cube united works 1st report『★BINGO』(ビンゴ)


脚本について
 どこかの国の、とある時代。セントラルアイランドと呼ばれる人工島にあるフラットの一室。そこにはリッツ、ヴィックス、アイクの3人が住んでいる。愉快なシチュエーション・コメディーのような生活が続く中、彼らの頭上では巨大なビンゴが回り始めていた。次々と思わぬ状況に巻き込まれていく3人。偶然と必然、訪問と別れ。このシチュエーション・コメディーは、いつまでコメディーでいられるのか?
出発点
 この作品は、cube united worksの前身speaker370の旗揚げ以来、僕がこの劇団のために書いた10本目の芝居になり(うち2回は再演でしたが大幅な書き直しをしているので数に入れさせて下さい)、僕としても、それなりに記念すべき作品と言えます。
 あれは・・・(ここで急に回想)・・・1997年の4月、僕は初めてニューヨークに遊びに行きました。その時の印象をもとに書いた『コントローラー370』がspeaker370 vol.2として上演されたのはその年の秋の事。この作品の最後に4台のモニターとスクリーンに映し出される言葉があります。「Game is over---The party goes on...(ゲームが終わりパーティーは続く)」。この言葉は『コントローラー370』という一つのゲームは終わってもパーティーが続いている限り新しいゲームの時間はやって来るのだと言っているようにも聞こえます。そこで今回『コントローラー370』の世界観(セントラル・アイランドという架空の人工島)を使い、新たなゲームを書く事にしました。『コントローラー370』の世界といっても、知らない人の方が多いはずですが・・・まあ、要するに少し未来のニューヨークっぽい都市と考えて下さい。前回が、貧民層の物語であったのに対し、今回はセントラル・アイランドの高級フラットに舞台をうつし、登場人物もルームメイトの女性2人を、同じ関係の男性3人にしました。共通の登場人物としては、ジャバル・レミックス教授が重要な役割を果たしています。前作が詐欺(狂言レイプ)で始まったように、今回も泥棒で始まるクライムが生み出すドラマです。

「サバイバル・ロッタリー法案」など
 脚本上の事について、いくつか説明と言い訳をさせて下さい。物語は、まったく陽気な明るいスタイルで始まり、その後の展開もシチュエーション・コメディーの様相を呈します。ここで観客に与えた安心感を、後半で一気に崩して行くのが狙いと言えます。後半は道徳のジレンマを扱ったひどく悲痛な展開となり、スタイルも討論劇風になります。扱われるテーマは「人間の命」「命と正義が対立した時どちらが優先されるか」という古くからのテーマを扱う、つまり「倫理学」の物語です。ここで登場するのが、「サバイバル・ロッタリー法案」ですが、もちろん、このような恐ろしい法案はありません。これはマンチェスター大学の哲学者ジョン・ハリスの「臓器移植の必要性」という論文に登場する功利主義的提案です。劇中では物語に合うように脚色をしてしまいましたが、興味のある方は『バイオエシックスの基礎』(東海大学出版局)に所収されていますので読んでみて下さい。また僕の愛読書、加藤尚武『現代倫理学入門』(講談社学術文庫)にも紹介されており、劇中の論争などには本書を大いに参考にさせていただきました。
 兄弟保有者が特権的地位を持っているという未来社会の設定は『コントローラー370』と同様です。その時の説明では「生生率の低下と共に一子家庭が漸増するにしたがい兄弟保有の特殊なステータス化が一般化した。特に2003年にウィスコンシン脳医学研究所が兄弟保有者の社会適合能力を臨床的に証明してから拍車がかかった。政府は早くからこの研究に取り組んでおり、政治家や裁判官、教育者などの高い良識を必要とされる職業は兄弟保有者が向いているとされている」となっています。兄弟保有者は社会にとって是非とも必要な存在と言うわけです。荒唐無稽な気がしますが、ここでは兄弟がいるかいないかに寓話化されているだけで、人間が何かの「有無」で差別化される未来は現実的です。
 この作品が上演されたのは羊年で、 クローン羊ドリーの死も話題になりました。ドリーと言えば、思い出すのが、 ミュージカル『ハロー・ドリー!』(?)。 クローンについても勿論ですが、その主人公の名前ドリー・レヴィから取った、 「D-レヴィ」という機械も登場します。
僕らの未来はコメディでいられるか?
 本当に移植用臓器が足りなくなる未来が来るのか?クローンによる臓器提供というと、いまだに自分のクローン人間を作っておいて必要な時に臓器をもらうと考えている人が多いし、そんなSFもありそうですがこれは誤りです。実際は臓器だけをクローンで作れば良いのです(クローン人間を作っておいたとしても、彼からの臓器提供の際に殺人を犯す事になりますから非現実的です)。ES(胚性幹)細胞を使い臓器を作る研究がされていますが、拒絶反応の起こらない臓器を作るためには患者の体細胞の核をES細胞に移植しクローン胚を作らなければなりません。これは子宮に入れるとクローン人間ができてしまうため多くの国(日本も)で作製を禁止しているそうです。ただ、最近米ウィスコンシン大学のチームがES細胞の遺伝子操作に成功したとの報があり、クローン胚を作らなくても拒絶反応の起こらない臓器を作れる見通しが立ってきました。僕らの未来は遺伝子操作禁止法なんてのができない限り、大丈夫のようですね。
 今回はいつになく思いきり肩の力を抜いて執筆を進めました。が、その割にはクローンや臓器移植など生命倫理学上の大問題に踏み込んでしまいました。化学の知識も医学の知識もSFの知識もない作者が書いた物なので、呆れるほどの間違いがあるかもしれません。まずは「物語」と言う事でお許し頂ければ幸いです。この新しいゲームは、僕としては珍しく、いや初めてとさえ言える軽いノリのシチュエーション物(自戒してシチュエーション・コメディとは言わないようにしています)になっています。しかし、コメディはいつまでも続くとは限りません。前半と後半の雰囲気を大きく変えようと思って書いた作品なので、その辺りがうまくいっていればと思います。
登場人物について
  この作品は、登場人物が徐々に増えるという形式を取っています。最初にフラットに暮らすのはヴィックスとリッツとアイクの3人。ここに1人また1人と招かれざる客たちが集まって来るというシチュエーションです。登場人物の名前は、ご存じ、偉大なるジャズ・プレイヤーから拝借しました。
ヴィックス・フラナガン
 ヴィックスは、フラットに住む3人のまとめ役的存在。ミクという妹がいて兄弟保有者なのである種の特権を有している。妹を溺愛している様子。何にでも首を突っ込みたがる性格。冷徹なリッツと幼いアイクの間にいるためか普通さが際立ってしまう。リッツとアイクの住むフラットにいつの頃からか同居しているが、実家もセントラル・アイランドにある。母が臓器の提供を受ける事ができずに亡くなっており、その病気が妹のミクに遺伝しているのではないかと心配でしょうがない。そのためサバイバル・ロッタリー法案(以下SR法)には、賛成票を投じている。→ジャズ・ピアノ奏者、トミー・フラナガンからの命名。
リチャード・ドルフィー(リッツ)
 リッツは理性的、頭脳派として通るが頑固に見える事がある。裕福だったリッツの父親は、妻がリッツを産み亡くなると彼を兄弟保有者にするために彼のクローンを製造するが、結局犯罪者として投獄されてしまう。幼いリッツは祖父母に育てられたが、彼のクローンは父の友人アダレイ氏に引き取られた。やがてリッツは自分のクローンの所在を突き止め一緒に暮すようになる。→ジャズ・サックス奏者、エリック・ドルフィーからの命名。
アイザック・アダレイ(アイク)
 勘が鋭いが、知能が未発達のような感じを受ける。リッツを兄のように慕っている。リッツ出生時のクローンなので少なくとも10ヶ月は年下である。母親が死んでいたので別の代理母のお腹から生まれた事になる。自分では自分がリッツのクローンだと言う事は知らない。リッツの父の友人アダレイ氏に引き取られ育てられていたが、現在はリッツと暮している。ちなみにアイクがアダレイ氏から聞いていた米に文字が書ける祖父とはリッツの祖父の事である。→ジャズ・サックス奏者、キャノンボール・アダレイからの命名。
ロン
 最初に訪れる人物。本名は不明。「龍と書いてもロン、ロン・コルトレーン」と名乗る。おっちょこちょいで情に厚い回収屋。自分の組織が関わっている犯罪の正体を知らない。盗まれた物が社会におよぼす影響をフシコから聞いて驚く。結局、訪問者たちの中で、最も事件から縁遠く、無策な人物である。→ジャズ・サックス奏者、ジョン・コルトレーンからの命名。
ミク・フラナガン
 ヴィックスの妹。兄弟保有者は精神的安定度が高いと言う学説を真っ向から否定するような性格。アクは極めて強い。口では文句ばかり行っているが、兄とリッツやアイク、そして彼等の友情関係に強い憧憬を抱いている。
先に来たフシコ(フシコ2)
 後から来たフシコの登場後に明らかになるのだが、実はフシコのクローン。フシコがかつて、ある宗教団体の実験に参加して作ってしまったクローン。当初の設定のせいもありレプリカントやアンドロイドのように描かれているが(性格的に他の人間に服従的な態度を取るせいか?)、彼女はれっきとした人間であり、フシコとの間にクローンであるがゆえの主従関係はない。ただおそらくフシコに助けてもらった過去があり、現在は彼女と行動をともにしている。
後から来たフシコ(フシコ・フィッツジェラルド・サワダ)
 急進的なクローン人権保護活動家。フシコはフォリッツを利用した犯罪の証拠を暴くためにICを狙っていたが、先にリッツらに奪われてしまったためフシコ2を遣わせて奪還を試み、結局自分が介入する事になる。サバイバル・ロッタリーから逃れるためのクローン人間化のビジネスはクローンの人権迫害だと訴える。かつてセカンドジェネシスという宗教団体に科学者として属しクローンを生産した過去を悔悟している。クローン人間から臓器を取るくらいなら人間から取る方が良いとサバイバル・ロッタリーを肯定するが、リッツが選ばれた時その説を強弁できなくなる。→ジャズ・シンガー、エラ・フィッツジェラルドからの命名。
セルジュ・大前頭
 電気屋。バス・ルームのヒーターを直しに来た。ロンが破壊した電話も治す。実はロンの所属組織、リトル・ビッグ・ホーンのボス、エンリケ・スギタがその正体。フォリッツを盗んだ疑いのあるリッツたちの所へロンを向かわせたが、心配になり見張りに来た。おそらく本当の電気屋を眠らせて、すり変わって来たのだろう。
グレーブル・マリガン
 グレーブル夫人は3人の住むフラットの管理人。庶民的感覚からサバイバル・ロッタリーに一石を投じる。リッツの過去についてもいろいろと知っている模様。→ジャズ・サックス奏者、ジェリー・マリガンからの命名。
ジャバル・レミックス
フラットを最後に訪れる人物は、リッツに避けようのない死を突きつける。つまり死神の来訪である。彼は『コントローラー370』にも登場した社会学者。フィールスレッジ大学の社会学の教授かつ著名なジャーナリストとしてサバイバル・ロッタリー評議会の委員に任命された。功利主義的観点の持ち主なので、SR法を実施した場合としない場合の全体の幸福度の計算をしたレミックス・レポートを評議会に提出した。シュミレーションや計算が好き。哲学的論争は無意味だと思っているので嫌い。彼には弟がいる。