SPEAKER370 volume.04『MILANDA』(ミランダ)-18 Sections you recall on the shorless BEACH-


演出について
舞台美術
 この作品では演出を兼ねましたが、やはり多くの役者を舞台上で動かすというのは難しいものです。舞台美術に関しては、企画の立てたプランを役者の小木宏誌くんが素晴らしい美術にしてくれました。なにしろビーチを再現と言ってしまったので、360kgの珪砂5号という白砂を舞台にしきつめました。砂の上での芝居というのも未経験ながら、この砂が実は細かいガラスの破片のようなものなので、舞台上で生身で膝をついたり倒れたりするといろいろな所に傷が出来るというのも予想外でした。私も役者として出演していたのですが、膝が傷だらけになりました。
照明
 場所が主役の演劇ですので、照明に関してはビーチの一日の推移を色で表現するように要請しました。月夜、未明、朝、昼、午後、夕刻、夜といった風景ですが、こういう自然光というのは、照明さんにとっては難事業です。ホリゾンを使うとちょっとわざとらしくなりますが、できればホリゾンを使用したかったです。また暗転が多いという指摘をいただきましたが、これは、演出としては最大の反省点です。作者は場所が変らないこと、そして時間も実は正確ではない(なんといっても50年近く昔を、つい先日のように表現しているわけですから)という特質を生かすため、いくつかの錯時法(ナラトジー=物語論で物語内容の時間順序とそれを提示するテクスト、この場合、演劇の時間順序のズレ)を採用しました。後説、先説、再説、予告、反復といったもので、特に前半に集中して現われます。前半の暗転は脚本上で多く芝居上で長いということで、集中力を削ぐ原因となりました。一方、後半というか最後ディーンが銃での撃ち合いを提案しカウントダウンをしたあと、まるまる1シーンずっと照明なし、つまり真っ暗(その間は録音声が物語を提示する)という演出をしてみました。効果的だったら良いのですが・・・。結局、ここからすでに、回想に戻り、最後の祝祭にいたるという時間経過を表現したかったのです。照明さんには止めた方が良いといわれましたが、やってみたかったのです。
実際に島へ
 稽古期間中に、演出の一貫としてみんなで島を見学に行きました。といってもカリブ海などにはいけないので、横須賀に浮かぶ無人島、猿島に舞台のイメージを探し求めました。ついでに横須賀で、コロニアルな雰囲気も味わってきました。

音楽について
 今回は、作・演出を兼ねていたので、執筆段階から1930年代のビーチのイメージをつかむにあたり、その当時の音楽を参考にしました。したがって脚本に使用曲がすべて記されています。演出的に重要なのは、1つの曲がいろいろなパターンで登場する事です。〈チャタヌーガ・チュー・チュー〉という曲を「蘇生」のテーマとして使い、舞台上でライトモティーフのように使いました。キーとなる音楽です。あとは1930年代のカリブ海の音楽を中心になるべく古いラテンを選曲しました。作品を書きながら、演出の作業をしていた事にもなると思うので、蛇足かとは思いますが音楽の紹介をしておきます。私としては、この作品の音楽は相当気にいっているのです。
〈ミア・ムジカ〉アドリアーナ・カルカニョート
 冒頭と最後の祝祭のシーンでフーナのナレーションにのせてかけられたのがこの曲です。劇の雰囲気は1930年代ですが、このシーンの時間は(実は)過去ではありません。観客の時間=現代から過去を回想しようというシーンなので現代の曲にしました。「私の音楽」というタイトルなのですが、このシーンはディーンの「私の場所(MY LAND)」を表すようにも聞えます。
〈チャタヌーガ・チュー・チュー〉カルメン・ミランダ
「蘇生」というシークエンスがこの芝居には何回かあって、それぞれにこの曲がかかります。ですからこの曲はいろんなバージョンで何回もかかるわけです。フィッシャーさんが、置き時計の箱を開けてしまったところから流れイアンの「蘇生」を暗示します。カルメン・ミランダはサンバの女王で彼女が活躍の場をアメリカに移したのが1939年。
〈ウナ・ムヘール・デ・コロール〉アンヘル・ビローリア
 メレンゲはカリブ海ドミニカ共和国生まれのポピュラー音楽。19世紀初頭にはすでに存在していたというから歴史が有ります。1930年代に独裁政治を始めたラファエル・トルヒージョが自分の宣伝に使ったところから広まったそうです。現在のメレンゲはびっくりするほどゴージャスでダンサブルなものですが、アンヘル・ビローリアは50年代の代表的ミュージシャン。賑やかだけどどこか素朴でビーチの昼の音楽として最適でした。
〈ラ・クンパルシータ〉スタンリー・ブラック
 タンゴと言えば、ブエノスアイレス(アルゼンチン)です。1913年生まれのラテン・ピアニスト、スタンリー・ブラックのオーケストラによるコンチネンタル・タンゴの名曲がこれ。タンゴの中で最も有名なナンバーといえるのが、このマトス・ロドリゲスが1915年に作曲した「ラ・クンパルシータ」でしょう。ミカエラ大佐が夢の中でイアン・ティーコと踊るタンゴです。
〈エスパニア・カーニ〉エドモンド・ロス
 イアン・ティーコがラジオを背負って現われるシーンのやかましい音楽ですが、聴けば聴くほど、この馬鹿馬鹿しさに気が遠のくのを感じます。音楽的にはパソ・ドブレといいます。スペインの舞曲で闘牛の際の行進曲として使われます。
〈チャタヌーガ・チュー・チュー〉グレン・ミラー
 再び「蘇生」のテーマですが、今回はハリケーン前への遡行です。クレアが回想しながらラジオを流す事で全員の生前が蘇ってきます。1930年代と言えばラテン以外にもスウィングの全盛期。グレン・ミラー(1904-1944)はまさにその代表的ミュージシャン。1941年の映画「銀嶺のセレナーデ」の主題歌として有名なフォックス・トロットです。
〈ハーバーライト〉ロス・インディオス・タハバラス
 フーナが一人で告白するシーンの音楽。波音が入っていないのがおかしく感じられる程、ザザーンな曲です。1937年ジミー・ケネディ作詞、ヒュー・ウィリアムス作曲によるヒットナンバーでプラターズやビリー・ヴォーンの演奏でも有名です。
《バラ色の街角の男》より〈ロセンド登場〉アストル・ピアソラ
 1930年代に下火になったタンゴですが、40年代からアストル・ピアソラ(1921-1992)などの勢力が現われて、タンゴ・モデルノ(現代タンゴ)の大流行を招いたわけです。フーナのテーマがムードギターなら、保身と強欲に走る大人たちのテーマはピアソラという割り振りにしました。フィッシャー夫妻が再びイアン・ティーコを殺害し、それをミカエラ大佐が発見するシーンに、この曲を抜粋しました。
〈メンティーラ〉マルコス・ヴァリ
 ブラジリアン・ジャズ、ジャズ・ボッサという言葉もいつの間にか普通の音楽ジャンルになってしまいました。ホーエルがミカエラについて語るナレーションにのせてみましたが、実は、年代を逸脱しています。
〈恋するビギン〉リコズ・クレオール・バンド
 ビギンは、カリブ海マルチニーク島発祥の跳ねるような二拍子の音楽です。有名なコール・ポーターのビギン・ザ・ビギンはビギンではありません。1920年代末からパリで爆発的に流行った音楽です。このフィリベルト・リコをリーダーとするリコズ・クレオール・バンドは、まさに1930年代からパリを拠点にフランス色を帯びた音楽を演奏していました。サモンが目撃したものが殺人ではないと知って浮かれたフィッシャーさんのBGMです。
〈マリア・エレーナ〉ロス・インディオス・タハバラス
 フーナには、ムードギターということで、この曲は1932年メキシコのロレンソ・バルセラータが作りました。1963年にニューヨークを中心に大ヒットした有名な曲です。
〈ドド・チチ・ママン〉エミ・ド=プラティーヌ
 エビ爺さんの葬儀の歌です。17世紀のフランスの子守歌がハイチに伝わったもので、ヨーロッパのカリブ海への影響のかなり古い部分を示しています。「おやすみ坊や。かあさんは川へ洗濯に行っちゃった。とうさんはカニを獲りに行っちゃった。おねんねしないとカニが坊やを食べに来るよ。おねんねしないとネコが坊やを食べに来るよ」という?な歌詞。
〈チャタヌーガ・チュー・チュー〉ガイ・ヴァン・デューサー
 エビ爺さんの「蘇生」のテーマ。ガイ・ヴァン・デューサーという人について分かることは、アメリカン・フィンガー・スタイル・ギターというギター奏法のギタリストらしいということと、1900年代初頭のジャズやポピュラーのスタンダードを録音している、ということくらい。とにかく「チャタヌーガ・チュー・チュー」の別アレンジを検索する過程で発見しました。
〈ママ・ルック・アップ・ブーブー〉ロード・メロディ
 ブリッジとしてかかる曲。芝居のブリッジで大切なのはイントロの耳触り。でイントロで選んだら曲も良かったのがこれ。カリプソの故郷はトリニダード島。まずはスペインに占領され次にフランス系クレオールが流れ込み1834年イギリス領になりました。だからカリプソの歌詞はカリブ音楽で唯一英語なのです。さてカリンダというアフロ系のダンス音楽がヨーロッパの祝祭カーニヴァルと結合しカイソになり、カリプソの母体になりました。カリプソはなんといっても批評性のある歌詞です。カリプソニアンたちは風刺詩人でもあるのです。ちなみにこのロード・メロディなどは、第二次大戦でアメリカ軍が来島する頃のカリプソニアン。
《3つのタンゴ》〜第3楽章 アストル・ピアソラ
 ツナの死にまつわるシーンでは、アストル・ピアソラの最も有名な「バンドネオンとオーケストラのための3つのタンゴ」から第3楽章:アレグレット・モルト・マルカートを使いました。緊迫感と迫力という点でもピアソラの独特のセンスは素晴しく、バンドネオンの音も雰囲気をもりたてます。
〈チャタヌーガ・チュー・チュー〉ジョン・ベンソン
 ツナの「蘇生」のテーマですが、少し遅れてかかり、ホーエルのナレーションを阻害します。ジョン・ベンソンのバージョン。
《バラ色の街角の男》〜〈バイロンゴ〉アストル・ピアソラ
 ミカエラはホーエルと置き時計を巡って争いになり彼に撃たれ死ぬ、そして生き返るまでをこの1分程度の音楽に凝縮してみました。前にも登場した《バラ色の街角の男》は、アルゼンチンの大作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスが1933年に書いた長編で、その断片を用いピアソラが1960年に作曲した組曲です
《ソナチネ》〜第2楽章 モレノ・トローバ
 ディーンが妹について語るシーンのラジオの音楽です。クラシックが続きますが、モレノ・トローバ(1891-1982)はスペインの作曲家で、はっきり言ってかなりマイナーです。ただこのソナチネはギター奏者の間では広く人気があります。
《バラ色の街角の男》〜〈エピローグ〉アストル・ピアソラ
置き時計の奪い合い、そしてフーナが撃たれるシーンの音楽です。前出の「ロセンド登場」と同じモティーフなので、統一感があると思います。
〈いかした混血男〉カルメン・ミランダ
島に平和が戻ったという音楽です。タイトルが「ミランダ」なのに、カルメン・ミランダの曲が一曲というのはどうか?カルメン・ミランダはサンバの女王なのに、サンバを流さないのはどうかということで、これこそ、真正カルメン・ミランダのサンバです。リオのカーニヴァルなんかとは全然違うこれが、1930年代のサンバです。
他に自分で〈チャタヌーガ・チュー・チュー〉のマンドリン版、マリンバ版、ピアノ版をそれぞれ編曲しましたが、結局使ったのはマンドリン版だけでした。また客出しで細野晴臣の〈チャタヌーガ・チュー・チュー〉を流しました。