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登場人物 |
特に名前を持たない「A」、「B」、「女」の3人。 A、Bは男女どちらでも良い。体のどこかにどのような物でも良いが「羽根」が付いている。羽根を背中に背負っていても、羽根の柄の服でも、募金の時の羽根でも、羽根もしくは、羽根を連想させる物ならば良い。 女は特に設定はないが、迷い込んだ感じが出れば良い。 |
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舞台 | いくつかの(できれば10〜20個)大小の箱が置いてある。一つ、手の平に乗るくらいの小さい箱がある。手の平に乗る一つの箱は必ず内側から光らなければならない(欲を言えば、全ての箱が内側から光ると良い)。A、Bの座る椅子。 |
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Bがなんらかの仕事をしている。何かを区分している様子。 *初演時は、ロッシーニの《荘厳ミサ》の〈グロリア〉がオープニングに鳴り響いた。オルガンの前奏と合唱が「グロリア・イン・エクセルシス・デオ」を歌い上げる壮麗な楽曲である。 | |
B | (呟く)コモドオオトカゲが多いな。 |
Aがやってくる。 | |
A | (普通の挨拶のように)グロリア!(威厳に満ちている必要はなく、普通の挨拶のよう。ちょっとおかしみを誘う所作がついている。) |
B | (答えて)グロリア! |
Aも、同じように仕事を始める。 | |
A | 豚。 |
B | 人間。 |
A | 豚。 |
B | 豚。 |
A | コモドオオトカゲ。 |
B | 豚。 |
A | (周囲を見て)ちらかってるよね。 |
B | 箱? |
A | 何?プレゼント? |
B | うん、クリスマスの時の。もう空だけどね。 |
A | 空なんだ。豚。 |
B | 人間。 |
A | コモド・・・いや、豚。片付けないの? |
B | トップの命令だって。 |
A | え?命令すんのあの人。 |
B | するよ。そりゃ、トップだもん。(上に)グロリア。 |
A | (上に)グロリア。人間。豚。コモドオオトカゲ。で、何?片付けるなって命令? |
B | ゲームだって。 |
A | ゲーム? |
B | ここにある箱が全て入る箱を持って来て、全部入れろって。 |
A | ふーん。え?それゲームなの?持ってくれば良いじゃん。大きい箱。 |
B | 人間。コモドオオトカゲ。豚。それが無理なの。 |
A | 無理。え?持ってこようか。うちにあるよ。マッサージチェア買った時の大きい箱。 |
B | (仕事の手を止めて)え?なんで買うの?そんなの。なんで箱とってあるの。 |
A | (満面の笑みで)こういう時に助かるだろ〜。 |
B | ・・・。豚。コモドオオトカゲ。人間。 |
A | 持ってくるよ。(退場しようとする) |
B | いいよ! |
A | え、だって。そのために取っておいたんだよ。 |
B | 嘘つけよ。 |
A | まあそれは嘘だけど。(ハッとして、上に向かって)グロリア! |
B | グロリア!こいつを許したまえ。 |
A | でも箱は取ってくるよ! |
B | 意味ない。 |
A | どして? |
B | このゲームは有名なパラドックスなの。 |
A | パラドックス?? |
B | お前がその持ってくるだろ。マッサージチェアの大きい箱。っていうか、なんで買ったの?そんなの。 |
A | いいから。(間)ここが張るんだよ(背中を叩く)。 |
B | 羽ばたくから。 |
A | それは、いいから。で? |
B | ああ、で、その箱をここに持って来て。ここにある箱を全部入れるだろ。 |
A | 入れるよ〜。入るよ。相当でかいからね。 |
B | で、命令はさ、「ここにある箱が全て入る箱を持って来て、全部入れる」って事なのね。 |
A | だから入るよ〜。これくらい(あるもん)・・・ |
B | その箱は? |
A | え? |
B | お前がここに持って来た、その箱は?「ここにある箱が全て入る箱を持って来て、全部入れる」んだよ。その箱は? |
A | ・・・それずるくない? |
B | だからパラドックスなの。それより、ちょっとだけ気になる事があるんだけど、良い? |
A | 何? |
B | 言って大丈夫? |
A | 何? |
B | どうして、選べないわけ? |
A | 何が。 |
B | これ。どうして、この3種類からしか選べないわけ! |
A | どれ? |
B | これ!豚!人間!コモドオオトカゲ!どうしてこの3種類なの。 |
A | 文句言わずに分けようよ。 |
B | 分かった。豚。豚。人間。豚。コモドオオトカゲ。にん、おかしいだろ! |
A | 仕事だろ。 |
B | この3種類しかいらないわけ? |
A | 今はな。 |
B | 嘘だよね。嘘だと言ってくれるよね! |
A | 他の生き物は、他の係がいるんだよ。おれたちは、豚、人間、コモドオオトカゲの係なの。今年は。 |
B | 今年一年? |
A | さあね。トップに聞いてみろよ。(上に)グロリア。 |
B | グロ、コモドオオトカゲってなんなの?? |
A | コモド島にいる、大きな、トカゲだよ。 |
B | ふーん。分かってるよ。そんなこと。何?この組み合わせ。組み合せの妙ってやつ。 |
A | なかなかないよ。 |
B | ええ? |
A | あの、マッサージチェアの箱より大きな箱。だってこれくらい・・・ |
B | だから・・・ |
A | 分かってるよ。冗談。冗談だよ。豚。人間。人間。豚。コモ・・・豚。豚。豚。豚。豚。豚。 |
B | 豚ばっか作るなよ! |
A | コモドオオトカゲばっかじゃ、おかしいだろ。コモド島にしか作れねえんだぞ! |
B | いいじゃねえかよ。 |
A | 島からはみ出すぞ。 |
B | いいだろ。隣の島にだって住んでるよ。コモちゃんの自由だよ。 |
A | 略すなよ。ちゃん付けんなよ。 |
B | 自由だろ。 |
A | 隣の島じゃ、名前が変わるじゃねえかよ。コモドってつかなくなるぞ。コモちゃんって呼べなくなるぞ。豚つくれよ。 |
主役とも言える「女」が登場する。場面が華やぐ。 *初演時は、ハイドンの《ネルソン・ミサ》の〈グロリア〉が背景に流れた。女声ソロから歌いはじめる軽快な楽曲。 | |
女 | (声のみ)「ここにある箱が全て入る箱を持って来て、全部入れる」か。(登場して)あの。 |
A | 誰? |
B | 誰だ?(A、知らないと、首を降る) |
女 | あ、そろそろなんです。 |
A | え? |
女 | 私の順番がそろそろなんですけど。なんか、ほら、ずっと豚が続いてたから、心配で。しかも、お話の内容からして、どうも、豚かトカゲの二択になっているような気がして。 |
A | え??聞こえるの?聞えてたの? |
女 | はい。聞えてました。 |
A | どうする? |
B | どうやってここに?? |
女 | なんとなく。というか心配で。心配のあまり? |
A | 豚はいやなの? |
B | おい! |
A | いいじゃん、希望を聞いてみよう。豚はいや? |
女 | 豚は(ちょっと)・・・ |
A | 豚って、新しいんだよ。人間なんかよりずっと最近に出来た動物なんだよ。すごくナウだよ。 |
B | それが古いよ。 |
女 | え?そうなんですか? |
A | お勧めだよ。豚。元はね、猪って動物だったのね。それをさ、人間が家畜にして、それで始めて豚になったの。家畜ってたいてい草食だから、草しか食べられないけど、豚は、珍しく雑食だから、いろいろ食べられるよ。グルメだよ。トリュフとか食べるし。どうかな?豚。必要とされてるよ。 |
女 | でも・・・家畜でしょ。 |
A | 人間に飼われてるから安全だよ。外敵はいないし。病気にもならないようにいろいろしてくれるよ。 |
女 | なんのために? |
A | え? |
女 | なんのために、家畜にして、安全に健康に育ててるんですか? |
A | そりゃ・・・美味しく肉を食べるため。あ。 |
女 | 食べられてしまう! |
A | 宗教によっては食べないよ。イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教・・・。 |
B | ま、食べないなら、そもそも家畜にしないよな。 |
女 | ・・・(Aに)馬鹿! |
A | 馬鹿って。(上に)グロリア。 |
B | グロリア!このものに慈悲を。となると、オオトカゲだ。 |
女 | やっぱり二択・・・なんか、やだな。コドモオオトカゲなんて、大きいんだか。小さいんだか。 |
B | コ・モ・ド。 |
女 | ああ、コ・モ・ドね。 |
B | まず、こいつのメリットは、行き場所が決まってる事。豚や人間はどこに生まれるか分からないけど、コモドオオトカゲはコモド島周辺にしか生まれません。 |
女 | どこですか?コモド島って。 |
B | バリ島の近く。南の島だよ〜。リゾートだよ。コモド島、リンチャ島、フローレス島、ギリモンタン島、パダール島。楽園だよ!! |
女 | 楽園ですか。 |
A | 動物園に生まれるかもよ。 |
B | うるさい。しかも、貴重な動物だから守られてます。ちやほやされるよ。敵になる動物がいないから、危険もないし。あとね、(小声で)強いよ。 |
女 | 強い? |
B | 豚なんかより全然強い。強すぎる。例えば、豚に噛み付くでしょ。そうしたらもう逃げても無駄なの。 |
女 | 逃げても?なんで? |
B | コモドオオトカゲはね、唾液の中に数種類のバクテリアが住みついててね。噛まれた動物は、そのバクテリアに感染して死んじゃうの。だから一噛みすればOK。わかるかな。生きた細菌兵器なの。 |
女 | いやですよ、そんなの!!・・・馬鹿! |
A | (軽く)グロリア |
B | (軽く)グロリア。でもどっちかだよ。 |
女 | 二択じゃないでしょ!豚かコド、コモドオオトカゲか、人間でしょ。私、人間が良い。 |
A | ・・・これ、全部プレゼントしちゃう。 |
女 | 空箱でしょ!聞いてたんですから。 |
B | もっと大きいのもあるそうだよ。それにはマッサージチェアが入ってるよ。 |
A | それはダメ。 |
女 | いりません。その辺りの話は聞いてました。ねえ。お願いです。人間にしてください。人間が良いんです。 |
B | その辺りの話は聞いてました?じゃあ、こうしよう。ゲーム解いてよ。 |
女 | え? |
B | 箱だよ。聞いてたんでしょ。「ここにある箱が全て入る箱を持って来て、全部入れる」 |
女 | え?ひどいです。だって、それはパラドックスだから、絶対に答えは出てこないはず。 |
A | 君のためを思って言ってるんだよ。こいつは口は悪いけど、天使の中では、そうとう良いやつだし、君のせっかくの魂を、人間にするなんて、悪い選択としか言いようがないよ。最悪の動物だよ。 |
女 | え?そんなにひどいんですか? |
A | もしも人間に生まれたら、きっと何度となく耳にするはず。「生まれてこなきゃ良かった」って一言を。我々のデータによると、この世の動物で、この言葉を吐くのは、人間だけ、豚は言わない。 |
B | コモドオオトカゲも言わない。 |
女 | ・・・えーと、それは、納得して良いんですか? |
B | 動物は単純で美しい法則の中で生きている。それは「やってはいけない事はしない」という法則。群れから離れない。危険な場所に近付かない。天敵から目を反らさない。強い物には刃向かわない。つまりそれは、自分の命を無駄にしないって事だ。 |
女 | じゃあ、人間は違うんですか? |
B | 人間は、「やってはいけない事」より「やっても良い事」を探す。それはあまりに複雑なので、よく間違える。 |
A | 「やっても良い」理由をつけては、蔑む、奪う、盗む、偽る、妬む、壊す、そんで殺すと。場合によっては、「やっても良い事」をうちのトップのせいにしたりもするね。 |
女 | トップ? |
A | そうトップ。グロリア。 |
B | (Aと同時に)グロリア。私は、永遠なるものを2つ知っている。一つは宇宙、もう一つは人間の愚かさである。 |
A | あ、誰の言葉だっけ? |
B | アインシュタインという「人間」。人間になれば、君を同じ事に気が付くはずだ。 |
女 | でも・・・。 |
B | ある母親はね、二人の子供がいて、そのうち一人が人を殺し、もう一人が人に殺された。 |
A | ひどいな。 |
B | 人間だから〜。誰だか分かる? |
女 | え?有名人?? |
B | そう、ものすごく有名。誰でも知ってる。答えられたら、人間にしてあげよう。それでもそれを望むなら。 |
A | ヒントは? |
B | ヒント?お前に必要なの? |
A | できれば。 |
女 | それより、箱のパラドックス答えが分かりました。こんなんじゃダメかしら。それぞれの箱を人間とします。その箱が私。その箱を大きな箱に入れるの。その大きな箱は私のお母さん。お母さんの箱を入れる次の箱はおばあちゃん。箱は育つから、その箱の大きさを大きくして行かなくても良いでしょ。無限大に大きな箱は必要ない。ただ必要なのは、母体と愛情だけ、生まれた箱が、次の箱を宿せるように育てていく愛情。永遠に続く箱の連鎖。 *初演時は、この台詞の途中からハンス・レオ・ハスラーの《ミサ:ディキシット・マリア》の〈グロリア〉が背景に流れた。「ディキシット・マリア」は「マリアは言われた」の意味。ルネサンス後期の4声の敬虔な音楽。 |
A | なるほど。でもこの問題では、箱が育つという前提条件はないよ。 |
B | でも、まあまあな回答だ。 |
A | じゃあ、一番最初の女が入る箱は?(Bは、その質問はまずいという顔で止めようとする) |
女 | え? |
A | イヴの入る箱は?結局、そこに戻るじゃないか。 |
女 | イヴの母親よ。 |
A | それも、いないってのが前提だよ。 |
女 | あ!! |
B | ほらぁ。 |
女 | ヒントをありがとう!さっきの問題。子供の一人が人を殺して、もう一人が人に殺された、それはイヴ。最初の箱。 |
A | え。イヴ? |
女 | アダムとイヴの子供は、確か、カインとアベルでしょ。カインがアベルを殺したんだから。子供の一人が人を殺して、もう一人が人に殺された最も有名な母親はイヴでしょ? |
A | 詳しいよね〜。 |
女 | 人間に憧れてるんで。 |
B | (真面目に)一番最初から、そんなに悲惨な女性がいるんだぞ。その後、彼女がどんな気持ちで暮らしたと思う? |
女 | そんなに人間はつらい? |
B | 「やっても良い事」ってのはつまり悪い事だよ。それを持った唯一の動物だから。 |
女 | でも、それを持った唯一の動物。「やって良い事」。無駄かもしれないけど、進んでできる事。蔑むけど敬い、奪うけど与え、盗むけど施し、 |
B | 偽る。 |
女 | 言葉を偽って美しい詩を作る。 |
A | 妬む。 |
女 | 羨んで上を目指す。 |
B | 壊す。 |
女 | 石を壊して彫刻を掘る。 |
A | 殺す。 |
女 | 殺す・・・。 |
B | 殺す |
女 | ・・・(長い間、背後の音楽が際立って聴こえる)・・・弔う。死を悼む。愛しい人を殺された人がいれば、慰める。イヴもつらかったでしょう。でもきっと励まされたのよ。誰かがイヴを抱き締めて、その苦しみから守った。 |
A | アダム? |
女 | 多分、イヴのお母さん。 |
A | いないんだって。うちのトップは、そんなの作ってない。 |
B | まあ、いいさ。ここにある箱は全てイヴの胎内に入って行き、母の愛が無限に続くってわけね。はっきりいってくだらない詭弁だが、約束は守ろう。天使は嘘をつかない。グロリア。 |
A | グロリア。 |
B | (箱を拾い女に渡す)この小さな箱を持って行きな。それが、君なんだから。そうして、愚かな生き物に生まれなさい。私たちはその愚かさを祝福しないでおこう。なんとかできるだろうから。ただし君には(祝福を与えようという意味で、箱を触る) |
女 | (箱が内側から光り出す)グロリア。 |
AB | グロリア。 |
女 | (箱を拾ってゆっくり去ろうとする)あ、私、女に生まれたい。 |
B | そうだな。自分の申した事を実践せよ。 |
女 | (微笑んで)あと、豚は食べません。(女退場) |
B | (女が退場してから、優しくきっぱりと)食べなさい。 |
A | 良いのかな〜?? |
B | しかたないな。どこか東洋の国に生まれるようにしよう。 |
A | どうして? |
B | キリスト教の国に生まれたら、危険思想だ。イヴに母親はいない。(周りの箱を見て)まあ、ここには、イヴの入る箱が必要か。 |
A | 大丈夫。上での事は覚えてないはずでしょ。グロリア。 |
B | グロリア。 *初演時は、この言葉の後、間髪おかずロッシーニの《グローリア・ミサ》から〈グロリア〉が前奏は省略して流れた。つまり「グロリア」の歌い出しから。「グロリア」の大合唱で終わる。 |