『黒い二、三十人の女』

たとえば地図の端から端までにわたって書いてあるような、
大きな字の名前を選ぶんだな。
ちょうど、それはね、あんまり大きな字で書き過ぎた往来の看板やビラと同じでね、
あんまり目立ち過ぎて、かえって目につかないことがあるんだねぇ。
------エドガー・アラン・ポー『盗まれた手紙』


第8場 それぞれの思惑、さまざまな不確か。

  山道。夜。レプゴーとアイヒロットが暖をとっている。
レプゴー だから大地の神様が、一匹の蠍を遣わせて、驕りたかぶった狩人を一刺。殺させてしまったというわけ。それが、あの星だ。
アイヒロット 詳しいですね。
レプゴー 昔聞いた話だよ。
アイヒロット でも、どうしてあんないっぱいの星の中から、蠍を見つけだす事ができたんでしょう?
レプゴー 何簡単だよ。あれだけ光の点がたくさんあれば、なんだって見る事ができる。自分の見たい物をなんでも、点をつなぎ合わせてね。さあ、そろそろ休もう。明日は早いんだろ?
アイヒロット ええ、そうすれば、日中に街につけますよ。・・・だけど。
レプゴー なんだい?
アイヒロット お友達の方、大丈夫でしょうか?
レプゴー 気にする必要はないよ。それより街に詳しい君と会えて良かったよ。だけど君は両親を探さなくてはならないんだろう?いいのかい?
アイヒロット いいんです。どこを探していいかも分からずに、街から出て来たんですから。それに、あなたが、牢獄から出る方法を聞いてくれたお陰でここにいられるんです。恩返しだと思って下さい。
レプゴー 恩なんかないよ。・・・ただ、君みたいな子が、あんな所にいるのは・・・気の毒だ。君は、どうして、両親と別れたんだ。
アイヒロット (笑う)それが、おもしろいんです。あ!っと気がついたら、いなかったんです。というか、ずっといなかった事に、ふと気がついたっていうか・・・変な話でしょ。
レプゴー そうか。
アイヒロット 記憶とかも特にないんです。ただ、そういえば、私の両親ってどこにいるのって、ふいに考えたんですよ。それで、街から出てきました。記憶喪失なのかな?
レプゴー 明るいな。
アイヒロット ここがですか?
レプゴー いや、君がさ。
アイヒロット ・・・娘さんも明るい人ですか?
レプゴー どうかな?君を見ていると・・・
アイヒロット え?
レプゴー いや、眠くないのかい?
アイヒロット 全然、眠たくないんです。おかしいな、疲れてるはずなのに。
レプゴー 私はくたくただ、先に寝かせてもらうよ。
アイヒロット 会えるといいですね。娘さんきっと喜びますよ。
レプゴー ・・・そうだね。私の娘も君のように明るい子だと良いな。おやすみ。
  レプゴー眠る。アイヒロットは、寝る準備をしている。
  博士の研究所。ファーデンと博士がいる。
ファーデン 博士。ロボットを渡せないというのは、どういう事ですかな?
博士 いや、いずれお渡ししますが、今はお渡しいたしかねるのです。
ファーデン (やや怒って)だから、なぜかと聞いている。
博士 あー、研究が、改良が、まだ、ちょっと、幾分・・・
ファーデン 改良?先日は完璧だとおっしゃったはずでは?
博士 いえ、宮廷での礼儀作法や、召し使いロボットとしての絶対守るべきプログラムなどが・・・
ファーデン インプットしたとおっしゃったはずだが・・・
博士 はあ、インプットというより、まだ、造りかけの部分が・・・あ!
ファーデン 造りかけ?できていたのではなかったのかな?博士。
  博士、目をそらす。
ファーデン なるほど、科学者という奴は、日頃から、よほど真実ばかりを追求していると見える。すると真実以外の事を口にするのは、慣れていないとお見受けするが。
博士 ・・・・。
ファーデン 博士。
博士 実は・・・もう一度 一から造っているのです。
ファーデン 最初の物はどうなさった?
博士 それが・・・。
ファーデン それが?
博士 いなくなりました。
ファーデン いなくなった?
博士 正確に言うと、出かけたまま、帰ってこないのです。ですので、逃亡したと結論付けるしか。
ファーデン なるほど。民衆から搾り取った税金は、前線の兵士には届かず、迷子ロボットを1体作っただけというわけか。
博士 しかし、もともと、あのロボットは、自分が誰かに造られた物であるとか、誰かの所有物であるという意識はありませんので逃亡と言うより、自由になったと言った方が正確で・・・。
ファーデン (自嘲気味に)ハハハ。人間気取りというわけか。
博士 (その自嘲を、単なるユーモアと誤解して笑う)・・・いやはや、性能がよすぎるのも、困ったもので。
ファーデン (怒って)博士!
博士 は、はい。
ファーデン 2号機は、いつできる?
博士 そ、それが、成功例を紛失いたしましたので、なかなか、うまく------努力はしています。
ファーデン 努力?大公がこの事を知り、なお、お前の首がつながっているとしたら努力もできよう。だが、その可能性は少ないと思っていただきたい。
博士 補佐官殿。いや、ファーデン様。なにとぞ、なにとぞ、お取りなしを。
ファーデン よかろう。この事は大公のお耳にはいれぬよういたそう。ただし、2号機の完成を急務とせよ。そうだ、代わりに電気椅子を作ってもらってもよいな。
博士 電気?
ファーデン お前の処刑用だ。どちらが早くできるかな?
博士 2号機です。2号機を必ず。
ファーデン ・・・博士、忠実なのを頼むぞ。そして、2号機が完成したら、誰よりも先に私に知らせるように。(深い意味を込めて)大公よりも先に、だ。よいかな?
博士 はい。
  ファーデン。退場、あるいは、王座に座る。
博士 パーフェクトだ。(予想を超える出来だ!)(博士、退場)
  再び山道。アイヒロットは寝つけずにいる。そこにプワスキがあらわれる。
アイヒロット あ!
プワスキ 静かに!
アイヒロット プワスキさん?
プワスキ 静かにしろ!
アイヒロット 無事だったんですか。良かった。心配してたんですよ。(レプゴーを起こそうと)レプ・・・
プワスキ 起こすな!起こさないでくれ。
アイヒロット プワスキさん。どうしたんですか?
プワスキ こっちへ来い。(二人、レプゴーから離れる)
プワスキ お前。レプゴーさんをどう思う?
アイヒロット え?なんですか、急に。
プワスキ いいから。
アイヒロット とても良い人だと思います。
プワスキ 他には?
アイヒロット ・・・。
プワスキ レプゴーさんが良い人なら、なんで俺は・・・俺は置き去りにされたんだ?(置き去りという言葉を発する時、悔しくて泣き出しそうにも見える)
アイヒロット そんな。置き去りだなんて。
プワスキ 違うと思うか?
アイヒロット 違うと思います。あなたはレプゴーさんのお友達なんでしょ。レプゴーさんは、お友だちを見捨てるような人じゃない。何か考えがあって・・・。
プワスキ 俺は、それを確かめたい。俺は、裏切られたのか、そうじゃないのか?
アイヒロット 自分で聞いてみて下さいよ。
プワスキ いや、だめだ。俺は聞けねぇ。
アイヒロット どうして?
プワスキ どうしてとか、そういうんじゃねぇ。だから代わりに確かめてくれないか?アイヒロット。俺は一旦ここを去る。だから、あの最後の問題、ビッグバンの謎まで解いたレプゴーさんが、分からないと言ったあの問題。その答えをレプゴーさんは本当に知らなかったのか、聞いて欲しい。
アイヒロット プワスキさんは、レプゴーさんから直接聞いても、疑いが晴れないと思ってるんでしょ?レプゴーさんが嘘をつくと。
プワスキ ・・・かもしれん。
アイヒロット 最初から疑っていたんじゃ、誰の口から聞いたって同じですよ。
プワスキ そうかもしれない。
アイヒロット それじゃ、プワスキさん。裏切られたっていう確証が欲しいように聞えます。信じなきゃ。
プワスキ 信じなきゃ?そんなの無理だ。・・・俺にはできないよ、アイヒロット。一度裏切られたと思ってしまったんだ、どうしょうもない。あいつは最高の善人だ。村人の誇りだ。だけど、それじゃ、どうしてあんな風に俺を・・・。俺は考え過ぎているのか?
アイヒロット 善い人の行いは、時として普通の人には理解できないものなんです。レプゴーさんは、プワスキさんを見捨ててなんかいませんよ。ただ・・・レプゴーさんには、生き別れの娘さんを探すという大事な目的があるし、病気で奥さんを亡くしそうなんでしょ。だから、早く娘さんを探さなきゃいけない。そう思って急いでしまったんです。プワスキさんの事はその後で・・・
プワスキ 待った。
アイヒロット は?
プワスキ 今、何て?
アイヒロット え?
プワスキ 病気で何をって言った?
アイヒロット 病気で奥さんを、です。
プワスキ え?何で奥さんを?
アイヒロット だから、病気で奥さんを亡くしそうだって。
プワスキ (呟く)そいつは・・・嘘だ。アイヒロット。
アイヒロット 嘘。そんなはずは(ありません)・・・
プワスキ 善い人の行いは時として普通の人には理解できない・・・アイヒロット。お前字は読めるか?
アイヒロット 字?ええ。
プワスキ そうか、(思いきって)レプゴーさんは、娘さんからの手紙を持っている。それが、その手紙が本当に娘さんからのものか、確かめて欲しい。もし・・・いや、俺は街のはずれで待っている。(退場)
  アイヒロット、レプゴーの鞄から手紙を出す。アイヒロットが手紙を読みはじめる。
  ライターシュプロッセ城、王座の間。王座にファーデンが座っている。
ネイダフ なんのつもりだ?
ファーデン 予行演習だ。
ネイダフ 遅すぎたな。
ファーデン (立ち上がり)謁見希望者のリストはできたのか。
ネイダフ そんなに多くないがな。
ファーデン 大公に謁見をしても無意味な事は皆知っている。しかし、そんな風評もじきになくなるさ。さて、めぼしい人物はいそうか。できれば、街の人間ではない方がいい。
ネイダフ 国境の村から出てきたという男が謁見を申し込んでいる。なんでも、生き別れの娘がどうのこうのと。
ファーデン 国境の村か。それでは、大公に不平や不満もあるだろう。もしかしたら、害意あるものかもしれんな。よし、その者の謁見を認めるよう取りはかろう。
  再び山道。先程の続き。アイヒロットが手紙の内容に驚いている。
レプゴー (声)アイヒロット。まだ起きているのかい?
アイヒロット い、いいえ、(急いで手紙をしまって)ちょっと寝つけなく
レプゴー (登場して)何か気になる事でも?
アイヒロット いえ。あの・・・考え事をしていたら寝られなくなっちゃって。
レプゴー 考え事?ご両親の事かい?
アイヒロット ろ、牢獄での最後の問題。レプゴーさん。問題!「この文章には三つの間違いがあります。蝙蝠は羽毛を持った鳥である。」
レプゴー 1、蝙蝠には羽毛はない。2、蝙蝠は鳥ではない。3、それだけ。
アイヒロット それだけ?それじゃ、2つしかない。
レプゴー それが3つめ、この文章には三つの間違いがないというのが、3つめの間違い。(ナイフを取り出しアイヒロットに向かい立ち上がる。)間違いはいろんな所に潜んでいるものだよ。アイヒロット。気がつかないうちに間違いだらけになっていく・・・
アイヒロット (レプゴーの方は見ていないが、不穏な空気を察するように)レプゴーさんでも間違えるんですか?
  レプゴー、ナイフをもったまま、長い間がある。
レプゴー (ナイフをしまい)アイヒロット。おやすみ・・・・・・君みたいな娘がいたら、もう少しはましだったかもしれない。
  再びライターシュプロッセ城、王座の間。先程の続き。
ネイダフ ファーデン。
ファーデン なんだ?
ネイダフ 自分を、過信するなよ。
ファーデン 私を誰だと思っている。
ネイダフ (冷笑を浮かべながら)お前は、私だ。

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