『★BINGO』 |
翌日。昼頃。例のアタッシュケースは、適当な場所に投げ出されている。夢のよすがといった印象がある。リッツが、鍋を片手に持ってきて食卓用のテーブルの上におく。後からアイクがフォークを二本持ってついてくる。二人は無言で鍋を挟みテーブルに向かい合って座る。アイクがフォークを一本リッツに渡すと、二人は、鍋から直接パスタをとりあげ食べていく。付けっぱなしのTVが、6年前に可決され、施行間近となったサバイバル・ロッタリー法についての意見を紹介している。残念ながら、お世辞にも食卓に彩りを添えているとは言い難い。 | |
アイク | わびしいなぁ。なんか,こうしてると。計画では,いまごろ,大金持ちだったのに・・・。 |
リッツ | そんな計画はもともとない。 |
アイク | ヴィックスだけずるいよね。サラとデートだろ?このさい,サラが相当のブスであることを祈るのみだ。 |
テレビ | サバイバル・ロッタリー法案については(云々) |
アイク | この法律って何なの? |
リッツ | 宝くじみたいなものだよ。 |
ヴィックスが飛び込んで来る。 | |
アイク | 忘れ物? |
ヴィックス | いや。 |
アイク | (嬉しそうに)もうふられたの? |
ヴィックス | サラが来ないんだ。ハブ・キャップの店で待ち合わせたのに。 |
アイク | で、帰ってきたんだ。 |
ヴィックス | それが・・・。 |
アイク | それが? |
ヴィックス | (急に怒って)アイク!お前知ってたんじゃないのか? |
アイク | (驚いて)え?え?何を・・・何をだよ? |
ヴィックス | 男だよ!でかい黒人男に・・・急に目印に持ってたバラをとられて抱きつ・・・。 |
アイク | 男? |
ヴィックス | そうだよ、男!お前、チャットで知ってただろ? |
アイク | 知らないよ!それ、明らかにサラが悪い。 |
ヴィックス | サラって呼ぶな! |
アイク | だってサラだろ? |
ヴィックス | サラはあんなものじゃない! |
リッツ | 抱きつかれただけか? |
ヴィックス | ええ? |
リッツ | 他に何か? |
ヴィックス | 馬鹿!抱きつかれただけだ・・・あと、(頬を指して)ここにキスを・・・。 |
ヴィックス | おい!お前!笑い事じゃねえぞ! |
リッツ | ヴィックス、お前さ、チャット見てないのか? |
ヴィックス | え? |
リッツ | ほら、アイクがやってた所。 |
ヴィックス | いや、読んだよ。 |
リッツ | 確か、彼女、いや彼か、私Pフラッグの会員だけど良い?って書いてたよな。それでも良ければデートをしてって。 |
ヴィックス | Pフラッグ? |
リッツ | それでお前、30分間、宙を飛び回ってOKを出しただろ? |
ヴィックス | アイク、なんだよ?Pフラッグって? |
アイク | 知らないよ。 |
リッツ | Pはペアレンツ、FLAGは、フレンズ・レズビアン・アンド・ゲイの略だ。 |
アイク | レズビアン・アンド・ゲイ? |
リッツ | つまり、そういう組織だよ。 |
ヴィックス | アイク! |
アイク | 僕のせいじゃない!それに返事をしたのはヴィックスだ。それに(にやにや笑って)そういう差別的思考は良くないよ。 |
ヴィックス | 俺の立場になった時、そう言ってみろ。 |
リッツ、くすりと笑う。 | |
ヴィックス | リッツもひどいぞ。知ってたならどうして止めないんだ! |
リッツ | 他人の性的嗜好に口を出す気はない。 |
ヴィックス | レズビアンならせめて・・・ |
リッツ | レズが何故、お前とデートする?ゲイだからこそ・・・ |
ヴィックス | もういいよ。これ?食って良い。 |
リッツ | 自棄食いか? |
ヴィックス | いや、どうもむしゃくしゃして気持ちが晴れないから、とにかく食い物をかきこみたいだけだ。 |
その時、唐突に響いたノックの音に、ヴィックスは我を失い急に動きだした。 | |
ヴィックス | うわぁぁぁ。追ってきた?リッツ出てくれ。ああ!鍵をしめて。 |
リッツ | ロックもしてないのか?おいおい。 |
リッツは、玄関のほうへ歩き去り、二人の視界から消えた。ヴィックスとアイクが続いてみた光景は、リッツが両手をあげて部屋に戻ってきて、その後ろから背の高い男が、巨大な銃をリッツにつきつけ歩いて来る姿だった。 | |
アイク | サラ。サラさん。や、自棄にならないで!これは、ほんのちょっとした誤解なんです。あのチャットは・・・ |
アイク、ヴィックスに腕を持たれ、話を止める。 | |
ヴィックス | サラじゃない。 |
アイク | え? |
ヴィックス | サラじゃない人だ・・・。 |
アイク | え?・・・どうしよう・・・(気が動転して)お、お前、サラじゃないな! |
リッツ | あのー。何か御用でしょうか? |
ロン | おっと!失礼。サラと呼ばれるのも悪い気がしなくてね。こんにちは。・・・あれ返事は? |
一同 | こんにちは。 |
ロン | はい、ああ、動かないで、そのまま下がって。よーし。おりこうだ。ふーん。なるほど。なかなか趣味の良い部屋だ。その辺り!(急に壁を指す)ジャン・デュビュッフェの絵が似合うだろうよ。 |
アイク | (小さく震える声で)なんだ〜、この人ぉ。 |
男は辺りを見回した。ヴィックスはしばらくその男を見ていたが、気を取り直して口を開いた。 | |
ヴィックス | もしかして強盗さんですか?やだなぁ。うちに金目のものなんてありませんよ。 |
言葉を紡ぎながら、ヴィックスは引き出しに手をかけ空けようとする。 | |
ロン | うーん。見事。そうやって、銃を出そうとすると、私が君を狙う。そうすると、この子が私をつきとばすとか。そういうシナリオになってるわけかな。だけど、それは、前提があるでしょ。私が、その引き出しの中に銃が入っている可能性を疑っている場合っていう。この部屋ね。銃器反応ゼロなの。今どきこの地区で,武装してる市民は稀だしね。全部調べてあるの。分かる?はい。座って。そう、学校で、習ったでしょ。強盗に銃をつきつけられた時は、こうやって座れって。あ、警官にだったっけ?いや、警官に習うって意味じゃなくて、警官に銃をつきつけられたらっていう |
話の途中で、アイクが窓の方に動いた。 | |
ロン | 話しの途中で動くな! |
アイクがびくっとしてその場で止まると、 | |
ロン | ・・・って言ったの誰だっけ?エジソン?バンクーバー?考えて。ちょっと考えてよ。IQ高いんでしょ。君ら。ね。君が逃げようとして、この子が撃たれたら、どう?ほら、なんていうか、いやーな気分になったりしない。遠い将来にさ、長年連れ添った奥さんと、老人ホームのベンチに座ってるわけ。木漏れ日を浴びながらね。遠くに湖が見えてさ。ああ、良いお天気だぁ。ええ、良いお天気ですねぇ。遠く野山を見ながら、この辺りも大分家が増えてきたねぇ。で、奥さんがサルビアの蜜を吸おうと立ち上がったその時、ぱー、と思い出すの。自分のせいで友だちが撃たれたってことを。サルビアは紅い花だわー、その色は血の色だわー!いやでしょー。そんな時ふと、森の木陰から大きなオスのカモシカが |
リッツ | あの、先いきませんか? |
ロン | ヴィックス君。話しの途中でしゃべるなって言ったのは・・・ |
ヴィックス | どうして僕の名前を? |
ロン | 質問返しは2ドルの損よ。 |
リッツ | エジソンです。 |
ロン | 君、正解。 |
リッツ | ちなみに、バンクーバって地名ですよ。 |
ロン | ・・・試したんだよ。君らの知性を。さて、紹介が遅れました。私の名前はロン、龍と書いてもロン。ロン・コルトレーンです。肩書きは一応、回収屋と申します。所属組織は、ちょっと言えません。ボスの、エンリケ・スギタから奪われたものを取り返せって言われて来ました。ね。奪われたもの・・・身に覚えあるでしょ。アタッシュ・ケースなんだけど。どこにあるか、教えてくれたら、全員無事に解放してあげる。 |
ロンは床に投げ出されていたアタッシュ・ケースに目を落とした。 | |
ロン | おやー?ここにあるのは、なにかなぁ。あ、発見。はい、残念。教えてくれなかったから、全員無事に、解放してあげません。 |
ロン | はい。ここからは、あなたたちの会話の番。しゃべりすぎはよくないって,コーヒーと一緒に医者にとめられてるの。5分あげるからね。はい。どうしたの?しゃべらないと、私の好きなことわざ知ってる?雄弁は銀。 |
ヴィックス | あのー。 |
ロン | あ、質問はなし。その時間はまたあとで。今は、三人の会話にあてて。 |
ヴィックス | 会話と言われても・・・ |
ロン | はい。時間切れ。 |
アイク | うそでしょ? |
ロン | 正解。うそです。さ、会話をして。 |
ヴィックス | ・・・やっぱり危険な匂いが漂っていたな。 |
アイク | どうすんだよ。変な奴きちゃったよ。占い正解だよ。 |
ヴィックス | 俺たちこれから、どうなるんだ? |
アイク | まさかって事はないよねぇ? |
リッツ | どちらにしろ、まず移動させるはずだ。逃げるのはその時だ。 |
アイク | ドッキリ番組なんじゃないかな?この人、コメディアンだよ。きっと。 |
ヴィックス | じゃ、どうしてアタッシュ・ケースの事まで知ってるんだ?ボスがホンリケ・スギタで。 |
アイク | だから、昨日のハッキングからすでにどっきり。 |
リッツ | いや、それはないな。企画としてはおもしろいが。たぶん。これはリアルだろう。彼は、コメディアンに見えるが、どっかの組織の回収屋で、その組織のボスは、彼の言う通り、ホンワカ・スギダなんだろう。 |
ロン | ・・・ちょっと、君たち、ちょっと待ってくれる?誰が、私をいない物として会話しろっていった?逃げるのはその時だって、もう聞きました。それに、ボスは、ホンリケ・スギタとかホンワカリンとかいう変な名前じゃない。エンリケ・スギタは大変、立派な人なんだ。 |
リッツ | まだ、5分たってないですよ。それに逃げるって話しは、混乱させるための作戦ですよ。 |
アイク | なるほどー。 |
ロン | 5分は、僕の5分だ。作戦ってなんだ?なるほどーっておまえ。 |
ヴィックス | おもしろいなぁ。 |
アイク | やっぱり、コメディアンの人じゃない?あ、TVで見たことある。ほら、ミス・ユニバースの中継に出てなかった。ベロ出しキングのほら、えーと、イエローの人? |
ロン | ミス・ユニバースにはコメディアンは出ない。そして何だ、ベロ出しキングのイエローって。僕がイエローなら、誰がレッドだ。え?言ってみろ。 |
アイク | なにいってんの。おじさん。ベロ出しキングにレッドはいないよ。 |
ロン | じゃ、何色がいるんだ。え? |
アイク | 何色ときたよ。だって、ベロだしキングは一人(ピン)じゃないか。キングっていってるんだから。普通一人だろ。 |
ロン | ピン? |
アイク | おじさんダメだなー。ベロだしキングのベも分かってないよ。 |
ロン | 一人で、イエローなのか?一人なのに、ベロ出しキングのイエローの人って言うのか? |
アイク | そうだよ。キングは一人だよ。いっぱいいたらキングスだろ。殿様キングス。 |
ロン | じゃあさ、じゃあさ、どうしてクィーンは4人組何だよぉ。 |
アイク | そんなのクィーンに聞けよ。 |
ロン | 感じ悪!そんなのクィーンに聞けよ。俺が知るかよ!あー感じ悪! |
リッツ | ロン・コルトレーンさん。とっくに5分たちましたよ。そろそろ目的に戻りましょう。僕たちが知りたいのは、僕たちがどうすればいいかって事なんですが・・・。 |
ロン | そうだな、この中で最もIQ高い顔(がお)のリッツ君、君と話した方が良さそうだ。まず君たちの身柄は拘束する。そして移動だ。今、ボスからの指令を待っている所だ。 |
アイク | 指令?え?でもここ、移動電話は入りませんよ。隣のビルが邪魔してるんです。だから家賃が安いんだ。普通の電話あるし。 |
ロン | 組織の力をなめてはいけません。ほーら、この電話。これはどこでも、確実に電波を・・・ |
長身の男は移動電話を見て、がっくりと肩を落とした。 | |
アイク | 全部調べてあるって言ってたのに。 |
ロン | 構わん。この部屋の電話番号もボスは全てご存じ。指令はここにかかってくるはずです。・・・さて、約束通り、質問タイムを始めようか。 |
アイク | つまり、今までのは時間稼ぎだったわけだ。 |
ロン | お前とはしゃべらない。相性が悪い。リッツ君。 |
アイク | 何型? |
ロン | え? |
アイク | (なんで一度で分からないんだよ、というように)血液。 |
ロン | あ、ああ。Aだが。 |
アイク | A型。じゃあ、0型の犬だ。 |
ロン | 何だそれ? |
アイク | A型の人は、0型の犬と相性がいいんだって。でも犬の血液型って・・・ |
ロン | 大型犬か。シェパードとか。コリーとか? |
アイク | あっ。 |
アイクは急に赤面し、ロンに背を向けた。 | |
ロン | なんだか知らないが、勝ったらしい。とにかく、こいつはおちょくり星人だ。君以外とだけ話す。君以外にだけ質問タイム。 |
リッツ | 質問ですか?じゃあ、どうして、こんなに早く分かったんですか?僕らが盗んだって。 |
ロン | それがプロとアマの差でしょ? |
リッツ | アクセス・データーのプロトコルを解析した? |
ロン | ピア40をピア14に変えたソースのありかを探査した。 |
リッツ | 攪乱のつもりだったんですが、逆効果だったみたいですね。 |
ロン | ほころびの出ない犯罪などないさ。 |
リッツ | ええ、なんとなく、分かってたんです。絶対、うまくいかないって。 |
ロン | 絶対はない。それがプロの常識さ。 |
リッツ | そう、それですよ、絶対はない。だから、僕もね。念をいれたんですよ。 |
ロン | 念? |
リッツ | そう。そこのアタッシュケースね。偽物なんですよ。持ってかえって調べたら分かります。ボスのホンワリポンどう思うかな。制裁とか、ある?本当は、言わないつもりだったんだけど、約束してくれたし、なんか気の毒だし。 |
ロン | どういう意味だ。どうして、私が、ホンワリポンに制裁される? |
リッツ | だから、すりかえたんですよ。ロンさんがそれ持ってかえるでしょ。ところが、その中にあるのは、本物のICじゃなくて、うちの掃除機の中のチップなんです。良く見ればすぐわかる。で、ボスは。ナニシテルンダっていう。取り返そうって思っても、僕らは、もう姿を消している。・・・あるいは、警察にタレこんでる。信じなくてもいいですけど。ちょっと、ロンさんが気の毒で。誰も傷つけずにやりたかったんですよ。だから。約束守ってくれます? |
ロン | そう。その約束っていうのは、なに? |
リッツ | ほら、盗んだもののありかを教えたら全員無事に解放するって言ったでしょ。 |
ロン | 君は、最高の頭脳星人だ。だが、私が、こっちの二人を殺すっていったら、君は友情を守りたくなるのでは?ね。友情に殉じるために、秘密をしゃべる気になるかもしれませんよ。 |
リッツ | そこで、僕が泣きながら、隠し場所を吐いたとして、それが、やっぱり偽物、つまり第2のトラップじゃないって思えますか?もう、すでにロンさんは、僕を信用することはできないでしょ。 |
ロン | じゃ、私が、この二人を人質として、その場につれていったら、そこで、確認して偽物だったら、その場で、二人には君への恨みを吐いてもらうということで。ははは。 |
リッツ | うーん。その間に、僕が、電話でたれ込んだら?警察とかに。そのなんでもない二人の命とひきかえに、組織は壊滅ってことになりかねないのでは?これは良い取り引きといえますかね?どっちが早いですか?あなたの車が二人を運ぶのと、電話が僕の声を警察に運ぶの。 |
ロン | 君はまた、前提を忘れている。 |
リッツ | 前提? |
ロン | そういう駆け引きは、君の身が自由であった場合だろ?私が君を拘束すればそれでいいんだ。例えば、君も一緒に連れて行けば良いし、この部屋に縛り付けておいても良い。電話だって破壊したって構わないんだよ。 |
リッツ | (しばらく考えて)いやいや、あなたはプロだ。電話を破壊するなんてあり得ない。 |
ロン | どうしてそう思う? |
リッツ | その銃で撃とうというんだろうけど、ここで銃撃があったことの証拠になってしまう。 |
ロン | これだから素人さんは困ります。いいかい、電話なんて物は、銃で撃たなくたって・・・ |
ロンは、電話の前へくると、銃を振り上げた。場に緊張が走り、次の瞬間、ロンの銃底が、電話にたたきつけられた。電話器は異音を発して機能を停止した。ロンは受話器を取って確認する。 | |
ロン | ほら、銃で撃たなくたって、普通に壊せるんだよ! |
リッツ | ボスから電話が来るんですよね。 |
ロン | 誰か、電話直せる人。 |
ヴィックス | 「このようにして、このロン・コルトレーンと名乗る回収屋と僕らの短いけど奇妙な関係が始まりました。電話を壊してしまった彼は、リッツに頼んでパソコンからボスにメールを入れました。リッツは口述筆記なら良いと言いました。知らないうちに援軍を呼ばれては困ると考えたのでしょう。」 |
ロン | 「ボスへ。ロンです。例の犯人を拘束しました。こちらの都合により、メールでしか、連絡がとれません。処理に関して、追って指示をください。」頼む。 |
リッツ | 送ります。 |
ヴィックス | 「思いのほか早く帰って来た返事がこれ。」 |
《映像》 はーい♡エンリケ・スギタで〜す。 このメールは自動応答プログラムで出してま〜す。 というのもね。ぼくちんは、今、モルディヴにバカンスに来てるの。 だから、せっかく、メールをもらったのに、返事ができません。 多忙なぼくちんに神様がくれたバカンスタイムを奪う権利は誰にも ナッシングだよー。それじゃ。またねー♡ エンリケ・スギタm(_ _)m |