『黒い二、三十人の女』 万事があの方の信心深いお言い付け通りになったら、 どんなにありがたいことか。 ------モリエール『タルチュフ』第一幕、ペルネル夫人の言葉。 |
プワスキ家、玄関。プワスキはいないが、レプゴー、ペルネル、エルミル、アリアヌがいる。 | |
レプゴー | ・・・つまり、愛国心や正義感で動いている兵隊は、ある意味で危険なんですよ。目に見えないものですから。その点、傭兵は目に見える金で動きますからね。 |
ペルネル | なるほどね。 |
レプゴー | さて、プワスキには悪いが、暗くなる前に森を抜けたいので私はそろそろ。 |
ペルネル | まったく困った子だよ!自分で寄ってくれなんて言い出しておいて、高いびきだよ!別れの挨拶もできやしない。 |
レプゴー | そういう所も彼の美徳と思い愛さなくては。ね、エルミルさん。 |
エルミル | え、ええ。 |
ペルネル | そうは言いますけど、昨日、レプゴーさんが行った後、夜通し酒を飲んでたんですからね。ブツブツ言ってたかと思うと、ニヤニヤしたり、気持ちの悪い。 |
レプゴー | ペルネルさん、エルミルさん。まず平気だとは思いますが、戦争になる可能性もないとは言えません。もし不幸が私たちを試すような事になったら、先ほどの話を忘れないで、私の言った通りにするんですよ。そうプワスキにも伝えておいてください。・・・素面の時にね(笑う) |
ペルネル | 分かりました。これ少ないですが、旅のたしにしてください。(金の入った麻袋を渡す) |
レプゴー | (受け取らずに)お気持ちだけで充分。私の魂は弱い。そういう物で罪深い人間にならないとも限らない。それより、先ほど言ったようにいざと言う時に残しておかれると良い。(エルミルに渡す) |
ペルネル | 神の全ての御恵みにより、あなたの魂と肉体に幾久しく健康のさずけられんことを。 |
レプゴー | (誰にともなく)神の愛に霊感を受くる者のうち、もっとも賤しき者の望むままに、おんみの日々が祝福されん事を。では。 |
マリアヌ | (レプゴーの台詞の途中から同時に言う)・・・望むままに、おんみの日々が祝福されん事を。 |
レプゴー | よく覚えたね。それでは。 |
ペルネル | シュライアーちゃん。早くに見つかるようお祈りしてますわ。 |
レプゴー、行こうとする。 | |
プワスキ | 待った!待った!待った!待った!(慌てて飛び出して来る。) |
ペルネル | 馬鹿息子の登場だよ。 |
プワスキ | 理由は聞かないでくれ。俺も、旅に出る。 |
一同シーンとする。一斉に笑いながらダメだという。 | |
マリアヌ | だめだ。だめだ。お前に旅なんて無理無理。 |
プワスキ | なんでだよ!理由も聞かないでそれはないだろ? |
エルミル | だって聞くなって言ったじゃない。 |
マリアヌ | あまっちょろいんだよ。考えが。 |
プワスキ | いいか、俺は一晩考えたんだ。 |
ペルネル | 酒漬けの頭でかい? |
プワスキ | うるさいな。頼むから言わせてくれよ。理由を。理由が肝心なんだ。 |
マリアヌ | わかったよ。みんな静かに。な。 |
プワスキ | ずっと考えてたんだ。レプゴーさんは素晴らしい人だ。ずっとこの村の為に得にもならない苦労を重ねて来た。神様を愛し、人を愛し。そんなレプゴーさんが、生き別れの娘さんを探しに行くって言う。しかも街までの危険な旅だ。俺はレプゴーさんに今までのお礼がしたいんだ。 |
マリアヌ | ありがとう! |
レプゴー | 私の台詞だよ、マリアヌ。そいつは、嬉しいが・・・ |
プワスキ | 待ってくれ、それだけじゃない。それ以外にも理由はある。 |
レプゴー | なんだい? |
プワスキ | 聞いてくれ。この村に敵が攻めてくるかもしれない。そうだろ?まだ噂だが俺はいやな予感がする。 |
ペルネル | なにを言うんだ。だから逃げるってのかい?私たちをおいて。 |
プワスキ | 違う。街に行くんだろ?街には大公様が住んでらっしゃる。国境を守って下さるようにお願いして来るんだ。村の一大事だ。俺にもなにか、できる事があるはずだ。レプゴーさんのように、村の役に立ちたいんだよ!分かるだろ? |
エルミル | やめてよ。がらにもない。 |
プワスキ | レプゴーさん。どうだろう?俺はあなたの護衛になる。危ない目にあわないようにあなたを守って街へ行く。そして、大公に会ってお願いする。 |
レプゴー | 気持ちはありがたいが、私には道連れは不要だ。それに御家族が悲しむ。お前にはお母さまとエルミルさんと可愛い娘さんがいる。 |
マリアヌ | 可愛いだけ余計だ! |
レプゴー | 失礼。とにかく、お前は唯一の男手なのだし、残って家族を守る事こそ使命と考えなくては。 |
ペルネル、一ふりのナイフを取り出す。 | |
プワスキ | 刺すのか? |
ペルネル | 馬鹿なことを言うんじゃないよ。父さんの形見だよ。持ってお行き。 |
プワスキ | どこに? |
ペルネル | 我が子ながら、馬鹿!レプゴーさんにお供して、この方をおまもりするんだよ。レプゴーさん、お願いです。こいつを連れて行ってやってください |
エルミル | お母さま!何を・・・ |
ペルネル | こいつはね、確かに、馬鹿で間抜けで頭が悪くて要領も悪くて顔も悪くて、えーと、あとは何が悪い?痛風持ちで、いや、持ってないね。女ったらしで、いやそんなことないね。男と見るとすぐに色目を使って、いやいや使わないよ。無鉄砲で、不見識で、未亡人で、低予算で、山羊の小便みたいな・・・あー!なんて言ったらあんたの良さが分かってもらえるんだろう!! |
プワスキ | 分かってもらえないよ。それじゃ。 |
ペルネル | とにかく、生んだ私が言うのもなんですけどね、良い男なんですよ。 |
エルミル | どういう結論よ。お母さま。 |
ペルネル | そんな男が、村を救いたい?私は今、この子を生んだ意味が分かったような気がして、とにかく感動して・・・なんとか、なんとか、連れて行ってやってはくれませんか。お肘です! |
エルミル | (しばらくあってから、ペルネルに自分の肘を指し、違うと首を振る) |
ペルネル | あ!お慈悲です! |
マリアヌ | (レプゴーの顔を覗き込んで)迷惑そうだよ。 |
プワスキ | レプゴーさん。 |
ペルネル | 迷惑かい?レプゴーさん。 |
レプゴー | いいえ。そんな事はありませんとも。 |
プワスキ | じゃあ。 |
レプゴー | 分かった。お伴を頼むよ。 |
プワスキ | よし、決まりだ!俺は必ず役に立つ!俺にはこいつ(ナイフ)があるからな。 |
レプゴー | プワスキ、殺生はだめだ。 |
プワスキ | だが、お前を邪魔をするやつは容赦しない。こいつでグサリさ! |
レプゴー | プワスキ! |
プワスキ | 分ってるよ。さあ、レプゴーさん。急がないと、太陽がきつくなる。 |
二人、歩き去る。ペルネル、涙ながらに送る。 | |
ペルネル | (ひどく哀し気に)プワスキ・・・。 |
エルミル | (素っ気なく)マリアヌ。さ、部屋に入りましょう。 |
マリアヌ | あいつ戻って来るかな? |
エルミル | さあね。 |