『黒い二、三十人の女』 梯子は一般に「高さ」「段階」を意味する。 人間的には「階級社会」とそれに対する特に「野心」を意味する。 精神的には「昇天」や逆に「下降」意味し、天上界や地獄への道ともなる。 ヤコブの夢に出て来る梯子は「神の啓示」を意味した。 俗信では、梯子の下を通る事は「処刑台」を連想させ、 フロイトは梯子を「性行」と結び付ける。 ------『シンボル事典』より |
国境にある村の街道、マロニエの枯れ木の下に落ちている一通の書状。ヨアヒム・レプゴーがその書状を発見し興味深げに内容を確かめる。レプゴーが去る。 |
大公の居城。秘密の部屋。シュピーレン大公シュピーゲルが、座している。周りに椅子が何脚かあるが、他には誰もいない。 | |
大公 | (椅子の一つに)ポリーさん・・・ポリーさん。どうしてそんなに機嫌が悪いのですか。ポリーさーん。・・・ふう、ご機嫌を直していただけませんか。(隣の椅子に)ルシーさん。なんとか言ってあげて下さいよ。あなたから言ってもらえれば・・・ |
ポリーの動きを大公は目で追う。 | |
大公 | 無理ですか。そうですよね。無理ですよね。ポリーさんは、あなたの目には入っていないと言うわけだ。それでは、アマーリエ。あなたはどう思います。いえ、そうペンギンや縞馬の白黒には意味がある。ペンギンは、空の敵からは、海に溶け込むように背中が黒。水中の敵からは、空に溶け込むように、腹が白。そう、アマーリエ。あなたは天才だ。それが、ポリーさんには、分からない。では、ドロテーアさん。縞馬は?そう、群れで固まった時、外敵から単体を区別できないように、縞でごちゃごちゃにするんです。しかも!しかも!白い部分と黒い部分で表面の温度が変わって気流が起きる!イコール涼しい!ポリーさん聞いているんですか。じゃあ、パンダはどうだ?意味があるんですか、竹やぶの中に、白と黒!保護色か?保護色かと聞いているんです。ポリーさん!あ!(ポリーの態度に怒り立ち上がる)また、どうして、そういう態度を取るんですか。少しは私の気持ちになってみたらどうです。大体、ポリーさんは、わがままが過ぎますよ!ねえ、アンナさん。ほら、わたしがいいたいのは、パンダは、特に外敵や(ポリーの椅子に近寄ると、ポリーに突き飛ばされる)あ!なにするんですか、あぶないじゃないか!おしおきです!(つかつかとポリーに歩み寄る)ポリーさーん!(ポリーの手を取るが、暴れられ、バタバタしているうちに平手打ちをされる)・・・痛い。(ひどく落ち込んで自分の椅子に座る) |
ノックの音。すぐに補佐官のファーデンが入って来る。 | |
ファーデン | どうなさいました?大公。 |
大公 | なんでもない。それより、ここには入らないようにと言っておいたはずだが。 |
ファーデン | ここに入らないと、大公様とお話が出来ませんゆえ。 |
大公 | 閣議の時間があるではないか! |
ファーデン | 恐れ入りますが、この一月閣議は開かれておりません。 |
大公 | なぜだ? |
ファーデン | はて、私は、シュピーレン大公シュピーゲル様のご都合により、と聞いておりますが。 |
大公 | それは、私ではないか。それは、私ではないか。それは、私ではないか。ファーデン! |
ファーデン | なんでしょう。 |
大公 | 私が嫌いな物は、なんだ? |
ファーデン | ブロッコリと牛蛙と、記憶いたしておりますが・・・。 |
大公 | では、そこにイヤミと付け加えてもらおうか。 |
ファーデン | かしこまりました。 |
ファーデン | (しばらくの間)・・・大公、このた(びの)・・・ |
大公 | ファーデン!私は殴られたよ。 |
ファーデン | 殴られた?いったい、いつ?どこで? |
大公 | たった今、ここで。 |
ファーデン | いったい誰がそんな、大辟(たいへき)にあたりますぞ。 |
大公 | ポリーさんだ。 |
ファーデン | ポリーさん? |
大公 | そうだ。ポリーが(空の椅子に指をさす)私を(自分を指さす)殴ったのだ! |
ファーデン | ポリーが(指をさす)、大公を? |
大公 | いや、ファーデン。それは、アマーリエだ。アマーリエは、非常に気のきく、さわやかな娘だ。 |
ファーデン | そ、そうですか・・・失礼(といって、適当な椅子に座る) |
大公 | ファーデン。 |
ファーデン | はい。 |
大公 | ファーデン。 |
ファーデン | はい? |
大公 | どうして、ゼルペンティーナの上に座る?失礼だぞ。というより、おかしいぞ。 |
ファーデン | あ、失礼いたしました。 |
大公 | どうしてもそこに座りたいのか。 |
ファーデン | いえ、別に。 |
大公 | しかたない。皆のもの。下がっておれ。 |
何人もの人間が、退去する様子を目で追う。 | |
ファーデン | 何人、いらっしゃるのですか? |
大公 | 数えた事などない。それよりファーデン。今日はなんの話だ。結婚の事はもう聞き飽きたぞ。この間の女など、わたしが結婚すると思うのか!年齢を考えてみよ。 |
ファーデン | 年齢と結婚するわけではございませんでしょう。 |
大公 | 2才だぞ! |
ファーデン | いつまでも2才というわけでは・・・(投げやりに)まあいいでしょう。それより、大公、エスターライヒの動きですが。 |
大公 | エスターライヒ? |
ファーデン | お耳に入っているはずです。エスターライヒが我が国境に軍を進めております。 |
大公 | 知っている。エスターライヒの馬鹿ルドルフめ。しかたない、軍を出してやれ。国境領の住民がかわいそうだ。 |
ファーデン | お待ち下さい。その事を申し上げに参ったのです。今、軍を出せば、大規模ではないにしろ戦争になります。現在我が国には、戦争を続けるだけの財力がありません。 |
大公 | (あまり熱心ではない)それで? |
ファーデン | そこで、ここは和順策をとって一時エスターライヒに国境領の一部を割譲してはどうでしょう? |
大公 | 割譲? |
ファーデン | そうです。おそらくそれでエスターライヒは軍を退くでしょう。 |
大公 | あの野蛮人のルドルフに我が国土を蹂躙させろというのか。国境の住民はどうする? |
ファーデン | 国境領の住民だけで、被害をとどめるのです。(大公、適当な返事)国境紛争であれば、外交戦術でいくらでも被害を食い止める事はできます。(大公、適当な返事)必要なのは外交官と彼に持たせる周辺大使への献上金程度、(大公、適当な返事)非常に安上がりです。戦争が起こさずに和睦を計り、その後私のすすめる方法で・・・ |
大公 | 結婚か。 |
ファーデン | さようで。結婚によりエスターライヒに匹敵する権勢を得、しかるのちに、取りかえせば良いのです。 |
大公 | 補佐官は、なにかというと金と結婚だな。 |
ファーデン | 現段階では、最も効率的な方法かと。 |
大公 | そして、国境領はエスターライヒの馬鹿ルドルフへの生け贄というわけか? |
ファーデン | 生け贄?(思わず繰り返してしまうが、落ち着いて)そういう意味でなら左様です。その事でより多くの国民の命を救えるのです。目をおつぶり下さい。 |
大公 | (ぎゅっと目をつぶる)・・・・おもしろくないかな? |
ファーデン | ・・・それなりに。 |
大公 | ・・・(飽きたというように手をふる)補佐官の案は受け入れ難い。我が国土を馬鹿ルドルフなどに蹂躙されてたまるか。そんなことは私の正義と信念が許さん。国境へできるだけの軍を送れ。 |
ファーデン | 正義と信念でございますか。 |
大公 | そうとも。(大仰に)たとえそれが茨の道でも、その先に正義と信念があるならば、私はためらいなく棘に傷つき、臆する事なく茨をかき分けるだろう。 |
ファーデン | ・・・かしこまりました。(退出しようとする) |
大公 | 補佐官、わたしは、結婚は考えていない。私には、ポリーや、アマーリエや、ゼルペンティーナがいる。それより、お前こそ結婚を考えるように。30をすぎているだろう。あ!いや、無理か。 |
ファーデン | どういう意味です? |
大公 | 別にー。 |
ファーデン | では、失礼します。大公。私は29でございます。 |
大公 | (皮肉まじりに)おまえは、ずっと29だな。 |
ファーデン | どういう意味です? |
大公 | 下がってくれ。私は、温室に行く。トランシルヴァニア・マイマイ の産卵にたちあいたいのでな。(退出しながら)ポリーさん。皆、温室へ行くぞ! |
大公が去ると、ピーという機械音と共に通信が入る(画像あるいは、録音声で)。ファーデン、その画像に体を向ける。ネイダフとの専用回線がつながる。 | |
ファーデン | ネイダフか。 |
ネイダフ | 当たり前だ。お前と俺だけの回線だろ? |
ファーデン | 確かに。 |
ネイダフ | 機嫌が良いとはいえないようだな。エスターライヒの件か? |
ファーデン | 大公に進言をしたのだが。お分かりいただけない。 |
ネイダフ | あの方は、あまり聡明ではないからな。それに、お前は犠牲を強調し過ぎる。 |
ファーデン | そうではない。犠牲という言葉に過度に反応しているのは大公の方だ。要は効率の問題であって、正義や信念の問題ではないのだが。 |
ネイダフ | お前らしい。明日は視察があると聞いているが? |
ファーデン | 博士に自動人形を作らせているらしいのだ。 |
ネイダフ | 自動人形。いまさら、何を。そのような物が、いかに期待外れで、無益な物か・・・全ての人類が学んだ事だと思っていたがな。軍事利用か?それとも、ただの召し使いか。 |
ファーデン | 召し使いなら、たくさんいる。ポリーだか、アマーリエだかで、よくは分からないが。 |
ネイダフ | なんだ?そのポリーとやらは? |
ファーデン | いつもの妄想だろう。数人の女性たちがいるつもりらしい。なんとこの国の民衆を治めておられるのは、妄想家の・・・。 |
ネイダフ | ファーデン! |
ファーデン | すまん。 |
ネイダフ | いや、しかし、結局、妄想の召し使いでは、実際の仕事はできないだろう。自動人形はその代わりと言うわけではないか? |
ファーデン | なるほど。ところでネイダフ。私は29だったな。 |
ネイダフ | 俺と同じ歳なのだ。そうだろうな。 |