SPEAKER370 volume.08『F.L.O.O.D.』(フラッド)


用語集
 この作品は、その一部で未来が描かれ、かつ「記憶」や「脳機能」の実験が登場するなど、比較的学問色(というか専門用語色)の強い作品になっています。難しい言葉が多すぎる!という批判が目立ちましたが、良いのです。私たちは日常生活の中でも分からない言葉に遭遇しているはずです。今回のように科学者同士が話している場に実際にいれば、そのことをもっと痛感するので、そこに科学という「場」や科学者の「ディスクール」が生まれてくるのです。そういう体験も劇場体験なのだと僕は思います。したがって専門用語の多用は意図的なものなのですが、ただし作者の勉強不足もあり、いろいろな拡大解釈、誤謬がある事はお詫びしておきます。また説明の最後に(創作)とあるものは、実在しない創作上のものという意味です。
眠れる難民
(sleeping refugees)。冷凍睡眠を施されたにも関わらず、覚醒や治療責任者が不在となってしまったり、その義務を放棄されたりした者。(創作)
国立覚醒医療院
眠れる難民を保護治療する医療複合施設(ホスピタル・コンプレクス)。国立衛生局が50の医療関連企業の出資のもと、福島県檜原湖畔に建設した巨大な施設で、地下30階に及ぶ巨大なシェルターには大勢の冷凍睡眠患者が収容されている。(創作)
骨軟化症
骨にカルシウムが沈着できず、正常な骨が作られない状態。ビタミンDの不足や腎臓、肝臓の障害等が原因となり起きやすい。子供ではくる病といわれる状態。基本的には原因不明。
ラザロ
(Lazaros)新約聖書ヨハネ福音書に登場する人物。病死したがイエスが蘇生させた。
THORN社
ソロン社。米国の冷凍睡眠斡旋企業。その名は棘(眠りを守るもの)に由来する。(創作)
光彩レセプター
光と色を感じ取る受容体状のナノテクマシーン。(創作)
ナノテク注入
ナノテクノロジーを利用して注入する事。要するに目薬に近い程度の作業で、おおまかな眼病は治せる時代なのである。(創作)
スリーパー
冷凍睡眠患者の事を覚醒医療スタッフはこう呼ぶ。(創作)
44号
灯里の睡眠管理番号は、「NS864962-44」これは、マーク・トウェイン『不思議な少年 第44号』の少年「第44号、ニューシリーズ864962」からの引用である。(創作)
インタクタコード
レーザー走査をすれば、デジタルデーターに変換できる情報が2次元的なバーコードで現されている。2000年から2010年にかけて流行した。冷凍睡眠患者のカルテとして使われた時代もある。
視覚
物体から出た光は、まず「角膜」を通過する。その後、「水晶体」「硝子体」を抜け、網膜の後方の中心である「黄斑部」で像が結ばれる。それが視神経へ伝達され、眼球の外へ出て行く。脳内に入った情報は「神経繊維」を通って、頭の後ろの「後頭葉視覚領」へ行き、さらに高次の中枢の「下部側頭葉皮質」、同時に「頭頂葉連合野」へ連絡し、正しい映像と判断され、最終的に前頭葉で行動が起こる。
閃輝性暗転
眼前にキラキラした線状の模様が見える症状。
鼻涙管閉息
鼻涙管がつまっていることで、涙が溢れたり、目やにが出る症状。
涙嚢炎
涙が出て涙嚢部が腫れる病気。
羞明
まぶしがる事
流涙症
涙が目から病的に溢れる症状の総称。
バー、ムーニン
金沢シーサイドラインの某駅から10分程歩いた所、一方通行の道に小さな看板、細い階段を地下に降りた所にある。なお、ムーニンは北欧神話の主神オーディンの肩にとまっているカラス、フーギン(思考)とムーニン(記憶)の名にちなむ。(創作)
前頭葉
大脳半球の中心を左右に走る溝から前方の部分。運動の中枢と運動性言語中枢があり、前端部は思考・判断など高等な精神作用が営まれる場所と考えられている。
視床下部
視床の前下方に続き間脳の底部を形成する部分。自律神経系の高次中枢および体温・睡眠・生殖・物理代謝などの中枢が存在する。また、下垂体とも密接に連絡する。
副腎皮質刺激ホルモン
副腎皮質から分泌されるホルモンの総称。生命維持に必須で、体内における無機質・水分代謝の調節を行うもの、血糖値の上昇、肝臓におけるグリコーゲンやケトン体の生成を促進するもの、および雄性ホルモンがある。
海馬
大脳の古皮質に属する部位で、欲求・本能・自律神経などのはたらきとその制御を行う。
レビヤタン
(Leviathan)『ヨブ記』第三章八節に登場する海に住むとされる巨大な怪獣。リヴァイアサンの事。「呪えよ、これを、日を呪う者、レビヤタンを起こす巧みな者が。夜明けの星も暗くなれ。光を待つとも無駄で、曙の輝きにもあうことなかれ」とある。
ACTH
(adrenocorticotropichormone)副腎皮質刺激ホルモンの事。
ナルコレプシー
(narcolepsy)俗に居眠り病と言われる原因不明の病気。睡眠発作と呼ばれる突然の睡眠や驚いたり笑ったりした時に急に脱力状態になる情動性脱力発作、入眠時に強い現実感も伴う入眠時幻覚を見たり、恐ろしい夢を見ても体が動かない睡眠麻痺などの症状がある。
フォン・ノイマン
(John von Neumann 1903- 1957)アメリカの数学者。ハンガリー生まれ。数学基礎論・量子力学・ヒルベルト空間論などを研究。他にも電子計算機理論・数理経済学・ゲーム理論など幅広い分野で活躍。
プライミング効果
関連ある情報や概念同士が近くにネットワークされて整理記憶されていく情報処理の仕方。
紅茶に浸して口にしたマドレーヌ
マルセル・プルースト『失われた時を求めて』のエピソードを指す。
パターンコンプリーション
ある一つの要素(情報)を感覚しただけで、それにまつわる様々な要素を同時に思い出せる事。一般的な記憶想起方法である「連想記憶」は、ほとんどこのパターンコンプリーションを伴う。最近の研究では、記憶は脳の一部分ではなく、脳細胞のネットワークに蓄えられているとされ、そのネットワークはいわば冬眠のような状態で待機しているが、上記のようにネットワークのほんの一部が刺激(情報)され活性化すると、連鎖反応で記憶のネットワーク全体が活性化する考える学説もある。
T.S.エリオット
(Thomas Stearns E.1888- 1965)イギリスの詩人・批評家。アメリカから帰化。詩・評論に古典主義・主知主義の文学観を展開。詩「荒地」「四つの四重奏」、評論「聖なる森」など。
脳アノキシア
脳が酸素不足になる状態。脳循環不全の後起きる。
高圧酸素療法
(hyperbaric oxygen therapy=HBOT)。約1.5気圧の酸素を吸う事で脳に送られる酸素量は6倍になる。アメリカの医師リチャード・ニューバウアーが始めこの方法で高圧酸素室に入れた昏睡患者や植物状態の患者が目覚め満足の行く状態まで回復したという報告があるなど、未確立ながら近年注目を集めている療法。
エクサバイト
容量の単位で100京バイトの意味。倍数の単位については、10倍がデカ(daまたはD)、100倍がヘクト(h)、1000倍がキロ(k)、100万倍がメガ(M)、10億倍がギガ(G)、1兆倍がテラ(T)、100京倍がエクサ(E)となる。
オングストローム
長さの補助単位。百億分の一メートル。電磁波の波長測定や、原子物理学・結晶学・分子学などで用いる。なお可視光線は、人間の目に光として感知できる電磁波で、その波長は、3800オングストロームから7800オングストローム。
コカイン、アンフェタミン、モルヒネ
コカインは、コカノキの葉から抽出したアルカロイドで、前頭連合野と側坐核に、アンフェタミンは、覚醒剤の一種で、側坐核とA6神経に、モルヒネは、阿片に含まれるアルカロイドで麻薬として知られ、側坐核、視床下部、中脳にそれぞれ、効果をおよぼす。
ノックアウトマウス
特定の遺伝子を人工的に破壊し、はたらかないようにしてつくった実験用の遺伝子欠損マウス。
モリス水迷路
ミルク状の液体で満たされたマウス用のプール。水中の一ケ所にプレキシガラス製の足場が沈められており、そこに到達しないかぎり、マウスは休む事なく泳ぎ続けなければならない。通常のマウスは、足場の場所を記憶できるが、海馬のNMDAリセプターの遺伝子をノックアウトされたマウスはその位置をなかなか覚えられない。
バースト
脳が酸欠状態になり、神経細胞の活動が乱れると、活動電位が不規則に高まる「バースト」という異常発火現象が起こる。過去の記憶を貯えている領域でバーストが起こると過去の記憶がドミノ倒しのように甦る事がある。臨死体験やてんかんの発作等に見られる。
サヴァン症候群
トウ馬が最終的に陥る症状はサヴァン症候群という原因不明の知能障害に近い。日常生活では、介助が必要なほど知能レベルが低いが、一度聞いた音楽を完全に記憶できたり、あらゆる日の曜日や天気を覚えている等、記憶に関しては、恐るべき能力を持っている。
アルツハイマー病
作品に登場するアルツハイマー型痴呆の第2期では、記憶の顕著な障害。言葉の理解ができない。会話が成立しない。動作が出来ない。複雑な動作のやり方が分からない。自分のいる場所が不明。人の顔が不明。無関心、無気力。理由もなくいつも上機嫌。落ち着きがなく徘徊する。痙攣を起こす。なお第3期になると、無言、無動、寝たきり、四肢硬直となる。
β-アミロイド
アルツハイマー病の原因となる科学物質。

参考文献
 何かを書くために参考文献を使ったら、必ずそれを明示するように大学の教授に教えられたので、一応、明示します。キャストやスタッフに渡した分野ごとにまとめた物を転載します。
脳科学について
日本語版『ナショナルジオグラフィック』1995年6月号-「不思議な力を秘めた人間の脳」
*豊富な図版と平易な紹介文調の解説で、分かりやすく脳の不思議を教えてくれます。
日本物理学会編『脳・心・コンピューター』1996
*これは、化学式なども頻出するので、ちょっと専門的です。僕には理解不能です。
高木貞敬『脳を育てる』1996
*新書なので、わかりやすく入門書に最適です。ただ、紹介内容が古いのが気になります。
最新科学論シリーズ『最新 脳科学』1997
* ダニエル・デネットの「意識の多文書理論」とかヴォルフガング・ジンガーの「脳の時空理論」とか、アントニオ・ダマシオの「ソマティック・ワーカー仮説」とか、最新の脳理論というか仮説のパレードです。インタビュー本なので、理解しやすいです。
永田和哉監修/小野瀬健人著『脳と心の仕組み』2000
*よくあるタイプのQ&A本です。脳に関する素朴な疑問が紹介されています。
ジェイ・イングラム『脳の中のワンダーランド』2001
*脳の不思議な世界を、半側無視や記憶障害、ナルコレプシーなどの症例を紹介しながら、解説してくれます。おもしろい読み物です。
利根川進『私の脳科学講議』2001
*利根川教授の研究の成果を平易に紹介しています。後半の対談から読むと、論点がはっきりするので、分かりやすいです。
認識論、哲学、認知哲学
佐々木正人『アフォーダンス 新しい認知の理論』
ジョン・サール『心・脳・科学』
アンリ・ベルクソン『物質と記憶』
ポール・ヴィリリオ『情報化爆弾』
ポール・M・チャーチランド『認知哲学--脳科学から心の哲学へ--』1997
*これは、脳に関するあらゆる冒険に私たちを誘ってくれる良書です。上記のデネットやサールの理論を批判しているので、合わせて読むとおもしろいでしょう。
講演会「脳から見た芸術」養老孟司(解剖学者/北里大学教授)
*NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]での企画展:メタファーとしての医学「芸術と医学展」での講演会。
視覚系、医学、その他
前田章夫『視覚のメカニズム』1996
*物理学の基礎知識が必要なようで、平易な入門書のはずなのに、僕には理解が・・・。
永野俊 他『視覚系の情報処理--心理学・神経科学・情報工学からのアプローチ--』1993
*視覚系という脳の作業分野についての、ゲシュタルト心理学、認知理論、ハードウェアとしての機能的側面を多角的に解説しています。図版も多く、分かる所だけ読んでいっても充分楽しめます。
『家庭医学大全集』
*この本を使わずに脚本を書いた事はないというぐらい、必読の書。一家に一冊必ず欲しい書物で、ウェイトトレーニングにも役立ちます。
NEWTON COLLECTION『宇宙のドラマ』「太陽」
文学作品(引用、または執筆の助けになった作品)
マーク・トウェイン『不思議な少年』、『不思議な少年 第44号』
マルセル・プルースト『失われた時を求めて』「スワン家の方へ」
荘子『荘子』「斉物論」
旧約聖書『ヨブ記』
T.S.エリオット『荒地』
スタニスラフスキー『俳優の自分に対する仕事』
イゴール&グリチカ・ボグダノフ『盗まれた記憶』
オースン・スコット・カード『神の熱い眠り』、『キャピトルの物語』
サミュエル・ベケット『モロイ』
メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』