『黒い二、三十人の女』

「ロボットは人間ではございません。機械的には私たちよりもより完全で、
素晴らしい理性的知性を具えておりますが、魂はもっていないのです。
グローリー様、技師の作り出したものの方が自然の作り出したものより
技術的に完全なのです。」
------カレル・チャペック『R.U.R.』


第3場 博士の愉快な研究。

  研究室のような所で、一人の人物スラが座ってキョロキョロしている。そこに、博士のような格好をした男が入って来る。
博士 こんにちは。
スラ こ。こんにちは。
博士 (いろいろ、辺りをチェックしながら。)実は君にこれからある実験を手伝ってもらいたいんだ。
スラ 実験?
博士 これから、この部屋に、ロボットが来る。
スラ ロボット?
博士 いちいち、間の手をいれんでも良い。
スラ あ、すいません。
博士 ロボットだ。機械人間だ。
スラ いえ、知ってますけど。
博士 ならよい。そこで、君に、そのロボットと軽いトークをしてもらいたいんだ。そのロボットは、人間の言う事を聞く召し使いロボットだ。したがって、何かやらせたい事があったら、それを言っても良い。
スラ 何を言っても?
博士 良識の許す範囲でね。出来ない事だっていくらでもある。分かるだろう?例えば、北を南にしろ!とか、世界中の人間を豚にしろとか。神様に会わせろとか。花瓶を持ってこいとかね。
スラ え?
博士 あるいは抽象的な事もできないよ。小高い山のように死刑しろとか、奴隷を解放するようにスープを煮ろとか、あとは、傘を持ってこいとかね。
スラ はあ?
博士 私は別室から様子を見させてもらうよ。準備はいいかい?
スラ あの・・・。
博士 なんだ?
スラ いえ・・・。
博士 なんだね?
スラ 危険は?
博士 (意味ありげに喜びと驚きのポーズをして)危険?危険?
スラ はあ。
博士 恐いかね。
スラ いえ、別に・・・。
博士 危険はまったくない。私のロボットは主人に危害を加える事はできない。そういう風に作ってある。何が起きても大丈夫だ。
スラ 何か、起こるんですか?
博士 (しばし間)何も起こらないよ。ただのトークだよ。いや、トークショーだよ。では。
  博士、退室する。やがて、いかにもなロボット、マリウスが入って来る。このロボットは、自分がロボットである事を露骨に表現する。スラは、そのロボットに対し、人間として、普通のやや冷めた反応をしている。
マリウス あ。
スラ あらこんにちは。
マリウス こんにちは。
スラ はじめまして
マリウス 初めまして。
スラ お名前は。
マリウス マリウスです。
スラ そう。
マリウス ロボットだよ。
スラ ええ、知ってるわよ。どうぞ、そこ、座って。
マリウス いいんですか。座らせていただきます。
スラ どうぞ。
マリウス ロボットだよ。
スラ ええ、知ってるわよ。なんだか、博士から頼まれちゃってね。えーとあなたはどういうロボットなのかしら。
マリウス まあ何でもやるロボットです。
スラ 何でもやるの。
マリウス はい。
スラ じゃあどんな事でもできるのかしら。
マリウス できます。
スラ それじゃあ何をしてもらおうかしら。
マリウス なんでもどうぞ。
スラ じゃ、私コーヒーが飲みたいからコーヒー持ってきて。
マリウス はい。・・・コーヒーはブレンド?
スラ じゃマンダリンで。
マリウス マンダリンですね。わかりました。(コーヒーを取りに行く。)
スラ (独り言で)まあ随分古いタイプのロボットねえ。
マリウス (コーヒーを持ってくる。)持ってきました。
スラ ありがとう。・・・ちょっとこれ冷たいみたい。
マリウス そうですよねぇ。どうしましょう?
スラ じゃあコーヒーはいいわ。あなた頭は良いの?
マリウス 良いです。
スラ フランス語は?
マリウス (おもしろい事を言う)
スラ じゃ、ドイツ語。
マリウス (おもしろい事を言う)
スラ ふーん、じゃ、ロシア語はどう?
マリウス (おもしろい事を言う)
スラ すごいわぁ。イタリア語
マリウス ボンゴレ・ビアンコ!ボンゴレ・ビアンコ!(同様)
スラ じゃ腕立て伏せ15回
マリウス はい。1、2、3、4、5、6、・・・。
スラ ああ、もういいわ。
マリウス いいですか。すいません。
スラ いいえ、ねえ、とっても簡単だと思うんだけど、言ってみて良い。
マリウス どうぞ。
スラ 傘を持ってきてくれる。
マリウス 傘?(ひどく悩む)
スラ (独り言で)コーヒーは持って来れるのに。傘が持って来れないの、いいわ。それじゃ、傘はいらない。代わりにそこにある、あの花瓶を持ってきてくれる?
マリウス 花瓶?(ひどく悩む)がび〜ん。(不具合を起こし止まる)
  博士に率いられて大公と、補佐官が入って来る。
博士 いかがです?なんと、すばらしい!私は興奮してしまいましたよ。まさか。こんな傑作ができるとは。あのロボットは完璧だ。
大公 これが新しく開発に成功したロボットかな。博士?
博士 (自信満々で)さようでございます。
大公 ファーデン。どう、思う。
ファーデン どう、と申されますと?
大公 あのロボットは、どう、だ?100年も前に作られた初期形というなら、わかるが・・・。
ファーデン (皮肉に)ロボットとは所詮その程度の物では?
博士 今みていただいたのが、このロボットへの最終テスト。名付けて対面テストです。
大公 そのままじゃないか。博士。そのままじゃないか。はっきり言って、私は幻滅を禁じ得ないな。あれが、私が依頼したロボットなのか。
博士 まさしく。
大公 あれがかぁ。(へたり込む勢いである)
ファーデン 大公。
博士 恐れながら、大公は人間の言う事をなんでも聞く召し使いロボットをご注文あそばされました。そうでしたね。補佐官殿。
ファーデン 初耳ですが。そうなのでしょう。
博士 そうなのです。大公は、召し使いロボットをご所望なされた。そも、召し使いロボットとは何か、それは人間の忠実な僕である。
大公 あたりまえではないか。
博士 今、御覧いただいた物が、召し使いロボットです。
大公 見れば分かる。見かけは人間そっくりにつくれても、バカ召し使いロボットだ!
ファーデン 大公。
博士 あれは、新開発の物ではありません。古いタイプです。
大公 なに?博士は新開発に成功したと申したではないか。
博士 はい。申しあげました。
大公 嘘を申したのか。
博士 マリウス。部屋を出なさい。
マリウス はい。かしこまりました(退出する)
大公 私が命じたのは、あのようなロボットではない。
博士 はい。
大公 もっと人間味のようなロボットを作れと言ったはずだ。それなのにお前はあんな、ポンコツ屑ロボコンを作ったというのか。(むきになって真似て)ボンゴレ・ビアンコ!ボンゴレ・ビアンコ!
ファーデン 大公。
博士 科学者は嘘など申しません。確かに、あのロボットは大公がお嫌いな、まさにロボットです。
大公 人間らしいロボットをと命じたはずだぞ!
ファーデン 大公。ロボットは人間ではなく、人間はロボットではないのですよ。それこそ無益な注文と(いうもの)・・・
博士 そうです。ロボットは人間ではなく、人間はロボットではないのは自明の事。しかし、しかしですよ。そのような考えさえ(おおげさな手ぶりで)取り払えば、本当の人間のようなロボットを作れるのです!いや、作れたのです。
大公 何が言いたい。
博士 あのロボットはそういう古い概念が作った古いロボット。では、もう一方のロボットはどうでしたでしょうか。
ファーデン なに?
博士 さあ、目を移してください。こちらのロボットに。このロボットは、自分と同じロボットを目の前にしても、なお、自分がロボットである事に気がつかなかったのです。ボディは全く同じ製品です。ですから、外見は変わりませんし性能も同じです。あのロボットに出来ない事は、当然このロボットにもできないのです。なのに、できない事を命令していた。
大公 博士!なんと!
博士 これが体面テストの結果でした。私も心から、驚いています。
大公 素晴らしい!
博士 このロボットは、私が実験の事を知らせた時、危険はないかと、尋ねました。ロボットが、ロボットに対し、不安や恐怖を感じていた。
大公 このロボットは、もはや、人間そのものではないか。
博士 いいえ、残念ながら違います。人間は人間を観て自分が人間である事を知ります。眼差しが人間を形成する。ところがこのロボットはロボットを見ても自分を人間だと思っている。もはや人間を超えた超人なのかっ!!
ファーデン お言葉だが博士。ようするに猫が鼠に勝ってライオンを気取っているという事なのでは?
博士 ん?ん?ん?
大公 何を言うファーデン!素直に感動してみたらどうだ!このロボットは、まさに私の人生最大の驚きであり喜びだ!おまえも先程、驚嘆したではないか?博士の企画したロボット大集合に!!
ファーデン 2体でしたがね・・・。
博士 ロボット大集合!!素晴らしい語彙です。さすが大公、詩人でらっしゃる。そして、このスラが補佐官の言うような勘違いロボットではないことを証明するのは、いとも簡単。このロボットは、言う事を聞きます。それだけで、十分でしょう?さ、まいりましょう。
スラ あの、博士。実験ってあれでよかったんですか。なんか、変なロボットが・・・
大公 量産できるかな。
博士 お望みのままです。
スラ あの、博士。あのロボットなんですけどね------
大公 褒美は思うがままだ。ところで、スイッチなどはあるのかな。
博士 このタイプは、首の後ろに。スイッチがあります。(スイッチを押す)ここを切り替えて、最期に鼻を押して確定です。それ!(自分の鼻を押す)
大公 自分のか??
博士 冗談です。以前2つのモードをそなえたドッペルゲンガー・ロボットを作りましたが。今回は4つのモードを取り入れました。最も言う事を聞く強風モード、それなりに言う事を聞く弱風モード、口答えくらいはする微風モード。そして、妙にそっけないドライモードです。この4つのモードは完全に独立系です。
ファーデン 独立系?
博士 互いに干渉しないという意味です。ささ、詳しく説明します。まいりましょう。
  博士と大公、退出する。ファーデンは何か考えつめた様子で、スラを見ている。
博士 こい。
スラ (可愛らしく)でもぉー
博士 こい。
スラ (急に)はい。
博士 (誇らし気に)微風モードです。
  スラは彼の後をついて行く。ファーデンはその様子を見ている。通信が入る。
ネイダフ どうした?
ファーデン お前の言う通りただの手伝いロボットのようだ。より人間らしいロボットという発想がそもそも理解に苦しむ。家畜は家畜、奴隷は奴隷、ロボットはロボットだ。
ネイダフ 神は、自分に似せて人間を作ったと言うぞ。
ファーデン 逆だろう?
ネイダフ しかし、同じ性能のロボットに、自分に出来ない事を命令するとは、おもしろい。自分に出来ない事を人に命令する。まさに人間だ。
ファーデン それだけだ。所詮猫に百獣の王は勤まらん。いや、猫の王様という話もあるか・・・。
ネイダフ 何を考えている?
ファーデン なに、国の財源で作られたのだ。その分国の役にたってもらう方法はないかと思ってな。
ネイダフ 役にたつかな。所詮よくできたからくり人形だ。
ファーデン からくり人形か・・・。

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