SPEAKER370 volume.04『MILANDA』(ミランダ)-18 Sections you recall on the shorless BEACH-


脚本について
「1930年代のコロニアルな雰囲気。ある植民島に広がる果てしないビーチは、ショアレス・ビーチ(果てしない海岸)と呼ばれている。島には特別外交官夫妻や骨董商、憲兵や漁師、子供たちが住んでいる。しかし、そのビーチはこの島に住む人々の誰のものでもない。ビーチの所有者は誰なのか?そして、島にかけられた呪いとは?speaker370のマスターピース。」
 この企画の始まりは、ビーチの再現から始まりました。私としては、この時期どうしてもビーチ・リゾートに行きたかったのですが夢叶わず、ビーチを舞台にする芝居を書くことにしました。丁度、企画の方でも、舞台に砂を敷いてビーチを再現すると言うコンセプトがあり、作品の後押しになりました。そして企画からの要請は、「名作度の高い」物を書く事でした。その意識で書いたので、「作品」らしい「作品」になったと思います。
題名
 タイトルのミランダは、作中に登場するハリケーンの名前です。今回は、いつものやり方に反して企画がタイトルを考える前に、脚本が書かれ始めたので、タイトルは、完成した作品を読んで企画がつけました。ちなみに作中のハリケーンにミランダという名前をつけたのは、もちろん『テンペスト』もありますが、サンバの女王カルメン・ミランダ(こちらはMIRANDA)にちなんでみました。RをLにしたのは、「私の土地(My Land)」という意味にひっかけやすいようにです。「私」とは当然、賭けを提案し命を落したサー・ディーンであり、「土地=場所」とは、命と引き替えに手にいれたビーチです。このダブル、あるいはトリプル・ミーニングなタイトルにより、この芝居の舞台がサー・ディーンの墓所であることが暗示されています。
舞台設定
 舞台は、架空の島なので、一種のファンタジーと言えるのかも知れませんが、実際は、時間も場所も完全な架空ではありません。場所はカリブ海にスーパーインポーズされた架空の島です。従ってこの島には、ちゃんと歴史があります。1502年にコロンブスが発見し、ポルトガル人が一部入植します。18世紀に英仏の植民が始まり1783年イギリス領になります(これはパリ条約という事になりますね)。しかし諸島の端の離れ小島で資源に乏しく、海路の要衝でもなく、砂糖プランテーションも波に乗らず、すぐにさびれてしまいます。物好きな人が入植したり別荘を立てたり保養地以外の機能は果たさなかったようですね。島の南側に、一応、ビーチやヨットハーバーがあり、ここを訪れたイギリスの作家が「ショアレス・ビーチ(shoreless beach)」と名付けました。ショアは、海岸や岸を表わしますが、ショアレスには果てしないという意味もあるので、奇妙なようで、なかなか修辞的な形容です。これらの設定には、同じカリブ海のセントクリストファーネビスやセントルシアを参考にしました。
物語の時間と錯時法
 物語の時間については、若干の説明を要する作品です。この物語には三つの時間軸が存在し、さらに一つの物語の時間が入れ子構造のように絡み合っています。劇中で語られる最も古い時間は1934年です。それは、フィッシャー夫妻が島に赴任してきた年で、フーナがイアン・ティーコの養女になる年です。その翌年1935年にミランダと名付けられた巨大なハリケーンが島を襲い、住民の全員(その時の住民は300人程度)が死亡しました。つまり、サー・ディーン以外の全員が死亡したということになります。島は殆ど水没し、現在では忘れられた島となり誰も住んでいません。実は参考にしたのは、1935年にフロリダを襲った巨大ハリケーンで、今ではハリケーン・メモリアルという施設がフロリダにあります。
 さて、幽霊になっていることにも気付かず、短い時間のつもりで50年近くが過ぎました。物語はこの時間軸から始まるわけです。1934年にツナが拾った置き時計が、巡り巡ってイアン・ティーコの手からフィッシャー夫妻に売られた翌日が物語のスタート地点です。置き時計によって自分たちが死なないという事が分かっていく過程で、サー・ディーンが島を発見し島に流れ着きます。フロリダのケープカナベラルで初のスペースシャトルの打ち上げを見たディーンがこの島に来たのは、その翌年つまり1982年です。なので、物語の本当の時代は1982年ということになります。ただしこの事(そして住人がすでに死んでいる事)は最後まで隠されています。
 そして、冒頭とエンディングの祝祭のシーンは、フーナが、このビーチの所有者(ディーン)のことを回想するように訴えるわけですから、ディーンがまさに凶弾に倒れた1982年以降、つまり観客の時間=現代ということになるわけです。ちなみに台本は18のセクションに分かれていますが、セクション1と18が現代、4と13が1934年、あとは1982年ということになります。実際舞台上の景色に微妙な差があります(ハリケーンで飛んだ酒樽の有無や、フーナの髪飾りの有無)。さらに錯時法(時間を逆行したり繰り返したり順序を入れ替えたり)を多用して書いているので、やたら複雑な作りのような気がしますが、実際はそんな事はありません、複数の時間軸がある事に気がつくのは、物語の最後で良いわけですから。ただ、「場所」が主人公の話しなので、「時間」にバリエーションを持たせたかったということなのです。
物語に登場する昔話し
「昔、村に一人の旅に疲れた老婆がやってきた。ところが、村人はこの老婆を冷たく遇し、追い出した。すると老婆は魔女に変身し、村に呪いをかけた。しかし、村人はなかなかその呪いに気がつかない。怒った魔女は一つの宝石を村にもたらした。村人はこの宝石を奪いあうようになり、ようやく村にかけられた呪いに気がついた。ある日一人の旅人がその村を訪れる。そして、ついに村にかけられた呪いは、彼によって解かれることになる。----よくある類の昔話である・・・。」
 この昔話は、この作品のストーリーそのものといっても過言ではありません。島にミランダというハリケーンがやってきて、島民は死という呪いを与えられます。しかし、彼らは死んだ事に気がつかない。そこに置き時計が登場し、島民はこれを奪い合い殺しあう。殺しあう・・・しかし彼らはすでに死んでいるので死なないのです。そうして自分たちが死者である事に気付く。そこにサー・ディーンがやってきて、島民は彼の犠牲の上に、自分たちにかけられた呪いに気がつくという事です。

登場人物について
 登場人物は、全部で10人です。海辺が舞台の作品なので、キャラクターの名前は魚の名前などをもじっています。つまり、洋風サザエさんと言えるかもしれません。最初に決めたのがフィッシャーという名前で、それなら魚で行こうと決めました(まさかFisherに動物の「テン」の意味があるとは思わずに)。サモンは鮭のサーモンのもじりですし、フーナは日本語の鮒、ツナは鮪のツナ、サー・ディーンは、鰯のサーディン。ホーエル中尉は鯨(魚ではないですが)のホエール、エビ爺さんはエビというのがあだ名です。ミカエラ・ヘリング大佐の名前は、確か役者の一人が「常に見返りを期待する女ミカエラ」というキャラクターを作ってきたので、その名前をもらってニシンのヘリングをつけました。ただ一人骨董商のイアン・ティーコだけは、アンティークという響きから付けられています。
エドワード・フィッシャー〔Edward Fischer〕
 本国の特別外交官、33才。1902年、豪商の家に生まれる。金はあっても社会的ステータスのないフィッシャー家は、エドワードをタウンゼンド子爵家の三女クレアと結婚させる。エドワードとクレアは、政略とは無縁の所で、愛し合うようになる。そのため、この打算的な結婚への誹謗や中傷で本人たちが傷つくのを避けるため、両家はエドワードに特別外交官の職を与え、好きな植民地へ赴任する道を用意する。物見遊山的にいくつかの任地を転々とし、1934年、最終的にこの島に落ち着いた。そして1935年ハリケーンの最中に海へ走り込んだクレアを追って共に溺死した。
クレア・フィッシャー〔Crea Fischer〕
 フィッシャーの妻、25才。1910年、没落貴族のタウンゼンド家に三女として生まれた。子爵令嬢であるが、タウンゼンド家とフィッシャー家との取り引きのため、1927年17才でエドワードの妻になり、1934年島に赴任し、1935年死去。ハリケーンの最中、あれ狂う海に駆けこんでいく姿を見たものがいたという。 ハリケーンの前に食べた不思議なカニが体内で生きているので子供ができたと錯覚している。
ミカエラ・ヘリング大佐〔Michaela Herring〕
 女軍人、31才。1904年、厳格な軍人を父に生まれた。男の子が欲しかった彼はこの娘を厳しく育てミカエラにとっては母が唯一の救いであった。しかし父は彼女が12才の時、ユトランド沖の海戦で戦没した。彼女は軍隊に入り父を越えることを遺志とし出世を始めた。最初は諜報部から昇進のためなら上官と一夜をともにすることも辞さず。そうやって軍部をのぼりつめてきた。しかし夢遊病を含む精神状態の不安定性を理由に1932年この島に転属させられた。実際はある将軍との不倫関係をその妻に告発されそうになったためであり、彼女とベッドを共にした男たちの証拠隠滅的な匂いをも彼女は感じている。3年間をこの島で陸軍憲兵大佐として働き、1935年死去。ハリケーンに際しては最後まで島民の壁となり波にのまれた。ミカエラは決して自分の副官に少尉の位をあてることはないが、それは、その位階が彼女の父が死んで得た階級だからだと言われている。
エリック・ホーエル中尉〔Eric Howel〕
 ニカエラの副官、22才。1913年この島で生まれた。生まれたときから、母一人子一人で育ったため、母の溺愛の中でこの島の一般的なコースである士官学校へ進んだ。学校が全寮性なので母は反対したが、なんとか卒業して少尉となった。1934年ミカエラの副官に任命され中尉に昇進した。1935年のハリケーンで飛来した酒樽にぶつかって死亡したとされる。士官学校でも射撃以外の成績は最悪で、立身出世にも興味がなかった。士官学校を卒業して得られる少尉より高い位に昇進することなどありえないと思っていた。
エッブ・ラトゥーン〔Ebb Latoon〕
  本名をエイブラハム・ラトゥーンと言うが、自分の老齢を皮肉ってエッブ(引き潮)・ラトゥーンと名乗っている。島民にはエビ爺さんと呼ばれている。老漁師。1859年この島に生まれる。古いタイプの漁師である彼には、自慢の娘マイシャがいたが、彼女は島に寄港した水兵に誘惑され子を宿してしまう。こうして彼女はサモンを生むが、産後の日立ちが悪くすぐに死んでしまう。エッブはこれを悔やみ軍人を嫌うようになる。そしてこの頃から自分の片目を奪った白いエビを憎悪し追い続けているという噂がつきまとうようになり、エビ爺さんと呼ばれるようになった。1934年ハリケーンの中でサモンを避難させると船を守ると言って、岬に戻り消息をたった。享年76才。その後、漁を続ける中で彼は海から島影が見えないことを知り、島の秘密を知ることになる。彼は、一見全てを見通せる長老然としているが、実際は迷いの中に生き、実行力にかけた人物である。娘の出産もちゃんと止めていれば、と後悔する。しかし、彼は同じ過ちをディーンの死で犯すことになる。
サモン・ラトゥーン〔Samon Ratoon〕
 エビ爺さんの孫、16才。1918年この島で生誕。生後すぐに母を亡くす。以降エッブに育てられる。エッブは彼を漁師にするため学校には通わせない。皮肉なことに、彼はエッブの憎む軍人になりたがっている。未だ見ぬ父親への憧れがそうさせるのかもしれない。1935年避難所から飛びだし祖父に協力し船綱を掴み海中に没した。
ツナ・アトリー〔Tuna Attlee〕
 サモンの島での友人、16才。1918年イギリスの小さな市の市長の息子として生誕。自立心の強い少年で理解のある両親の援助の下、13才の時に単身この島へ渡り、パブリックスクールの学寮に住んでいる。幼い頃、読んだ博物学の図本にひかれ、パブリックスクールを出たら鳥類学者になりたいと思っている。が、基本的には学校嫌いの悪童である。パブリックスクールと士官学校の寮は同じであり、そこでホーエルとも知り合っている。学校をサボってビーチによく来るのでサモンと知り合い友人になった。1935年ハリケーンにより死去。
フーナ・プレット〔Funa Pret〕
 このツナの事を密かに慕っている少女、17才。1918年フランス南部の裕福な家庭プレット家に生まれるが、父ピエールが投機に失敗し破産。この島に移り住むが彼女が5才のとき、両親は入水自殺をしてしまう。乳母のベッキー(ベアトリーチェという大層な名前を持つ大柄な黒人女)がそれを隠し彼女を育てパブリックスクールに入学させる。実はこの時期の経済援助は父の友人であるイアン・ティーコがしていた。1934年にとび級で卒業するとそれを見届けるようにベッキーは病死、イアン・ティーコのもとに引き取られるが彼女は過去の経緯を知らずイアンを嫌っている。1935年ハリケーンで死去。
イアン・ティーコ〔Ian Tico〕
 島の骨董商、42才。1893年ポルトガル生まれ。早くから商才を発揮し26才の時この島に渡り骨董業で成功した。彼の友人でフランス人のピエール・プレットが、事業に失敗した時、島に来ることを奨めた。しかし、結果的にピエールと妻は自殺し一人娘のフーナが残されることになる。彼はこのことの責任を感じており、密かにフーナの乳母ベッキーに経済援助をし彼女を育てさせる、ベッキーの死後はフーナを養女にとる。1935年ハリケーンで死去。彼は一見がめつく、ごうつくばりで、守銭奴に見える。しかし彼はビジネスとは別の部分で人間として風格と器量を備えた人物である。
サー・ディーン〔Sar Deen〕
 この島を偶然訪れるアメリカ人、29才。1952年フロリダ、ケープ・カナベラルに生まれた。4つ離れた妹サラとともに育った。彼が24才の時サラは事故死した。彼は彼女を生き返らせる方法を探すため世界を飛び回るが、それは無駄な努力であった。1981年スペースシャトルの発射に騒ぐ故郷をあとにしこの島に漂着した。彼は唯一の生者であるが、だからといって彼の島への来訪が物語を始めるわけではない。むしろ彼の来訪が「物語」を終らせるのである。彼はサラを諦めはしたが、どこかでその死に対しての執着があり、妹を助けられなかった苦から、この島に流れついてしまったと見るべきだろう。妹は助けられなかったが、島の死んだ人達を助けることはできると神が命じたのかもしれない。結果として彼はアリケーンのように一瞬にして通りすぎる存在で、ハリケーン・ミランダによって洗い流された島の生と死を、完全な形ではないにせよ回復させる第二のハリケーンとして機能している。