『黒い二、三十人の女』 たとえば地図の端から端までにわたって書いてあるような、 大きな字の名前を選ぶんだな。 ちょうど、それはね、あんまり大きな字で書き過ぎた往来の看板やビラと同じでね、 あんまり目立ち過ぎて、かえって目につかないことがあるんだねぇ。 ------エドガー・アラン・ポー『盗まれた手紙』 |
山道。夜。レプゴーとアイヒロットが暖をとっている。 | |
レプゴー | だから大地の神様が、一匹の蠍を遣わせて、驕りたかぶった狩人を一刺。殺させてしまったというわけ。それが、あの星だ。 |
アイヒロット | 詳しいですね。 |
レプゴー | 昔聞いた話だよ。 |
アイヒロット | でも、どうしてあんないっぱいの星の中から、蠍を見つけだす事ができたんでしょう? |
レプゴー | 何簡単だよ。あれだけ光の点がたくさんあれば、なんだって見る事ができる。自分の見たい物をなんでも、点をつなぎ合わせてね。さあ、そろそろ休もう。明日は早いんだろ? |
アイヒロット | ええ、そうすれば、日中に街につけますよ。・・・だけど。 |
レプゴー | なんだい? |
アイヒロット | お友達の方、大丈夫でしょうか? |
レプゴー | 気にする必要はないよ。それより街に詳しい君と会えて良かったよ。だけど君は両親を探さなくてはならないんだろう?いいのかい? |
アイヒロット | いいんです。どこを探していいかも分からずに、街から出て来たんですから。それに、あなたが、牢獄から出る方法を聞いてくれたお陰でここにいられるんです。恩返しだと思って下さい。 |
レプゴー | 恩なんかないよ。・・・ただ、君みたいな子が、あんな所にいるのは・・・気の毒だ。君は、どうして、両親と別れたんだ。 |
アイヒロット | (笑う)それが、おもしろいんです。あ!っと気がついたら、いなかったんです。というか、ずっといなかった事に、ふと気がついたっていうか・・・変な話でしょ。 |
レプゴー | そうか。 |
アイヒロット | 記憶とかも特にないんです。ただ、そういえば、私の両親ってどこにいるのって、ふいに考えたんですよ。それで、街から出てきました。記憶喪失なのかな? |
レプゴー | 明るいな。 |
アイヒロット | ここがですか? |
レプゴー | いや、君がさ。 |
アイヒロット | ・・・娘さんも明るい人ですか? |
レプゴー | どうかな?君を見ていると・・・ |
アイヒロット | え? |
レプゴー | いや、眠くないのかい? |
アイヒロット | 全然、眠たくないんです。おかしいな、疲れてるはずなのに。 |
レプゴー | 私はくたくただ、先に寝かせてもらうよ。 |
アイヒロット | 会えるといいですね。娘さんきっと喜びますよ。 |
レプゴー | ・・・そうだね。私の娘も君のように明るい子だと良いな。おやすみ。 |
レプゴー眠る。アイヒロットは、寝る準備をしている。 | |
博士の研究所。ファーデンと博士がいる。 | |
ファーデン | 博士。ロボットを渡せないというのは、どういう事ですかな? |
博士 | いや、いずれお渡ししますが、今はお渡しいたしかねるのです。 |
ファーデン | (やや怒って)だから、なぜかと聞いている。 |
博士 | あー、研究が、改良が、まだ、ちょっと、幾分・・・ |
ファーデン | 改良?先日は完璧だとおっしゃったはずでは? |
博士 | いえ、宮廷での礼儀作法や、召し使いロボットとしての絶対守るべきプログラムなどが・・・ |
ファーデン | インプットしたとおっしゃったはずだが・・・ |
博士 | はあ、インプットというより、まだ、造りかけの部分が・・・あ! |
ファーデン | 造りかけ?できていたのではなかったのかな?博士。 |
博士、目をそらす。 | |
ファーデン | なるほど、科学者という奴は、日頃から、よほど真実ばかりを追求していると見える。すると真実以外の事を口にするのは、慣れていないとお見受けするが。 |
博士 | ・・・・。 |
ファーデン | 博士。 |
博士 | 実は・・・もう一度 一から造っているのです。 |
ファーデン | 最初の物はどうなさった? |
博士 | それが・・・。 |
ファーデン | それが? |
博士 | いなくなりました。 |
ファーデン | いなくなった? |
博士 | 正確に言うと、出かけたまま、帰ってこないのです。ですので、逃亡したと結論付けるしか。 |
ファーデン | なるほど。民衆から搾り取った税金は、前線の兵士には届かず、迷子ロボットを1体作っただけというわけか。 |
博士 | しかし、もともと、あのロボットは、自分が誰かに造られた物であるとか、誰かの所有物であるという意識はありませんので逃亡と言うより、自由になったと言った方が正確で・・・。 |
ファーデン | (自嘲気味に)ハハハ。人間気取りというわけか。 |
博士 | (その自嘲を、単なるユーモアと誤解して笑う)・・・いやはや、性能がよすぎるのも、困ったもので。 |
ファーデン | (怒って)博士! |
博士 | は、はい。 |
ファーデン | 2号機は、いつできる? |
博士 | そ、それが、成功例を紛失いたしましたので、なかなか、うまく------努力はしています。 |
ファーデン | 努力?大公がこの事を知り、なお、お前の首がつながっているとしたら努力もできよう。だが、その可能性は少ないと思っていただきたい。 |
博士 | 補佐官殿。いや、ファーデン様。なにとぞ、なにとぞ、お取りなしを。 |
ファーデン | よかろう。この事は大公のお耳にはいれぬよういたそう。ただし、2号機の完成を急務とせよ。そうだ、代わりに電気椅子を作ってもらってもよいな。 |
博士 | 電気? |
ファーデン | お前の処刑用だ。どちらが早くできるかな? |
博士 | 2号機です。2号機を必ず。 |
ファーデン | ・・・博士、忠実なのを頼むぞ。そして、2号機が完成したら、誰よりも先に私に知らせるように。(深い意味を込めて)大公よりも先に、だ。よいかな? |
博士 | はい。 |
ファーデン。退場、あるいは、王座に座る。 | |
博士 | パーフェクトだ。(予想を超える出来だ!)(博士、退場) |
再び山道。アイヒロットは寝つけずにいる。そこにプワスキがあらわれる。 | |
アイヒロット | あ! |
プワスキ | 静かに! |
アイヒロット | プワスキさん? |
プワスキ | 静かにしろ! |
アイヒロット | 無事だったんですか。良かった。心配してたんですよ。(レプゴーを起こそうと)レプ・・・ |
プワスキ | 起こすな!起こさないでくれ。 |
アイヒロット | プワスキさん。どうしたんですか? |
プワスキ | こっちへ来い。(二人、レプゴーから離れる) |
プワスキ | お前。レプゴーさんをどう思う? |
アイヒロット | え?なんですか、急に。 |
プワスキ | いいから。 |
アイヒロット | とても良い人だと思います。 |
プワスキ | 他には? |
アイヒロット | ・・・。 |
プワスキ | レプゴーさんが良い人なら、なんで俺は・・・俺は置き去りにされたんだ?(置き去りという言葉を発する時、悔しくて泣き出しそうにも見える) |
アイヒロット | そんな。置き去りだなんて。 |
プワスキ | 違うと思うか? |
アイヒロット | 違うと思います。あなたはレプゴーさんのお友達なんでしょ。レプゴーさんは、お友だちを見捨てるような人じゃない。何か考えがあって・・・。 |
プワスキ | 俺は、それを確かめたい。俺は、裏切られたのか、そうじゃないのか? |
アイヒロット | 自分で聞いてみて下さいよ。 |
プワスキ | いや、だめだ。俺は聞けねぇ。 |
アイヒロット | どうして? |
プワスキ | どうしてとか、そういうんじゃねぇ。だから代わりに確かめてくれないか?アイヒロット。俺は一旦ここを去る。だから、あの最後の問題、ビッグバンの謎まで解いたレプゴーさんが、分からないと言ったあの問題。その答えをレプゴーさんは本当に知らなかったのか、聞いて欲しい。 |
アイヒロット | プワスキさんは、レプゴーさんから直接聞いても、疑いが晴れないと思ってるんでしょ?レプゴーさんが嘘をつくと。 |
プワスキ | ・・・かもしれん。 |
アイヒロット | 最初から疑っていたんじゃ、誰の口から聞いたって同じですよ。 |
プワスキ | そうかもしれない。 |
アイヒロット | それじゃ、プワスキさん。裏切られたっていう確証が欲しいように聞えます。信じなきゃ。 |
プワスキ | 信じなきゃ?そんなの無理だ。・・・俺にはできないよ、アイヒロット。一度裏切られたと思ってしまったんだ、どうしょうもない。あいつは最高の善人だ。村人の誇りだ。だけど、それじゃ、どうしてあんな風に俺を・・・。俺は考え過ぎているのか? |
アイヒロット | 善い人の行いは、時として普通の人には理解できないものなんです。レプゴーさんは、プワスキさんを見捨ててなんかいませんよ。ただ・・・レプゴーさんには、生き別れの娘さんを探すという大事な目的があるし、病気で奥さんを亡くしそうなんでしょ。だから、早く娘さんを探さなきゃいけない。そう思って急いでしまったんです。プワスキさんの事はその後で・・・ |
プワスキ | 待った。 |
アイヒロット | は? |
プワスキ | 今、何て? |
アイヒロット | え? |
プワスキ | 病気で何をって言った? |
アイヒロット | 病気で奥さんを、です。 |
プワスキ | え?何で奥さんを? |
アイヒロット | だから、病気で奥さんを亡くしそうだって。 |
プワスキ | (呟く)そいつは・・・嘘だ。アイヒロット。 |
アイヒロット | 嘘。そんなはずは(ありません)・・・ |
プワスキ | 善い人の行いは時として普通の人には理解できない・・・アイヒロット。お前字は読めるか? |
アイヒロット | 字?ええ。 |
プワスキ | そうか、(思いきって)レプゴーさんは、娘さんからの手紙を持っている。それが、その手紙が本当に娘さんからのものか、確かめて欲しい。もし・・・いや、俺は街のはずれで待っている。(退場) |
アイヒロット、レプゴーの鞄から手紙を出す。アイヒロットが手紙を読みはじめる。 | |
ライターシュプロッセ城、王座の間。王座にファーデンが座っている。 | |
ネイダフ | なんのつもりだ? |
ファーデン | 予行演習だ。 |
ネイダフ | 遅すぎたな。 |
ファーデン | (立ち上がり)謁見希望者のリストはできたのか。 |
ネイダフ | そんなに多くないがな。 |
ファーデン | 大公に謁見をしても無意味な事は皆知っている。しかし、そんな風評もじきになくなるさ。さて、めぼしい人物はいそうか。できれば、街の人間ではない方がいい。 |
ネイダフ | 国境の村から出てきたという男が謁見を申し込んでいる。なんでも、生き別れの娘がどうのこうのと。 |
ファーデン | 国境の村か。それでは、大公に不平や不満もあるだろう。もしかしたら、害意あるものかもしれんな。よし、その者の謁見を認めるよう取りはかろう。 |
再び山道。先程の続き。アイヒロットが手紙の内容に驚いている。 | |
レプゴー | (声)アイヒロット。まだ起きているのかい? |
アイヒロット | い、いいえ、(急いで手紙をしまって)ちょっと寝つけなく |
レプゴー | (登場して)何か気になる事でも? |
アイヒロット | いえ。あの・・・考え事をしていたら寝られなくなっちゃって。 |
レプゴー | 考え事?ご両親の事かい? |
アイヒロット | ろ、牢獄での最後の問題。レプゴーさん。問題!「この文章には三つの間違いがあります。蝙蝠は羽毛を持った鳥である。」 |
レプゴー | 1、蝙蝠には羽毛はない。2、蝙蝠は鳥ではない。3、それだけ。 |
アイヒロット | それだけ?それじゃ、2つしかない。 |
レプゴー | それが3つめ、この文章には三つの間違いがないというのが、3つめの間違い。(ナイフを取り出しアイヒロットに向かい立ち上がる。)間違いはいろんな所に潜んでいるものだよ。アイヒロット。気がつかないうちに間違いだらけになっていく・・・ |
アイヒロット | (レプゴーの方は見ていないが、不穏な空気を察するように)レプゴーさんでも間違えるんですか? |
レプゴー、ナイフをもったまま、長い間がある。 | |
レプゴー | (ナイフをしまい)アイヒロット。おやすみ・・・・・・君みたいな娘がいたら、もう少しはましだったかもしれない。 |
再びライターシュプロッセ城、王座の間。先程の続き。 | |
ネイダフ | ファーデン。 |
ファーデン | なんだ? |
ネイダフ | 自分を、過信するなよ。 |
ファーデン | 私を誰だと思っている。 |
ネイダフ | (冷笑を浮かべながら)お前は、私だ。 |