SPEAKER370 volume.5『BOEING 370』(ボーイング・サンナナゼロ)/SPEAKER370 volume.7『BOEING 370 remix』(ボーイング・サンナナゼロ・リミックス)/cube united works 2nd report『BOEING』(ボーイング)


シノプシス
『BOEING 370』(ボーイング・サンナナゼロ)のシノプシス
「ハイジャック犯スミス・ヘンダーソンは、獄中で病魔に襲われ脱獄を敢行した。しかし、メンフィスシティーの研究所に立て篭った後、忽然と姿を消したという。一方、日本の考古学者、天田は霞ヶ浦で発見されたピラミッドの発掘中に、奇妙な皮膚病にかかっていた。そして、またピラミッドの主である江戸時代の源さんも体がミイラになる奇病にかかっていた。そして、今二人の謎の男が彼等の身辺に接近しようとしている。彼等の目的は何か?そして人類は歴史に打ち勝つことができるのか。」
『BOEING 370 remix』(ボーイング・サンナナゼロ・リミックス)のシノプシス
「考古学者の天田は江ノ島でピラミッドを発掘し、平安末期に伝わる鬼伝説の存在を明らかにした。しかし、その頃から彼の肉体は病魔に蝕まれていく。一方、ニュージャージー州ケープ・メイに、彼と似たような症状を訴える男エムオーが現れる。謎とパラドクスが絡み合い、人間と歴史の攻防が始まる。---ミイラ取りはミイラの夢を見るのか?」
『BOEING』(ボーイング)のシノプシス
「ニュージャージー州ケープ・メイ、脱獄囚の身体を蝕む砂漠色の病魔。日本でピラミッドを発掘した考古学者の夢に現れる黄土色の怪物。平安末期の鎌倉に伝わる黄鬼伝説。時間とパラドクスが絡み合い、人間と歴史の攻防が始まる。人が、時間が、断片が、それぞれ超越しながら、決して超越できない「何か」に遭遇する。」
脚本について
成立過程1-エチュード
 今回は脚本先行ではなく、役者のエチュードを使って作品を作ってみようという企画になりました。作品のストーリー、場面設定、人物など、全てゼロのままで、とにかく役者のエチュードを何本も見て、録音したり録画したりして、選り分けて一部を抽出して、文字に起こしてみて、という作業から入りました。作品の概要は、誰の頭の中にも、僕の頭の中にもなかったのです。企画では、脚本のあがりは本番の二週間前で良いようなことになっていたのですから(結局一ヶ月前にあげましたが)、いかに白紙の稽古が続いたかが分かると思います。
 役者のエチュードを見ているうちに、これは使おうというモノが出て来ました。子供を襲うドンチャックや銭湯での意味のない会話、間抜けなハイジャックなどなど。それらを集めて見れば、様々な人物にバラバラな場面、そしてほぼコント。ただ、企画意図はコント集ではなく、一つの筋を持ったものということ。当初僕は舞台で演じられる様々な断片には、最終的に物語形成に必要な部分と、そうでない部分を作り、そうでない部分は一種のネタになる感じを狙っていました。(劇団の主宰としては、多くのエチュードを見て、脚本の参考にせよ、程度だったと思いますが、僕は、本当に録音し文字に起こしたエチュードをそのまま使うのだと思い込んでいたのです。)
 しかし、ある時、開き直って選んだエチュードの全てを物語に組み込もうと思ったのです。一見バラバラに見える断片も、何か共通の軸でからめることができれば、それをつないで一つの物語が作れると確信したわけです。いろいろな時代・場所をいろいろな人物が彩る、そんな物語です。共通の軸、それは何か。各エチュード(コント)をつなぐ、縦糸が必要です。
成立過程2-「超える」
 『レッド・ヴァイオリン』という映画がありますが、ある1台のヴァイオリンの変遷を描いたスケールの大きな作品で、実際舞台はイタリアからカナダまで、5ヶ国、時代にして4世紀の時を経る物語です。もちろん、それぞれの話しはバラバラですが、一台のいわくつきのヴァイオリンを軸にしています。そして、そのようなあるいはもっと壮大な作品が手塚治虫の『火の鳥』だと思います。太古から未来まで、火の鳥という物体を主題に物語は進みます。
 このヴァイオリンや火の鳥のように、場所や時間を超えていく縦糸が必要だったのです。「超える」という言葉がでました。実は今回の僕のテーマは「超える」なのです。というのも最初テーマを「飛行機」にしようと思い(「ボーイング370」というタイトルは最初から決まっていた)、そこから連想するワードをいろいろ考えていた時「超える」が出てきたのです。飛行機は「超える」ものとして、短時間で空間を超えるだけではなく、時には日付変更線という時間を「超える」体験をさせてくれるものであることが、僕の頭には一番しっくり来ていました。なんかロマンチックでいいな、と思っていたのです。ところが、いろいろ本を読んでいるうちに、実は、「超える」ことの容易さがもたらした危険があることに気がつきました。飛行機や船は人や荷物だけでなく、生態系に影響を与える動植物や、危険なウイルスや細菌を一息に世界の端まで運んでしまいます。
 伝染する病気というアイディアは、そもそも遊園地で子供がドンチャック(後楽園遊園地のマスコットキャラクターです)に襲われるという嫌なエチュードからやってきました。それを見た劇団の主宰がもしそれで襲われた人がドンチャック化したら、という案を出してきたのが始まりなわけです。僕はその時トッド・ヘインズの『ポイズン』という映画を思い出して、このエチュードを使うなら、突然、得体の知れない奇病にかかった人の話しを書こうと思いました。朝起きると黄色い体毛が生えていて、みたいな話しです。ここで繋がりました。一台のヴァイオリンや火の鳥よりも、謎の伝染病の伝播の方が、現実味があるリアルな縦糸だと思えました。例えばエイズウイルスは、いつからこの地球上に存在するのでしょう?答えは謎です。他のハンタウイルスもエボラもみんなそうです。その起源は謎であり、信じられないほどの大昔からずっと存在しているのです。これほど、「超えて」きたものがあるでしょうか?伝染病!これは行けるのでは?
 例えば、誰かがアフリカで恐ろしい伝染病にかかったとします。すぐには死なないで潜伏している間にその病原体は患者と共に飛行機で遠い異国に運ばれていきます。もし、その病原体がエアロゾル(空気)感染するならば、機内は空気さえ密室なので乗客に蔓延していきます。その飛行機がどこかの空港に降り、乗客たちは入国したりそれぞれの飛行機に乗り換えたりして、すさまじい勢いで感染を広めていく事になります。こうして、僕の頭の中で「超えて」移動するもの、という定義によって、飛行機と病原体が一致したのです。
成立過程3-イエロデザーターと歴史観
   こうして、イエロデザーターという架空の感染症が誕生しました。人を黄色い砂漠のようにして殺傷するウイルスです。イエローなのは、単純にドンチャックが黄色いからです。こうして、天田がインドで溺死し、スミスがハイジャックに失敗する現代を中心に、脱獄後のスミスが消失するやや未来と、江戸時代(1689年)、そしてターナーとエリアスのいる2055年の世界を、イエロデザーターという謎の感染症を縦糸にして繋ぐ壮大な(?)SFが誕生したわけです。
 そこにさらに起源のない巡回する歴史という一つの仕掛けが絡んできます。これは、いわゆる卵が先か鶏が先かという問題に似ています。多くの謎ときは、謎を解くことが目的ですから、謎が解かれた時に物語が終結します。しかし、今回はそうではなく謎が解けないことが分かるというスタイルになっています。歴史は解明することができないという結末です。しかもその謎が解けないことが分かっても、今回の物語は終わりません。重要なのはその謎が謎のまま消失してしまうことにあるのです。つまり、謎なんてものがそもそもあったと信じるにいたった思考の土台はなんなのか?という問いかけです。ですから本当はイエロデザーターが消えた所で物語は終わるのです。しかしイエロデザーターのない未来はもっとひどい(と、ターナーによって判断される)わけですから、出来事の解釈をするのは、所詮、解釈をしようと思ったものだということになります。そこまでが提示できれば、エンディングが悲劇的なのもつらいので、納得のいくエンディングを付加したわけです。つまりイエロデザーターの復活です。どちらにせよ、謎そのものより謎を謎として立たせていた所が問題という感じですね。
 脚本を脱稿する頃、一つの事に気付きました。「ミイラ取りが、ミイラになる」ということわざがありますが、このことわざの意味は、「人を探して、連れ帰るのが目的で出かけて行った者が、自分もそこに住みついて、戻ってこないこと。」イエロデザーターの最初の感染者を探すため未来からやってきたターナーが、イエロデザーターの最初の感染者になり過去に残る事を選ぶ。このエンディングはまさに、「ミイラ取りが、ミイラになる」物語なのです。
『BOEING 370 remix』、『BOEING』へ
 前作『BOEING370』を、作者自身と演出家とコント作家の井上喜弘で新たに書き直した(リミックス)のが『BOEING370 remix』です。リミックスという言葉を使っており、再演ではないというのが前提ですが、基本ストーリーは特に変わりません。したがって『BOEING370』の所で触れた以上の事は得にないのです。作者としては、前回、たった3人の役者で演じたこの壮大な物語を8人で演じるため、また女性のキャストが加わるため、前回脚本上諦めた部分や緻密さを欠く部分を書き改めました。主な変更点は、源さんというキャラクターを女性の籐子姫に変え、それに応じてそのシークエンスの時代設定を江戸から平安末期に変えた事です。鬼と源さんの心の交流が、鬼と籐子姫のラブロマンスになり、コント的だったスミスというキャラクターもエムオーというクールなヒーローになり、主役の扱いになっています。なんと言うんでしょうかハリウッド的リメイクが施されたという感じです。『BOEING』はこの『BOEING370 remix』をまた書き直した物です。しかし『BOEING370 remix』より、(リミックスがされていない分)作者の目指した方向性(それが良いか悪いかは別として)に近付いています。
『BOEING370 solo edition』の誕生
 2017年頃から一人芝居を描いて欲しいという依頼があり製作したのが『BOEING370 solo edition』です。一人芝居というものは初めて書くことになりますが、どうも腑に落ちない部分が多いのです。登場人物が一人だとしたら、なぜ、その人は誰もいないのに喋るのか?登場人物が複数、例えば、一人四役だとしたら、なぜ、四人でやらないのか、です(笑)一人芝居が嫌いなわけではないのです。ロベール・ルパージュの一人芝居などは大好きです。これを乗り越えるのに1年かかってしまいました(怠けていただけ)
 結局、一人一役で(ここにはちょっとした仕掛けがありますが)、一人でも喋る理由がある設定を探し、過去に描いた作品の中のどれかを一人芝居に出来ないかと考えた結果、最も登場人物が多いこの作品を一人芝居にするのが最も効果的なのではないかと思い、書き換えを進めて行きました。各登場人物はいわゆる「資料」となって観客の前に現れますが、そこに実在の人間が立ち現れてくるようで、実に一人芝居向きだと思っています。
エピグラフ
『BOEING370』のエピグラフ
「ミイラ取りがミイラになる」
──人を探して連れ帰るのが目的で出かけていった者が自分もそこに住み着いて戻ってこない事。──
『BOEING370 remix』のエピグラフ
「歴史の中で神は隠されている」(マルティン・ルター)
「契りおくその言の葉に身を替えてのちの世にだに逢いみてしがな」(詠み人知らず、「千載和歌集」録)*
「道具を作った者が、道具自体によって作り直されたのである」(アーサー・C・クラーク『2001年宇宙の旅』)**

*「千載和歌集」の短歌は、元々知っていた歌ですが、岡崎二郎氏のコミック『アフターゼロ』の「800年のメッセージ」での登場の仕方がすごく好きで、また作品作りにおいて大いに影響された所があるので(読んでいただければ分かります)掲載しました。後の世に会おうという籐子姫の心が、デイナというキャラクターになってエムオーの前に現れる、そんなSF的ロマンスを歌っているように聞えます。
**『2001年宇宙の旅』からの言葉はとても示唆に富んだ言葉ですが、ここでは「歴史を作った人間が、歴史によって作り直される」といったような逆転論を意味します。
『BOEING』のエピグラフ
凡ての「物」及び凡ての「時」からの形なき栄養、
単純な、目のつんだ、脈絡のある計画------私自身は
それから分立して、凡ての人が分立して、而もその計画の一部分、
過去にあった凡ての似寄り、而して未来にあるべきそれ、
ウォルト・ホイットマン『ブルックリン渡船場を過ぎりて』