ピアノ曲
《ソナチネ》1997年
第1楽章Allegro vivo
第2楽章Andante
第3楽章Rondo,Vivace
 3楽章構成。全楽章とも古典的な「形式」を重視して書きましたが、幾分奔放になってしまいました。「古代的」というイメージで書いたもので、第1楽章は、変拍子を使っていますが、一つの音を三で割るという性格を表に出しています。2楽章は非常に牧歌的な音楽です。3楽章は、「7」という数字を念頭に作曲し、一応ロンドになっています。楽章が進むにつれ和声構造が複雑化しますが、音楽はそれなりにクラシカルです。
《僕のピアノのための24の味》1993年〜2002年
recipe1 ビ−玉の味ハ長調 Allgretto
recipe2 濃塩水ハ短調 Andante quasi Lento,Barcarolle
recipe3 セロリとアルファルファヘ長調 Prestissimo
recipe4 サルビアヘ短調 Allegro moderato
recipe5 カリカリした林檎のステュリューデル変ロ長調 Moderato sosutenuto
recipe6 アドニス変ロ短調 Adagio,Elegy
recipe7 鉛筆の先変ホ長調 Vivo
recipe8 ざくろ変ホ短調 Allegro non troppo
recipe9 わたあめ変イ長調 Tempo di menuetto
recipe10 LOVE APPLE嬰ト短調 á la allemande
recipe11 軟らかい水変ニ長調 Adagietto
recipe12 硬い水嬰ハ短調 Allegro marcato
recipe13 マザーズ・ミルク嬰ヘ長調 Andantino
recipe14 アブサン嬰ヘ短調 Allegretto
recipe15 キャンプファイアロ長調 Adagio
recipe16 遺伝子ロ短調 Allegro,Toccata
recipe17 淡白な蛋白質ホ長調 Largo
recipe18 肌色のオリーブホ短調 Larghissimo
recipe19 ピーナッツ・バターイ長調 Allegro con moto
recipe20 血液イ短調 Andante quasi Lento
recipe21 エスプリ・ド・ノエルニ長調 Presto marcato
recipe22 発酵ニ短調 Grave
recipe23 隠し味ト長調 Tempo di Valse
recipe24 シャボン玉ト短調 Adagio,Marcia funebre
 24全調による24曲からなるピアノのための小品集。1993年2002年頃にかけて断続的に作曲。短い曲ばかりで演奏も平易です。レシピと名付けられた各曲は、様々な食品や抽象概念などの味を名前に持っています。

各曲解説

1:ビ−玉の味(ハ長調 Allgretto)
 両手を使う伴奏型にのって、かわいらしい旋律が奏でられるワルツ。ビー玉は硝子なので、無味だとは思うが、美しい飴玉のように思えて口に入れてしまう愛らしさを表現しました。
2:濃塩水(ハ短調 Andante quasi Lento,Barcarolle)
 「舟歌」。憂鬱な旋律と絡み合って主和音に落ち着く事はあまりありません。濃塩水に満ちた海原をベニスのゴンドラのような小船が漂っているイメージが喚起されました。それは水路や死海など海ではなくても良いかもしれませんが、たぶん、人が乗っているのか乗っていないのかもわからないような景色で、揺れているとすれば、それは舟ではなく、こちらの視線の方という感じです。
3:セロリとアルファルファ(ヘ長調 Vivace volante)
 3/4と2/4が混ざった音型が延々と続きます。軽快で単調な曲ですが、セロリとアルファルファという言葉のイメージに合わせて作曲しました。特に、この部分がセロリで、この部分がアルファルファというようには分けてはいません。
4:サルビア(ヘ短調 Molt Allegro sordo)
 una corde(ピアノの左のペダルを踏む)の指定付きの不思議な雰囲気の曲。サルビアの密に惹き寄せられ、蜜の中で溺れ死ぬような、蠱惑的なイメージです。
5:カリカリした林檎のステュリューデル(変ロ長調 Andantino dolcemente)
 カリカリした林檎のステュリューデル(Crisp Apple Strudels)は、『サウンドオブミュージック』の名曲「私のお気に入り」で歌われる林檎を薄い生地で包んで焼いたお菓子です。このお菓子がどんなに子供たちの好物で、どんなに、かわいらしいものなのかということを、単純なモティーフの繰り返しの中に託しました。ほとんど2声でできていますが、所々、不思議な和音が現れます。終止形がイ短調を響かせ、次に続く感じがします。
6:アドニス(変ロ短調 Lento assai lamentoso)
 アドニスはギリシア神話の美少年ですが、ここでの「味」は、ドライシェリーとスイート・ベルモットを使うカクテル「アドニス」の事です。ドライシェリーの辛さの中に、スイートベルモットのほんわりとした甘さが時々ただようような金色のカクテルです。
7:鉛筆の先(変ホ長調 Vivo)
 鉛筆の先はよく舐められますし、鉛筆を噛む癖のある人もいます。その味から思い出されるのは、小さい頃の想い出のような気がします。この曲は、確かに変ホ長調で始まるのですが、同じ音型が調を変えて繰り返されるので、変ホ長調と言うのはずるい気もします。
8:ざくろ(変ホ短調 Allegro non troppo)
 12/8拍子のミステリアスな曲です。昔からいろいろなイメージが持たれているざくろですが、ここでは、熟して木から落ちて地面に飛び散ったざくろの形や色と、そしてその香りを描いてみました。
9:わたあめ(変イ長調 Tempo di menuetto)
 わたあめに託したのはメヌエットです。順次進行と跳躍が特徴の旋律で、和声は控えめになっています。ピアノの練習で弾いた簡単なメヌエットのイメージかもしれません。
10:LOVE APPLE(嬰ト短調 á la allemande)
 LOVE APPLEは、古い言い方でトマトの事だそうです。静謐な和声から、左手の5度進行に支えられて、古典風のメロディが奏でられます。その後カノンを経て、主題に戻ります。
11:軟らかい水(変ニ長調 Andante delicato)
 軟らかい水は、軟水のように思ってもかまいませんが、もっと感覚的なものをイメージしました。この水の中には、様々な生物が住んでいます。どんなグロテスクな生き物でも、この水の中では、きらめいて美しく見える、そんな母胎のような水です。低音部に積まれた和音は、水中で何かが動いたときの、あの「ゴワン」という独特の音をイメージしました。旋律の部分と、それに応答する和声の部分の繰り返しからなる単純な曲です。 
12:硬い水(嬰ハ短調 Allegro marcato)
 前曲との対比ですが、今度は硬水です。5/8で主題が現れ、6/8の中間部があります。硬質の音と、鋭いトリルがある古典的な曲。
13:マザーズ・ミルク(嬰ヘ長調 Andante cantando)
 文字通り母乳です。母乳というのは、もっとも過去の味ということになります。ということで、この曲は記憶の味です。左手がほとんど10度の音を弾いており、右手もオクターヴが多いですし、小さい手の人には難しいかもしれません。
14:アブサン(嬰ヘ短調 Allegretto)
 アブサンと言えば、「緑の詩神」と言われる、催淫性のある危険な酒。基本的に製造禁止。もちろん飲んだ事はありません。20世紀の芸術と大いに関係のある魔酒ですから、そのイメージで溺れるような回転舞曲のような楽想になっています。
15:キャンプファイア(ロ長調 Andantino pacato)
 火を囲んで座っている情景です。焦げた食べ物の味、煙りの匂い、火のはぜる音、そして火そのものの味のようなものを、フォスターの歌のように、ノスタルジックに描いた短い曲です。
16:遺伝子 (ロ短調 Allegro brillante)
 遺伝子を味わう方法はおそらくないでしょう。というより、それは、「私」自身を構成するものなのですから、これは「私」の味、ということになるかもしれません。何も食べていない時でも、私たちは、自分の唾液の味を関知できます。でも、ここでは、二重の螺旋を描いて私たちの内部をぐるぐるまわっているような小さくてすごい活動をイメージしました。食べるもの全てが遺伝子を持っており、味も、味を感じる力も遺伝子に支配されています。ミニマルというよりは、オスティナートでしょうか。「attacca」で休みなく次曲に続きます。
17:淡白な蛋白質(ホ長調 Largo nobile)
《僕のピアノのための24の味》は、1993年にこの曲から書かれました。たった12小節の短い曲です。ポリフォニーを書くつもりでしたが、それほど、ポリフォニーにはなりませんでした。和声的にはなかなか凝ってます。題名はもちろん洒落です。
18:肌色のオリーブ(ホ短調 Largo delizioso)
 神秘的な和声と、消えそうになりながら現れるメロディをもった曖昧な楽曲です。憂いのある中間部では、左手に主題が登場します。タイトルは隠喩でこれは肌そのものと思っていただいて結構です。
19:ピーナッツ・バター(イ長調 Allegro volante)
5連符のパッセージと下降型の左手に支えられたかわいらしいメロディの繰り返しからなる楽曲です。真正面からピーナッツ・バターという感じにしてみました。最後は、右手でトリルをしながら、左手がゆっくりとグリッサンドで下降していきます。
20:血液(イ短調 Andante melanconico)
 イ短調という調性はあまり感じられないかもしれません。傷口を舐めた時に、血の味を味わった事がある人は多いと思います。
21:エスプリ・ド・ノエル(ニ長調 Presto marcato)
 エスプリ・ド・ノエルは紅茶の銘柄で、ノエルの名の通りクリスマス向けの紅茶です。クリスマスのイメージで書いた曲で、紅茶とかお菓子とかジャムとかそういう雰囲気です。
22:発酵(ニ短調 Adagio elegante)
 これがおそらく最後に書いた曲です。6小節の小さな主題が3回変奏される変奏曲ですが、変奏される度に1小節ずつ減っていきます。
23:隠し味(ト長調 Allegro dolce)
 3拍目を欠いた伴奏が可愛らしいワルツです。隠し味というか、味見とかこっそりつまみ食いとか、調理の段階で起こるような家庭的な情景を描いてみました。ラヴェルの『美女と野獣の対話』とかビル・エバンスの『ワルツ・フォー・デビー』のような曲です。
24:しゃぼん玉 (ト短調 Adagio risoluto,Marcia funebre)
「葬送行進曲」。ffでト短調の空虚な5度が鳴り響きます。そして短音程の執拗な音型の繰り返し。しゃぼん玉が割れる瞬間、口の中に泡の飛沫が飛んで、苦い事があります。全曲を締めくくる意味と、そのしゃぼん玉のイメージで、この曲を葬送の曲としました。味を巡る記憶の旅が、終わり「死の味わい」を持って終幕を迎えます。最後に一瞬、1曲目の<ビー玉の味>のフレーズが回想されます。
《苦海浄土》2002年
1.干満
2.観察1
3.観察2
4.苦海
★下のYouTube版では、楽譜とともに全曲通しでお聴きいただけます。

*楽譜の全画面表示がうまくいかない場合は、↑「YouTube」↑(YouTube.comで視聴する)をクリックして、YouTubeから全画面表示を選んでください。
 早稲田大学、金井景子研究室主催の「声の劇場」第3回公演『苦海浄土』のための音楽。水俣病に関する朗読劇の劇伴音楽と依頼されて一瞬尻込んだが、この素晴らしい原作を読みすぐに音楽のイメージが紡ぎ出されてきた。4曲とも「K」で始まるタイトルを選択した。

1.干満
 潮の満ち干き、透明、濁り、震えなどを意識した曲。繰り返されるにつれ不協和音が美しくなっていくように。
2.観察1
3.観察2
 原作の科学的、客観的な記述の部分をイメージして作曲。
4.苦海
 全体のテーマ的な音楽。海の底、風と凪のイメージ。4つの部分からなる一つながりの曲ですが、部分的にも使えるようにしてある。

 これらの素材を使い短いバージョンやブリッジ風の曲を数曲作曲。原作:石牟礼道子『苦海浄土』、制作・構成・演出:金井景子、出演:内木明子で2002年11月16日初公開。なおこの作品の版権は声の劇場に帰属する。
《Arms》2005年
1.クラスター cluster
2.ソートレル Sauterelle
3.クレイモア Claymore
4.ナパーム Napalm
5.アスロック Anti Submarine ROCket, ASROC
6.マスタード Mustard
7.セクストン Sexton
8.リトルボーイ Little Boy
★下のYouTube版では、楽譜とともに全曲通しでお聴きいただけます。

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 《Arms》(アームズ)は2004年〜2005年にかけて作曲されたピアノのための組曲。Armsとは武器・兵器を指す。その名に似合わない雰囲気の静かな曲となっている。
1.クラスター cluster
 クラスター爆弾(集束爆弾)を指す。
2.ソートレル Sauterelle
 カタパルトの一種で、手榴弾を投射するためのクロスボウ、Aタイプ・バッタ型クロスボウ(Arbalète sauterelle type A)を指す。
3.クレイモア Claymore
 M18 クレイモア地雷(指向性対人地雷)を指す。
4.ナパーム Napalm
 ナパーム弾(油脂焼夷弾)を指す。
5.アスロック Anti Submarine ROCket, ASROC
 RUR-5 アスロック(艦載用対潜ミサイル)を指す。
6.マスタード Mustard
 化学兵器のマスタードガスを指す。
7.セクストン Sexton
 自走砲を指す。
8.リトルボーイ Little Boy
 広島型原子爆弾(ガンバレル型ウラニウム活性実弾 L11)を指す。
《オード》1997年
〈Circle of Sacrifice〉
〈鍵をしめる手とそれを見つめる目〉
〈unknown〉
 3曲からなるピアノと楽譜に指示された朗読のための曲集。
《Music for RABA》1996年
〈猫〉
〈ル・デモン〉
〈私の可愛いお人形〉
 劇団プールの演劇『ラバ』のために書かれた三曲の音楽。脚本・演出家の委嘱。1.〈猫〉は、女主人公アウラ(フェンテスの短編『アウラ』による)が猫と戯れるシーンのBGMでサティのジムノペティ風のピアノ曲。 2.〈ル・デモン〉は、アウラの迫力のある台詞のBGMで、スクリャビン的な和音からミニマル風になります。3. 〈私の可愛いお人形〉はアウラが歌う曲で、アウラ役の女優さんのフランス語のテクストによるジムノペティ風の声楽曲。これらの曲のピアノは舞台上で神父ロード・オーシュによって弾かれますが、初演時(1996年5月)は僕がこの役を演じました。