1.雪あかり
2.赤いマリ
3.桃色桜
4.男とも別れだ!
5.拾参円
6.富士山
7.馬
8.二銭銅貨
2003年、早稲田大学、金井景子研究室主催の「声の劇場」第4回公演『放浪記』のために委嘱された音楽。林芙美子の『放浪記』の中から予め指定された10個のテクストに、編成は「声のみ」という条件で作曲したものです。初演時は、ソプラノ、アルト、テノール、バリトンの各1名で指揮者も不在なので、その点も考慮して作曲しました。
10曲中うち2曲は、オードウェイ作曲の《旅愁》、中山晋平作曲の《カチューシャの唄》なので、この2曲はアレンジのみで、残り8曲がオリジナルとなります。この8曲を再構成したものが、合唱組曲《放浪記》です。
原作:林芙美子『放浪記』、制作・構成・演出:金井景子、出演:内木明子、中野まゆ美(ソプラノ)、山本佐保里(アルト)、山田悠介(テノール)、金努(バリトン)で2003年11月1日初公開。なおこの作品の版権は声の劇場に帰属する。
歌詞と曲解説
下記の音源や楽譜再生は記譜ソフトで書いた楽譜をソフトウェア音源で再生しているだけです。音楽としてはかなり簡易なバージョンです。もしお聴きになる場合は、是非、想像力を働かせてお聴きください。コーラス風の音源のものと、各声部の動きが分かりやすいように4つの楽器に割り振った物(上からオーボエ、クラリネット、バスーン、チューバの音源にマリンバを重ねてもの)を用意しました。
歌詞は版権の問題があるかもしれないので掲載しません。
全曲再生(コーラス音版)
全曲再生(楽器音版)
1 雪あかり
(コーラス音)
(楽器音)
【解説】
テクストは林芙美子『放浪記』にて引用されている石川啄木の短歌。(新潮文庫版p.20)
雪の降る情景(遠景)を描写しています。声量も落として柔らかくmezza voceで。あくまでも清澄な優しいアンビエント風の音楽です。今後の主要曲にあらわれる旋律や和声進行(EからDm、あるいはEからB♭)が登場します。
2 赤いマリ
(コーラス音)
(楽器音)
【解説】
テクストは林芙美子『放浪記』から。(新潮文庫版p.186)
和音の構成音の一部が変化して行くような「放浪する」和声を念頭に作曲しました。基本的な和声は、F#m7(Fis-A-Cis-E)、FM7(F-A-C-E)、FmM7(F-As-C-E)、F#m7-5(Fis-A-C-E→ベースにDを伴うことでD9)、FM7+5(F-A-Cis-E)となっています。つまり、ファ、ラ、ド、ミのどれかの音が上下する事で、「投げ出された」マリの浮遊感や主人公の放浪性を表現しています。さらに、基本調性であるイ長調の主和音は一度も現れず、2箇所の終止部はハ長調のドミナント和音(G7+9+13やG7-9+13)なっており着地をしないマリのように、そして、『放浪記』冒頭にあるように「私は古里を持たない」事を暗示します。一方、旋律はいたって普通で流れるような旋律線になっています。
3 桃色桜
(コーラス音)
(楽器音)
【解説】
テクストは林芙美子『放浪記』から。(新潮文庫版p.34)
速いテンポのワルツ。ハ短調で始まり、変ホ長調を経て変イ長調へ、ドリア旋法のメロディがどことなく儚気に聞こえます。A-B-C-B-Aのロンド形式でくるくる回るレビューの踊子のようなワルツになっています。
4 男とも別れだ!
(コーラス音)
(楽器音)
【解説】
テクストは林芙美子『放浪記』から。(新潮文庫版p.64)
出だしの「男とも別れだ!」という強いテクストにどんなフレーズをつければ良いのか随分悩みました。Disからオクターブ以上下のDまで駆けおりる異様なフレーズ、開放5度の伴奏、長短調の渾沌、変拍子、そして8分音符と3連符の連なり、テンポの変化。とても奇妙で面白い曲になりました。最後は応援歌のように終わります。
5 拾参円
(コーラス音)
(楽器音)
【解説】
テクストは林芙美子『放浪記』から。(新潮文庫版p.173)
林芙美子の家計簿がテクスト。カフェーで酔客からもらった指輪を質に入れると13円になり、そこから「ちゃぶ台、1円」「箱火鉢、1円」と買い物の品名と値段が羅列されているだけのテキストです。4声で次々と家計簿を読み上げていくような曲にしました。先の見えない貧乏生活には変わりないのですが、他愛のない家計簿から、楽しい雰囲気の、軽やかで、和気あいあいとした曲を書きました。
6 富士山
(コーラス音)
(楽器音)
【解説】
テクストは林芙美子『放浪記』から。(新潮文庫版p.168)
この曲は、テクストが長いため声楽だけで曲をつけると長さ的に問題があり、朗読との掛け合いとして作曲しました。音楽的には2つの伴奏旋律(A)と2つの歌旋律(B、C)からなっています。伴奏旋律にテクストはなく、その間は朗読がテクストを読んでいます。
合唱組曲とするにあたって改変を施し全てにテクストをつけましたので、曲も繰り返しが増え、長くなりました。構成はいびつで、A(sopのみで始まりやがてaltのハミング)ーA(sopとBarのカノン、altとtenのハミング付、sopとtenをaltとbarがカノン)ーB(全体合唱)ーA(sopとtenをaltとbarがカノン)ーC(全体合唱)ーB(全体合唱)ーC(全体合唱)ーB(全体合唱)ーA(sopとaltの旋律に、ten、barの伴奏)となりました。Aの部分はほぼモノフォニー的で、どことなく聖歌をイメージされるかもしれません。それは総本山的で富士山的だと思います。
7 馬
(コーラス音)
(楽器音)
【解説】
テクストは林芙美子『放浪記』から。(新潮文庫版p.430)
アルトとテノールが流れるような一定の和声ラインを形成し、ソプラノとバリトンがつぶやくようなソット・ヴォーチェでメロディを歌う静かな曲です。馬の歩みを表現しています。
8 二銭銅貨
(コーラス音)
(楽器音)
【解説】
テクストは林芙美子『放浪記』から。(新潮文庫版p.543)
ハ長調でソプラノソロから歌い出す愛らしくちょっと洒落た旋律を持った曲です。また、これまでの曲のフレーズが少しづつ登場し、最後にハミングでオードウェイ作曲の『旅愁』(『放浪記』の冒頭に《旅愁》の歌詞=犬童球渓の日本語詞が引用されている)が歌われ幕を閉じます。構成は、主旋律A(女声)ー対旋律B(男声から全体)ー<赤いマリ>と<富士山>ー<拾参円>と<男とも別れだ!>ー対旋律B(barに<桃色桜>と<富士山>)ー主旋律A(barに<馬>)ーコーダ(altに<雪あかり>、sopに<桃色桜>)ー<旅愁>