『黒い二、三十人の女』

万事があの方の信心深いお言い付け通りになったら、
どんなにありがたいことか。
------モリエール『タルチュフ』第一幕、ペルネル夫人の言葉。


第4場 プワスキ家、旅立ち。

  プワスキ家、玄関。プワスキはいないが、レプゴー、ペルネル、エルミル、アリアヌがいる。
レプゴー ・・・つまり、愛国心や正義感で動いている兵隊は、ある意味で危険なんですよ。目に見えないものですから。その点、傭兵は目に見える金で動きますからね。
ペルネル なるほどね。
レプゴー さて、プワスキには悪いが、暗くなる前に森を抜けたいので私はそろそろ。
ペルネル まったく困った子だよ!自分で寄ってくれなんて言い出しておいて、高いびきだよ!別れの挨拶もできやしない。
レプゴー そういう所も彼の美徳と思い愛さなくては。ね、エルミルさん。
エルミル え、ええ。
ペルネル そうは言いますけど、昨日、レプゴーさんが行った後、夜通し酒を飲んでたんですからね。ブツブツ言ってたかと思うと、ニヤニヤしたり、気持ちの悪い。
レプゴー ペルネルさん、エルミルさん。まず平気だとは思いますが、戦争になる可能性もないとは言えません。もし不幸が私たちを試すような事になったら、先ほどの話を忘れないで、私の言った通りにするんですよ。そうプワスキにも伝えておいてください。・・・素面の時にね(笑う)
ペルネル 分かりました。これ少ないですが、旅のたしにしてください。(金の入った麻袋を渡す)
レプゴー (受け取らずに)お気持ちだけで充分。私の魂は弱い。そういう物で罪深い人間にならないとも限らない。それより、先ほど言ったようにいざと言う時に残しておかれると良い。(エルミルに渡す)
ペルネル 神の全ての御恵みにより、あなたの魂と肉体に幾久しく健康のさずけられんことを。
レプゴー (誰にともなく)神の愛に霊感を受くる者のうち、もっとも賤しき者の望むままに、おんみの日々が祝福されん事を。では。
マリアヌ (レプゴーの台詞の途中から同時に言う)・・・望むままに、おんみの日々が祝福されん事を。
レプゴー よく覚えたね。それでは。
ペルネル シュライアーちゃん。早くに見つかるようお祈りしてますわ。
  レプゴー、行こうとする。
プワスキ 待った!待った!待った!待った!(慌てて飛び出して来る。)
ペルネル 馬鹿息子の登場だよ。
プワスキ 理由は聞かないでくれ。俺も、旅に出る。
  一同シーンとする。一斉に笑いながらダメだという。
マリアヌ だめだ。だめだ。お前に旅なんて無理無理。
プワスキ なんでだよ!理由も聞かないでそれはないだろ?
エルミル だって聞くなって言ったじゃない。
マリアヌ あまっちょろいんだよ。考えが。
プワスキ いいか、俺は一晩考えたんだ。
ペルネル 酒漬けの頭でかい?
プワスキ うるさいな。頼むから言わせてくれよ。理由を。理由が肝心なんだ。
マリアヌ わかったよ。みんな静かに。な。
プワスキ ずっと考えてたんだ。レプゴーさんは素晴らしい人だ。ずっとこの村の為に得にもならない苦労を重ねて来た。神様を愛し、人を愛し。そんなレプゴーさんが、生き別れの娘さんを探しに行くって言う。しかも街までの危険な旅だ。俺はレプゴーさんに今までのお礼がしたいんだ。
マリアヌ ありがとう!
レプゴー 私の台詞だよ、マリアヌ。そいつは、嬉しいが・・・
プワスキ 待ってくれ、それだけじゃない。それ以外にも理由はある。
レプゴー なんだい?
プワスキ 聞いてくれ。この村に敵が攻めてくるかもしれない。そうだろ?まだ噂だが俺はいやな予感がする。
ペルネル なにを言うんだ。だから逃げるってのかい?私たちをおいて。
プワスキ 違う。街に行くんだろ?街には大公様が住んでらっしゃる。国境を守って下さるようにお願いして来るんだ。村の一大事だ。俺にもなにか、できる事があるはずだ。レプゴーさんのように、村の役に立ちたいんだよ!分かるだろ?
エルミル やめてよ。がらにもない。
プワスキ レプゴーさん。どうだろう?俺はあなたの護衛になる。危ない目にあわないようにあなたを守って街へ行く。そして、大公に会ってお願いする。
レプゴー 気持ちはありがたいが、私には道連れは不要だ。それに御家族が悲しむ。お前にはお母さまとエルミルさんと可愛い娘さんがいる。
マリアヌ 可愛いだけ余計だ!
レプゴー 失礼。とにかく、お前は唯一の男手なのだし、残って家族を守る事こそ使命と考えなくては。
  ペルネル、一ふりのナイフを取り出す。
プワスキ 刺すのか?
ペルネル 馬鹿なことを言うんじゃないよ。父さんの形見だよ。持ってお行き。
プワスキ どこに?
ペルネル 我が子ながら、馬鹿!レプゴーさんにお供して、この方をおまもりするんだよ。レプゴーさん、お願いです。こいつを連れて行ってやってください
エルミル お母さま!何を・・・
ペルネル こいつはね、確かに、馬鹿で間抜けで頭が悪くて要領も悪くて顔も悪くて、えーと、あとは何が悪い?痛風持ちで、いや、持ってないね。女ったらしで、いやそんなことないね。男と見るとすぐに色目を使って、いやいや使わないよ。無鉄砲で、不見識で、未亡人で、低予算で、山羊の小便みたいな・・・あー!なんて言ったらあんたの良さが分かってもらえるんだろう!!
プワスキ 分かってもらえないよ。それじゃ。
ペルネル とにかく、生んだ私が言うのもなんですけどね、良い男なんですよ。
エルミル どういう結論よ。お母さま。
ペルネル そんな男が、村を救いたい?私は今、この子を生んだ意味が分かったような気がして、とにかく感動して・・・なんとか、なんとか、連れて行ってやってはくれませんか。お肘です!
エルミル (しばらくあってから、ペルネルに自分の肘を指し、違うと首を振る)
ペルネル あ!お慈悲です!
マリアヌ (レプゴーの顔を覗き込んで)迷惑そうだよ。
プワスキ レプゴーさん。
ペルネル 迷惑かい?レプゴーさん。
レプゴー いいえ。そんな事はありませんとも。
プワスキ じゃあ。
レプゴー 分かった。お伴を頼むよ。
プワスキ よし、決まりだ!俺は必ず役に立つ!俺にはこいつ(ナイフ)があるからな。
レプゴー プワスキ、殺生はだめだ。
プワスキ だが、お前を邪魔をするやつは容赦しない。こいつでグサリさ!
レプゴー プワスキ!
プワスキ 分ってるよ。さあ、レプゴーさん。急がないと、太陽がきつくなる。
  二人、歩き去る。ペルネル、涙ながらに送る。
ペルネル (ひどく哀し気に)プワスキ・・・。
エルミル (素っ気なく)マリアヌ。さ、部屋に入りましょう。
マリアヌ あいつ戻って来るかな?
エルミル さあね。

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