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舞台はやや近未来(拙作『コントローラー370』と世界観を共有している)。リッツとアイクとヴィックスの3人の若者(男)が住むフラットの一室。ある日の朝。とあるフラットの一室。リッツが一人でコンピューターに向かい、なにやら難しそうな作業をしている。テレビがついており、その光が暗い室内に色彩を投げかけている。やがて、ヴィックスが登場する。(以下の台詞をジャバルや、ジャバルがコメンテーターとして出演しているテレビが放送しても良い。) |
ヴィックス | (客席に向かって)「直接関係があるかどうかわかりませんが、我々が守るべきだと思っているものはなんしょう?自由、公平、正義、人権、安全。こういったものが保証されるために法律や制度が出来ます。立法は常に、国民の自由、公平、正義、人権、安全を満たすために作られます。例えば、ある国で現実に行われているアファーマティブ・アクション。社会的に不利な人々、少数派の人々を特に優遇する制度です。例えば入学試験ではより得点の高い白人よりも、得点の低い黒人を優先して入学させます。あるいは、兄弟保有者の社会的ステータスを一人っ子よりも高く評価するPASE法。いずれもある当事者にとっては不公平な気がしますが、社会全体の幸福を考えれば、ないよりはあった方が良いのです。重要なのは一個人の幸福ではなくて、社会全体の幸福なのですから。(台詞を終え、ベッドにもぐりこむ) |
テレビ | 「より多くの国民の健康と命、そして、身体的弱者を救済するために何ができるのか。このことは、全ての国民の健康を保つというだけではなく、国民がどれだけ、人倫に対して考える機会を持てるかという・・・」 |
アイク | (登場して)あれ、まだやってるの?(テレビの前に座り)なにこれ、サバイバル・ロッタリー法案施行?また法律ができるの?(テレビのチャンネルを変える。) |
テレビ | さて、それでは、CMのあとはいよいよ今日の星占いです。 |
アイク | リッツ。・・・リッツ! |
リッツ | 静かに。 |
アイク | 星占いだってよ。みないの? |
リッツ | そのうちな。 |
アイク | ・・・そのうちって、一回しかやらないよ。 |
リッツ | 他のチャンネルで、見るよ。どうせ,どのチャンネルを回したってまわしたって,四六時中,占いばっかだろ。 |
アイク | だって,結果が違うだろ。チャンネルによって。 |
リッツ | じゃあ,観る必要ないだろ? |
アイク | ・・・そうかな。僕は全部みないと。 |
リッツ | まったく、お前見てると思うよ。確かに、そう確かに、暴力的な人間は減ったかもしれないけど、今度は、精神的に堕弱な人間になる。どっちが有害だか。 |
アイク | え、どういうこと? |
リッツ | だから、有害放送をいろいろ取り締まっただろ。犯罪を誘発するって。そしたら、テレビは、こんなのばっかりじゃないか。朝は星占い、昼は血液型占い、夕方になるとクッキング番組、で、夜は星占い。 |
アイク | 占いばっかりだね。 |
リッツ | (トゲのある言い方で)そうですね。 |
アイク | 僕さ、昨日、最悪だったんだよね。最下位でさ,牡羊座の人、ごめんなさい。今日は、会う人会う人泥棒です、だって。 |
リッツ | 警官に牡羊座が多い事を祈るな。 |
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リッツ、端末に向き直る事で「さあ、くだらない会話は打ち切りだ、俺は仕事に戻る。お前は星占いに夢中になっていろ」と表現したつもりだった。が、 |
アイク | 何してるの?またハッキング? |
リッツ | ハッキングじゃない。 |
アイク | じゃ、なに? |
リッツ | ・・・お前、星占い観なくていいのか? |
アイク | さっき、観る必要ないって言ったじゃん |
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アイクは、ガサガサと耳障りな音をたて、ディッピン(お菓子の名称)の入った袋を開ける。 |
リッツ | (アイクをじっと見て、目を反らし)探し物だよ。 |
アイク | (CMが開ける)あ、始まった。 |
リッツ | 観るんじゃねーか。結局。 |
テレビ | さて、今日の星占は、えー、昨日と同じです。 |
アイク | なに?じゃ、僕、パンツとりかえられないじゃん。 |
リッツ | なぜ? |
アイク | 昨日のラッキーアイテムがチェックのパンツで、ずっと履いてるんだ。着替えようと思ったんだけど・・・チェックは今履いてるやつしか持ってないし、困った・・・ |
テレビ | ただし・・・各星座のラッキーアイテムは一つずつずらして言う事。ん? |
アイク | なんだ? |
テレビ | あっ!これ。・・・なんちゃってー。それでは気を取り直してもう一度。 |
アイク | 気を取り直して? |
テレビ | まずは牡羊座のあなた。今日は,会う人会う人泥棒でーす。 |
アイク | 一緒だ。 |
テレビ | ラッキーアイテムは、割れた指輪。 |
リッツ | 割れた指輪だってさ。運が悪そうだけどな。 |
テレビ | つづいて蟹座のあなた。今日は昨日より特別な一日になるでしょう。ラッキーアイテムはチェックのパンツ。 |
リッツ | このままだと、蟹座は、どんどん特別な一日になるな。うらやましい。 |
アイク | 今日も、会う人会う人泥棒かぁ。 |
リッツ | いいじゃねーの。パンツ脱げるだろ。 |
アイク | あたんないな。これ。 |
リッツ | ま、途中で,気を取り直したからな。 |
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アイクは、指輪をテーブルに叩き付けはじめる。 |
リッツ | 馬鹿、静かにしろ! |
アイク | 割れない! |
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奥のベッドからふいに人が起き上がる。ヴィックスである。 |
ヴィックス | なんの騒ぎだ?金庫やぶりか? |
リッツ | 悪いな。まだ寝てていいぞ。 |
アイク | 銀って割れるの? |
ヴィックス | 俺、何時間寝てた? |
リッツ | 4時間かな。 |
アイク | 銀って割れるの? |
ヴィックス | ハッキングか? |
リッツ | ああ。 |
アイク | ハッキングじゃん。 |
ヴィックス | ん? |
アイク | 探し物って(言ったじゃないか)。 |
ヴィックス | どんな調子だ?(端末を覗き込む) |
リッツ | 別に。 |
ヴィックス | なんとかウォールが高いのか。 |
リッツ | なかなかブリュンヒルデは起こせそうにないな。 |
ヴィックス | 狙いは?また情報改ざん?あれは金になったなぁ。 |
リッツ | もうクラッキングはしてない。セキュリティの様子を見てるだけだ。 |
ヴィックス | 嘘付け(リッツに笑いかける)。で、アイクは何をしてるんだ。 |
リッツ | 指輪を割ろうとしてるんだろ。 |
ヴィックス | どうして? |
リッツ | くだらん星占いのせいさ。起きるのか? |
ヴィックス | ああ。 |
リッツ | 寝てろよ。 |
ヴィックス | 二度寝はいやな夢を見る。 |
リッツ | いいじゃないか。 |
ヴィックス | いやだよ。シャワー浴びてくる。おもしろいもん見つけたら教えてくれよ。 |
リッツ | 見つけないよ。 |
ヴィックス | だな。 |
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アイクが、テレビのチャンネルをかえる。ヴィックスはバスルームに消える。 |
テレビ | それでは、今日の運勢です。A型の男性。今日の運勢は・・・上々です。 |
アイク | B型は? |
リッツ | 信じるなって。 |
テレビ | A型の男性と相性がいいのは、O型の犬。 |
アイク | (無性に喜んで)へぇ、血液型あるんだ。犬にも血液型あるんだぁ。 |
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アイクの声には誰も応じない。無論TVも。 |
テレビ | 続いて、B型の男性の運勢は・・・ |
アイク | きたきた。 |
テレビ | 当たり滅法、闇狂言でしょう。B型の男性と相性がいいのは、ひがたの塩、や、四十肩のピンでしょう。ラッキー・アイテムは・・・なし、というか、なし。ラッキー・カラーは,地獄に落ちろー!!といった緑。 |
アイク | わけわかんねぇよ。 |
リッツ | メタファー占いだよ。TV好きなら、見方を覚えろよ。流行ってんだろ。メタファー占い。全体的にメタファーでてきてるんだよ。 |
アイク | メタファー占い? |
リッツ | そうだよ。 |
アイク | ふーん。変えよ。(チャンネルを変える) |
テレビ | 牡羊座の方。(アイク食い入る)今月はあなたにとって最高の幸せが訪れる月です。あなたの身の回りの環境は大きく変わり、それに伴ってあなた自身も今までのあなたから、新しいあなたへの素敵な変身を遂げます。 |
アイク | おお、すごいな、変身だって。 |
テレビ | ただし、今日一日,なにかを割ってしまうと,一年間の運勢がガタ落ちです。気をつけてください。 |
アイク | 危ねー! |
リッツ | 大丈夫だって、銀は割れないし、占いは・・・当らないよ。 |
テレビ | ラッキーアイテムは,ブルーの温度計・・・また、このラッキーアイテムは、牡羊座以外の人が持つと、さらにラッキーです。山羊座の人は負け、山羊年の人が勝ちです。そんなこんなで・・・ |
リッツ | 本当に、占いばっかりだな。 |
アイク | こんなご時勢だからね。占ってでも、もらわなきゃ。そういうのほら,よく言うじゃない?当たるも八卦とか(TVを消す。部屋に静寂が戻り、リッツの端末のノイズだけが、部屋を満たし始めた事を確認してから)当たらぬも八卦とか。 |
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リッツは、何かを発見したかのように端末に熱中している。これからしばらく端末と格闘する。 |
アイク | あってるの?この表現?自分で言ってなんだけど。 |
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ヴィックスが戻ってくる。 |
アイク | あれ?ヴィックス。 |
ヴィックス | ヒーターが壊れてる。 |
アイク | お湯出ないの? |
ヴィックス | 何時間も前にお湯だったような物なら出る。 |
アイク | アンラッキーだね。電気屋呼んだら? |
ヴィックス | ああ。 |
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ヴィックスは無言で頷くと、電話のボタンを押す。電話から機嫌の悪そうなデジタル音声が響く。 |
電話 | おは、ようございます。接続先をどうぞ。 |
ヴィックス | 電気屋。 |
電話 | 「ペンキ屋」ですね。よろしければ、はい。間違っていたら、いいえと言ってください。 |
ヴィックス | いいえ。 |
電話 | いいえですね。よろしければ、はい。間違っていたら、いいえと言ってください。 |
ヴィックス | はい。 |
電話 | はいですね。よろしければ、はい。間違って・・・ |
ヴィックス | 終了。 |
電話 | ご利用ありがとうございました。 |
ヴィックス | なんだ、こりゃ?論理学のテストか? |
アイク | それ、僕じゃないと調子悪いんだ。 |
ヴィックス | 電話の頭脳はナレッジワーカーレベルじゃなかったのか? |
アイク | ようは、心の交流だよ。 |
ヴィックス | 心の交流か。そりゃ頭も良いわけだ。 |
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アイクは電話に向かいボタンを押す。 |
電話 | おはようございます。アイク様。ご機嫌はいかがでございますか?よろしければ、接続先をおっしゃってください。 |
ヴィックス | 随分、態度が違うな。 |
電話 | 接続先は、「随分、態度が違うな。」ですね?よろ・・・ |
アイク | 訂正。接続先は「電気屋」。 |
電話 | 電気屋ですね。畏まりました。検索できました。コネクトします。 |
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アイク、受話器をヴィックスに渡す。 |
ヴィックス | サンキュー。あ、もしもし。はい。はい。あ、あの、ヒーターがね。ええ、型番?知りませんよ。とにかく。早く直しに来てください。わかりました。ええ。というか、水がね出るんですよ。水がめ?水がめってなんですか?水がめなんてでませんよ。いえ、みず、が出るの。お湯じゃなくて。え?赤いランプ。それはもう。なんかピカピカです。緑?緑のボタン?あ、あります。とにかく。来て下さい。え、明日、困るなぁ、でも・・・ |
リッツ | 急に立ち上がり思わず大声で)。見つけた!! |
ヴィックス | (思わず電話を切り)なんだ? |
リッツ | ん・・・いや。 |
ヴィックス | (端末覗きながら)見つけたって何をぉ? |
リッツ | いや。ちょっとした遊びだよ。Dレベルのセキュリティホールがあったから・・・。 |
アイク | (あまり気がない様子)今度はどこに侵入したの?内政管理局?戸籍局だったら、やりたいな。一瞬死亡届け。 |
ヴィックス | お前、戸籍局にデータなかっただろ? |
アイク | ないんだよねー。どうしてだろう? |
ヴィックス | 出生届が出されてないんだろ?親がさぼったのさ、手続きを。 |
リッツ | ・・良くある事だ。 |
アイク | で、どこ? |
リッツ | 別にたいしたものじゃない。 |
ヴィックス | お前、隠してるな。何か、俺たちに黙って独り占めするつもり?そういうの許せないよなぁ。アイク。 |
リッツ | 別に何も隠してない。勝手に見れば良いだろ? |
ヴィックス | では・・・なんだこれ?メッセージか?ピア40のコインロッカー? |
アイク | コインロッカーにアクセスしたの? |
ヴィックス | 違うな。いや・・・こいつは宝の在りじゃないかぁ、なあリッツ! |
リッツ | ずいぶん古典的は発想だな。 |
アイク | なになに?古典的? |
ヴィックス | うるさいな。で?リッツ。これはなんだと思う? |
リッツ | さあ。分からない。 |
ヴィックス | これは、ズバリ、秘密の受け渡し場所だ。この宛先のリトル・ビッグ・ホーンって、なんか闇の組織のにおいがしない?ピア40つまり40番埠頭のコインロッカーに何かが入れられている。それを受け取るための指示と見た! |
リッツ | そうかな? |
ヴィックス | ものは・・・ブツはなんだろう?ドラッグ?それともキャッシュ? |
リッツ | 中身は・・・そこまでは書かれていない。 |
ヴィックス | それにしても暗号化されてなかったのか? |
リッツ | 古いタイプのサイファーだったんで手持ちのアルゴリズムで。 |
ヴィックス | よし、早速、いただきに行こう! |
リッツ | ヴィックス。そのことだが。 |
ヴィックス | なんだよ。手を引けっての?駄目だよ。お前独り占めする気だろ? |
リッツ | そんな(こと) |
ヴィックス | だが、盗りにいくんだろ? |
リッツ | それは、まあ。 |
ヴィックス | 俺がいかなくてどうする。お前一人じゃ無理さ。 |
アイク | 盗るって、何を? |
ヴィックス | 当たり前。このロッカーの中身さ。 |
アイク | それって・・・泥棒じゃん。 |
ヴィックス | いいかアイク。宝の地図を見つけた奴が、その宝を探し出すのは当然だ。だったらジム・ホーキンズは泥棒か? |
アイク | 誰だよそれ。 |
ヴィックス | 俺のヒーローだよ。『宝島』を読め馬鹿!それに、リッツだっていつも盗んでるじゃないか。 |
アイク | だって、それは情報を盗んでるんであって、実際の物じゃない。 |
ヴィックス | この御時世に、何を言ってるんだ。情報は実体のない物だとでも? |
アイク | いや、だけど、全部、データ上の事だし、端末の中の世界じゃないか? |
ヴィックス | 端末の中の世界なら、シミュレーションだとでも(いいたいのか?) |
リッツ | もうずっと盗んでないよ。俺は。 |
ヴィックス | なんだよ。リッツ。 |
リッツ | 騒ぐなヴィックス・・・今回はやる。 |
ヴィックス | よし!アイクは? |
アイク | 泥棒だろ? |
リッツ | アイクは不参加だ。 |
ヴィックス | よし。 |
リッツ | 決行は夜にする。ピア40のフェリーポートのロッカーだから、Cラインでいったんセントラルを出て,フェリーで入り直す。 |
ヴィックス | ロッカーはどうする? |
リッツ | あそこは電子キーだから、ソニック・ブームで開けよう。こじ開けるよりはまし。(端末に何かを入力する) |
ヴィックス | 何を? |
リッツ | 偽装工作。このメッセージはまだ読まれてない。ちょっと、撹乱しておいた方が良い。ピア40をピア14にしよう。現場で、その闇の組織と鉢合わせはごめんだからな。 |
アイク | リッツ。 |
リッツ | なんだ? |
アイク | やっぱり僕も行く。がぜん、おもしろそう。 |
ヴィックス | おお、来たねぇ。 |
リッツ | 駄目だ。 |
アイク | えー!!連れてってよー。 |
リッツ | お前は残れ。その方が良い。 |
アイク | その方が良いって。・・・ |
リッツ | お前が盗む物じゃない。 |
アイク | リッツは良いのかよ。 |
リッツ | 俺は良いんだ。 |
アイク | 分かった。(間)連れて行かないなら警察に通報する。 |
リッツ | アイク! |
ヴィックス | リッツ。(どうしてアイクを連れていってやらないんだ) |
リッツ | ・・・じゃあ、残ってもらうのには理由がある。 |
ヴィックス | じゃあって。 |
アイク | わけ? |
リッツ | そ、そうだ(思いつきで)3人分のIDを使って、チャ、チャットに入って欲しい。つまり、ほらアリバイ工作だ。あまり意味はないと思うが・・・。 |
ヴィックス | 意味はないのか。 |
リッツ | いや。最高度に重要な役割だ。背中を狙われていたんじゃ仕事は出来ないからな。だろ? |
アイク | ? |
リッツ | つまり、後方支援がないと、軍は動かせない。こっちはただの実行部隊で、お前が本部ってことだ。 |
アイク | 本部かぁ。分かった。任せて。 |
ヴィックス | リッツ(そんな嘘をついてまで、どうして?) |
リッツ | 会う人みんな泥棒か。当たったな。アイク。 |
アイク | 何が? |
リッツ | 占い。 |