ラ・ヴァルス -La Valse- 星空の下を 二人だけで歩きましょう 肩と肩、頬と頬、寄せ合いながらどこまでも 甘い風そっと 二人の胸をくすぐる 何も言葉はいらないわ 幸せすぎて ------魅惑のワルツ |
登場人物 |
女:楚々とした服を着た物静かな女性。(小柄な役者だと良い) 男:つなぎを着た掃除夫。(背が高めだと説得力がある) 捜査官A:上司。仕事に対する熱意があり、優れた推理能力を持つベテラン捜査官。 捜査官B:部下。お人好しな性格。 銀行員:普通の銀行員。デスクワーク。 警備員:銀行の警備員。 |
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銀行。無気味な黒い服を着て顔をほとんど隠すようなサングラスをかけた男が、一人のかよわそうな女性を後ろからはがいじめにしている。男の手には銃が握られており、女性は恐怖に震えている。強盗のようだ。 | |
女 | 助けて!殺される! |
男は憔悴した表情でゆっくりと銃を上げ、女性のこめかみに向けて行く。狙撃手が彼を狙っている。赤いポインタが慎重に男の額へと動いて行く。 | |
女 | (叫びにならない声をあげる) |
そして、狙撃。男は、そのままくずれおち、女性もその場にうずくまる。(捜査官たちがかけよってくる。)暗転。 | |
取り調べ室。また、舞台の一部はそのまま銀行のシーンとして使えるように開けておく。取調室には2人の捜査官と、先程人質にとられていた女がいる。銀行の部分には銀行員と警備員、掃除夫の3人がいる。 2人の刑事が女性から話を聞いている。椅子に座った女に捜査官Bが紙コップのコーヒーを差し出す。 | |
捜査官B | (励ますように笑って)まずいですよ。砂糖を入れても、ミルクを入れても、苦すぎる。 |
女 | ありがとうございます。 |
捜査官A | 落ち着いたら、お願いできますか? |
女 | はい。 |
間。 | |
女 | でも、何から? |
捜査官A | 始めから、全てを・・・。 |
女 | 始めから・・・。あの銀行に入った所から? |
捜査官A | それで、結構です。 |
女 | 午後になって・・・ |
捜査官B | え? |
女 | 午後になって、銀行が混む前に、と思って、早めに行ったんです。あそこに。 |
捜査官A | ウインター銀行ですね。この町で一番小さな銀行だ。 |
女 | ええ、ただ、母の預金を引き継いだ物ですから、そのまま利用してます。 |
捜査官A | その時銀行はどんな様子でしたか? |
女 | 様子? |
捜査官A | あなたが銀行に入った時、銀行には誰がいましたか? |
女 | お客さんは、私だけでした。あとは、銀行の方と、警備の方 ・・・だけです。 |
捜査官A | 犯人は? |
女 | いませんでした。そう!私がいつものようにお金を降ろそうとした時、急に、銃をもった男が入って来ました。 |
捜査官A | すでに、銃が見えたんですね。 |
女 | ええ、こう、ふりかざすように持っていましたから。 |
捜査官A | そして? |
女 | そのまま、警備の方を・・・。亡くなられたんですか? |
捜査官A | (捜査官Bに目配せをする) |
捜査官B | あ、はい。残念ながら。 |
女 | 私、あの瞬間、もう、何がなんだか分からなくなって。とにかく、とても恐かった。 |
捜査官B | お察しします。休憩にしますか? |
女 | いえ、大丈夫です。そして、あの男、銀行の方に金を用意するように言いました。 |
ここで、隣の銀行の場面に女は進んでいく。ここには撃たれた警備員、銀行員、掃除夫のような男がいる。 | |
女 | 私たちに銃を向けて、低い声で、こう言ったんです。 |
女、懐から、銃を出して | |
女 | 「金を用意しろ。さもないと、おまえら全員を殺すぞ!」 |
捜査官A | そういったのですね? |
女 | はい。それから、犯人は銀行員の一人に銃を向けて、金をカバンにつめろと言いました。 |
捜査官A | カバンは? |
女 | 犯人が持って来た物だと思います。 |
女は、自分のカバンの中身(黒い服とカバン、サングラス)を(はっきりと見えないように)その場に出して、そのカバンを銀行員に渡す。 | |
捜査官B | ちなみに、いくらぐらい要求してました? |
女 | 金額は言いませんでした。私からは、どれくらいのお金だか見えませんでしたし。 |
捜査官A | どの辺りにいたんですか? |
女 | (移動する)この辺りです。 |
捜査官B | ちなみに2000ドルですよ。せこい強盗でしょ? |
女 | ・・・そうなんですか? |
このように、取り調べ室と事件現場が錯綜する。犯人役は女が演じている形だ。 | |
女 | 「このカバンに金をつめろ!」 |
銀行員 | は、はい。 |
女 | 「早く!」 |
銀行員、カバンに金をつめ、犯人(犯人役の女)に渡す。 | |
女 | 恐ろしかった。私は身動き一つ取る事ができませんでした。それから、犯人が私に目を向けた瞬間、銀行員が非常ボタンを押したらしいのです。私にはよく見えませんでしたが、すると、犯人はひどく狼狽して、その銀行員を撃ちました。 |
女、銀行員のそばに歩み寄り撃つ。 | |
捜査官A | それから? |
女 | 私は、思わず悲鳴をあげました。すると犯人は恐ろしい表情で私に近付いて来て、銃を・・・たったいま、人を撃った銃です。 |
女は、そのまま、ゆっくりと、掃除夫に近付いて行く。 | |
女 | 体中が本当に、馬鹿みたいに震えて・・・もう、そこには、私と犯人しかいなかったから、2人とも殺されてしまったと思ったし・・・誰も助けては(泣き崩れるように、掃除夫にすがる)・・・ |
取り調べは一時中断し、2人の捜査官が話し合っている。 | |
捜査官B | 今日はこのくらいにしておいてあげた方が良いんじゃないですか? |
捜査官A | (あまり、得心がいかない様子で)うん。そうだな。 |
捜査官B | 彼女からこれ以上話を聞くのは、気の毒で・・・。 |
捜査官A | いや、もう少しだけ話を聞いておこう。(女に)それからの事を覚えている限り話てください。 |
女 | はい。男は、私に近寄ってくると散々悪態をつきました。私は恐くて、恐くて、ただ、ごめんなさいって謝り続けました。 |
女は、手袋をはめ、銃を向けながら、掃除夫に近付く。 | |
捜査官B | 恐かったでしょう。 |
女 | ええ。とても・・・ |
女、掃除夫のまぶかにかぶった帽子を取る。 さきほど、ぶちまけたカバンの中身から、黒い服を取り出す。 | |
捜査官A | ようするに、非常ボタンを押されて、警察が来ると知った男は、咄嗟にあなたを人質に取って自分の盾のようにした。 |
捜査官B | なんて、卑劣な男なんだ。 |
女 | ええ。卑劣です。悔しかった。 |
捜査官B | 女性の人質に隠れていれば、狙撃されないとでもふんだんでしょうね。 |
女 | ええ(黒い服を、掃除夫の足下に落とす)・・・ごめんなさい。 |
電話が鳴る。捜査官Aが受話器を取る。 | |
捜査官A | 取調室。そうか。ふむふむ。(電話を続ける) |
捜査官B | ちょっと、休憩にしましょうか。 |
女 | ありがとうございます。 |
間。捜査官Aは電話。捜査官Bは、暇つぶしに何かをしている。女は、最初の内、不安そうに捜査官Aを見ているが、やがて、ゆっくりと撃たれた銀行員の方へ向かう。 捜査官Aの電話が終わり、捜査官は2人で話し込む。 | |
捜査官A | おい。一回目の鑑識の結果が出た。犯人の銃だが、残弾数がゼロだったそうだ。 |
捜査官B | え、ゼロってどういうことですか? |
捜査官A | 弾が入っていなかったんだよ。最終的にはな。 |
捜査官B | じゃ、弾の入っていない銃を彼女につきつけていたって事? |
捜査官A | そういう事だ。 |
捜査官B | ふーん。本当に馬鹿な男ですね。弾を全て撃ってしまったのに、気がつかなかったってわけですか。まったく。もう少し知的な犯人と渡り合う機会が欲しい物ですな。映画みたいに。 |
この会話の間に、女は警備員の銃を取る。そして、ゆっくりとその銃を掃除夫に向ける。 | |
女 | それ、着てくれる? |
掃除夫、恐る恐る黒い服を着る。女はその間に元々持っていた自分の銃から弾をすべて抜き男に握らせる。 | |
捜査官A | しかし、おかしいだろう?2発撃っているだけで、他に銃痕はなかった。 |
捜査官B | それじゃあ、もともと2発しか装填していなかったんでしょう? |
捜査官A | これから、銀行強盗をしようって男が弾2発か? |
女 | いい?私が、あなたの膝を一回叩いたら、12拍数えて、その銃をこう持ち上げる。 |
ダンスのように、女は掃除夫の手をとって上へ、銃が女のこめかみに当たるように動かしていく。 | |
女 | ワルツよ。踊った事ない?ならメロディーで覚えて。 |
そういって、女はワルツのメロディーを口ずさむ。 | |
女 | さあ、やって。こっちには弾が入ってるんだからね。 |
女は、掃除夫に警備員から奪った 銃を向ける。掃除夫、ふるえながら同じ動作をする。 | |
捜査官B | 犯人は、何発弾を撃ちました?・・・あの? |
女 | え?あ、すいません。ちょと考え事を。 |
捜査官B | 犯人は、何発、銃を撃ちましたかね? |
女 | 確か、2発だったと思いますけど。 |
捜査官B | そうですか。 |
2人の捜査官が考え込む間、現場は動く。 | |
掃除夫 | あの。 |
女 | なに? |
掃除夫 | 僕は何をすれば・・・。 |
女は、カバンから出した、黒い奇妙な眼鏡を出し、掃除夫にかける。掃除夫の姿は、冒頭の強盗と全く同じになる。 | |
掃除夫 | 見えない! |
女 | ワルツは心で踊るのよ。ただ、音楽に身を任せて。簡単でしょ。 |
女、カバンの中の金を一部別のカバン(これも女のカバンに入っていた)につめ、そのカバンを男に持たせる。 | |
女 | 持って。さあ、私の腰に手をあてて、下手な事をすると、ここから撃つからね。 |
女は、男に後ろから抱きすくめられる形になった。女は警備員の銃で、密かにポケットの中から、男を狙っている。 | |
女 | いい。私が、あなたの膝を一回叩いたら、12拍数えて、銃持ち上げるのよ。間違えたら、撃つからね。 |
捜査官B | それで、そのうち外が騒がしくなったんですね。 |
女 | え?ええ。警察が来たって、すぐに思いました。誰かがメガホンで犯人に投降を呼び掛けました。早く、あきらめてって、心の中で叫んだんです。でも彼は、全然、その呼び掛けには、答えようとしなかった。 |
掃除夫が声を出そうとすると、女が、銃をぐいっと押し付ける。 | |
女 | (押し殺した声で)しゃべるな! |
捜査官B | そうですね。土壇場であそこまで冷静になれる強盗はなかなかいませんよ。 |
捜査官A | 冷静?君は、良く見ていなかったのかい。男は汗だくで、今にも思いきりそうな危険な雰囲気があった。とにかく追い詰めると逆効果だと判断できる状態だった。 |
女 | そうです。激しく呼吸をしながら、私の後ろに立っているんです。おそろしくて。 |
捜査官A | すでに撃たれているものも確認でき、交渉課のベテランも狙撃に踏み切るしかないと思っていた所で、動きがあったんだ。 |
女 | 「助けて!殺される!」 |
捜査官A | あなたは、そう叫んだ。そして。 |
女、男の膝を叩く、ワルツの音楽が大きくなる。男の銃を持った手がゆっくりとあがっていく。 | |
女 | (叫びにならない声をあげる) |
ドン!掃除夫が、眉間を撃たれて倒れる。女、その場にへたり込む。 | |
捜査官B | いやな事を思い出させて、すいませんでした。 |
女 | 犯人が、狙撃されたんだって、私には、わかりませんでした。ただ。急に体が自由になったので・・・私は、そのあたりの事は、もう良く覚えていません。すいません。あまり、お役に立てなくて。 |
捜査官B | いえいえ。十分ですよ。あなたは勇気のある女性だ。尊敬します。さあ、そろそろ引き取ってもらいましょうよ。もう遅い。 |
捜査官A | そうだな。今日はありがとうございました。パトカーで、送らせます。では。 |
女、現場の位置に、座り込んだまま、うなづく。 | |
捜査官B | かわいらしい人ですね。 |
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捜査官A | そう・・・だな。 |
捜査官B | まだ、なにか、気になるんですか? |
捜査官A | どうして、犯人は、空の銃で人質をとったんだろう? |
捜査官B | だから、そこに、最後の犯人の狼狽の原因があるんです。空だと分かっていて人質をとったから、はったりがばれないようにと。 |
捜査官A | 撃たれた警備員は当然、銃を持っていた。しかもその銃は警備員のそばに落ちていた。それをつかえばいいのに。 |
捜査官B | 焦っていたんでしょう?きっと。 |
捜査官A | それに、もう一点、これは無視できない事だが、鑑識を急いだせいかもしれないが、犯人の手から、硝煙反応がでないんだ。 |
捜査官B | つまり? |
捜査官A | 男が、銃を撃ったとすれば、彼の手からは硝煙反応が出るはずだ。 |
捜査官B | しかし、どう考えても2人撃たれているんですよ。ちゃんと調べてみましょうよ。 |
捜査官A | そうだな。早合点はいかんな。 |
捜査官A | (へたり込んでいる女を見て)君はジョン・F・ケネディ暗殺のVTRを見た事があるか? |
捜査官B | ええ。もう、腐る程。 |
捜査官A | 人間は、何かが起こると衝撃や恐怖の対象からなるべく早く離れようとする物だ。何が起こったか分からなくても、人は咄嗟に逃げるんじゃないかな。それもすごい勢いで。 |
捜査官B | はあ、なるほど。それで? |
捜査官A | ・・・そう、あの女性は、そうしなかっただろ? |
捜査官B | 走るのは苦手なのでは? |
捜査官A | ジャクリーン・ケネディは、車のボンネットを乗り越えるのが得意だったのかね?助けてと叫んだが、犯人が彼女の体を解放しても逃げようとはしなかった。 |
捜査官B | 性格の問題かも。 |
捜査官A | かもしれんが、彼女は、その場にへたり込んで何をしていたんだろう。 |
女、その場で警備員から奪った銃を警備員のそばに投げ出し、立ち去ろうとする。 | |
捜査官A | (そうか!)君、彼女を追いたまえ! |
捜査官B | なぜ? |
捜査官A | なぜ?説明している暇はない。彼女が銀行強盗なんだよ。犯人を仕立て上げたんだ。早く! |
捜査官B | だから、なぜ? |
捜査官A | なぜって?分からないのかね? |
捜査官B | あなたがおっしゃりたいのは・・・ |
捜査官A | いい。私が行く。 |
捜査官A | (女を追いかけて)待て。カバンの中を見せたまえ!!(カバンを奪う) |
女 | 何をするんです!? |
捜査官A | 見ろ、金だ!犯人に仕立て上げられた男は、そのうち、一部を持たされたに過ぎない!だから、少ない額なんだよ。銀行の残高を計算をすれば分かることだ。 |
女 | 何を言っているんです。これは、私がおろしたお金です。 |
捜査官A | 君はお金をおろしたなんて供述はしていない。おろす前に犯人が来たと言っている。 |
女 | 記憶違いでしょう。 |
捜査官A | 彼女を重要参考人に切り替えて捜査をする。君。彼女を拘束したまえ。 |
捜査官B | なぜ? |
捜査官A | 硝煙反応も調べさせていただく!銃はひとりでに人を撃たないからね。 |
捜査官B | ですから、なぜ? |
捜査官A | できないなら、私が、やろう! |
捜査官B、捜査官Aを止める。 | |
捜査官B | 早く逃げて! |
女、いそいそと逃げる | |
捜査官A | 君、なにをするんだ。 |
捜査官B | あなたこそ。何をするんです。あの女性が犯人なわけないじゃないですか? |
捜査官A | 馬鹿を言うな!!この!!君は、あの楚々とした雰囲気に騙されているだけだ。あの女は、ずるがしこい役者なんだよ!! |
捜査官B | いえ、犯人はあの男です。だって犯人面でしたよ。 |
捜査官A | 君は馬鹿かね!彼女が犯人だ! |
捜査官B | じゃあ、私たちが狙撃した男は、何者なんです? |
捜査官A | え? |
捜査官B | あの男、なんで、狙撃されちゃったんですかねぇ。 |
捜査官A | ・・・。 |
捜査官B | おかしいと思いません?まさか、罪もない一般人を、犯人と間違えて、射殺してしまったなんて、そんな事はありえませんよねぇ。 |
捜査官A | しかし! |
捜査官B | だから、あの女性が、犯人なわけないじゃないですか? |
捜査官A | 彼女は、被害者でなんの罪もないというわけかね? |
捜査官B | 彼女は、お金をおろしただけです。 |
捜査官A | 2人殺しているんだぞ! |
捜査官B | 我々も1人殺しています! |
捜査官A | ・・・選べというのか。(コーヒーを飲んで)本当にまずいな。今まで、気がつかなかったよ。 |
捜査官B | ええ、そうですね。 |
捜査官A | 調書は君に任せる。彼女の証言を、遺漏なく記載しておけ。飲むか? |
捜査官B | いえ。砂糖を入れても、ミルクを入れても、苦すぎるので。 |