『ペストと交霊術』"La Peste et le Médium"


登場人物
 この作品は、一応、フランスの(あるいはフランス語圏の)ある町をイメージして書かれています。登場人物の名前は、フランス(およびイタリア)の舞曲の名称から付けられています。
アルマンド・ウーヴェルテュール(Allemande Overture)
ウーヴェルテュールの女家主。年齢不肖。名の知れた女交霊術師らしい。いつも笑顔を浮かべているが、実際何を考えているのか分かりにくい。人を小馬鹿にしたり、自分の偽善者ぶりを自嘲するのが好き。ただ、現在の悩みはこの町にやがて訪れるであろうペストの災禍。神様と交霊した結果、ペストに耐える長生きの秘訣を知り、それを実行するために死体を一つ探している。
【台詞抜粋】「そうです。さっき申し上げたでしょ。この町はもう終わりなんです。ペストがやって来たんです。鼠がそこらじゅうに死体の山を作っている。人間も、もうすぐ彼らと同じ運命。そして町も。」
アルマンド:Allemande(仏)は16世紀中頃に起こった中庸な速度の2拍子系の舞曲。アルマン、アルメーヌとも言う。ウーヴェルテュールOverture(仏)はオーバーチュア、つまり序曲の事。フランスの組曲(舞曲を集めた曲集)をいう場合もあり、バッハの有名な組曲にはウーヴェルテュールの名がついた物が多い。
カナリー・ウーヴェルテュール(Canarie Overture)
アルマンドの妹。やはり年齢不肖。姉より快活で感情豊かな性格。面倒がよく好奇心も旺盛。ペストの災禍から逃れるためアルマンドの交霊術に頼っている。
【台詞抜粋】「雨って大嫌い、なんだか土とか草とかの匂いがわっと立ちこめてくる。百合の香りも台無し。(立ち上がって窓から百合を眺める。)百合、燃やした方が良かったのかなぁ。」
カナリー:Canarie(仏)は17世紀のフランスの舞曲、速い3/8拍子か6/8拍子。カナリー諸島の踊りに由来する。
ミュゼット・オルドル(Musette Ordre)
奥様。アルマンドとカナリーの姪。若い美女。夫クラントとの結婚生活に嫌気がさし、ウーヴェルテュール家に逃げて来た。
【台詞抜粋】「それが、あなたが丁度良いと思って注ぐ水の量。こっちが私。随分違う。そんなにいっぱい注いだら、飲みにくい。」
ミュゼット:Musette(仏)は17-18世紀に流行した3拍子のパストラール風の舞曲。オルドル:Ordre(仏)はフランスの作曲家クープランとその弟子たちが組曲の事を題して使う用語。
クラント・オルドル(Courante Ordre)
旦那様。ミュゼットの夫。妻を追ってウーヴェルテュール家に来たが関係は修復されない。アルマンドとカナリーのせいで、特殊な立場に置かれる事になる。
【台詞抜粋】「あの高窓の前に立って、真っ暗な庭を見下ろし、麻酔薬のような百合の香りと虫の羽音のような雨の響きに包まれていたら、胸の奥で生と死のバランスが崩れ出してしまった。その瞬間、僕もバランスを崩してしまった、そういう印象。」
クラント:Courante(仏)。16世紀の舞曲。中庸な3/2または6/4で拍子がしばしば入れ代わる。ク-ラント、イタリアではコレンテという。
カドリーユ(Quadrille)
ミュゼットの小間使い。ミュゼットと共にウーヴェルテュール家に滞在している。ミュゼットだけでなく、アルマンドらの世話もしている。アルマンドは彼女を買収してミュゼットとクラントの事を探らせている。少し頭が弱そうな外見の割に知識がある。
【台詞抜粋】「お話しします。最初、二人はだる~い感じで話をしていました。家の事はどうするんだとか、あんな木はいらないとか?あんな木?一体何の事でしょう!?」
カドリーユ:Quadrille(仏)は19世紀初頭フランスで流行した舞曲。組になった男女が方形になって踊る。
ブレー(Bourrée)
クラントの秘書兼運転手。おどけた感じの若者。カジュアリーナ・トリーを持ってクラントと共にウーヴェルテュール家に来る。当初ミュゼットの性の相手と思われているが、実は違う。
【台詞抜粋】「ええ、そうなんですが、雨でも、どこか一つくらい日の当たる場所があるはずだ、と、いつも旦那様が。けれど、ない。」
ブレー:Bourrée(仏)は17世紀のフランスの急速な2拍子系の舞曲。ブレまたはブーレーとも。
ガイヤルド(Gagliarda)
交霊術を頼ってスペインから来た医者。妻(フルラーナ)がその愛人に浮気されて自殺をしたので、その妻と交霊で話しがしたいとやって来る。その愛人がヴォルタであるが今は良い関係にある。この時代にペストなど流行るはずがないと得意げに語るが・・・。
【台詞抜粋】「彼女は私の鼻息が好きだと言ってくれた事があります。鼻息が熱いといって・・・。鼻息まで愛してくれたのに、他にどんなところが、愛せなかったんでしょうね。」
ガイヤルド:Gagliarda(伊)は16世紀に流行したイタリア起原の3拍子系の舞曲。
ヴォルタ(Volta)
元々フルラーナの愛人で、現在はガイヤルドの友人。彼の浮気が原因でフルラーナは自殺したのに、ガイヤルドとは仲が良さそう。
【台詞抜粋】「夫と愛人。やっぱ、彼女、僕らの事、呪ってるでしょうね。」
ヴォルタ:Volta(伊)は1600年頃流行した速い3拍子系の舞曲。映画『エリザベス』の中にこのヴォルタを踊るシーンがある。
神様(Dieu)
アルマンドが交霊術で会話をする唯一絶対神。"Dieu"は神様の意味。唯一絶対神と言いながら、他の神様にも詳しい。
【台詞抜粋】「今日は、これです。ここにある薬を飲むと、相手が本当に自分を愛しているかどうか確かめる事が出来ます。これから出す問題を見事当てた物だけに、これをやろう。問題、5秒後にこれを手にしているのは誰?」
サラバンド・ウーヴェルテュール(Sarabande Overture)
アルマンドとカナリーの下の妹。ミュゼットの母。故人。通称サラ。登場しない。両手をお椀のような形にして眠る癖がある。
サラバンド:Sarabande(仏)は17-18世紀のゆっくりした3拍子系の舞曲。
フルラーナ(Furlana)
ガイヤルドの元の妻。ヴォルタの元の恋人。故人。登場しない。熱した砂糖水のようなどろりとしたかげろうが立ちのぼる炎天下、身の渇きを癒そうとでもするかのように町で一番深い井戸に身を投げた。
フルラーナ:Furlana(伊)は北イタリア起原の舞曲。フランスではフォルラ-ヌという。



引用など
いわゆる脚註です。脚本に登場する文物の引用や解説です。
【交霊術】
 交霊術はフランス語で「le spiritisme」、タイトルの「le Médium」というのは、本当は霊媒という意味。
参考→『心霊主義 霊界のメカニズム』Le Spiritisme イヴォンヌ・カステラン 白水社 文庫クセジュ,1993
【百合】
 舞台となるウーヴェルテュール家の庭には、百合の花が大量に植えられている設定。その百合の表すシンボルは「純潔」「夫婦の貞節」「女王に相応しい美と気品」「不滅と復活」「男根」「欲望」「後悔」「悲哀」そして「死者」。これらの要素がこの作品に折込まれている。
【ミダス王】
 アルマンドが神様との交霊で登場した触る物が全て金になる薬の話しをした所、カドリーユが説明するのがミダス王。ギリシア神話に登場するプリュギアの王でディオニッソスに一つだけ願いを叶えてやると言われ、この手に触れる物が全て金になるように、と願った。結局、食べ物は金になり口に入れる事が出来ず、抱き寄せた幼い娘すら金の塊にして絶命させてしまう。
【ペスト】
 鼠に寄生する蚤の一種が持つペスト菌の感染によって起こる。症状が激しく死亡率が高い。古くはしばしば流行し、特に14世紀にはヨーロッパ全域に大流行した。よく黒死病と言われる。ペストは、現在では感染の8~24時間以内の早い時期にストレプトマイシンやテトラサイクリンを投与することで治療可能。
参考→『黒死病 疫病の社会学』In the Wake of the Plague ノーマン.F.カンター 青土社,2002
【キニーネ、モルヒネ、ユーカリチンキ】
 キニーネはキナノキの樹皮(キナ)から抽出されるアルカロイド。無色の結晶で味はきわめて苦い。通例、塩酸塩として解熱薬・健胃薬とする。マラリア熱の特効薬として知られる。このキニーネとモルヒネを間違えて飲んでしまう話しは、O.ヘンリーの『眠りとの戦い』(At Arms with Morpheus)に登場する。この話ではキニーネと間違えてモルヒネを4グレイン(約259ml)飲んでしまう。ユーカリチンキを入れる事などもこの小説に出て来る。モルヒネは最近では錠剤が開発されているが、かつては粉薬しかなく、水に溶かしてアルコールを混ぜて患者に投与していた。ギリシア神話の夢の神モルフェウスから名付けられているように、作品中でも眠りや夢を象徴するアイテムとして登場する。
→『眠りとの戦い』At Arms with Morpheus O.ヘンリ- 岩波文庫『オー・ヘンリー傑作集』に収録
【サラバンド】
 アルマンドとカナリーの妹でミュゼットの母親である人物として会話の中だけに出て来る。通称サラと呼ばれている。実はこのサラという名前、今までの作品にも頻繁に登場する。『ミランダ あるいは、マイ・ランド』では、アリスの死んだ妹として、『ボーイング370』(『BOEING370remix』『BOEING』)では、ターナーの病身の妹として。登場しない妹にはサラ名が付く。
【白鷺の羽飾りの帽子】
 サマセット・モームの短編集『カジュアリーナ・トリー』の中の「園遊会まで」(Before the Party)に登場する。娘の夫からのプレゼントとして婦人が受け取るが、その娘は夫を殺害している事が後々分かるという話。
→『カジュアリーナ・トリー』The Casuarina Tree S.モーム 中野 好夫訳 ちくま文庫
【牡蠣】
 ミュゼットとクラントが大喧嘩をする前に、二人が食べにいったのが牡蠣。牡蠣にはセックスミネラルと言われる亜鉛が多量に含まれている。にもかかわらずその晩クラントは・・・。
【ディスクール】
 通貨単位として登場する。この通貨単位は『★BINGO』でも登場している。言説を意味するフランス語で哲学者ミシェル・フーコーの用語。今回セックスの問題を扱ったのもフーコーの影響が大きい。ちなみに補助通貨単位はエノンセ。
【キスを二つ返してやった】
 ミュゼットとクラントの回想の台詞に登場する言葉。フランスの作曲家ジョゼフ・カントル-ブ(1879-1957)の『オ-ヴェルニュの歌』の第7曲「紡ぎ女」の歌詞。「彼は私にキスをひとつしてくれた。私は嬉しくなかったので、彼にキスを二つ返してやった」より引用されている。※この下りは、2017年版には登場しない。
【彼女と私はただ二人、吹く風に、髪と思いをさらしつつ~】
 ミュゼットとクラントの回想の台詞に登場する言葉。フランスの詩人、ポール・ヴェルレーヌ(1844-1896)の『土星びとの歌』~「NEVER MORE」からの引用。該当部分は<彼女と私はただ二人、吹く風に、髪と思いをさらしつつ、夢みながら歩いていた。突如、心ゆさぶる眼がふり向いて、「あなたの一番幸せな日はいつのこと?」と鮮やかな黄金の声。>
→青土社『フランス詩体系』窪田般彌責任編集に収録。窪田般彌訳をそのまま使用。
【狂おしい心を誘う幻の果実のような月さえ二人で分け合った】
 ミュゼットとクラントの回想の台詞に登場する言葉。フランスの詩人、ポール・ヴァレリー(1871-1945)の詩「有情の森」より引用。
→白凰社『名詩訳集』西脇順三郎他編に収録。堀口大學訳をそのまま使用。
【かそけき音楽のうちに寄りそう唇の震え程~】
 ミュゼットとクラントの回想の台詞に登場する言葉。フランスの詩人、アルベール・サマン(1858-1900)の詩「水上奏楽」より引用。<楽の響きに聴き入れよ、幽(かそ)けき楽の音(ね)のうちに 倚(よ)り合う唇(くち)のふるえほど うれしきものの世にありや・・・。>
→白凰社『名詩訳集』西脇順三郎他編に収録。堀口大學訳を多少変更して使用。
【漕ぐ櫂に力をこめて、まっすぐに、嬉しき人へ~】
 ミュゼットとクラントの回想の台詞に登場する言葉。フランスの詩人、ポール・フォール(1872-1960)の詩「舟」より引用。<さてそこで、わたしの星へ、漕ぐ櫂に力をこめて、まつすぐに、うれしき女(ひと)へ、その女の元へとばかり、>
→白凰社『名詩訳集』西脇順三郎他編に収録。山内義雄訳を多少変更して使用。
【その人の色は私の目の色】
 ミュゼットとクラントの回想の台詞に登場する言葉。フランスの詩人、ポール・エリュアール(1895-1952)の詩「恋する女」からの引用。
→白水社『フランス詩のひととき 読んで聞く詞華集』吉田加南子に収録。吉田加南子訳をそのまま使用。
【流れる水のように恋もまた死んでいく】
 ミュゼットとクラントの回想の台詞に登場する言葉。フランスの詩人、ギヨーム・アポリネール(1880-1918)の詩「ミラボー橋」より引用。
→白凰社『名詩訳集』西脇順三郎他編に収録。堀口大學訳をそのまま使用。
【おっさんが風呂場で死んでる絵】
 フランスの新古典主義の画家ジャック・ルイ・ダヴィッド(1748-1825)の『マラーの死』(左図)を指す。マラーはフランス革命の指導者で医師だった。彼は入浴中にシャルロット・コルデーという田舎娘に暗殺されるのだが、この絵はその様子を描いた物である。この芝居の中でもバスルームで医師の身に何かが起こる。
【サン・ホルヘ】
 ガイヤルドとヴォルタはサン・ホルヘからやって来る。カナリーに「サン・ホルヘってどこ?」と聞かれてタラゴナの近くと答える。どちらもスペインの地名。サン・ホルヘは、A.J.クローニンの『スペインの庭師』の舞台であり、愛や嫉妬、同性愛などのテーマと響き合うようにした。そのため、イタリア舞曲由来の当人たちの名前とは齟齬がある。
【彼女の白い腕が、あなたの地平線の全てだった】
 アルマンドがガイヤルドに言う言葉。フランスの立体派の詩人マックス・ジャコブ(1876-1944)の短い詩『地平線』を引用している。この短い詩の全文は「彼女の白い腕が、私の地平線の全てでした」
→白凰社『名詩訳集』西脇順三郎他編に収録。堀口大學訳をそのまま使用。
【カジュアリーナ・トリー】
 サマセット・モーム(英1874- 1965)の短編集『カジュアリーナ・トリー』(THE CASUARINA TREE)で言及される奇木。満月の夜、この木の陰に立つと、未来の秘密を囁く声が聞こえるという伝説があるらしい。樹齢100年になると、という限定は作者の創作。カジュアリーナとはモクマオウ科の樹木。東インド諸島、マレー半島にかけて生育する。海岸や乾燥地帯に多い常緑樹だが一見して針葉樹のマツを思わせる。枝は垂れ下がる物が多く細い緑色の円筒形の枝を持つ。枝の様子がヒクイドリ(Casuarius)の羽毛に似ている所からのこの名がついているらしい。日本では沖縄や小笠原諸島に同属の木がある。ヤシと共に熱帯の海岸林を特徴付ける樹木。
→『カジュアリーナ・トリー』The Casuarina Tree S.モーム 中野 好夫訳 ちくま文庫
※<W.サマセット・モーム全集 第十六巻『手紙・園遊会まで』田中西二郎訳 新潮社>では「キャジュアライナ樹」「キャジュアライナ・トリイ」と訳されている。
【自殺】
 カミュは『シーシュポスの神話』の中で自殺の原因について次のように述べている「一般的に言って、これが原因だと一番はっきり目につくものが、じつは、一番強力に作用した原因であったためしはない。熟考のすえ自殺をするということはまずほとんどない。何が発作的行為を触発したか、それを確かめることはほとんどつねにできない」この芝居の中でも、当事者は常に自殺しようと思っていたわけでも、ある瞬間自殺を決心したわけでもない。何か自分を死へと誘う物、つまりこうすれば死んでしまうんだなぁと思えるものを見ているうちに、ふいに死への一歩を踏み出したに過ぎない。勿論他の解釈も成り立つが。
【トキソプラズマ】
 トキソプラズマ症のこと。ネズミやネコ、人間など多くの動物に感染する原虫感染症。これにかかったネズミをあえてネコに近寄るように操り、捕食、感染されやすくする。また、人間はネコを好きになるという研究がある。まさに現在進行形の研究(つまりこの芝居は現代設定となる)。
→『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』キャスリン・マコーリフ インターシフト
【セメレー】
 セメレーはゼウスの愛の証を得るために、ヘラに唆されてゼウスの雷によって焼け死んだ女性。このセメレーの話は、潤色されヘンデルのオラトリオにもなっており(『セメレ』)、今回はこのオラトリオの筋と歌詞を参考に使用。
→『ヘンデル セメレ:オラトリオ:HWV58』 ジョン・ネルソン指揮のCDのライナーノート
『ヘンデル セメレ:オラトリオ:[ドイツ語版]』ヘルムート・コッホ指揮のCDのライナーノート
【カルバドス】
 ミュゼットとガイヤルドとヴォルタの深夜の酒宴で飲まれるお酒。林檎から作るブランデー。ノルマンディー地方の特定の種類だけがカルヴァドスと名乗ることを許されている高級酒。カルヴァドス・ポム・ド・イヴ(イヴの林檎の意)は瓶の中に林檎が丸ごと一個入っている。林檎のシンボルは「知恵」「男女の愛」「誘惑」「死」など。
【国連難民高等弁務官】
 フルラーナの口癖に出て来る言葉。1921年、北極探検で有名なノルウェーのフリチョフ・ナンセンが国際連盟から初の「難民高等弁務官」に任命された。現在の国連難民高等弁務官(UNHCR)事務所は、1951年に設立。
【4月16日】
 アルマンドが神様から長生きする方法を聞いたと断言する日にち。これは、カミュの『ペスト』で、始めてペストの兆候が現れる日付け。「四月十六日の朝、医師ベルナール・リウーは、診察室から出かけようとして、階段口の真ん中で一匹の死んだ鼠につまづいた。」と書かれている。
【弟子を一人自殺させて】
 アルマンドが神様から聞いた長生きの方法は、誰かを自殺させて、その人の寿命を引き継いで復活するというものだった。以前にも神様は同じ方法をある人に教えたらしく、その人は自分の弟子を自殺させて、復活したという。もちろん、キリストがユダの自殺後、復活した事を指す。神様はそんな事はしていないと言いはり二人の意見は平行線に。
【カミュの『ペスト』】
 『ペスト』(La Peste)はアルベール・カミュ(1913- 1960)の小説。アルジェリアのオラン市にペストが流行したという想定で恐慌状態と、極限状況の中で発揮されるヒューマニズム・連帯感・犠牲的精神を描いた長篇。1947年出版である。
→『ペスト』La Peste A.カミュ 新潮文庫
【愛を確かめる薬】
 この薬を飲むと最も愛している人の事だけを忘れてしまう。つまり、この薬を使えば相手が自分の事を本当に愛しているか確かめる事ができる。飲んだ相手が自分の事を忘れしまったら、自分を愛していたということになる。愛を確かめても忘れられるし、忘れられなければ愛されていないというジレンマになる。もしかすると愛を確かめようとする行為自体もともと逆説をはらんでいるのかもしれない。クラントの選択肢のように、愛を疑いながらも信じていくという方法もあるだろう。ちなみにこの薬は、ワーグナーの楽劇『神々の黄昏』(「ニーベルングの指輪」)の中で、忘れ薬を飲まされたジークフリートが最愛の人ブリュンヒルデの事を忘れグートルーネと結婚してしまう物語に想を得ている。ここで登場する薬は最愛の人を忘れるという限定はないが、結果としてジークフリートが忘却するのは最愛の人であり、それが彼を死へと誘う事になる。