Chapter1-3 帝国の狭間より差異をこめて
抜ける白さの美貌の女王が 
あまりにも優しい詩人を愛したためか 
ほどなく、彼女の白い魂は 
星の彼方へと昇天しました・・・・・ 
―――ローラン・ド・マレ 

 あれよあれよ、と二〇回もいう間に我々は素直にセンターとかいうところに連行された。アフガンハウンドは船中に残した。なんでも、この国の掟では体長6センチを越える犬は国にいれてはならないことになっているそうだ。確かに、連行される途中、路傍で見た犬は、体長3センチにも満たないシェパードだった。小人の国かな?と思ったが、ゼットトンの背は俺より数センチ高かったし、小さなシェパード以外にも、旗を揚げた兎やふくろうや鹿や狐が我々とすれ違った。そして、そう、長く歩いてもいないのに、直ぐに場末めいてきた。やがて、道には一本の菩提樹があって、小高い丘の上にセンターがあった。
「ここが、当面の貴方がたの住居になります。どうぞ、ご自由におつかい下さい。えー、紹介しておきます。ここで貴方がたを担当するムッシュ・エイチッチ少尉。二、三日中に、監察官が来ますからそれまでおくつろぎ下さい。それでは、わたくしは職務がありますので。これで失礼いたします。あとはたのんだよエイチッチ少尉」
「イエス・サー!」
「エイチッチ少尉。サーなどと呼ばずにムッシュと呼んでほしいな」
「失礼いたしました。ムッシュ」
 センターとよばれる建物は二階建ての別荘のようなものだった。部屋数もやたらと多く一人一部屋が十分あった。俺はとりあえず、うるさい仲間たちにそれぞれ部屋を割り当ててから、エイチッチ少尉を訪ねてみた。
「少尉。いろいろ伺いたい事があるのですが、よろしいですか?」
 俺はしばらく上品になった。おれ、いや、私は他の英雄たちと違って知識も教養もあるし、生まれも実はやんごとない家柄であるから、成せる技であって、野暮で、粗悪で、下品で、野卑で、野蛮で、無知で、無学な他の連中には真似したくてもできない技である。私はいつでも、社交界に相応しい人間なのだ。ははっ。
「なにしろ、長い航海の後で何も彼もが分からないことだらけで」
「ええ。職権の範囲内でお答えできることならなんでも」
 誰も逆らえないといった笑顔でうなづいた。
 英雄たちにはホモが多い。というか男を抱ける奴が多い。同性愛には三つのタイプがあるというのが、親友の一人マダム・ゲンナーの報告だが、彼等のはその中で言う「代替行為」だ。つまり基本的に男所帯なので、セックスの相手もその中から選ばれるというわけだ。無論、そのタイプではない奴もいるだろうが、どちらにせよ。エイチッチ少尉の無防備な屈託のない笑顔は、狼の舌なめずりの音を増大させるだけである。この手の顔とこの笑顔では気を付けないと今夜当たり危ないぞ。
「まず、ここはどこです?何という国で?」
「え?キャプテン・ゼットトンから聞いてないんですか?まったくキャプテンは肝心なところをいつも忘れるんだから………あっ、これは失敬。では、改めてここは『トマト畑国』です」
「『トマト畑国』?あの、申し訳ありませんが、場所はどの辺で?」
「わが国は島国でして、一番近いのは、そう、東に航海すれば、すぐそこがキプロスです」
「すると、ここは大緑海1 の東端のほうですね」
「ええ。だいたい」
 エイチッチ少尉はにっこり笑ってうなづいた。再三の笑顔に、正直言って俺も参ってきた。
「ここは都ですか?」
「いえ、都はここから少し西へ行ったアカトマトの町です。ここは海港都市の、都市と言うほどのものでもありませんが、キトマトというの町です」
「失礼ですが、どちらか他の国の属国なのですかな?」
「いえ、おっしゃるとおり、北と南には巨大な帝国がありますが、この辺りの海は常に霧と激しい海流で、恐らく、まだ他のどの国にも発見されていないでしょう」
「ほう、では貿易などは?」
「はい、しておりません。自給自足ができるのです。たくさんとれますから、あの、その・・・トマトが」
 なぜか、恥ずかしい言葉を口にするように、エイチッチは俯いた。俺は、少し慌てふためいていった。
「なるほど。ちなみに我々の扱いというのは?」
「それをお教えすることは越権にあたりますが、貴方は賢いお人のようですから、もう分かっていますでしょう。ですから、お話ししますと、わが国は北にも南にも知られていないということで、生き長らえている国なのです。知られてしまえば、両国間の争奪地となり、今までの平和はもろくも崩れ、二度とは戻らないでしょう」
「ようするに、我々の出国はもう認められない、ということですか」
「そういうわけでもないんです。我々もまったく島を出ないというわけではないんです。現に今だって、両国に密偵を多数送り出してますし、はるか極東の方まで行っているものさえいます」
「し、しかし、どうやって両国にばれずに外界へ出ると言うのですか。また、我々はどうやって?」
「年に一度、テルメルがでます。それに………」
「あの、テルメルというのは?」
「あ、失礼。テルメルは大空を自由に飛び回る乗り物です」
「大空を、そ、そんな馬鹿な!」
「いえ、過去、密偵たちは皆、このテルメルを使って飛び立っていきました。空たかくにいけば地上からは見えません。見えても鳥か雲ぐらいにしか思わないでしょう。ここから、北の帝国の上を通過して、しばらく飛ぶと北のほうにもう一つとてもおおきな海があります。冷たい海だと聞いています」
「大変、申し訳ないが、私には、やはり、単なる絵ぞらごとのようにしか思われませんが」
 信じられない。本当に。人間が空をとべるはずがない。私は多くの英雄たちを見てきたが、英雄でさえ、空はとべない。空とぶ靴とやらに乗って飛んだという英雄が先祖にいたが、頭の重みで、常に逆様になっていたと聞いたし。
「わかりました。では今夜皆が寝静まった頃、私の部屋にきて下さい。そこで、ゆっくり説明いたします。どうも、口だけでは難しいようです。ははっ」
「し、しかし。エイチッチ少尉。いいのですか」
「構わないのです。これが私の仕事なのですから」
 そういう意味ではない。夜も更けた頃に俺を寝室に招くなんて、いいんですかエイチッチ少尉………。
 こんな危ない予感で終わるのは申し訳ないから、もう少し、言いたいことを言っておこう。エイチッチは土色の巻き毛と、笑うととんがる鼻が印象的だった。そして、ふと、俺は気がついたのだが、コ=コーロ爺さんはどこへ連れていかれたのだろう?第一この町はどこか様子がおかしい。シェパードが小さいとかいう問題ではない。この町は見るからに平和だ。平和その物だし、エイチッチもそう言っている。なのに、なぜだか、入ってきたときから、血の匂いがした。それとも、俺も、もう年季が入って血の匂いが付着しているのかな?そう、すべてあの女のために、彼女の青い眼が流してきた血だ。色とりどりの血潮。青いものもあった。グリーンもあった。スタンダードな赤もあったし、中には、紫という気持ちの悪い色もあった。血の出ない奴もいた。血で染まったような奴もいた。血は英雄の美酒なのだから。しかし、思わぬ災禍だ!こんな名も知らぬ国に流れつくなんて。ポセイドンの鼻たれじじいめ、毎回のように邪魔をしやがる。いつか手荷物もって、押し掛けてやるからな!
 グッドナイト・エッヴリバディ!アーユー・スリーピング?フレール・ジャック!!英雄の十戒というのがあって、『早寝早起き』という原則が記されている。だから、英雄は色を好まない。色とベットに潜っても直ぐ、寝てしまうのだ。俺は違うよ、英雄の純血じゃあないんだ。俺はね。ふと、またあの美しいモアが聞こえてきた。レティがすっかり味をしめて歌ってやがるんだ。レティの竪琴は、しかし、美しかった。うん、今回は、分からないことばっかり起こりすぎたから、口数すくなにしておこう。今夜のためにも。

1 地中海の事。


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