。ほら、補佐官を新しいロボットの対面実験に立ち会わせ事がありましたでしょ。 |
大公 | なるほど。普通のロボット、自分を人間だと思っているロボット。自分を人間だと思っているロボットがいるのを目の前に見てもなお、自分を人間だと信じているロボット。というわけか。いろいろいるが、みんな、自分に見えない物はないと思っているのだろうな。 |
博士 | 煎じ詰めれば、自分に見えない物は他人の妄想なのですよ。 |
大公 | 博士。私は教訓は嫌いだ。 |
博士 | 御意。 |
大公 | プワスキさん。あなたは、国境での戦争を止めるために街に来たのですね。 |
プワスキ | あ!ええ。ええ。そうです。でも・・・ |
大公 | では聞くが、あなたは、エスターライヒの馬鹿ルドルフをどう思う? |
プワスキ | よくは知りません。 |
大公 | 卑怯で、非情で、悪逆非道な男なのです。とにかくいやな奴なんです。神の正義を、正義のなんたるかを、世界に示すためにも、ここで、我が国が彼に屈服してはならないのです。この戦いが終われば、正義と平和に満ちた新しい世紀が始まるのです。プワスキさん。 |
プワスキ | はい。 |
大公 | 義勇軍に入るといい。軍曹の位をあげましょう。 |
プワスキ | 軍曹。 |
大公 | そして、あなたは、金や妥協ではなく正義と愛で自分の愛する者を助けるのです。神はそういう者のお味方なのです。 |
プワスキ | 光栄です。しかし、私が戦争を止めようとしている事をなぜ・・・ |
大公 | 聞いている。ファーデン! |
博士 | 大公。今は・・・ |
大公 | おお、そうであった。ネイダフ。 |
ネイダフ | お呼びですか? |
大公 | そろそろ感動タイムとしようではないか。 |
ネイダフ | は。(ネイダフ、退場しかける) |
大公 | ネイダフ。ちなみにあの男の死体は? |
ネイダフ | 丁重に埋葬しました。 |
大公 | よろしい。では。お呼びせよ。 |
ネイダフ | は。どうぞ、こちらへ。 |
ファーデンが呼ぶと、プワスキの家族が入って来る。 | |
ペルネル | プワスキ! |
大公 | 我々は失礼する。心行くまで家族の再会を喜ぶが良い。博士。 |
博士 | 良いのもですな。家族とは。 |
大公、博士去る。ファーデンは残る。 | |
ペルネル | ありがとうございます。大公様。 |
ペルネル、息子にひしと抱きつく、がプワスキの反応はやや鈍い。 | |
プワスキ | (抱かれているのをほどいて)もうみんなダメかと思っていた。 |
エルミル | 私たちだけよ。助かったのは。 |
プワスキ | そうか・・・。 |
ペルネル | レプゴーさんはお亡くなりになったんだってね。お礼を言わなきゃならなかったのに。 |
プワスキ | お礼? |
ペルネル | そうさ、レプゴーさんの言い付けを守って私たち助かったんだから。 |
プワスキ | 言い付け。 |
ペルネル | 家の前に、自分の国の軍隊と傭兵が来たら傭兵を家に入れろって言ったんだ。 |
プワスキ | 何故? |
マリアヌ | 国軍は正義の為に人を殺す。傭兵は金の為。どうせなら目に見える物で動いている連中の方がまし、っていうか、安全だってね。だけどうちの前には国軍がやってきた。食料を出せって。 |
プワスキ | それで? |
マリアヌ | (エルミルを見て)それより前に、とっても強い傭兵さんを寝室に入れておいたの。ね。お母様。 |
エルミル | ボディガ−ドを頼んだのよ。お、女だけで危険だから。 |
プワスキ | (エルミルの不貞には全く気がつかない様子)そんな事を話していたのか・・・。 |
マリアヌ | だけど、レプゴーさんかわいそう。 |
ペルネル | 良い人程早く神に召されてしまうんだね。お前がついていながら、この馬鹿たれが!なんのためのナイフだい! |
マリアヌ | あなたがついていたからよ。いろいろな事が無駄になってしまった。私の中でレプゴーさんが言っているわ。残念だって。 |
エルミル | マリアヌ!やめなさい! |
アイヒロットが入って来る。 | |
アイヒロット | 皆様。山羊の乳を絞った冷たい飲み物です。 |
ペルネル | はあ、喉がからからだよ。ありがとう。 |
夫人がアイヒロットから飲み物を受け取るために一同から離れる。プワスキもアイヒロットに近付こうとするが、 | |
エルミル | あなた。レプゴーさんを殺したんでしょ? |
プワスキ | (止まる)・・・。 |
エルミル | アリアヌが言うの。レプゴーさんの声が聞こえるって。 |
プワスキ | 何を言ってる・・・ |
マリアヌ | プワスキ。自分の目的を善であるかのように考えてはいけないよ。お前は私を助けるために村を出たんじゃない。あの家族にうんざりして、村を離れる理由が・・・ |
プワスキ | やめろ!どうして、分かるんだ? |
エルミル | 食べたからよ。 |
プワスキ | 何を? |
エルミル | レプゴーさんの体の一部を。 |
プワスキ | 一部? |
エルミル | 髪の毛・・・。 |
ネイダフがふいにアリアヌの手を掴む。 | |
プワスキ | ファーデンさん? |
ネイダフ | 彼とは回線が切れています。それより、これは? |
エルミル | 聖痕っていうのかしら。最近、くっきりと出てきたんです。 |
ネイダフ | 神に選ばれた印ですな。私が埋葬を命じられた男にもありましたよ。同じところに。 |
エルミル | 奇跡を信じます? |
ネイダフ | まさか。 |
大公、博士を従えて入って来る。 | |
大公 | いかがかな、感動の再会は?アイヒロット。そうだ私は良い事を思い付いたぞ。みなを私の温室へ招待しよう。トランシルヴァニア・マイマイが孵化したのだ。 |
アイヒロット | それは、良いお考えです。 |
プワスキ | アイヒロット、俺、何をしたんだろう?自分でも良く分からない。アイヒロット、レプゴーさんは、一体何物だったんだ? |
アイヒロット | レプゴーさん?アイヒロット?誰の事です? |
プワスキ | アイヒロット・・・。 |
大公 | さ、みなさん。素晴らしいものをお見せしましょう。私が丹念に世話をしてついに孵化したトランシルヴァニア・マイマイ。大家族ですよ。 |
博士の先導でみな、がやがやと温室の方へ消えて行く。 | |
大公 | ネイダフ。 |
ネイダフ | は。 |
大公 | スラと一緒に行って用意してくれ。人数分のナイフとフォークを。孵化したてが一番美味なのだ。 |
ネイダフ | かしこまりました。 |
ペルネル | (退場しながら)トランシルヴァニア・マイマイ。レプゴーさんを思い出すわ。あの人は本当に、聖人よ。さ、マリアヌ。 |
エルミルがペルネルのあとを追おうと歩き出すが、マリアヌが動かないので止まる。 | |
エルミル | マリアヌ。 |
マリアヌ | 最後の間違いは、間違いがないのに、あるって言った事。 |
エルミル | また、そのなぞなぞ? |
プワスキ | エルミル、レプゴーさんは・・・ |
エルミル | 聖人、でしょ。(再び歩き出す) 。 |
プワスキ | エルミル。どうして、うちのスープにレプゴーさんの髪の毛がはいっていたんだい? |
エルミル、しばらく立ち止まり、無言で歩き去る。 | |
以下の文字列が映像で流れる。(もしくは、朗読される)*この部分が省略しても良いし、省略する上演もあった。 | |
「後世、この時代を扱った歴史書には、次のような記述が見られる。」 | |
「プワスキは、シュピーレン大公シュピーゲル麾下の将軍として、エスターライヒとの50年に及ぶ戦役に参加し、ウルムで戦没。死後、フライヘルの爵位を受けた。彼の母、妻、娘の消息は歴史には語られていない。」 | |
「シュピーレン大公シュピーゲルは、その後も戦争を続けたが、その柔軟性に欠ける施策に、現在の歴史家は概ね批判的である。結局彼は侍従に暗殺され、シュピーレン家最後の王となった。シュピーレン大公領は取り潰されエスターライヒに与えられた。」 | |
「余談になるが、彼はその生涯三度、暗殺者の魔の手に遭遇している。一説に拠ると、いずれも宮廷に仕えるロボットによるものであるという。もし想像の翼を広げる事が許されるのならば、大公家に多くのロボットを供給していた科学者ヘルマン・ベーゼに大公家への明確な害意があったという仮説も考えうる。だが今、この説を是とする歴史家は存在しない。なぜなら、ヘルマン・ベーゼとは現皇帝の名に他ならないからである。」 | |