Chapter2-1 キルシュガイスト 
美とはわれわれに快感をあたえるものである、
と一般的に、またもっとも簡単に
定義することができる。
--------ハーバート・リード『芸術の意味』

 −ギャャャァァァァァーアッアッ・・・(非常に切れ味の悪い悲鳴)
 そらきた、悲鳴だ!エイチッチは慌てて目を開け、俺は彼の体を剥ぎとる。
「今のは?!」
 エイチッチの声が悲しい。しかし、俺は無視して、部屋を飛び出て、仲間たちの元へ走った。階段を四段抜かしでかけ上がり、仲間たちが、ざわざわと言いながら、覗き込んでいる部屋に、飛び込んだ。仲間の一人が、部屋の中央当たりで、何かを指差したまま、腰を抜かして座り込んでいた。もう片方の手は、彼の歯の間に差し込まれていた。なるほど、悲鳴の犯人はこいつか。スクリームと名付けよう。俺は、スクリームの虚ろな目を見て、直ぐに、スクリームに事の成り行きを聞くのは不可能だと悟った。けれどスクリームは彼のその手で、事件をしっかり指差していた。俺は、鼻で忌まわしい血の匂いを、目で、血まみれの寝台を感知した。仲間の一人だ。まだ名前がない。取り敢えず、デッドとつけよう。デッドは仲間の中では一番若く、確か16にもなっていないはずだった。エイチッチに似て、金のさわやかな頭髪を持った美少年だ。漂流中の船の中では、他の英雄たちの慰み物みたいに扱われていたが、俺は見て見ない振りをしていた。デッドはみるも無残な物体に化していた。まず、体には何もつけず、服は脱がされたというより、脱いだ形跡だった。というのも、ドアの脇の籠に畳んでいれてあったのだから。金髪から流れ出た血が幼げな顔を染め、恐怖とも快楽ともつかない引きつった顔が天井を向いていた。出血の量からして頭の傷とは思い難かったので、俺は、近付いて、ベットに奇妙にねじれた形で横たわるデッドを観察した。左胸に一つ、穴に似た傷があった。両足は血塗れだが、傷はなかった。その原因は直ぐに分かった。俺は、また吐きそうになったが、思わず、凝視してしまった。デッドの**がなかった。その辺りから血が溢れているのが理解できた。その他に外傷と言えば、背中に数本の傷が認められたが、この時の傷かどうかは分からなかった。とにかく、他殺である以上、デッドの**をもぎ取って逃げた人物がいるはずだった。さらに、俺は思うところがあって、左胸にあいた穴に手を入れた。簡単に「入れた」と言ったが、大した度胸がいるんだ、これは!英雄はよく、化け物や悪人退治の依頼を受けたとき、殺した証拠として、首と心臓を持ってくることを要求される。首は切ってしまえば、簡単に髪などを掴んで、麻袋に、ぽいっ、だが、心臓は、手を突っ込んでもぎとらなきゃならない。死んで肉が堅くなっていくから、容易には手だった入らない、抉るようにぐいぐい押し込む。あったかくて、肉全体が、暫くは、ぴくぴくって動くんだ。それで、心臓を掴むためには、その周りの肉を押し退けるんだが、右を退ければ、左が戻り、左を押せば、右が出るって世界だ。結局両手を入れなきゃならなくて、掴んでも、おもいっきりひっぱらなきゃ抜けないんだ。分かるだろ?昆虫じゃねえんだ。ちゃんとつながってんだから。ぐっと持つと、ぶるぶるって動くし、ひくと、傷口当たりから、新しい血がでてくるし。うっぷ!ようやく、ひきずりだすと、湯気がたったりするんだ!綺麗な血が指の隙間から音を立てて零れるんだ。もっと凄いことにはな、だした後、傷口がうごめくんだよ、中にまだなんかいるみたいにさ!ちょっとまて、うぅっ、き、気持ちわりぃ!
 とにかく、手を入れた。すっと入った。誰かが、既に手を入れてるからだ。そして、なかった。心臓がなかった。デッドは心無い男になっていた。ふふっ。
 エイチッチが着替えてかけあがってきた。立派に男の目付きになっていた。
「何事です?」
「あ、エイチッチ少尉」
 俺もわざとらしく答えた。
「夜中にお騒がせしてすいません。仲間のデッドが、こんな姿に………」
「エイチッチはまだ、部屋の中にいなかったから、デッドを見てはいない。そこで聞いた。
「一体、どんな姿に?」
「絶対、女にもてない姿だなぁ、へっへっ」
 レティがげびた笑いを作った。確かに、心もなくて、**もないんじゃ女にはもてないな。俺はそう思って笑おうとしたが、エイチッチの手前もあって、
「レティ!茶化すな!」
 エイチッチはデッドに面会した。死んでるデッドに。
「こ、これは……………ま、まさか!」
 ま、まさかだとー?
 エイチッチの表情は確かに、思い当たる事がある、という配色で描かれていた。そして、エイチッチは続けて確かにこう言った。
「ディンドゲーロ!」

「ディンドゲーロ?………エイチッチ少尉、何か、お知りなんですね?」
「え?お尻がなんですって?」
「エイチッチ少尉、ふざけないで下さい!さぁ、知っていることを話して下さい」
 俺は諭すように、そう言った。
「ディンドゲーロです。それは恐ろしい怪物で、まだ年端もいかない少年の心と体を奪う化け物です」
「心と体?」
「そうです、心と体のそれぞれの象徴を奪い去るのです。心身を略奪された少年は石英の子となってさまよいます。ごらんなさい!」
 エイチッチは勢いよく、デッドの死体を指差した。刹那、デッドの胸がブルブルと震えだし、目や口が凄まじい勢いで開閉し、体がみるみる透き通っていった。
「デッドーッ!!」
 床に座り込んでいたスクリームが突如叫んで、石英のデッドに近付いていった。
「よ、よしなさい!」
 エイチッチの制止も聞かず、スクリームはデッドに抱き付いた。それは恐ろしい光景だった。しがみついたスクリームの体は、デッドの体に、大粒のキルシュが、固まりきっていないジュレに吸い込まれるかのように吸収され、水晶細工のように透明なデッドの体の中に閉じ込められてしまったのだ。デッドより各段に逞しいスクリームの体が、デッドの体の中で、縮められうごめいているように見えた。デッドは何もなかったようにベッドの上で動いていた。スクリームは苦しいのか大きく口を開けている、しかし、彼の絶叫は、悲しいかな、今度は誰の耳にも届かない。やがて、デッドのまだ幼い**があった部分の穴から、一滴、二滴と半透明の液体が落ち始めた。
「あ、あれは?」
 俺は凝視しきれず、エイチッチを見た。
「体液です、中にいる方の。少しづつ、絞られているんです1 。早く助け出さないと、中の方、死んでしまいます!」
「ど、どうすれば?」
「早く、あの穴を塞いでください。体液が流れ出るのを防ぐんです」
 レティだろうか、仲間の一人が叫んだ。
「俺の部屋に、コルク蓋がある!今、取って来る!」
「駄目です!そんなんじゃ!」
 エイチッチが叫ぶ。しかし、エイチッチの顔は妙に上気していた。暫くエイチッチは下を向いていたが、ふっと、顔をあげて飛んでもないことを言った。
「聞いたことがありますか?南の諸島では、折れた家畜イグアナの足は、死んだ家畜イグアナの足で修復するんです」
「つまり?」
「**は、**の穴は、**で塞がなくては・・・」
 俺は、足が砕けるのを感じた。よろよろっと体が後退した。
「私がやります!いえ、私でなければ駄目なんです」
 エイチッチはそう言うと、一歩前に出て、血まみれの毛布を手にした。バサッと翻った毛布は、デッドとエイチッチをまとめて包み込んだ。やがて、毛布の下からエイチッチの軍衣が零れ落ち、毛布の中で、エイチッチはゆっくり息を吸いながら、デッドに接近した。エイチッチの髪の毛が小刻みに震えた。彼等はつながったらしい。なんともエロティックなムードの中、英雄たちは呆然と、あるいは、慄然として、その光景を見守っていた。俺は少し悔しかった。エイチッチはデッドの透明な肌に手を回し、抱き合いながら、デッドを引きずり始めた。一体、なんだと言うんだ!!これは、新世紀のエスセティシズムとでも言いたいのか!!
「エイチッチ少尉!」
「私の部屋まで、連れていかなくては」
 エイチッチは少し興奮した声で、答えた。俺は進みでて、三人を一片に毛布ごと抱くようにして、部屋を出た。そう、部屋を出たんだ!

 少なくとも5分間以上の間。

1フルーツを絞る比喩がここでも出て来ている。


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